ひとりぼっちのぼくが異世界で公爵さまに溺愛されています

波木真帆

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第四章 (王城 過去編)

フレッド   25−1

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数日過ごしたレナゼリシア侯爵家を出て、馬車は一路『グラシュリン』に向かった。
『グラシュリン』は『神の泉』がある町ということで、我々がいた時代はかなり賑わいを見せている町だが、まだこの時代はあまり知られていないようだ。
おそらくそれは実際に神からの祝福を貰ったものがいないからだろう。
あくまでも神話として語り継がれている程度で、『神の泉』を見つけられるものもほとんどいないと言うのだから、御伽噺くらいに思われているのかもしれない。

『グラシュリン』の町で昼食をとりながら、隣に座っていたアンドリュー王に今日の予定を話すと

あれ・・にはくれぐれも注意するようにな。騎士たちにはどんなことがあっても離れるなと伝えているから、そこは安心するといい」

と念を押されつつも、深い気遣いに感謝しかなかった。

「ありがとうございます。陛下もお気をつけて」

「ああ。無事に辿り着けるよう祈っていてくれ」

多分お二人なら大丈夫だろう。
なんせ、あれだけ神に愛されているシュウの父であるトーマ王妃が一緒なのだからな。

シュウとトーマ王妃の別れの挨拶を眺めていると、ほんの一時的な別れだというのになんとなく感慨深いものがあった。
トーマ王妃の胸元に下げられたあの氷翡翠アイスジェダイトにシュウが触れると、ほんのりと光った気がしたがあれはなんだったんだろう?
誰も気づいていないようだったから、光の加減を見間違えたのかもしれないが。
ほんの少しそれが気になりながらも、アンドリュー王とトーマ王妃は仲良く馬車に乗り込み、『神の泉』に向けて出発していった。

馬車の音が遠く聞こえなくなるまで見送った後、シュウにどこか行きたいところはないかと尋ねたが、お茶の時間にはまだ早いから町を散策したいと答えが帰ってきた。

どこか店でも入って私たちの仲睦まじいところをこの町の者たちにも見せつけたかったが、確かに先ほど昼食を食べたばかりで少食のシュウにはもう腹に菓子を入れる空きなどはないだろう。
少し歩いて腹ごなしでもしてからにするか。

今日、我々にはヒューバート以外の騎士たちが警護についてくれているが、シュウが気にするだろうからということで傍目には私たち2人で並んで歩いているように見える。
何かが起こればすぐに彼らが飛んでくるはずだ。
彼らが出てくる事態にならなければいいのだが、どうも胸騒ぎがする。

周りに注意を向けながらシュウと腕を絡めて歩いていると、シュウが一軒の店の前で立ち止まった。
色とりどりの可愛らしい飾り付けがされた白い壁の周りには動物の置物が並べられていて、ひと目でシュウが気に入りそうな店だと思った。

「わぁ、可愛い! ねぇ、フレッド。この店見てみたい!」

思った通りの言葉がきて思わず笑ってしまった。

周りにいる騎士たちにこの店に入ることを伝え、私たちは店の中に入った。
3人ほど入ったら圧迫感を感じそうな小さな店内には所狭しと物が置かれている。
そのどれもが女性心をくすぐるような可愛らしいものばかり。

自分とは全く違うものに囲まれてなんとなく居心地の悪さを感じていたのだが、こんな店に入るのもシュウがいればこそだ。
せっかくの機会を楽しんでみようとどんなものが置いてあるかをじっくりと見て回ることにした。

細かな装飾が施された髪飾り……これはこの店の中でも一番値が張りそうだ。
色合いが少しシュウには似合わないか。
こちらのハンカチは生地がいいな。
肌の弱いシュウにも使えるかもしれない。

などとひとつひとつ手に取りながら見ていると、テーブルの下にも何かが並べられていることに気づいた。

これはなんだ?

そう思いながら手に取ると、知らぬ間にシュウが隣に立っていた。
手に持っているものについて尋ねられ、パラパラとめくってみてわかった。

「ふむ、どうやら画帳のようだな」

そう答えると、シュウはそっと紙に触れ顔を綻ばせた。
きっと描きやすそうだと思ったのだろう。

その瞬間、私の頭にある考えが浮かんだ。

「なぁ、シュウ。これで私の絵を描いてくれないか?」

シュウは一瞬戸惑った顔をしていたが、私がもう一度頼むと

「わかった、いいよ。でもあんまり期待はしないでね」

と言いながら引き受けてくれた。

シュウが描いた絵を見れば真実がわかるはずだ。
私は緊張しながらその画帳とデッサン用の木炭を購入した。
そこそこの値が張るものを購入したからか、店主は嬉しそうに店の外まで出てお礼を言ってくれた。

