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第四章 (王城 過去編)
花村 柊 36−2
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さっきまでの騒ぎが嘘のようにしんと静まりかえった中庭で、ぼくはフレッドに抱き抱えられたままジュリアン王太子を見つめていた。
この人がジュリアン王太子……。
髪が伸びまくってて髭も生えてるからぱっと見、わからないけど、がっしりした体格やはっきりとした目鼻立ちはやっぱりアンドリューさまやフレッドに似ている感じがする。
急に飛びかかってこられたから怖いと思ったけど、ジュリアン王太子だってわかったからもう大丈夫なんじゃないかと思ってフレッドに下ろしてくれるように頼んだけど、フレッドは頑なに下ろそうとしなかったからどうしようもない。
突然飛び出してきた彼がジュリアン王太子だとわかってもフレッドはまだ彼に警戒が解けないようだ。
さっきの騒ぎでぼくとフレッドの周りにはヒューバートさんとたくさんの騎士さんたちが見守ってくれていて、
向かい合わせに立つジュリアン王太子のすぐ隣には、いつも穏やかで優しげな表情をしているお父さんとは思えないほど怖い表情で睨みをきかせていた。
「それでっ! なんで今日ここにジュリアンがいるの? 明日帰ってくる予定じゃなかった?」
「いや、それは……その」
お父さんの強い口調に少しビビっているのか、ジュリアン王太子はおどおどした口調でその質問に答え始めた。
「実は……元々今日の予定だったんだけど、その、彼女だけに先にこっそり会いたくてわざと違う日にちをオランディアに伝えたんです。
王城に裏ルートから入る方法は知っていたし、彼女が最近は中庭でいつもお茶をしているらしいという情報を聞いていたから、それで……中庭にいたら会えると思って隠れてただけなんです。ずっと待っててやっと彼女が来たと思ったら嬉しくて、それで抱きしめようかと思って……飛びかかったんだけど、それがあんなに大事になるとは思わなくて……」
「ばかっ!!!! 何考えてるのっ!!! あなたみたいなガタイのいい大きな男性に急に飛びかかってこられて柊ちゃんがどれだけ怖かったか、わかってるの?? それにあなたのその無計画な考えでヒューバートたちに迷惑かけて!!! それで捕まって処罰がどうのとか誰が言ってるの!!!」
「でも……」
「でもじゃないでしょ!!! 大体なんでそんなむさ苦しい格好をしているの??
そんな格好してたら不審者と思われても仕方ないでしょっ!!!」
「……はい」
お父さんからの怒涛の口撃にジュリアン王太子は大きな身体を縮こませてシュンとなっていた。
小柄で細いお父さんにガタイのいい大きなジュリアン王太子が叱られているのを見るのは実に不思議な感じがする。
「あ、あの……トーマさま。その辺で許してあげてください。ジュリアン王太子も反省しているみたいだし」
ぼくのその言葉にジュリアン王太子は嬉しそうな表情でパッと顔をあげぼくに視線を向けたけれど、フレッドがさりげなくぼくの身体に腕を回しジュリアン王太子の視界からぼくが見えないように隠した。
「柊ちゃんは優しすぎだよ!! あんなに怖い思いさせられて、そんなに簡単に許したらだめ!」
「あの……でも、久しぶりに帰ってきたのに、ずっと怒られてばかりだと可哀想ですよ」
「そう! 可哀想ですよ、姉上。だからその辺で許してください」
ジュリアン王太子はぼくの言葉に同調し、もう一度頭を深々と下げていた。
「じゃあ、まずヒューバートたちに謝罪して。
陛下の命令を忠実に守っていた彼らにあんな酷いこと言ったんだから、ちゃんと悪かったって謝罪して。でないと許さない」
「王太子の私が騎士たちに謝罪する? そんなこと……」
「できないっていうの? なら、もうここで終わり。ジュリアンはリャバーヤに強制送還する。それでいい?」
「姉上っ、それは!!」
ジュリアン王太子は悔しそうに唇を噛み締めていたけれど、なかなかヒューバートさんたちに謝罪しようとしない。
やっぱり王太子としてのプライドが許さないんだろうか。
でも悪いことをした時は自分の立場とか関係なく謝ったほうがスッキリすると思うんだけど。
悔しげな表情でヒューバートさんたちに視線を向け、ジュリアン王太子が口を開こうとしたその時、
「お前たち、そこで何をしているんだっ!!!」
と一際大きな声が中庭中に響き渡った。
近づいてくるアンドリューさまからものすごく怒っていそうな雰囲気が身体から滲み出ているのが感じ取れる。
「中庭に不審者が現れてシュウに襲い掛かったと聞いて慌てて駆けつけてみれば、騒ぎの元はジュリアン、お前か?」
「兄上っ……それは」
「それになんだ? その汚らしい格好は。お前、それでもこのオランディア王国の次期国王としての自覚はあるのか?」
アンドリューさまの目つきが恐ろしいほど鋭くて、ジュリアン王太子は恐怖に顔を引き攣らせているように見えた。
そのままジュリアン王太子を殴りつけてしまいそうな雰囲気にぼくは怖くてフレッドにしがみついた。
けれど、アンドリューさまは身体を震わせ何も言えずにいるジュリアン王太子を一瞥して、そのままジュリアン王太子の隣に立つお父さんの元へと駆け寄った。
「トーマ、お前は何も怪我はないか?」
「アンディー、僕は大丈夫。怖い思いをしたのは柊ちゃんだけだよ。でもすぐにアルフレッドさんが柊ちゃんのこと守っていたから大丈夫」
アンドリューさまはお父さんの身体の隅々に目をやり、ホッとした様子で
「そうか。トーマとシュウに怪我がなくて本当に良かった」
と呟いた。
とてつもなく怒っていたみたいだったからジュリアン王太子の行動に頭に血が昇って冷静を欠いているのかと思った。
でもまず先にお父さんの無事を確かめるあたり、いつものアンドリューさまだと思わせてくれて、ほんの少し安心した。
アンドリューさまはすぐにお父さんの腰に手を回してピッタリ寄り添い、ジュリアン王太子との間に入り、お父さんをジュリアン王太子から遠ざけた。
無事だったとはいえ、心配なんだろうな。
でも、不審者じゃなくて弟君だったんだから、アンドリューさまくらいは信じてあげてもいいのにと思ってしまうのはぼくだけかな?
