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第四章 (王城 過去編)
花村 柊 28−2
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『それではピアスの作業に取り掛からせていただきます。1時間ほどお時間を頂戴いたします』
そう言って、レイモンドさんは作業台の中へと入っていった。
「トーマ王妃、店内でお待ちになりますか?」
「うん。せっかくだから店内を見学しようかな」
外へ行くとまた警護も大変だろうし、大人しくここで待っていようとお父さんに言われ、しばらくお店の中を見て回った。
いろんな宝石で作られた作品をじっくりと眺めている間にあっという間に時間が経っていたらしい。
『お待たせいたしました』というレイモンドさんの声にお父さんと2人して『もう?』と驚いたくらいだ。
それほどレイモンドさんの作った作品は見応えがあった。
レイモンドさんのところまで戻ると、黒金剛石と藍玉が綺麗な輝きを放って、ベルベットのケースに入れられていた。
「わぁっ、素敵。これ、触っていい?」
「もちろんでございます。どうぞ」
レイモンドから了承を得たお父さんはアンドリューさまの瞳の色である藍玉をそっと手に取った。
そして、ぼくにだけ見えるように青い髪をそっと左耳にかけ、形の良い綺麗な耳たぶに藍玉を当て『どう?』と尋ねてきた。
藍玉の優しい淡い色がお父さんの白い耳たぶに煌めいている。
「うん。とってもよく似合う。いつもの黒髪ならもっと映えると思うよ」
「ああ、そっか。今は青髪なんだっけ」
お父さんはささっと耳にかけた髪を元に戻し、レイモンドさんたちに向き直った。
やっぱり耳を見せたのははしたなかったのかもしれない。
これからはぼくも気をつけよう……。
「王妃さま。こんなことを申し上げることは不敬かと存じますが……」
「んっ? どうしたの? いいよ、言ってみて」
「今日のお召し物も……その、とてもよくお似合いでございますが、なぜ女性の格好をしていらっしゃるのですか?」
「ああ。それ? 王妃の格好で行ってレイモンドのお店が騒ぎになると困るからね、変装してきたんだ。
似合ってない?」
「いいえっ! とてもよくお似合いでございます。サンチェス公爵夫人とまるで御姉妹のようでございます」
「ふふっ。そう? 柊ちゃん、姉妹に見えるって」
「ふふっ。嬉しいっ」
「「――っ!」」
姉妹と言われて嬉しくてぼくたちが顔を見合わせて笑い合っていると、レイモンドさんとヒューバートさんも同じように顔を見合わせて顔を真っ赤にしていた。
んっ? この部屋暑いのかな?
「あっ、そうだ! このピアスここで付けて行っちゃおうかな。
アンディーの前に出た時に付けてたら喜んでくれるんじゃない??」
「「えっ?? 王妃さま、それは絶対にいけません!!!」」
お父さんの言葉にヒューバートさんもレイモンドさんも一瞬驚いていたけど、すぐにお父さんに異議を唱えた。
「えっ? だめ? やめた方がいい?」
「ピアスはお互いに付け合うものでございます。トーマ王妃が自分でつけられたら、陛下はきっと嘆き悲しまれることでしょう」
ヒューバートさんがそう諫めると、お父さんは『そうなんだ』と納得していた。
「柊ちゃんもアルフレッドさんと一緒に付けたの?」
「うん。フレッドに付けてもらったほうが痛くなかったし、トーマさまもそっちがいいと思うよ」
「じゃあ、そうしよう。ヒューバート、レイモンド教えてくれてありがとう」
「いいえ、出過ぎたことを申しまして失礼いたしました」
「これは大切に持って帰るよ。ありがとう。あと、指輪の製作よろしくね」
「はい。私の全身全霊をかけてお作りいたします」
レイモンドさんは出来上がったら、すぐに連絡をくれると約束してくれた。
お父さんはアンドリューさまから渡された代金を袋のままレイモンドさんに手渡し、ぼくたちは店をでた。
「トーマ王妃、このままお帰りになりますか?」
「うーん、せっかく来たし、柊ちゃんとお茶でもして帰ろうかな」
「畏まりました」
「あっ、ヒューバート。お店では僕のことは『アン』、柊ちゃんのことは『リカ』と呼んでよ。
王妃なんて呼ばれたら変装してきた意味ないし、こんな格好してるのが男だってバレたら恥ずかしいじゃない」
「か、かしこまりました。『アン』さまと『リカ』さまですね」
『名前を呼び間違えないようにするのはもちろんだが、これだけお美しいのだから見ただけで男性だと露見することはあり得ないだろう……しかし、トーマ王妃もシュウさまもご自分のお美しさに気づいていらっしゃらないから街で余計な輩が声をかけて来ぬように気をつけなければ』
ヒューバートさんは何やらぶつぶつと呟いていたけれど、急に周りに目をむけ合図を送っているように見えた。
きっと周りにいるという騎士さんたちにぼくたちが街を散策することを伝えているんだろう。
本当についてきているのかわからないくらいだから、騎士さんたちってすごいよね。
「ねぇ、アン。どこに行く?」
「美味しい紅茶を出してくれるお店あるからそこに行こう!」
「わぁーっ! ぼく紅茶大好きっ!」
そのお店はレイモンドさんのお店から少し離れたところにあるらしい。
お父さんに案内されながら2人で手を繋いで歩いて向かう。
2人でおしゃべりをしながら歩いていると、周りの人がこっちをみているのに気づいた。
んっ? どうしたんだろう?
