ひとりぼっちのぼくが異世界で公爵さまに溺愛されています

波木真帆

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第四章 (王城 過去編)

花村 柊   26−2

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「そうだ! これね、神さまに贈り物だってもらったんだ!」

上着の内ポケットをゴソゴソと探して取り出した手の中にあったのは、美しい光を放つふたつの石。

「こっちは柊くんと同じ黒金剛石ブラックダイヤモンド。そして、こっちは金剛石ダイヤモンドだよ」

「うわぁ、すごく綺麗!!」

特に金剛石の方は透明でほんの少しの傷も汚れもない。
お父さんの手の上で馬車のなどから入ってくる光に反射して途轍もない煌めきを放っている。

「でも意外だな……。てっきりアンドリューさまの瞳の色と同じ藍玉アクアマリンだと思ってた」

「ああ、藍玉はアンディーが持ってるよ。今頃、フレデリックさんに見せているかも」

「えっ? じゃあ、3種類の石の贈り物?」

「ふふっ。そうなんだ。藍玉と黒金剛石は柊くんとフレデリックさんのように2人で身に着けるものにって。
そして、こっちの金剛石はね……ふふっ。僕たち4人で同じものを身につけるようにって言われたんだっ!」

「4人で同じもの?? ぼくたちもつけていいの?」

思いもかけない言葉にびっくりしてしまった。

「そう。それを身につけていたら、離れても見守ってくれるって。僕たちは離れてもいつでも近くに感じることができるんだって! 神さまがそう教えてくれたんだ」

「離れても見守って……近くに感じられる……」

そっか。やっぱりぼくとフレッドが出した結論は間違っていなかったんだ。
ぼくたちは近いうちにきっと元の世界に戻る。
だから、神さまはぼくたち4人にこれを授けてくれたんだ!

「柊くん? 大丈夫?」

「うん。神さまの贈り物……すっごく嬉しい!」

ぼくは無意識に涙を流しながら、お父さんに抱きついた。
お父さんは『うん、うん』と頷きながら、ぼくの背中を優しくさすってくれた。

「柊くんたちさえ良かったら、僕……この金剛石を指輪にして嵌めておきたいなって思ってるんだけど、どうかな?」

「ぼくも指輪がいいなって思ってた! やっぱりダイヤモンドって言ったら指輪だよね!」

この世界のピアスもいつでもフレッドを近くに感じられて好きなんだけど、やっぱり結婚と言ったら、指輪だよね。
そう思ってしまうのは、おそらくあっちの世界の人間のさがなのかもしれない。

「どういうのがいいかなぁ……?」

お父さんは早くも指輪のデザインのことを考えっているようだ。
フレッドとアンドリューさまがつけるのを考えると、シンプルなのがいいだろうか。

でも、ぼくはせっかくだからキラキラと輝いているのをいつも眺めていたい。

そんなふうに思ってしまうのはもうすっかり女性の感性になってきてしまったということか?
それはそれで複雑な気もするけれど……でも、お父さんたちとお揃いを身につけられるならやっぱりより綺麗なものをと思ってしまう。

指輪の話も大事だけれど伝えておかないといけないことがある。

この金剛石はぼくたちが離れ離れになっても見守ってくれる石だと言われて神さまから貰ったと言っていた。
だから、もしかしたら気づいているのかもしれないけれど、それでもぼくからちゃんと伝えるべきだ。

「お父さん、あのね……先に話しておきたいことがあるんだ」

ぼくの真剣な表情にどんな話かお父さんも薄々気づいているのだろう。

「いいよ。ちゃんと聞くから。全部話して」

そう言われて、ドキドキしていた気持ちはスッと落ち着いていった。

「うん。あのね、ぼくたち……もしかしたら元の世界に戻れるかもしれない方法がわかったんだ」

お父さんの目を見ながら、手でぎゅっと拳を握りそう伝えると、お父さんは一瞬『あっ』という目をしたけれど、すぐににこやかな笑顔に戻って、『そっか……良かった』と言ってくれた。

本当はずっと一緒にいたい。
離れたくない。
だけど……ぼくが住む世界はここじゃない。

いつまでもお父さんやアンドリューさまに守られて生きていくわけにはいかないんだ。

お父さんも本当はぼくと一緒にいたいんだって思っているのを必死に笑顔で見送ってくれようとしているから、ぼくもそれに乗らないと!

