ひとりぼっちのぼくが異世界で公爵さまに溺愛されています

波木真帆

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第四章 (王城 過去編)

フレッド   41−2

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画室は涼しすぎず、暑すぎず、適温を保持しているが、それもまたブルーノが適切に画室の管理をしてくれているおかげである。
シュウが肖像画を書き始めてから数ヶ月もの間、綺麗に保管できていたのもブルーノの管理の賜物だ。

本当にブルーノをなくしては肖像画の完成などまだまだ先だったかもしれない。
そう思うと本当に頭の下がる思いがする。

シュウとこの部屋で絵を描いていた時の思い出話などを聞きながら、アンドリュー王とトーマ王妃が来るのをただひたすらに待っていたのだが、なかなかくる気配がない。

うーん、どうしたのだろうと思いつつも、まぁ気持ちはわからなくもない。
おそらくトーマ王妃だ。

トーマ王妃の決心がつかないのだろうということは察せられた。

シュウは2人がなかなかこないことに私と同じく焦れているようだったが、

「お二人にもいろいろ考えるところがあるのだろう」

そう言ってやると、シュウは納得したような眼差しで私を見つめていた。

それからしばらくシュウと会話を続けていると、ようやくブルーノと共にアンドリュー王とトーマ王妃がやってきた。

シュウの描いた肖像画が周りにいるであろう騎士たちにみられないようにカバーが掛かっていることを確認した上で扉を開けるとアンドリュー王にもトーマ王妃にも緊張の色が見える。

ここまで緊張しているとは思いもしなかったな。

2人を部屋に入れ、ブルーノは席を外そうとしているようだが、ここは第三者がいた方がいいだろう。
そう思って、ブルーノに声をかけようとしたところでアンドリュー王が先にブルーノに同席するようにと声をかけた。

その言葉に安堵の色を見せたのは、ブルーノだけでなくトーマ王妃も同じだったようだ。
やはりここで当事者である我々4人だけなのは得策でない。
さすがアンドリュー王だな。

4人揃って腰を下ろしたものの、どう話を切り出して良いのかわからない。
どうするかと思っていると、ブルーノが紅茶を淹れてくれた。

やはり年の功。
こういう時の空気をさりげなく変えてくれるのは素晴らしいな。

ブルーノが淹れてくれた紅茶からは心が落ち着く香りがする。
シュウはそれを持ち上げ、『いただきます』と声を出しコクッと一口美味しそうに飲んだ。

その姿に

「あの時と同じだな」

とアンドリュー王が優しげな眼差しでシュウを見つめる。

あの時?

と思っていると、どうやら初めてアンドリュー王とトーマ王妃と出会った日のことを言ってるようだった。

あの日はトーマ王妃が紅茶を淹れに行くというのにシュウが付き合い、偉大なる王と突然2人きりになって戸惑った思い出がある。

あれからまだ数ヶ月なのだが、かなり懐かしく思えるのは、この数ヶ月あまりにも濃厚な時間を過ごしたからだろう。

そういえば、あの日。
シュウが紅茶を口にしたときに今のように『いただきます』と声を出し、それで我々の話を信じるきっかけになったのだったな。

懐かしい思い出に、アンドリュー王とトーマ王妃は少し瞳を潤ませながら、なかなか決心がつかずにこの部屋に来るのが遅れてしまったことを詫びていた。
その上で、今のようにこうやってふとしたことで我々のことを思い出すことができ、その思い出とともに生きていけるのだと納得してくれた。

だからシュウの描いた肖像画を見せて欲しい、そう頼んできたトーマ王妃の姿はこの部屋に入ってきた時の憂い顔ではなく晴れ晴れとしたいい表情になっていた。

きっと、ようやく自分で自分の気持ちの整理をつけることができたのだろうな。

シュウはトーマ王妃の絵を見せて欲しいという言葉に笑顔で応えながら、ブルーノにカバーを外すように頼んだ。
私の言いつけをきちんと守ってそうしているシュウは本当にえらいな。

ブルーノは周りのものに配慮しながら、シュウの絵にかかっていたカバーを外すと、アンドリュー王とトーマ王妃の口から感嘆の声が漏れた。

「おおっ!! これはまた……」

「わぁっ!! すごいっ!!」

2人は肖像画のすぐ手前まで近づいて、じっくりと隅々まで丁寧に観察している。
その間、シュウは緊張の面持ちで2人をじっと見つめている。

その対照的な姿に笑みが溢れてしまう。

隅々まで堪能し尽くしたアンドリュー王とトーマ王妃の口からはシュウの絵を称賛する言葉でいっぱいだ。
2人とも目をキラキラと輝かせながら興奮しきった様子で

「このトーマの表情を見てみろ。まるで生きているかのような美しさだぞ」

「アンディーの表情もすごいよ! この笑顔、僕に見せてくれる笑顔そのままだよ。みんなに見せるのがもったいないくらいアンディーの素の表情が出てる!」

「それにこのリンネルは神々しいな。さすが、神使だ。これなら我々の目論見はうまく行くのではないか?」

「うん! 確かに! これなら白を忌むべき存在とは思われないよ、絶対。柊、さすがだね!!」

と褒められ、シュウは嬉しさのあまり私に抱きついてきた。
ああ、シュウが幸せな瞬間に隣で立ち会えて、しかも喜びを共有することができるなんて、本当に幸せだ。

シュウと共に喜びの抱擁をしていると、突然感極まった様子のトーマ王妃がシュウの背中に抱きついて来るのが見えて、流石にトーマ王妃の身体に触れるわけにはいかないとすんでのところでシュウの背中に回していた自分の腕を離した。