ぼくがパッとその人たちに目を向けるとサッと目を背けられる。
それを何度か繰り返していると、
「どうしたの?」
とお父さんに尋ねられた。
「なんかすごく視線を感じたんだけど、目を向けたら逸らされるから……」
「ああ。そういうこと? 気にしないでいいよ。みんな多分、僕たちをヒューバートが護衛しているから気になっているだけだよ」
「ああ、なるほど。そっか。ぼくたちみたいなただの女の子に騎士団長さんがついてたら何事かって気になるもんね」
「ふふっ。そう、そう」
今日のぼくたちの格好はこの前のような平民スタイルではなく、高位貴族に見られる格好だ。
なんたって騎士団長さん自らがついててくれるのに平民の格好じゃ余計おかしいもんね。
ぼくの服はいつものようにフレッドが選んでくれたんだけど、軽くてふわふわな淡いオレンジ色のドレス。
お父さんはアンドリューさまが今日は選んでくれたらしくて、可愛い水色のドレス。
きっと髪の色に合わせたんだろうな。
ふわふわと揺らめくドレスを風に靡かせながら歩いていると、後ろにいたヒューバートさんが突然ぼくたちの前に立ちはだかった。
「この方々に何か御用ですか?」
見ると、少し離れた場所にぼくたちと同じ年くらいの帽子を被った女の子が2人立っていた。
突然ヒューバートさんに声をかけられたから驚いているんだろう。
「あ、あの……その、私たち……」
女の子たちは少し離れた場所から一歩も進むこともできずに身体を震わせている。
ぼくとお父さんは顔を見合わせて『うん』と頷いた。
「ヒューバート、ちょっと彼女たちの話を聞こう」
「ですが……」
「あの子たちは大丈夫だよ。ねっ」
「畏まりました」
ヒューバートさんはぼくたちの前から後ろへと移動しつつも、ぼくたちから決して目を離すことはなかった。
「どうしたの?」
お父さんが女の子に優しく声をかけると、女の子たちはほっとしたようにぼくたちに近づいてきた。
「あの……私たち、貴方がたにお伺いしたいことがあって……」
女の子の1人がそういうと、後ろにいたヒューバートさんが
「貴方はもしやギュンター伯爵家の御令嬢では?」
と声をかけると、サーっと顔を青褪めさせその場に蹲った。
隣にいた子は慌てて彼女の横にしゃがみ込んで背中を撫でている。
「どうしたの? 大丈夫?」
ぼくはすぐに近寄って顔を覗き込むと顔が青白い。
このままだと倒れてしまうかも……。
「アン、この人たちをどこかで座らせてあげないと」
「すぐそこにカフェがあるから連れて行こう。
ヒューバート、先に行って個室を開けてもらって」
「アンさまとリカさまのおそばを離れるわけには……」
「彼女の様子を見ると、きっと男性には触れられたくないはず。
私とリカで連れて行くから、先に行っておいて。
周りの騎士にも手は出さないように言ってね」
「……畏まりました」
ヒューバートさんは周りの騎士さんたちに目で合図を送ると、急いですぐそこの店に入って行った。
「私の肩に捕まって。ほら、あの店まで歩ける?」
「は、はい。ありがとうございます」
まだ身体を震わせるその女の子をみんなで支えながら、ぼくたちはお父さんの教えてくれた店に辿り着いた。
先に行っていたヒューバートさんのおかげですぐに個室に案内してもらうことができた。
案内された部屋には大きなソファーが置いてあって、彼女をそこに座らせるとようやく落ち着いた表情をして
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
と涙声で話した。
「ううん。大丈夫だよ。元々この店に行くつもりだったし、それよりも何か私たちに話があるとか?」
「は、はい。あの……」
彼女は後ろに控えるヒューバートさんの姿を気にしているようだ。
男性がいると話しにくい内容なのかもしれない。
「アン、ヒューバートさんに外で待っていてもらうように頼めないかな?」
お父さんに小声でそう離すと、お父さんも『うん』と小さく頷いて、すぐにヒューバートさんを外に出してくれた。
ヒューバートさんはアンドリューさまやフレッドにしっかりと護衛をするように頼まれているからと難色を示したけれど、お父さんが強い口調で命令すると『畏まりました』と部屋を出ていった。
それでも部屋の前で警護してくれているんだろうけど。
まぁ、それなら彼女も少しは気が楽になったかな。
「少しは落ち着いたかな? あっ、紅茶を先に持ってきてもらう?」
温かいものでも飲んで気持ちを落ち着けたほうがいいかなと思ったのだけど、
「いいえ。大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
とまだ青白い顔で笑顔を向けられた。
うーん、まだ無理してるような気もするけど……。本当に大丈夫かな?
「それで、私たちに話とは?」
お父さんがそう声をかけると、意を決した表情でゆっくりと口を開いた。
「……あの、貴方がたは少し前に城下で起こった卑劣な事件をご存知ですか?」
「事件?」
「はい。その……私たち……」
彼女が言い淀んでいると、隣にいた女の子が口を開いた。
「私たち、その事件の被害者なんですっ!」
「えっ……それって……」
ぼくたちが、確か侯爵家だとか伯爵家だとかの息子に城下の外れの古びた小屋に連れて行かれて変な匂いのする紅茶を飲まされそうになったあの事件……。
あの時、あの男たちにお父さんは殴られて、ぼくも身体に触られたんだよね。
思い出しても身体が震えて気持ち悪くなる。
ぼくたち以外にも被害者がいるって聞いてたけど、それがこの子達??