現にフレッドはまだぼくをぎゅっと抱きしめていて下ろす気配は全く無いし。
ヒューバートさんたちもジュリアン王太子の動きをずっと見張っているみたいだ。
とんでもないサプライズを考えたせいで、久しぶりの故郷でこんな待遇にあって少し可哀想な気もする。
まぁ自業自得だと言えばそれまでなんだけど。
「それでトーマ、今までの経緯を話して聞かせてくれないか?」
「あの、兄上っ! 経緯なら私が自分で……」
「ジュリアン! お前、誰が話していいと許可を出したのだ? 私は今、お前の兄ではなく、このオランディアの国王として不審者が出たという事件の経緯をトーマに尋ねているのだぞ。勝手に口を挟むでない!」
「は、はい……」
アンドリューさまにピシャリと撥ね付けられ、ジュリアン王太子は項垂れていた。
それを見てお父さんはジュリアン王太子に少し憐れみの視線を向けたけれど、アンドリューさまに嘘を言うわけにもいかずお父さんが見ていた一部始終を全てアンドリューさまに伝えていた。
すると、アンドリューさまはみるみるうちに怒りを増幅させ、
「ヒューバート、遠慮はいらぬ。こいつを城の地下牢に入れておけ」
と命令を下した。
「そ、そんな……兄上っ! お許しくださいっ! お願いです。私が悪うございました。
どうか地下牢だけはご勘弁を! 兄上っ!」
ジュリアン王太子はアンドリューさまの言葉に一気に顔を青褪めさせ、その場に土下座を始めた。
頭を擦り付けながら必死に謝るその姿が可哀想に思えてきてぼくはアンドリューさまに声をかけようとしたけれど、一応被害者であるぼくが助け舟を出すのはおかしいと言われるかと思った。
フレッドならなんとかしてくれるかもしれないと思って、ぼくはフレッドにそっと話しかけた。
「ねぇ、フレッド……あんなに反省しているみたいだし、許してあげられないかな?
久しぶりに帰ってきたのにあれじゃあ可哀想だよ」
「だが、シュウがあんな怖い目にあっただろう。いくらジュリアン王太子とはいえ、やって良いことと悪いことが……」
「確かに怖かったけどフレッドがすぐに助けに来てくれたし、それにずっと抱き締めていてくれたから怖いなんてすぐ忘れちゃったよ。だってフレッドはぼくだけの専属騎士だもんね」
「ぐっ――!」
助けに来てくれた時のあの安心感を思い出してそういうと、フレッドは苦しげな表情でぼくを見つめた後
『わかった』と一言呟いて、
「陛下。陛下のお怒りは御尤もでございますが、ジュリアン王太子も反省していらっしゃるようですので、今回のところはお許し願えませんでしょうか? シュウも厳罰は望んでおりませんので、何卒寛大なご処置を……」
とアンドリューさまにお願いしてくれた。
アンドリューさまはまだ怒りの表情を滲ませていたけれど、心なしか止めてくれてホッとしているんじゃないかと思ってしまった。
なんてったって自分の弟だもんね。
率先して地下牢なんか入れたくないに決まってる。
「うむ。シュウ、其方……此奴を許しても良いのか?」
「お願いします」
ぼくが頭を下げると、アンドリューさまは大きな溜息を吐きながら、ジュリアン王太子に向き合った。
「お前が傷つけようとしたシュウがお前のために頭を下げているのだぞ。
お前の軽率な行動でどれだけたくさんのものが迷惑を被ったか忘れるでないぞ!」
「はい。申し訳ありませんでした」
ジュリアン王太子は涙を流しながら、謝罪の言葉を言い、そして、
「皆にも申し訳ないことをした。悪かった。許してくれ」
とヒューバートさんたちにも頭を下げていた。
「アンディー、これで許してあげよう」
お父さんがそう言うと、アンドリューさまの表情からようやく怒りがおさまったように見えた。
「ブルーノ! こいつを風呂に入れて身なりを整えておけ」
「畏まりました」
アンドリューさまからそう指示されたブルーノさんは、芝生に土下座したまま動けずにいたジュリアン王太子に
『さあ、ジュリアンさま。こちらへ』と優しく声をかけ立ち上がらせると、中に連れていった。
「城内で暴れでもしたら困る。念の為に騎士たちもついて行け」
「はっ」
ブルーノさんとジュリアン王太子の後ろから騎士さんたちが3人ほど走って付いていくのを見送ると、『はぁーーーっ』と大きな溜め息があちこちから漏れた。
その溜め息の主は、アンドリューさまとお父さん、そしてフレッドもだ。
「アルフレッド、シュウ……愚弟が本当に申し訳ないことをした」
アンドリューさまからの深々とした謝罪にかえって申し訳ない気さえしてくる。