「この辺でどこかゆっくり絵を描ける場所を知らないか?」

「絵を描ける場所、でございますか……ああ、それならここから少し西に行ったところに小川がございます。
そこならあまり人も来ませんし、ゆっくりできるかと存じます」

「そうか、助かった」

そういうと、店主は深々とお辞儀をして店の中へと戻っていった。

「シュウ、小川に行ってみようか」

「うん。フレッドと知らない町をお散歩できるって楽しいね」

町を出てからも騎士たちは周りを囲むようについてきているが周りの者には私たちが警護されているようには全く見えないだろう。
これでいい、もし何かあってもこれならシュウを守ってやれる。

しばらく歩くと、木々の密集した小さな森が現れた。
あの少し薄暗い場所から水音が聞こえる。
店主の言っていた小川はおそらくあそこにあるのだろう。

シュウを誘導し、水音の聞こえる方向に進んでいくと目の前に綺麗な小川が現れた。
日差しを遮る木々の間から木漏れ日が差し込むなんという美しい場所だろう。
まるであの『神の泉』を彷彿とさせる。
ここならきっと良い絵を描いてもらえそうだ。

シュウを見るとシュウもまたこの場所を気に入ったようで目を輝かせて辺りを見回している。

「フレッド。あっちの岩に座ってー!」

シュウの声に従って岩に座ろうとしたが、シュウが反対側の岩に座ろうとしたのを見て、急いでシュウの元に戻った。

私が急にやってきたことに驚いていたが、雨水にさらされている岩に直接座らせることなどできるはずがない。
上着の内側に入れておいたハンカチをさっと取り出し岩の上に広げてシュウを抱き上げその上に座らせると、シュウは嬉しそうに笑っていた。

それを見届けてから、私はまたシュウに指示された岩に腰を下ろしシュウを見つめた。

1人の騎士がシュウに近寄り、先ほど店で買った画帳と絵描き用の木炭を手渡した。

ああ、シュウはまたそうやって簡単に笑顔を見せたりして……騎士がシュウの笑顔にやられて顔を真っ赤にしているではないか。

私がその騎士を睨みつけるとすぐにシュウから離れていったから良かったが、ただでさえ美しいシュウの笑顔を間近で見るとやられてしまうのだ。
もう少しシュウには自分の顔、特に笑顔がどれくらいの破壊力があるかを理解してもらわねばならんな。

シュウはそんなことなど気にすることもなく、手渡された画帳をゆっくりと広げた。
そしてゆっくりと私を見つめながら、時折画帳に目を落とし、木炭を滑らせていく。

この時間が心地よくて、私はただじっとシュウを見続けていた。

シュウは気づいてないだろう。
シュウが私を見つめる時にどんな表情をしているか。
好きだ、愛しいと目が訴えてくるんだ。
その漆黒の瞳が嘘偽りのない愛を教えてくれる。
その瞳に私がどれだけ救われているか知らないだろう。

私の人生でこれほどまでに私の瞳を見つめてくれた人がどれくらいいただろう。
いや、誰ひとりとしていやしなかった。
両親でさえも私を見るときは目を背けていた。
目を合わせることもしてもらえず、父上も母上も私のいないところで私の瞳と髪色が悪いのはお互いのせいだと言い合っていた。
そんなふうに言われながら育ったから、鏡で自分を見ることも拒んでいたんだ。
見るたびに自分に対して嫌悪感でいっぱいになっていた。
世界中の鏡を壊してやりたいとどれほど思ったことか。

シュウだけだったんだ。
初めて目があった時から真っ直ぐに私を見てくれたのは。
あれから一度もシュウから目を背けられたことはない。
瞳を嫌悪感なしに見つめてくれる人がいる……それがどれほど私の救いになったことか。

私はシュウを愛している。
自分の人生でシュウよりも愛する人など、今までもそして未来永劫現れることなどないと断言できる。
シュウ、シュウ……この命が尽きてもシュウだけを愛し続けると誓うよ。

シュウはいつしか画帳に目を落とすこともなく、ただ私を見つめたまま木炭を滑らせ続けていた。
きっと指が見たままを映し出してくれているのだろう。
どんな絵ができるのか楽しみでたまらない。

私を想いながら描いてくれるシュウの表情を見ていると時間が経つのも忘れてしまうな。

と、急にシュウの手が止まった。
そして、シュウの目線が私から画帳へと移った。

「あっ……」

驚きに満ちた表情で画帳の絵を食い入るように見つめている。

「シュウ、描けたのか?」

そう尋ねると、うまく描けたのかそれとも納得できなかったのか、どっちとも取れるような曖昧な返事が返された。
シュウが描いてくれた絵を少しでも早く見たくて急いでシュウの元に駆け寄った。