「うん。ぼくたちやっと元の世界に戻れるんだよ」

お父さんに笑顔で返したけれど、ぼくの目からは大粒の涙がポロリとこぼれてしまっていた。

お父さんはぼくの涙をゆっくりと親指で拭い取りながら、

「いつか来るお別れの日は笑顔で別れようね」

と笑顔を向けてくれたけれど、お父さんの目には涙が光っていた。

「元の世界に戻れる方法ってどういうものか聞いてもいいの?」

「うん。確実な方法ではないんだけどね……。
初めてお父さんたちと話した時に話したと思うんだけど、ぼくたちはお父さんたちの肖像画にぶつかりそうになって気づいたらこの時代に来てたんだ。だから、その肖像画にまた触れたら帰れるんじゃないかって……」

「なるほど。それは一理あるかもね。結婚してもうすぐ3年経つしそろそろ肖像画を描いてもらうことになってるから時期的にちょうど合ってるかも。神さまが言ってたのはこのことだったんだな、きっと」

最後の方はボソボソと話していてよく聞こえなかったのが気になったけれど、それよりも大事なことを言っておかなくちゃ! そのことばかりが気になっていた。

「あのね、それで……もうひとつ話さなきゃいけないことがあって……」

これから何百年もオランディアの宝として残されていく、アンドリューさまとお父さんの大切な肖像画をぼくみたいな素人が描くことを許してくれるだろうか?

「んっ? どうしたの?」

ぼくはドキドキしながら、

「アンドリューさまとお父さんの肖像画をぼくに描かせてほしい……です」

と訴えてみた。

「柊くんがぼくたちの肖像画を??」

ああ、やっぱり受け入れてはもらえないだろうか?
恐る恐るお父さんの様子を伺うと、ぼくの想像とは正反対にものすごく嬉しそうな表情をしていた。

「うわぁっ! それいいっ! 柊くんに描いてもらえるなんて最高に嬉しいよ!」

「ほ、ほんとに?」

「うん! 正直言うと、肖像画描いてもらうのって結構憂鬱だったんだ。長期間、長時間かかるからリラックスできるようにってプライベートな部屋に絵師さんにきてもらって描いてもらうことになってたけど、逆に気疲れしそうだなって思ってたんだ。柊くんが描いてくれるなら、僕もアンディーも気が休まるしかえって良い絵になりそうだよ」

確かにそういうものかもしれないな。
ただでさえ、忙しいお父さんたちだから部屋でくらいゆっくり過ごしたいのに、そこに他人が入ってくるんだもんね。
そりゃあ気を遣うよね。
ぼくはなんたって息子だし、ふふっ。
あれはそういう思いもあっての表情だったんだな。

ぼくはあの時あの部屋で見た肖像画を思い出していた。

「それならよかった。ぼく、この視察旅行から帰ったら少しずつ描き始めるね」

描き上がった時がお別れの時……そう言おうとしたけど、それはやめておいた。
お父さんもそのことをわかっているのだから今、それを言わなくてもいいよね。

「でも、柊くん……絵得意だったの?」

「うーん、得意というか……自分の書きたいことを想像して描くのが好きだったかな」

お母さんもいないあの暗闇の中で、自分の描いた絵だけが輝いているように見えたんだ。
あの時間は寂しくてたまらなかったけど、今はその絵のおかげでお父さんたちを描けるんだもんね。

「そうなんだ。僕は絵苦手だったから尊敬するっ!」

「えーっ、お父さん絵上手そうなのに……意外だな」

「ぜーんぜんだよ。可愛いネコちゃん描いても怪獣と間違われてたし……」

「ふふっ。怪獣って……」

なんでも上手にこなせそうなお父さんにこんな弱点があったとは……。

「今度、そのネコ怪獣ちゃん見せてよ」

「ああーっ、柊くん馬鹿にしてるでしょう?」

「してない、してない」

『ふふっ』
『あははっ』

まさか今日、お父さんと2人でこんなに大声で笑いあえるなんて思ってもみなかった。
馬車の外を走っている騎士さんがびっくりしてこっちを振り向くほど、ぼくたちの笑い声は風に乗って楽しそうに響いていた。

「柊くんが僕たちの絵を描き上げてくれるまで、色々やりたいことしようね」

「うん。ぼく、何したいか考えておくね!」

「レイモンドも呼んでピアスと指輪を作ってもらわないといけないし」

そうだ! それがあったんだ。
ぼくはお父さんの手の中にある石をもう一度見せてもらうことにした。

「これ、やっぱり綺麗だな。こんな綺麗なのが指輪になるなんて……」

「4人分だから少し大きいよね。神さまもその点を考えてくれたのかなあ?」

お父さんは大きな金剛石を見ながら、『ふふっ、そうかもね』と笑っていった。

「せっかくなら4人お揃いのデザインがいいよね」

「うん、そうだね。アンディーとフレデリックさんが一緒なら可愛いデザインは似合わなさそうだから、やっぱり一粒でドーンとつける感じがいいかな?」

「ふふっ。ドーンって。お父さん、表現が面白いね」

そういえば……とぼくはフレッドに買ってもらったあの画帳を取り出した。


お父さんに見せようと思って持ってきてたんだった。

「ねぇ、お父さん。これ見て!」

ぼくは昨日描いたフレッドの絵を広げて見せると、

「うわぁっ、これ柊くんが描いたの? これ、上手いなんてもんじゃないじゃない! すごい! 本物の画家みたい!」
 
と手放しで褒めてくれた。

「もう! お父さん、画家は大袈裟だよ。でも、この絵はぼくも気に入ってるんだ。人物を描いたのは初めてだけど、相手がフレッドだったからかな……勝手に指が動いた気がしたんだよね」