「はい。あの人に声をかけられてあの小屋に連れて行かれて紅茶を飲まされて……それで……」
その時のことを思い出しながら涙ぐむ彼女たちにお父さんは
『いいよ。無理して話さなくていい』
と慰めの声をかけた。
「……私たち、ボロ布のように道端に捨てられていたのを騎士団長のヒューバートさまに見つけていただいて、自宅で療養していたのです」
「あっ、だからヒューバートは貴方たちのことを?」
「はい。お助けいただいたのに申し訳ないのですが、あんなところを見られたのかと思うと恥ずかしくて……」
そりゃあそうだよね。嫁入り前の娘さんだもん。
きっと辛かっただろうな……。
「いいよ。ヒューバートもわかってくれるよ。気にしないでいい」
お父さんの言葉にホッとしたように彼女は小さく頷いた。
「私たち、療養しているうちにあの時の記憶がだんだんと甦り、自分が何をされたのか思い出しました……」
「そうだったんだ。思い出して辛かったね。よく頑張ったね」
お父さんは必死に話す彼女たちの背中を優しく撫でながら、温かい笑顔を見せた。
「私たち、婚約者がいたのです……」
「えっ……」
いたってことは……もしかして……。
ぼくの表情に気づいたんだろう、彼女は悲しげな表情で
「はい。あの事件の後、破談……になりました……」
大粒の涙を流しながら、そう話す彼女が可哀想で見ていられなくてぼくは思わず彼女の手を取った。
この国では婚姻の時、処女性が強く求められるのだと聞いたことがある。
破談になったということは、彼女たちはおそらくあの男たちに最後までヤられたんだ。
あの男たちのせいで彼女たちの人生は……。
彼女たちには幸せな人生が待っていたはずなのに……本当に許せないな、あの男たち。
「辛かったね」
いろいろ言ってあげたいのに、ぼくの口からはそれしか出てこない。
気づけば、ぼくは彼女の手を取ったまま一緒に泣いていた。
「はい。悔しくて……悲しくて……毎日泣いて暮らしました。でも……そんな時、我が家に王室から直々にお知らせが参ったのです」
「お知らせ?」
「はい。犯人が捕まったと……そのお知らせでした」
「そっか。犯人が捕まっても貴方がたの傷は癒えないだろうけど、罪は償ってほしいもんね」
「はい。そのときに騎士団の方がお父さまに難航していた捜査に協力してくださった方がいたと教えてくださったそうです」
もしかしてそれって……。
彼女はほんの少し広角をあげ小さく頷きながら教えてくれた。
「あの紅茶に薬が混入されていたことに気付いた2人の少女が、傷を負いながらも彼女たちは必死に抵抗して、時間を稼いでくれたおかげで犯人を捕縛することができたのだと教えてくださったんです」
それってぼくたちのこと?
ぼくとお父さんが顔を見合わせていると、彼女は尚も話を続けた。
「私たちは被害に遭いながらも記憶を消されていて誰が犯人か証言することもできなくて悔しかったんです。
婚約者も離れていって、家族は私たちを腫れ物に触るような扱いで……騎士団の皆さんのおかげで誰が被害者かは一応伏せられていたけど、婚約が破談になったことで大体のことは社交界では知られていました。それに、まだ犯人がうろうろしているかと思うと怖くて外に出ることもできませんでした。もう一生部屋から出ないで生きていこうって毎日そればっかり考えてたんです。でも勇敢な彼女たちのおかげであの憎い犯人が捕まって、やっと一歩踏み出せると思いました」
ああ、彼女の表情が変わった。
凛として芯の強そうな大人の女性だ。
辛い気持ちに打ち勝とうとして必死に頑張っている顔だ。
「これからの人生をやり直すためにもまずは彼女たちにお礼が言いたいと思ったのです。
そこで、お父さまに捜査に協力したという2人の女性のことを尋ねましたら、青髪と金髪の美しい女性だったということしかわからないと教えられました。
それで私と同じ被害にあった友人のローズと一緒に城下に出て、毎日その特徴に合う女性を探していたのです。
先ほどお二人を見て私たちの探していた人に間違いないと思いました。
私たちの探していた恩人は貴方がたですよね? そうですよね?」
彼女たちの目が期待に満ちている。
恩人といわれることをしたとは思っていないけれど、ここで嘘を言う意味もない。
ぼくがお父さんに目をやると、お父さんはぼくを見てニコリと笑った後、
彼女たちに向けて優しい笑顔で大きく『うん』と頷いた。
お父さんのその大きな頷きに2人は『わぁっ』とみるみるうちに涙をこぼした。
「やっぱり貴方がただったんですね!! お会いできてよかった!!