「其方たちの温情で許してはもらったが、あいつがリャバーヤに戻るまでもう接触はせずとも良い。
顔を見たくないと言うのなら、早々にリャバーヤに戻してもいい。
アルフレッド、シュウ……。あいつが王太子という身分は気にすることはない、其方たちの本心を聞かせてくれ」
「陛下。心中としては複雑ではございますが、あれだけ陛下とトーマ王妃に叱責されて、ジュリアン王太子も流石に反省されたことでしょう。こちらから積極的に近寄りたいとは申しませんが、我々からは王太子の訪問を拒むことはございません。再びシュウに危害を加えるようなことがありましたらその限りではございませんが」
そう言いながらもフレッドがぼくを抱き抱えた腕の力は弱まることはない。
もうジュリアン王太子がいなくなった今、心配することはないはずなのに。
やっぱりフレッドの心の中は心配でたまらないんだろう。
アンドリューさまやお父さんの手前、あんなふうに話すしかなかったのかもしれない。
フレッドとしても本当に複雑なんだろうな。
ぼくに恐怖を与えたジュリアン王太子のことを多分許したくはないんだろうけど、なんと言ってもジュリアン王太子は次期国王。
その延長線上にフレッドが存在するんだから、国王になってもらわないと困るわけだし。
今日ああやってアンドリューさまとお父さんに叱られたことで考えを改めてくれて、アンドリューさまやお父さんのように国民に寄り添うような国王になって欲しいんだけどな。
今日のヒューバートさんや他の騎士さんたちへの態度を見る限り少し心配なんだ。
人の上に立つ人間としてプライドはもちろん大事だけど、ついてきてくれる人がいてこそのものだしね。
「アンディー、アルフレッドさんとしてもこれ以上のことは言えないよ。
いくらジュリアンを許せなくてもアルフレッドさんにとっては大事な存在なんだから」
お父さんの言葉にアンドリューさまも頷いていた。
「そうだな。酷なことを言わせて悪かった。アルフレッド、シュウ。ジュリアンがここにいる間、私が責任を持って監視する。だから、安心してくれ」
「アルフレッドさん、今日はもうジュリアンのことは忘れて、部屋でゆっくりと過ごして柊ちゃんを休ませてあげて。
柊ちゃん、今日はごめんね。また明日ゆっくりおしゃべりしよう」
アンドリューさまの言葉にお父さんが追加するように、フレッドとぼくに優しい言葉をかけてくれて、フレッドはホッとしたように『ありがとうございます』とお礼を言っていた。
「シュウ、部屋に戻ろう」
「うん。あの、アンドリューさま……」
「んっ? どうした、シュウ」
「私……大丈夫なので、ジュリアン王太子を予定通りオランディアで過ごさせてあげてくださいね」
理由はどうあれ、せっかく久しぶりに故郷に帰ってきたんだもん。
ジュリアン王太子にだって食べたい食事とか行きたい場所とかあるはず。
これからまた留学先に戻らないといけないんだから、ここにいる間くらい楽しませてあげたいよ。
「シュウ……其方は優しすぎるな。アルフレッドが心配するのがよくわかる。
だが……ジュリアンのためにありがとう。心から感謝する」
優しげな瞳で微笑むアンドリューさまにぼくは笑顔で返した。
フレッドに抱きかかえられたまま、フレッドと部屋に戻り中庭でしゃがみ込んで汚れてしまった服を着替えるついでにそのままフレッドとお風呂に入った。
いつものように洗い場にある椅子に座って、今日はぼくから洗う番だったけれどフレッドが先にぼくを洗ってくれると言って、さっとシャワーをかけてくれた。
「――っつ!」
その瞬間、ピリッとした痛みが響いて思わず声をあげてしまった。
「シュウ、どうし――っあ! 膝を怪我してるじゃないか!」
フレッドの言葉に膝に目を向けると、膝に少し擦り傷があるのが見えた。
あっ、もしかしてしゃがみ込んだ時、擦っちゃってたのかも。
びっくりしてたから痛みとか全然感じてなかった。
「大丈夫、擦り傷だからすぐ治るよ」
そう言ったけれど、フレッドは悲しげな目で少し血が滲んだぼくの膝を見つめていた。
「シュウの綺麗な足に傷がついてしまった……。私がもっと早くシュウを助けていれば、こんな痛い思いなどさせることはなかったのに……シュウ、許してくれ」
「フレッド、そんなに気にしないで。ぼく、フレッドがすぐに助けてくれて嬉しかったんだよ」
そうあの時、何かが飛びかかってくるって思った時すぐに抱きしめてくれたあの匂いですぐにフレッドだってわかった。
その瞬間、ぼくがどれだけ安心したか……フレッドには伝わっていないんだろうか?