「うん。柊くんの思いがすごく込められている気がするね。それにフレデリックさんの思いも」

「そう見える?」

「そうしか見えないよ! 柊くんのこと大好きだ、愛してるって目が訴えてくるから見てるだけでなんだかちょっと照れちゃうよね」

お父さんにそう言われてフレッドの絵をじっと見つめていると、なんだかフレッドが目の前にいるようなそんな錯覚に陥ってしまう。

「ふふっ。柊くん、顔が真っ赤になってるよ。何、想像してるのかなぁ。
でも、本当にこの絵を見たら、僕たちの絵の仕上がりも楽しみになっちゃうな」

「うん。ぼく、思いっきり気持ちを込めて描くからね。ぼくとフレッドがお父さんたちの傍にいたことを忘れられないように……」

悲しいことは言わないでおこうと思ったのに、つい思いが溢れてしまって口に出してしまったけれどお父さんは
『うん。絶対忘れないよ』と涙を潤ませて笑顔で言ってくれた。
お父さんのそんな気持ちが嬉しくて、ぼくは必死に大声をあげ元気よく振る舞った。

「絵を描くときね、フレッドも手伝ってくれるんだって!」

「フレデリックさんが? ふふっ。嬉しい。でも……フレデリックさん、僕と同じであんまり絵は上手くなさそうだよね?」

「ああ! フレッドもそう言ってた。戦力にはならないと思うけどって。お父さん、なんでわかったの?」

「まぁ、苦手なもの同士の『勘』ってやつかな」

ふふんと得意げに言うお父さんが可愛くて、

『あははっ』

とまたもや大声で笑ってしまい、本日二度目、外にいる騎士さんを驚かせてしまったのだった。

「ちょっと指輪のデザイン、描いてもいいかな?」

フレッドとアンドリューさまも似合う、そしてお父さんが……もちろんぼくも気に入りそうなデザイン……こんな感じはどうかなぁ?

ささっと木炭を滑らせて頭に描いたものを画帳に写していると、隣に座るお父さんから時折
『わぁっ』とか『ほぉっ』とか感嘆の声が上がる。
嬉しいその声を聞きながら、ぼくはデザイン画を描き上げた。

「こんな感じはどうかな?」

幅広のリングの中心にダイヤモンドを一粒嵌め込んだシンプルなデザイン。
シンプルだけどその分、石の煌めきは目立つと思う。

「わぁっ、いい! すごく自然な感じだし、これならアンディーとフレデリックさんも仕事をしてても指輪が気になることはないんじゃないかな。いいよ! これ、すっごくいい!」

「ぼくとお父さんのは少し幅を狭くしたほうがいいかもね、こんな風に」

ぼくとお父さんの細い指だとあの幅広タイプは指輪負けしてしまいそうだもんね。
存在感が強すぎるから少し控えめくらいがいいかもしれない。

「あー、確かにこっちの方がしっくりくるね。その分、石を少し大きめにするのはどうかな?」

「ああ、いいかも」

お父さんのアドバイスでぼくたちのリングだけほんの少し石を大きく描いてみると、すごくしっくりきた。

「リングはゴールドとかシルバーとかあるんだよね?」

「うーん、僕の勝手なイメージだと結婚指輪はプラチナのイメージだけど……アンディーとフレデリックさんにはゴールドが似合いそうだよね。せっかくだから4人お揃いがいいし。柊くんは色白だからどっちも似合うしね、ゴールドがいいかな」

「じゃあ。こんな感じでってフレッドとアンドリューさまに見せてみよう」

「アンディーもそんなに絵は上手くなさそうだし、柊くんのデザイン画見たら驚くよ、きっと」

「また、そんな事言って。ふふっ。それもお父さんの『勘』?」

「まぁね。アンディーだってきっとネコ怪獣描くはずだよ」

『ははっ』
『あははっ』

その後もずっと指輪やお父さんとアンドリューさまのピアスの話で盛り上がっていると、馬車はゆっくりと停まった。
どうやら話に盛り上がっている間に休憩場所に着いたみたいだ。

お父さんは窓からそっと外を見て、
『あれっ? ここってもしかして……』と小さく声を上げ、表情を曇らせた。

「んっ? お父さん、どうしたの?」

「あ、ううん」

平気そうな顔をしているけれど、なんだか様子がおかしい。
さっきまで楽しく笑って元気いっぱいだったのに、今は顔色が優れないみたいだ。

「外に何かあったの?」

「……柊くん、ごめん。あとでゆっくり話すから。
昼食中、何かあっても気にしないで」

「それ、どういう意……」

ぼくの言葉を遮るように扉がガチャリと開いてアンドリューさまが入ってきた。
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