本当にありがとうございました。貴方がたがいなかったら、私たち今頃まだ家で塞ぎ込んでいました」
「ううん。貴方たちは強くて美しい女性だから、いつかはきっと前を向けたと思うよ。
傷ついた心を癒すには時間がかかっただろうに……こうやって外に出る勇気を出せて本当によかった」
「本当にありがとうございました」
彼女たちはぼくとお父さんの手をぎゅっと握り、ただひたすらにお礼を言いながら大粒の涙を流し続けていた。
ぼくたちは彼女たちの震える肩をポンポンと優しく撫で『大丈夫だよ』と気持ちを落ち着かせていた。
すると、突然部屋の外から何か大声で叫ぶ声が聞こえてきた。
何を言っているのかまではわからないけれど、その大声がだんだん近づいてくるのがわかる。
ドタバタとうるさい足音と共に声が近づいてきたと思ったら、突然部屋の扉がバーンと開いた。
そのあまりの勢いの激しさに『きゃーっ!!』と叫び声を上げて彼女たちと抱き合っていると、僕たちの目の前に大きな姿が飛び込んできた。
「トーマ!」
「シュウ!」
大声でぼくたちの名前を叫んできたのは、アンドリューさまとフレッド。
なぜか、2人ともものすごく怒っているように見えたのは気のせいかな??
「お前たち、ここで何をしているんだ?」
アンドリューさまがビリビリと威圧感のある声で問いかけてくるけれど、あまりにも怖いその声にお父さんでさえ言葉を返すことができないみたいだ。
「シュウ、なぜその女性と抱き合っているのだ?」
その声にぼくはハッと我に返って自分の今の状況を見てみると、ぼくの腕の中に女性が抱き込まれていた。
その彼女も突然現れたアンドリューさまとフレッドの姿に驚いて目を丸くしている。
『えっ? へいか? うそっ……どういうこと?』
お父さんの腕の中にいる彼女は現れたのがアンドリューさまだと気づいて半ばパニックになってしまっている。
「あ、あの……」
ぼくの腕の中にいる彼女は必死に声を出そうとしているけれど恐怖が勝ってうまく声を出せないみたいだ。
この状況、一体どうなっているの?
よく考えるんだ。
フレッドとアンドリューさまが突然ここにきた理由はわからないけれど、ぼくたちの今の状況を見て何か勘違いしているに違いない。
「ちょっと、フレッド落ち着いてっ!! ぼくたちの話を聞いてっ!!」
ぼくが大声で叫ぶと、お父さんも
「アンディーも落ち着いてっ!! これ以上彼女たちを怯えさせないで!」
とそう叫ぶと、アンドリューさまは一瞬ぼくとお父さんの腕の中にいる彼女たちに目を向けた。
すると、今まで殺気立っていた瞳が急に少し落ち着いたように見えた。
「其方たちは……そうか、そういうことか。アルフレッド落ち着け。大丈夫だ」
アンドリューさまのその声にフレッドの瞳も少し落ち着きを取り戻した。
部屋の外にはヒューバートさんが心配そうに見守ってくれていたけれど、アンドリューさまが
落ち着いた声で『この部屋を少し借りる』と声をかけると安心したように扉を閉めた。
「驚かせて悪かった……が、そろそろ離れてはくれぬか?」
アンドリューさまのその言葉にぼくたちの腕の中にいた彼女たちが『あっ、も、申し訳ございません』と急いでぼくたちを跳ね除け離れていった。
アンドリューさまは無駄のない動きでお父さんを腕の中に閉じ込め、抱き抱えるようにソファーに腰を下ろした。
そして、フレッドもまた同じようにぼくを抱き抱えてソファーに座った。
「ギュンター伯爵家令嬢ステラ、シュルツ伯爵家令嬢ローズ、其方たちも座るが良い」
アンドリューさまのその言葉に彼女たちは若干怯えつつも少し離れた位置にそれぞれ腰を下ろした。
アンドリューさまは2人が座ったのを確認して、
「其方たちには辛い思いをさせたな。私の城下であのような卑劣な行為を見逃し申し訳ない」
と頭を下げた。
そっか。アンドリューさまは彼女たちがどんな目にあったのかを知っていたんだ。
顔を見ただけですぐにわかるってさすがだな。
彼女たちは国王自らのお詫びにとてつもなく驚いている様子で、
「へ、陛下。お顔をおあげください!!! そんな……陛下が私たちに謝る必要などございません!!」
と声を上げると、ようやくアンドリューさまは顔を上げた。
「其方たちがこれから先幸せに歩めるようこの国の王としてできうる限りのことをすると約束しよう」
「ありがたいお言葉に感謝いたします」
彼女たちは国王さま直々の言葉に嬉しそうな表情で涙を流していた。
「それはそうと、この今の状況はなんなのだ?」
アンドリューさまが腕の中にいるお父さんに問いかけると、お父さんは丁寧にこれまでの出来事を説明した。
「――というわけで、彼女たちは僕たちにお礼を言うためにずっと探してくれてたんだ。
その話をしていただけだよ。アンディーが心配するようなことは何もないよ」
「そうか……。悪かった。其方たちも驚かせてすまなかったな」
「い、いいえ。あの……」
「どうした? 気になることがあるなら申せ」
「あの、彼女たちは一体……?」
「ふふっ。そうか。其方たちは知らぬのか。
この子は私の愛するトーマだ」
「ええっ? お、王妃、さま……?? ウソっ!!!!」
さっきのアンドリューさまの登場以上に驚きを隠せない様子だ。
「ああーっ、もうアンディーのせいでバレちゃったじゃない。僕が女装してるって! 恥ずかしいのにっ!!」