あのものすごい安心感を与えてもらったことに比べたら、こんな擦り傷の一つや二つ、どうだっていい。
「シュウ……お前は私をどこまで喜ばせるんだ」
そういうと、フレッドはぼくの足を気にしながら宝物のように優しく抱きしめ、
「シュウの傷が癒えるまで私がシュウの足の代わりになろう。幸い仕事も休みだからな」
と嬉しそうに笑っていた。
正直そこまで酷い怪我でもないのに……と思ったけれど、フレッドの気持ちが嬉しかったからぼくは痛みがなくなるまでとことん甘えてやろうと思った。
そのほうがフレッドが喜んでくれると思ったから。
「じゃあ、抱っこしたまま髪洗ってくれる?」
そう頼むと、フレッドは満面の笑みで『ああ、もちろんだよ』と嬉しそうに膝に乗せて器用に髪を洗ってくれた。
フレッドと目を合わせながら、髪を洗ってもらうのってなんかちょっと照れる。
でも、こんなにも愛情込めて洗ってくれてるんだってわかるのはすごく嬉しい。
交代でフレッドの髪も洗いたかったけど、怪我人は無理しなくていいって言われたから今日はその通りにしておいた。
身体を洗ってくれる時は髪を洗う時以上に丁寧にやってくれて、しかも他にも傷がないか念入りに探されたのは少し恥ずかしかった。
沁みるかもしれないからとお風呂に入らせてもらえなかったのは残念だったけれど、シャワーでもほかほかに温めてもらったからいいか。
フレッドはぼくを片時も離さず、身体を拭くときも着替えさせるときも膝に乗せてくれた。
もちろん、自分の服を着替える時でさえずっとだ。
これを傷が治るまでやってくれるのかと思ったら、つい一生治らなければいいのにと思ってしまう。
それくらいフレッドとくっついていられるのは幸せでたまらない気持ちになる。
ぼくはお風呂場からフレッドと一ミリも離れることなく、リビングへと連れてこられた。
フレッドはぼくを大きなブランケットで包み込んでぼくが見えないようにしてから、部屋の扉をあけ、外にいる騎士さんにブルーノさんを呼ぶように声をかけた。
ブルーノさんはジュリアン王太子の身の回りの世話をしているはずだから忙しいんじゃないかなと思ったけれど、ものの数分でぼくたちの部屋へと来てくれた。
「アルフレッドさま。お呼びでございますか?」
「悪いが、シュウの傷の手当てをしたいから準備を頼む」
「えっ? お怪我を? ならば、マルセル医師をお呼び致しましょう」
「いや、医師を呼ぶほどではないから大丈夫だ。それに……私が処置してやりたいのだ。ブルーノ、頼む」
「アルフレッドさま……畏まりました。すぐにご用意いたします」
「それから、食事の支度も頼む。支度をしたら戻っていいぞ」
「畏まりました」
ブルーノさんはすぐに傷薬とガーゼ、そして包帯を用意してくれて、フレッドが傷の手当てをしてくれている間にテーブルに食事も並べておいてくれた。
フレッドは真剣な様子で膝の擦り傷に傷薬をつけてくれたけれど、一瞬沁みて足がピクっと震えると
「シュウ、痛いか? 悪い、優しくするからな」
フーッと優しく息を吹きかけながら本当に丁寧に傷薬をつけてくれた。
ふふっ。本当に優しいんだから。
綺麗に包帯まで巻いてくれた後、食事をしたけれどもちろんぼくはフレッドの膝の上。
しかもご飯も全部フレッドが食べさせてくれる。
フレッドはぼくを食べさせながら自分の口にもちゃんと食べさせていて、あまりの手際の良さに驚いてしまう。
あっという間にお腹いっぱいになったぼくは眠たくなってしまった。
集中して絵を描いた後に、リラックスする暇もなくあんな出来事があったから久しぶりに身体が疲れていたのかもしれない。
「フレッド~ねむい~、はみがきしてぇ~」
あまりの眠さにいつもなら言わないわがままにフレッドは一瞬戸惑っているようだったけれど、すぐにぼくを抱きかかえたまま歯ブラシを取りに行き、ソファーで歯を磨いてくれた。
「ふふっ。シュウの歯は小さくて可愛らしいな。こんなところまで愛らしい」
歯を磨かれながら少し眠りの世界に足を踏み入れていたぼくはフレッドの言葉がよく聞こえなかったけれど、どうやら楽しんで磨いてくれていることだけはわかった。
こんなに嬉しそうならこれからも時々磨いてもらおう。
そんなことを思いながら、ぼくは必死に眠りと戦いながら口を開け続けた。
この人がジュリアン王太子……。
髪が伸びまくってて髭も生えてるからぱっと見、わからないけど、がっしりした体格やはっきりとした目鼻立ちはやっぱりアンドリューさまやフレッドに似ている感じがする。
急に飛びかかってこられたから怖いと思ったけど、ジュリアン王太子だってわかったからもう大丈夫なんじゃないかと思ってフレッドに下ろしてくれるように頼んだけど、フレッドは頑なに下ろそうとしなかったからどうしようもない。
突然飛び出してきた彼がジュリアン王太子だとわかってもフレッドはまだ彼に警戒が解けないようだ。
さっきの騒ぎでぼくとフレッドの周りにはヒューバートさんとたくさんの騎士さんたちが見守ってくれていて、