「見せてもらえるか?」

そう頼むと、シュウは少し恥じらいながら画帳を差し出した。

目の前に飛び込んできた私の絵。

その絵の完成度の高さに一瞬息が止まった。

愛してる、愛してる、愛してる…………

そう訴えかけるような私の眼差しをシュウは全て受け止めてくれたような、そんな愛情溢れる絵に思わず声が漏れた。

「――っ! シュウ、これ……」

バシャバシャバシャ

私の感動を一気に掻き消すような不快な水音が突然私たちの耳に飛び込んできた。
パッとそっちに目をやると、ボロ布を身に纏った奴がこっちを睨んで立っていた。


――実はな、其方たちが散策をする『神の泉』近くの町は、あの女を引き取ったフェザーストン家があるのだ。


くれぐれも注意するようにと言われていたが、やっぱり現れたか。
遠目で顔はよくは見えないが侯爵と同じ真緑の髪色、間違いなく奴だ。

おそらくアンドリュー王とトーマ王妃がお忍びで『グラシュリン』に来ているという話が伝わったのだろう。
伯爵家ならば、すぐに話があるだろうからな。
その話を聞いて飛び出してきたというところか。
除籍され平民落ちして下働きにさえなれていない身分だというのに、高位貴族である我々に近寄って簡単に話せるとでも思っているのか。
本当に底知れぬ馬鹿だな、彼奴は。
あれだけのことをしておきながら、まだ生きて普通の生活ができていることに感謝すべきだろうに。

あろうことかシュウと私の憩いの時間を潰しに来やがって。
侯爵の最後の温情まで無駄にしやがった彼奴にはもう情けなど必要ない。

騎士たちは今取り押さえるべきか様子を伺っているようだが、奴は私の影に隠れていたシュウの姿を確認すると、

「あんたのせいで、私がどんな目にあったと思ってるの?!」

などと、おかしなことを叫びながら我々の元に突進してきた。

まだシュウに危害を加えようとでも思っているのか。
本当にここまでの馬鹿は見たことがないな。
我々がなんの警護もなく、人目の少ない場所にいることなどあり得ないことは少し考えれば分かりそうなものだが。
まぁ、だからこその結果だろうな。

シュウを見ると、恐怖に怯えた目をしている。
先ほどまで私を慈しむような目で見てくれていたあの漆黒の瞳があんな奴のために涙に潤んでしまっている。

私のシュウを泣かせた罪は身をもって償ってもらうことにしよう。

私はシュウを腕の中に包み込み、周りの声が聞こえないようにシュウの耳に腕を押し当てた。
あんな奴の汚い声がシュウの耳に入っては穢れてしまうからな。

『シュウ、大丈夫だ。すぐに終わる。怖がらなくていい』
シュウの耳にだけ聞こえるように囁きかけると、シュウは小さく頷き私の胸元に顔を擦り寄せた。
ああ、可愛い。
シュウは私の癒しだ。

突進してくる奴は周りに騎士がいることに気づいていない。
私が近くにいる騎士に目配せをすると、騎士たちは待ってましたとばかりに一斉に奴に飛びかかった。

水の中になぎ倒し、顔を押さえつけながら手早く腕を縛り上げ、顔を上げさせた瞬間に口の中に布を突っ込んであの汚らしい声が出せないようにしていた。
さすが、ヒューバートが選んだ騎士たちだな。
手際の良さに思わず『ほぉ』と声が漏れた。

奴はそんな状態になりながらも最後の足掻あがきで文字通り足をばたつかせたが、足もまた騎士たちの手によって紐できつく縛り上げられあっという間にかろうじて人間の姿だったものから、ただの汚い物体へと成り下がった。

そのまま水の中に投げ込んでおけば、すぐに息絶えるだろうがそんなきたならしい姿を天使のごとき美しいシュウの目に触れさせるわけにもいかない。
それにこんな終わらせ方では私の気も晴れないからな。
ちゃんとあの場所で罪を償ってもらおうか。

「さっさと連れて行け!」

騎士たちにそう告げると、彼らはすぐにその汚い物体を持って森を出て行った。

これで奴は本当に終わった。
まぁ、あんな奴はフェザーストン家でも手を焼いていたことだろう。
捕まったとなれば逆に大喜びかも知れんな。

せっかく新婚生活を満喫している侯爵とヴォルフには悪いが、とはいえ娘だった者の末路は報告すべきだろう。
彼が言っていたあの場所に奴を連れて行くことになった、とな。
思っていたより早かったと嘆くだろうか。
それとも……。

まぁ、結局奴には更生の時間など与えるだけ無駄だったということだな。
あんなものに時間を割くのはこの世の中で一番無駄な時間だ。
さっさと地獄に落ちてもらおうか。


あれを運んで行った騎士たちの足音が聞こえなくなるのを待って、私はゆっくりとシュウを抱きしめていた腕を緩めた。
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