『もうばか、ばかーっ!』とアンドリューさまの身体をポカポカと叩くお父さんを見て、
フレッドと顔を見合わせて『ふふっ』と笑ってしまった。
みると、彼女たちも楽しそうに笑っている。
部屋中に楽しい笑い声が響いて、先ほどまでのピリピリした雰囲気が嘘のように穏やかで和やかな時が流れていた。
そう言って、レイモンドさんは作業台の中へと入っていった。
「トーマ王妃、店内でお待ちになりますか?」
「うん。せっかくだから店内を見学しようかな」
外へ行くとまた警護も大変だろうし、大人しくここで待っていようとお父さんに言われ、しばらくお店の中を見て回った。
いろんな宝石で作られた作品をじっくりと眺めている間にあっという間に時間が経っていたらしい。
『お待たせいたしました』というレイモンドさんの声にお父さんと2人して『もう?』と驚いたくらいだ。
それほどレイモンドさんの作った作品は見応えがあった。
レイモンドさんのところまで戻ると、黒金剛石と藍玉が綺麗な輝きを放って、ベルベットのケースに入れられていた。
「わぁっ、素敵。これ、触っていい?」
「もちろんでございます。どうぞ」
レイモンドから了承を得たお父さんはアンドリューさまの瞳の色である藍玉をそっと手に取った。
そして、ぼくにだけ見えるように青い髪をそっと左耳にかけ、形の良い綺麗な耳たぶに藍玉を当て『どう?』と尋ねてきた。
藍玉の優しい淡い色がお父さんの白い耳たぶに煌めいている。
「うん。とってもよく似合う。いつもの黒髪ならもっと映えると思うよ」
「ああ、そっか。今は青髪なんだっけ」
お父さんはささっと耳にかけた髪を元に戻し、レイモンドさんたちに向き直った。
やっぱり耳を見せたのははしたなかったのかもしれない。
これからはぼくも気をつけよう……。
「王妃さま。こんなことを申し上げることは不敬かと存じますが……」
「んっ? どうしたの? いいよ、言ってみて」
「今日のお召し物も……その、とてもよくお似合いでございますが、なぜ女性の格好をしていらっしゃるのですか?」
「ああ。それ? 王妃の格好で行ってレイモンドのお店が騒ぎになると困るからね、変装してきたんだ。
似合ってない?」
「いいえっ! とてもよくお似合いでございます。サンチェス公爵夫人とまるで御姉妹のようでございます」
「ふふっ。そう? 柊ちゃん、姉妹に見えるって」
「ふふっ。嬉しいっ」
「「――っ!」」
姉妹と言われて嬉しくてぼくたちが顔を見合わせて笑い合っていると、レイモンドさんとヒューバートさんも同じように顔を見合わせて顔を真っ赤にしていた。
んっ? この部屋暑いのかな?
「あっ、そうだ! このピアスここで付けて行っちゃおうかな。
アンディーの前に出た時に付けてたら喜んでくれるんじゃない??」
「「えっ?? 王妃さま、それは絶対にいけません!!!」」
お父さんの言葉にヒューバートさんもレイモンドさんも一瞬驚いていたけど、すぐにお父さんに異議を唱えた。
「えっ? だめ? やめた方がいい?」
「ピアスはお互いに付け合うものでございます。トーマ王妃が自分でつけられたら、陛下はきっと嘆き悲しまれることでしょう」
ヒューバートさんがそう諫めると、お父さんは『そうなんだ』と納得していた。
「柊ちゃんもアルフレッドさんと一緒に付けたの?」
「うん。フレッドに付けてもらったほうが痛くなかったし、トーマさまもそっちがいいと思うよ」
「じゃあ、そうしよう。ヒューバート、レイモンド教えてくれてありがとう」
「いいえ、出過ぎたことを申しまして失礼いたしました」
「これは大切に持って帰るよ。ありがとう。あと、指輪の製作よろしくね」
「はい。私の全身全霊をかけてお作りいたします」
レイモンドさんは出来上がったら、すぐに連絡をくれると約束してくれた。
お父さんはアンドリューさまから渡された代金を袋のままレイモンドさんに手渡し、ぼくたちは店をでた。
「トーマ王妃、このままお帰りになりますか?」
「うーん、せっかく来たし、柊ちゃんとお茶でもして帰ろうかな」
「畏まりました」
「あっ、ヒューバート。お店では僕のことは『アン』、柊ちゃんのことは『リカ』と呼んでよ。
王妃なんて呼ばれたら変装してきた意味ないし、こんな格好してるのが男だってバレたら恥ずかしいじゃない」
「か、かしこまりました。『アン』さまと『リカ』さまですね」
『名前を呼び間違えないようにするのはもちろんだが、これだけお美しいのだから見ただけで男性だと露見することはあり得ないだろう……しかし、トーマ王妃もシュウさまもご自分のお美しさに気づいていらっしゃらないから街で余計な輩が声をかけて来ぬように気をつけなければ』
ヒューバートさんは何やらぶつぶつと呟いていたけれど、急に周りに目をむけ合図を送っているように見えた。
きっと周りにいるという騎士さんたちにぼくたちが街を散策することを伝えているんだろう。
本当についてきているのかわからないくらいだから、騎士さんたちってすごいよね。
「ねぇ、アン。どこに行く?」
「美味しい紅茶を出してくれるお店あるからそこに行こう!」
「わぁーっ! ぼく紅茶大好きっ!」
そのお店はレイモンドさんのお店から少し離れたところにあるらしい。
お父さんに案内されながら2人で手を繋いで歩いて向かう。
2人でおしゃべりをしながら歩いていると、周りの人がこっちをみているのに気づいた。
んっ? どうしたんだろう?