向かい合わせに立つジュリアン王太子のすぐ隣には、いつも穏やかで優しげな表情をしているお父さんとは思えないほど怖い表情で睨みをきかせていた。
「それでっ! なんで今日ここにジュリアンがいるの? 明日帰ってくる予定じゃなかった?」
「いや、それは……その」
お父さんの強い口調に少しビビっているのか、ジュリアン王太子はおどおどした口調でその質問に答え始めた。
「実は……元々今日の予定だったんだけど、その、彼女だけに先にこっそり会いたくてわざと違う日にちをオランディアに伝えたんです。
王城に裏ルートから入る方法は知っていたし、彼女が最近は中庭でいつもお茶をしているらしいという情報を聞いていたから、それで……中庭にいたら会えると思って隠れてただけなんです。ずっと待っててやっと彼女が来たと思ったら嬉しくて、それで抱きしめようかと思って……飛びかかったんだけど、それがあんなに大事になるとは思わなくて……」
「ばかっ!!!! 何考えてるのっ!!! あなたみたいなガタイのいい大きな男性に急に飛びかかってこられて柊ちゃんがどれだけ怖かったか、わかってるの?? それにあなたのその無計画な考えでヒューバートたちに迷惑かけて!!! それで捕まって処罰がどうのとか誰が言ってるの!!!」
「でも……」
「でもじゃないでしょ!!! 大体なんでそんなむさ苦しい格好をしているの??
そんな格好してたら不審者と思われても仕方ないでしょっ!!!」
「……はい」
お父さんからの怒涛の口撃にジュリアン王太子は大きな身体を縮こませてシュンとなっていた。
小柄で細いお父さんにガタイのいい大きなジュリアン王太子が叱られているのを見るのは実に不思議な感じがする。
「あ、あの……トーマさま。その辺で許してあげてください。ジュリアン王太子も反省しているみたいだし」
ぼくのその言葉にジュリアン王太子は嬉しそうな表情でパッと顔をあげぼくに視線を向けたけれど、フレッドがさりげなくぼくの身体に腕を回しジュリアン王太子の視界からぼくが見えないように隠した。
「柊ちゃんは優しすぎだよ!! あんなに怖い思いさせられて、そんなに簡単に許したらだめ!」
「あの……でも、久しぶりに帰ってきたのに、ずっと怒られてばかりだと可哀想ですよ」
「そう! 可哀想ですよ、姉上。だからその辺で許してください」
ジュリアン王太子はぼくの言葉に同調し、もう一度頭を深々と下げていた。
「じゃあ、まずヒューバートたちに謝罪して。
陛下の命令を忠実に守っていた彼らにあんな酷いこと言ったんだから、ちゃんと悪かったって謝罪して。でないと許さない」
「王太子の私が騎士たちに謝罪する? そんなこと……」
「できないっていうの? なら、もうここで終わり。ジュリアンはリャバーヤに強制送還する。それでいい?」
「姉上っ、それは!!」
ジュリアン王太子は悔しそうに唇を噛み締めていたけれど、なかなかヒューバートさんたちに謝罪しようとしない。
やっぱり王太子としてのプライドが許さないんだろうか。
でも悪いことをした時は自分の立場とか関係なく謝ったほうがスッキリすると思うんだけど。
悔しげな表情でヒューバートさんたちに視線を向け、ジュリアン王太子が口を開こうとしたその時、
「お前たち、そこで何をしているんだっ!!!」
と一際大きな声が中庭中に響き渡った。
近づいてくるアンドリューさまからものすごく怒っていそうな雰囲気が身体から滲み出ているのが感じ取れる。
「中庭に不審者が現れてシュウに襲い掛かったと聞いて慌てて駆けつけてみれば、騒ぎの元はジュリアン、お前か?」
「兄上っ……それは」
「それになんだ? その汚らしい格好は。お前、それでもこのオランディア王国の次期国王としての自覚はあるのか?」
アンドリューさまの目つきが恐ろしいほど鋭くて、ジュリアン王太子は恐怖に顔を引き攣らせているように見えた。
そのままジュリアン王太子を殴りつけてしまいそうな雰囲気にぼくは怖くてフレッドにしがみついた。
けれど、アンドリューさまは身体を震わせ何も言えずにいるジュリアン王太子を一瞥して、そのままジュリアン王太子の隣に立つお父さんの元へと駆け寄った。
「トーマ、お前は何も怪我はないか?」
「アンディー、僕は大丈夫。怖い思いをしたのは柊ちゃんだけだよ。でもすぐにアルフレッドさんが柊ちゃんのこと守っていたから大丈夫」
アンドリューさまはお父さんの身体の隅々に目をやり、ホッとした様子で
「そうか。トーマとシュウに怪我がなくて本当に良かった」
と呟いた。
とてつもなく怒っていたみたいだったからジュリアン王太子の行動に頭に血が昇って冷静を欠いているのかと思った。
でもまず先にお父さんの無事を確かめるあたり、いつものアンドリューさまだと思わせてくれて、ほんの少し安心した。
アンドリューさまはすぐにお父さんの腰に手を回してピッタリ寄り添い、ジュリアン王太子との間に入り、お父さんをジュリアン王太子から遠ざけた。
無事だったとはいえ、心配なんだろうな。
でも、不審者じゃなくて弟君だったんだから、アンドリューさまくらいは信じてあげてもいいのにと思ってしまうのはぼくだけかな?
現にフレッドはまだぼくをぎゅっと抱きしめていて下ろす気配は全く無いし。
ヒューバートさんたちもジュリアン王太子の動きをずっと見張っているみたいだ。
とんでもないサプライズを考えたせいで、久しぶりの故郷でこんな待遇にあって少し可哀想な気もする。
まぁ自業自得だと言えばそれまでなんだけど。
「それでトーマ、今までの経緯を話して聞かせてくれないか?」
「あの、兄上っ! 経緯なら私が自分で……」
「ジュリアン! お前、誰が話していいと許可を出したのだ? 私は今、お前の兄ではなく、このオランディアの国王として不審者が出たという事件の経緯をトーマに尋ねているのだぞ。勝手に口を挟むでない!」
「は、はい……」
アンドリューさまにピシャリと撥ね付けられ、ジュリアン王太子は項垂れていた。
それを見てお父さんはジュリアン王太子に少し憐れみの視線を向けたけれど、アンドリューさまに嘘を言うわけにもいかずお父さんが見ていた一部始終を全てアンドリューさまに伝えていた。
すると、アンドリューさまはみるみるうちに怒りを増幅させ、
「ヒューバート、遠慮はいらぬ。こいつを城の地下牢に入れておけ」
と命令を下した。
「そ、そんな……兄上っ! お許しくださいっ! お願いです。私が悪うございました。
どうか地下牢だけはご勘弁を! 兄上っ!」
ジュリアン王太子はアンドリューさまの言葉に一気に顔を青褪めさせ、その場に土下座を始めた。
頭を擦り付けながら必死に謝るその姿が可哀想に思えてきてぼくはアンドリューさまに声をかけようとしたけれど、一応被害者であるぼくが助け舟を出すのはおかしいと言われるかと思った。
フレッドならなんとかしてくれるかもしれないと思って、ぼくはフレッドにそっと話しかけた。
「ねぇ、フレッド……あんなに反省しているみたいだし、許してあげられないかな?
久しぶりに帰ってきたのにあれじゃあ可哀想だよ」
「だが、シュウがあんな怖い目にあっただろう。いくらジュリアン王太子とはいえ、やって良いことと悪いことが……」
「確かに怖かったけどフレッドがすぐに助けに来てくれたし、それにずっと抱き締めていてくれたから怖いなんてすぐ忘れちゃったよ。だってフレッドはぼくだけの専属騎士だもんね」
「ぐっ――!」
助けに来てくれた時のあの安心感を思い出してそういうと、フレッドは苦しげな表情でぼくを見つめた後
『わかった』と一言呟いて、
「陛下。陛下のお怒りは御尤もでございますが、ジュリアン王太子も反省していらっしゃるようですので、今回のところはお許し願えませんでしょうか? シュウも厳罰は望んでおりませんので、何卒寛大なご処置を……」
とアンドリューさまにお願いしてくれた。
アンドリューさまはまだ怒りの表情を滲ませていたけれど、心なしか止めてくれてホッとしているんじゃないかと思ってしまった。
なんてったって自分の弟だもんね。
率先して地下牢なんか入れたくないに決まってる。
「うむ。シュウ、其方……此奴を許しても良いのか?」
「お願いします」
ぼくが頭を下げると、アンドリューさまは大きな溜息を吐きながら、ジュリアン王太子に向き合った。
「お前が傷つけようとしたシュウがお前のために頭を下げているのだぞ。
お前の軽率な行動でどれだけたくさんのものが迷惑を被ったか忘れるでないぞ!」
「はい。申し訳ありませんでした」
ジュリアン王太子は涙を流しながら、謝罪の言葉を言い、そして、
「皆にも申し訳ないことをした。悪かった。許してくれ」
とヒューバートさんたちにも頭を下げていた。
「アンディー、これで許してあげよう」
お父さんがそう言うと、アンドリューさまの表情からようやく怒りがおさまったように見えた。
「ブルーノ! こいつを風呂に入れて身なりを整えておけ」
「畏まりました」
アンドリューさまからそう指示されたブルーノさんは、芝生に土下座したまま動けずにいたジュリアン王太子に
『さあ、ジュリアンさま。こちらへ』と優しく声をかけ立ち上がらせると、中に連れていった。
「城内で暴れでもしたら困る。念の為に騎士たちもついて行け」
「はっ」
ブルーノさんとジュリアン王太子の後ろから騎士さんたちが3人ほど走って付いていくのを見送ると、『はぁーーーっ』と大きな溜め息があちこちから漏れた。
その溜め息の主は、アンドリューさまとお父さん、そしてフレッドもだ。
「アルフレッド、シュウ……愚弟が本当に申し訳ないことをした」
アンドリューさまからの深々とした謝罪にかえって申し訳ない気さえしてくる。