ぼくがパッとその人たちに目を向けるとサッと目を背けられる。
それを何度か繰り返していると、
「どうしたの?」
とお父さんに尋ねられた。
「なんかすごく視線を感じたんだけど、目を向けたら逸らされるから……」
「ああ。そういうこと? 気にしないでいいよ。みんな多分、僕たちをヒューバートが護衛しているから気になっているだけだよ」
「ああ、なるほど。そっか。ぼくたちみたいなただの女の子に騎士団長さんがついてたら何事かって気になるもんね」
「ふふっ。そう、そう」
今日のぼくたちの格好はこの前のような平民スタイルではなく、高位貴族に見られる格好だ。
なんたって騎士団長さん自らがついててくれるのに平民の格好じゃ余計おかしいもんね。
ぼくの服はいつものようにフレッドが選んでくれたんだけど、軽くてふわふわな淡いオレンジ色のドレス。
お父さんはアンドリューさまが今日は選んでくれたらしくて、可愛い水色のドレス。
きっと髪の色に合わせたんだろうな。
ふわふわと揺らめくドレスを風に靡かせながら歩いていると、後ろにいたヒューバートさんが突然ぼくたちの前に立ちはだかった。
「この方々に何か御用ですか?」
見ると、少し離れた場所にぼくたちと同じ年くらいの帽子を被った女の子が2人立っていた。
突然ヒューバートさんに声をかけられたから驚いているんだろう。
「あ、あの……その、私たち……」
女の子たちは少し離れた場所から一歩も進むこともできずに身体を震わせている。
ぼくとお父さんは顔を見合わせて『うん』と頷いた。
「ヒューバート、ちょっと彼女たちの話を聞こう」
「ですが……」
「あの子たちは大丈夫だよ。ねっ」
「畏まりました」
ヒューバートさんはぼくたちの前から後ろへと移動しつつも、ぼくたちから決して目を離すことはなかった。
「どうしたの?」
お父さんが女の子に優しく声をかけると、女の子たちはほっとしたようにぼくたちに近づいてきた。
「あの……私たち、貴方がたにお伺いしたいことがあって……」
女の子の1人がそういうと、後ろにいたヒューバートさんが
「貴方はもしやギュンター伯爵家の御令嬢では?」
と声をかけると、サーっと顔を青褪めさせその場に蹲った。
隣にいた子は慌てて彼女の横にしゃがみ込んで背中を撫でている。
「どうしたの? 大丈夫?」
ぼくはすぐに近寄って顔を覗き込むと顔が青白い。
このままだと倒れてしまうかも……。
「アン、この人たちをどこかで座らせてあげないと」
「すぐそこにカフェがあるから連れて行こう。
ヒューバート、先に行って個室を開けてもらって」
「アンさまとリカさまのおそばを離れるわけには……」
「彼女の様子を見ると、きっと男性には触れられたくないはず。
私とリカで連れて行くから、先に行っておいて。
周りの騎士にも手は出さないように言ってね」
「……畏まりました」
ヒューバートさんは周りの騎士さんたちに目で合図を送ると、急いですぐそこの店に入って行った。
「私の肩に捕まって。ほら、あの店まで歩ける?」
「は、はい。ありがとうございます」
まだ身体を震わせるその女の子をみんなで支えながら、ぼくたちはお父さんの教えてくれた店に辿り着いた。
先に行っていたヒューバートさんのおかげですぐに個室に案内してもらうことができた。
案内された部屋には大きなソファーが置いてあって、彼女をそこに座らせるとようやく落ち着いた表情をして
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
と涙声で話した。
「ううん。大丈夫だよ。元々この店に行くつもりだったし、それよりも何か私たちに話があるとか?」
「は、はい。あの……」
彼女は後ろに控えるヒューバートさんの姿を気にしているようだ。
男性がいると話しにくい内容なのかもしれない。
「アン、ヒューバートさんに外で待っていてもらうように頼めないかな?」
お父さんに小声でそう離すと、お父さんも『うん』と小さく頷いて、すぐにヒューバートさんを外に出してくれた。
ヒューバートさんはアンドリューさまやフレッドにしっかりと護衛をするように頼まれているからと難色を示したけれど、お父さんが強い口調で命令すると『畏まりました』と部屋を出ていった。
それでも部屋の前で警護してくれているんだろうけど。
まぁ、それなら彼女も少しは気が楽になったかな。
「少しは落ち着いたかな? あっ、紅茶を先に持ってきてもらう?」
温かいものでも飲んで気持ちを落ち着けたほうがいいかなと思ったのだけど、
「いいえ。大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
とまだ青白い顔で笑顔を向けられた。
うーん、まだ無理してるような気もするけど……。本当に大丈夫かな?
「それで、私たちに話とは?」
お父さんがそう声をかけると、意を決した表情でゆっくりと口を開いた。
「……あの、貴方がたは少し前に城下で起こった卑劣な事件をご存知ですか?」
「事件?」
「はい。その……私たち……」
彼女が言い淀んでいると、隣にいた女の子が口を開いた。
「私たち、その事件の被害者なんですっ!」
「えっ……それって……」
ぼくたちが、確か侯爵家だとか伯爵家だとかの息子に城下の外れの古びた小屋に連れて行かれて変な匂いのする紅茶を飲まされそうになったあの事件……。
あの時、あの男たちにお父さんは殴られて、ぼくも身体に触られたんだよね。
思い出しても身体が震えて気持ち悪くなる。
ぼくたち以外にも被害者がいるって聞いてたけど、それがこの子達??
「はい。あの人に声をかけられてあの小屋に連れて行かれて紅茶を飲まされて……それで……」
その時のことを思い出しながら涙ぐむ彼女たちにお父さんは
『いいよ。無理して話さなくていい』
と慰めの声をかけた。
「……私たち、ボロ布のように道端に捨てられていたのを騎士団長のヒューバートさまに見つけていただいて、自宅で療養していたのです」
「あっ、だからヒューバートは貴方たちのことを?」
「はい。お助けいただいたのに申し訳ないのですが、あんなところを見られたのかと思うと恥ずかしくて……」
そりゃあそうだよね。嫁入り前の娘さんだもん。
きっと辛かっただろうな……。
「いいよ。ヒューバートもわかってくれるよ。気にしないでいい」
お父さんの言葉にホッとしたように彼女は小さく頷いた。
「私たち、療養しているうちにあの時の記憶がだんだんと甦り、自分が何をされたのか思い出しました……」
「そうだったんだ。思い出して辛かったね。よく頑張ったね」
お父さんは必死に話す彼女たちの背中を優しく撫でながら、温かい笑顔を見せた。
「私たち、婚約者がいたのです……」
「えっ……」
いたってことは……もしかして……。
ぼくの表情に気づいたんだろう、彼女は悲しげな表情で
「はい。あの事件の後、破談……になりました……」
大粒の涙を流しながら、そう話す彼女が可哀想で見ていられなくてぼくは思わず彼女の手を取った。
この国では婚姻の時、処女性が強く求められるのだと聞いたことがある。
破談になったということは、彼女たちはおそらくあの男たちに最後までヤられたんだ。
あの男たちのせいで彼女たちの人生は……。
彼女たちには幸せな人生が待っていたはずなのに……本当に許せないな、あの男たち。
「辛かったね」
いろいろ言ってあげたいのに、ぼくの口からはそれしか出てこない。
気づけば、ぼくは彼女の手を取ったまま一緒に泣いていた。
「はい。悔しくて……悲しくて……毎日泣いて暮らしました。でも……そんな時、我が家に王室から直々にお知らせが参ったのです」
「お知らせ?」
「はい。犯人が捕まったと……そのお知らせでした」
「そっか。犯人が捕まっても貴方がたの傷は癒えないだろうけど、罪は償ってほしいもんね」
「はい。そのときに騎士団の方がお父さまに難航していた捜査に協力してくださった方がいたと教えてくださったそうです」
もしかしてそれって……。
彼女はほんの少し広角をあげ小さく頷きながら教えてくれた。
「あの紅茶に薬が混入されていたことに気付いた2人の少女が、傷を負いながらも彼女たちは必死に抵抗して、時間を稼いでくれたおかげで犯人を捕縛することができたのだと教えてくださったんです」
それってぼくたちのこと?
ぼくとお父さんが顔を見合わせていると、彼女は尚も話を続けた。
「私たちは被害に遭いながらも記憶を消されていて誰が犯人か証言することもできなくて悔しかったんです。
婚約者も離れていって、家族は私たちを腫れ物に触るような扱いで……騎士団の皆さんのおかげで誰が被害者かは一応伏せられていたけど、婚約が破談になったことで大体のことは社交界では知られていました。それに、まだ犯人がうろうろしているかと思うと怖くて外に出ることもできませんでした。もう一生部屋から出ないで生きていこうって毎日そればっかり考えてたんです。でも勇敢な彼女たちのおかげであの憎い犯人が捕まって、やっと一歩踏み出せると思いました」
ああ、彼女の表情が変わった。
凛として芯の強そうな大人の女性だ。
辛い気持ちに打ち勝とうとして必死に頑張っている顔だ。
「これからの人生をやり直すためにもまずは彼女たちにお礼が言いたいと思ったのです。
そこで、お父さまに捜査に協力したという2人の女性のことを尋ねましたら、青髪と金髪の美しい女性だったということしかわからないと教えられました。
それで私と同じ被害にあった友人のローズと一緒に城下に出て、毎日その特徴に合う女性を探していたのです。
先ほどお二人を見て私たちの探していた人に間違いないと思いました。
私たちの探していた恩人は貴方がたですよね? そうですよね?」
彼女たちの目が期待に満ちている。
恩人といわれることをしたとは思っていないけれど、ここで嘘を言う意味もない。
ぼくがお父さんに目をやると、お父さんはぼくを見てニコリと笑った後、
彼女たちに向けて優しい笑顔で大きく『うん』と頷いた。
お父さんのその大きな頷きに2人は『わぁっ』とみるみるうちに涙をこぼした。
「やっぱり貴方がただったんですね!! お会いできてよかった!!