「其方たちの温情で許してはもらったが、あいつがリャバーヤに戻るまでもう接触はせずとも良い。
顔を見たくないと言うのなら、早々にリャバーヤに戻してもいい。
アルフレッド、シュウ……。あいつが王太子という身分は気にすることはない、其方たちの本心を聞かせてくれ」
「陛下。心中としては複雑ではございますが、あれだけ陛下とトーマ王妃に叱責されて、ジュリアン王太子も流石に反省されたことでしょう。こちらから積極的に近寄りたいとは申しませんが、我々からは王太子の訪問を拒むことはございません。再びシュウに危害を加えるようなことがありましたらその限りではございませんが」
そう言いながらもフレッドがぼくを抱き抱えた腕の力は弱まることはない。
もうジュリアン王太子がいなくなった今、心配することはないはずなのに。
やっぱりフレッドの心の中は心配でたまらないんだろう。
アンドリューさまやお父さんの手前、あんなふうに話すしかなかったのかもしれない。
フレッドとしても本当に複雑なんだろうな。
ぼくに恐怖を与えたジュリアン王太子のことを多分許したくはないんだろうけど、なんと言ってもジュリアン王太子は次期国王。
その延長線上にフレッドが存在するんだから、国王になってもらわないと困るわけだし。
今日ああやってアンドリューさまとお父さんに叱られたことで考えを改めてくれて、アンドリューさまやお父さんのように国民に寄り添うような国王になって欲しいんだけどな。
今日のヒューバートさんや他の騎士さんたちへの態度を見る限り少し心配なんだ。
人の上に立つ人間としてプライドはもちろん大事だけど、ついてきてくれる人がいてこそのものだしね。
「アンディー、アルフレッドさんとしてもこれ以上のことは言えないよ。
いくらジュリアンを許せなくてもアルフレッドさんにとっては大事な存在なんだから」
お父さんの言葉にアンドリューさまも頷いていた。
「そうだな。酷なことを言わせて悪かった。アルフレッド、シュウ。ジュリアンがここにいる間、私が責任を持って監視する。だから、安心してくれ」
「アルフレッドさん、今日はもうジュリアンのことは忘れて、部屋でゆっくりと過ごして柊ちゃんを休ませてあげて。
柊ちゃん、今日はごめんね。また明日ゆっくりおしゃべりしよう」
アンドリューさまの言葉にお父さんが追加するように、フレッドとぼくに優しい言葉をかけてくれて、フレッドはホッとしたように『ありがとうございます』とお礼を言っていた。
「シュウ、部屋に戻ろう」
「うん。あの、アンドリューさま……」
「んっ? どうした、シュウ」
「私……大丈夫なので、ジュリアン王太子を予定通りオランディアで過ごさせてあげてくださいね」
理由はどうあれ、せっかく久しぶりに故郷に帰ってきたんだもん。
ジュリアン王太子にだって食べたい食事とか行きたい場所とかあるはず。
これからまた留学先に戻らないといけないんだから、ここにいる間くらい楽しませてあげたいよ。
「シュウ……其方は優しすぎるな。アルフレッドが心配するのがよくわかる。
だが……ジュリアンのためにありがとう。心から感謝する」
優しげな瞳で微笑むアンドリューさまにぼくは笑顔で返した。
フレッドに抱きかかえられたまま、フレッドと部屋に戻り中庭でしゃがみ込んで汚れてしまった服を着替えるついでにそのままフレッドとお風呂に入った。
いつものように洗い場にある椅子に座って、今日はぼくから洗う番だったけれどフレッドが先にぼくを洗ってくれると言って、さっとシャワーをかけてくれた。
「――っつ!」
その瞬間、ピリッとした痛みが響いて思わず声をあげてしまった。
「シュウ、どうし――っあ! 膝を怪我してるじゃないか!」
フレッドの言葉に膝に目を向けると、膝に少し擦り傷があるのが見えた。
あっ、もしかしてしゃがみ込んだ時、擦っちゃってたのかも。
びっくりしてたから痛みとか全然感じてなかった。
「大丈夫、擦り傷だからすぐ治るよ」
そう言ったけれど、フレッドは悲しげな目で少し血が滲んだぼくの膝を見つめていた。
「シュウの綺麗な足に傷がついてしまった……。私がもっと早くシュウを助けていれば、こんな痛い思いなどさせることはなかったのに……シュウ、許してくれ」
「フレッド、そんなに気にしないで。ぼく、フレッドがすぐに助けてくれて嬉しかったんだよ」
そうあの時、何かが飛びかかってくるって思った時すぐに抱きしめてくれたあの匂いですぐにフレッドだってわかった。
その瞬間、ぼくがどれだけ安心したか……フレッドには伝わっていないんだろうか?