本当にありがとうございました。貴方がたがいなかったら、私たち今頃まだ家で塞ぎ込んでいました」
「ううん。貴方たちは強くて美しい女性だから、いつかはきっと前を向けたと思うよ。
傷ついた心を癒すには時間がかかっただろうに……こうやって外に出る勇気を出せて本当によかった」
「本当にありがとうございました」
彼女たちはぼくとお父さんの手をぎゅっと握り、ただひたすらにお礼を言いながら大粒の涙を流し続けていた。
ぼくたちは彼女たちの震える肩をポンポンと優しく撫で『大丈夫だよ』と気持ちを落ち着かせていた。
すると、突然部屋の外から何か大声で叫ぶ声が聞こえてきた。
何を言っているのかまではわからないけれど、その大声がだんだん近づいてくるのがわかる。
ドタバタとうるさい足音と共に声が近づいてきたと思ったら、突然部屋の扉がバーンと開いた。
そのあまりの勢いの激しさに『きゃーっ!!』と叫び声を上げて彼女たちと抱き合っていると、僕たちの目の前に大きな姿が飛び込んできた。
「トーマ!」
「シュウ!」
大声でぼくたちの名前を叫んできたのは、アンドリューさまとフレッド。
なぜか、2人ともものすごく怒っているように見えたのは気のせいかな??
「お前たち、ここで何をしているんだ?」
アンドリューさまがビリビリと威圧感のある声で問いかけてくるけれど、あまりにも怖いその声にお父さんでさえ言葉を返すことができないみたいだ。
「シュウ、なぜその女性と抱き合っているのだ?」
その声にぼくはハッと我に返って自分の今の状況を見てみると、ぼくの腕の中に女性が抱き込まれていた。
その彼女も突然現れたアンドリューさまとフレッドの姿に驚いて目を丸くしている。
『えっ? へいか? うそっ……どういうこと?』
お父さんの腕の中にいる彼女は現れたのがアンドリューさまだと気づいて半ばパニックになってしまっている。
「あ、あの……」
ぼくの腕の中にいる彼女は必死に声を出そうとしているけれど恐怖が勝ってうまく声を出せないみたいだ。
この状況、一体どうなっているの?
よく考えるんだ。
フレッドとアンドリューさまが突然ここにきた理由はわからないけれど、ぼくたちの今の状況を見て何か勘違いしているに違いない。
「ちょっと、フレッド落ち着いてっ!! ぼくたちの話を聞いてっ!!」
ぼくが大声で叫ぶと、お父さんも
「アンディーも落ち着いてっ!! これ以上彼女たちを怯えさせないで!」
とそう叫ぶと、アンドリューさまは一瞬ぼくとお父さんの腕の中にいる彼女たちに目を向けた。
すると、今まで殺気立っていた瞳が急に少し落ち着いたように見えた。
「其方たちは……そうか、そういうことか。アルフレッド落ち着け。大丈夫だ」
アンドリューさまのその声にフレッドの瞳も少し落ち着きを取り戻した。
部屋の外にはヒューバートさんが心配そうに見守ってくれていたけれど、アンドリューさまが
落ち着いた声で『この部屋を少し借りる』と声をかけると安心したように扉を閉めた。
「驚かせて悪かった……が、そろそろ離れてはくれぬか?」
アンドリューさまのその言葉にぼくたちの腕の中にいた彼女たちが『あっ、も、申し訳ございません』と急いでぼくたちを跳ね除け離れていった。
アンドリューさまは無駄のない動きでお父さんを腕の中に閉じ込め、抱き抱えるようにソファーに腰を下ろした。
そして、フレッドもまた同じようにぼくを抱き抱えてソファーに座った。
「ギュンター伯爵家令嬢ステラ、シュルツ伯爵家令嬢ローズ、其方たちも座るが良い」
アンドリューさまのその言葉に彼女たちは若干怯えつつも少し離れた位置にそれぞれ腰を下ろした。
アンドリューさまは2人が座ったのを確認して、
「其方たちには辛い思いをさせたな。私の城下であのような卑劣な行為を見逃し申し訳ない」
と頭を下げた。
そっか。アンドリューさまは彼女たちがどんな目にあったのかを知っていたんだ。
顔を見ただけですぐにわかるってさすがだな。
彼女たちは国王自らのお詫びにとてつもなく驚いている様子で、
「へ、陛下。お顔をおあげください!!! そんな……陛下が私たちに謝る必要などございません!!」
と声を上げると、ようやくアンドリューさまは顔を上げた。
「其方たちがこれから先幸せに歩めるようこの国の王としてできうる限りのことをすると約束しよう」
「ありがたいお言葉に感謝いたします」
彼女たちは国王さま直々の言葉に嬉しそうな表情で涙を流していた。
「それはそうと、この今の状況はなんなのだ?」
アンドリューさまが腕の中にいるお父さんに問いかけると、お父さんは丁寧にこれまでの出来事を説明した。
「――というわけで、彼女たちは僕たちにお礼を言うためにずっと探してくれてたんだ。
その話をしていただけだよ。アンディーが心配するようなことは何もないよ」
「そうか……。悪かった。其方たちも驚かせてすまなかったな」
「い、いいえ。あの……」
「どうした? 気になることがあるなら申せ」
「あの、彼女たちは一体……?」
「ふふっ。そうか。其方たちは知らぬのか。
この子は私の愛するトーマだ」
「ええっ? お、王妃、さま……?? ウソっ!!!!」
さっきのアンドリューさまの登場以上に驚きを隠せない様子だ。
「ああーっ、もうアンディーのせいでバレちゃったじゃない。僕が女装してるって! 恥ずかしいのにっ!!」
『もうばか、ばかーっ!』とアンドリューさまの身体をポカポカと叩くお父さんを見て、
フレッドと顔を見合わせて『ふふっ』と笑ってしまった。
みると、彼女たちも楽しそうに笑っている。
部屋中に楽しい笑い声が響いて、先ほどまでのピリピリした雰囲気が嘘のように穏やかで和やかな時が流れていた。
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