あのものすごい安心感を与えてもらったことに比べたら、こんな擦り傷の一つや二つ、どうだっていい。
「シュウ……お前は私をどこまで喜ばせるんだ」
そういうと、フレッドはぼくの足を気にしながら宝物のように優しく抱きしめ、
「シュウの傷が癒えるまで私がシュウの足の代わりになろう。幸い仕事も休みだからな」
と嬉しそうに笑っていた。
正直そこまで酷い怪我でもないのに……と思ったけれど、フレッドの気持ちが嬉しかったからぼくは痛みがなくなるまでとことん甘えてやろうと思った。
そのほうがフレッドが喜んでくれると思ったから。
「じゃあ、抱っこしたまま髪洗ってくれる?」
そう頼むと、フレッドは満面の笑みで『ああ、もちろんだよ』と嬉しそうに膝に乗せて器用に髪を洗ってくれた。
フレッドと目を合わせながら、髪を洗ってもらうのってなんかちょっと照れる。
でも、こんなにも愛情込めて洗ってくれてるんだってわかるのはすごく嬉しい。
交代でフレッドの髪も洗いたかったけど、怪我人は無理しなくていいって言われたから今日はその通りにしておいた。
身体を洗ってくれる時は髪を洗う時以上に丁寧にやってくれて、しかも他にも傷がないか念入りに探されたのは少し恥ずかしかった。
沁みるかもしれないからとお風呂に入らせてもらえなかったのは残念だったけれど、シャワーでもほかほかに温めてもらったからいいか。
フレッドはぼくを片時も離さず、身体を拭くときも着替えさせるときも膝に乗せてくれた。
もちろん、自分の服を着替える時でさえずっとだ。
これを傷が治るまでやってくれるのかと思ったら、つい一生治らなければいいのにと思ってしまう。
それくらいフレッドとくっついていられるのは幸せでたまらない気持ちになる。
ぼくはお風呂場からフレッドと一ミリも離れることなく、リビングへと連れてこられた。
フレッドはぼくを大きなブランケットで包み込んでぼくが見えないようにしてから、部屋の扉をあけ、外にいる騎士さんにブルーノさんを呼ぶように声をかけた。
ブルーノさんはジュリアン王太子の身の回りの世話をしているはずだから忙しいんじゃないかなと思ったけれど、ものの数分でぼくたちの部屋へと来てくれた。
「アルフレッドさま。お呼びでございますか?」
「悪いが、シュウの傷の手当てをしたいから準備を頼む」
「えっ? お怪我を? ならば、マルセル医師をお呼び致しましょう」
「いや、医師を呼ぶほどではないから大丈夫だ。それに……私が処置してやりたいのだ。ブルーノ、頼む」
「アルフレッドさま……畏まりました。すぐにご用意いたします」
「それから、食事の支度も頼む。支度をしたら戻っていいぞ」
「畏まりました」
ブルーノさんはすぐに傷薬とガーゼ、そして包帯を用意してくれて、フレッドが傷の手当てをしてくれている間にテーブルに食事も並べておいてくれた。
フレッドは真剣な様子で膝の擦り傷に傷薬をつけてくれたけれど、一瞬沁みて足がピクっと震えると
「シュウ、痛いか? 悪い、優しくするからな」
フーッと優しく息を吹きかけながら本当に丁寧に傷薬をつけてくれた。
ふふっ。本当に優しいんだから。
綺麗に包帯まで巻いてくれた後、食事をしたけれどもちろんぼくはフレッドの膝の上。
しかもご飯も全部フレッドが食べさせてくれる。
フレッドはぼくを食べさせながら自分の口にもちゃんと食べさせていて、あまりの手際の良さに驚いてしまう。
あっという間にお腹いっぱいになったぼくは眠たくなってしまった。
集中して絵を描いた後に、リラックスする暇もなくあんな出来事があったから久しぶりに身体が疲れていたのかもしれない。
「フレッド~ねむい~、はみがきしてぇ~」
あまりの眠さにいつもなら言わないわがままにフレッドは一瞬戸惑っているようだったけれど、すぐにぼくを抱きかかえたまま歯ブラシを取りに行き、ソファーで歯を磨いてくれた。
「ふふっ。シュウの歯は小さくて可愛らしいな。こんなところまで愛らしい」
歯を磨かれながら少し眠りの世界に足を踏み入れていたぼくはフレッドの言葉がよく聞こえなかったけれど、どうやら楽しんで磨いてくれていることだけはわかった。
こんなに嬉しそうならこれからも時々磨いてもらおう。
そんなことを思いながら、ぼくは必死に眠りと戦いながら口を開け続けた。
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