「柊の残してくれたこの肖像画、こんなにすごい絵なんだもん!
このお城の一番いい場所に飾らせてもらうね。本当にこんなに頑張ってくれてありがとう!」

トーマ王妃の心からの賛辞にシュウは嬉しくてもう『ありがとう』としかいえないようだった。

画室の真ん中でシュウを間に挟んで私たち3人が抱き合っている姿にアンドリュー王がこれ以上許すはずもなく、シュウがトーマ王妃にお礼を言った時機を見計らって、トーマ王妃のそばに寄るとさりげなくシュウに抱きついていた腕を離し、自分へと抱き付かせた。

その流れるような早業に私はまだまだアンドリュー王には勝てそうにないと思ってしまった。


シュウの描いた肖像画のあまりにも素晴らしい出来栄えに、アンドリュー王は

「この肖像画はシュウが描いた絵として大々的に発表しよう。そして、この城の誰しもが目につく場所に飾ることにしよう」

と高らかに宣言した。

シュウは信じられないと言った様子でかなり驚いていたが、感想を求められたブルーノまでもがアンドリュー王の意見に素晴らしい考えだと賛同した。

アンドリュー王は満足げに私にもどう思うかと尋ねてきたが、私にはどうしても気になることがある。

シュウの描いた肖像画を大勢の人の目につく場所に飾りたいと言っていただくのはとても嬉しいことだ。
私もあの肖像画が誰の目にもつかない場所に置き去りにされることは絶対に許せない。

アンドリュー王がもし、シュウの肖像画を大勢の人の目につく場所に飾ることを決めれば、それはおそらく我々の戻るはずの時代であっても外されることなど絶対にないだろう。

シュウの肖像画が外される心配がないことは嬉しいことではあるが、気になることはそこだ。

「陛下のお気持ちは大変嬉しゅうございますが、我々はこの絵に触れ、そこと同じ場所に連れてこられたのでございます。
だとすれば、この肖像画がこの城内で一番目立つ場所にかけられていた場合、我々が戻ったときに人の目が大勢あったとすれば大騒ぎになるのではないでしょうか?」

私の言葉にシュウも、そしてトーマ王妃も一瞬で状況を理解したようだ。

我々があの肖像画を介して元の時代へと戻った場合、あの眩い光の中から突然私たちが現れれば、大騒ぎになるだろう。
大騒ぎになるだけで終わればまだいい。

もしかして、怪しい者として捕らえられでもしたらどうするか。
その心配が募る。

しかし、

「うむ、その可能性はなくはない。だが、そのことは私も考えておる」


というアンドリュー王の言葉に私もシュウもトーマ王妃も、そしてブルーノも驚きの声をあげた。

アンドリュー王はその心配よりもこの肖像画が人目に触れる場所に置かれている方が未来のオランディアを変えるためには必要なことだろうと言っていたが、確かにそうだ。

アンドリュー王もトーマ王妃もこれから先の歪んでしまったオランディアの未来を変えるために力を尽くしてくれているのだ。
そして、シュウもまたそれに応えようと、こんなにも素晴らしい肖像画を描き上げてくれた。
皆がここまで尽力してくれているというのに、私が余計な心配などすることはないだろう。

私にはこれ以上異論はないと話をすると、アンドリュー王はにっこりと笑顔になり、もう一度シュウの描いた肖像画に目を向けた。

「さて、ならばどこに飾ろうか……。やはり玉座の間か、控えの間が良いのではないか?
その方が国王である私の大切な物であるという印象を与えるだろう?」

確かに。
そこに飾られた肖像画に不届なことをするものは絶対に現れることはないだろう。

「でも、そこじゃあ限られた人しか見られないよ。大広間とかいっそのこと玄関とかそっちの方がこのお城にいる人みんなが見られるんじゃない?」

うーん、トーマ王妃の意見も一理ある。
シュウのことを思い出したい使用人たちが見られなければ正直意味がない。
だが、玄関は肖像画の管理には不向きではないか?

最後にアンドリュー王がブルーノの意見を聞くと、ブルーノもトーマ王妃の意見に賛同した。
アンドリュー王はブルーノとトーマ王妃の言葉に耳を傾けた上で、大広間に飾ることを決めトーマ王妃は毎日でも見にいくと言ってシュウを喜ばせていた。


明日早々に大広間に肖像画の設置が決まり、そしてお披露目会は3日後と決定した。

招待客はほとんどがこの城内で働いている人間だが、ギーゲル画伯にも招待状を送ることが決まった。
ギーゲル画伯はシュウの絵の完成を楽しみにしていたからきっと喜ぶことだろう。

シュウも感じているだろうが、我々が帰るのはお披露目会の終わったその日の夜になるだろう。
いつまでもここに残っていても離れ難くなるだけだからな。

あと3日。
きっとシュウは思いっきり楽しい時間を過ごすことだろう。

部屋に戻り、シュウに改めて素晴らしい肖像画だったと話すと、シュウはだんだんと出来上がっていくのを見るうちに、あの絵が自分の子どものように思えてきたと話してくれた。

そうか、あの絵がシュウの子なら、私の子でもあるのだな。
愛おしく思えてきたあの絵を思い出しながら、アンドリュー王の考えとやらを想像してみたのだが、シュウには思いあたることがあるようだ。

確かに以前、アンドリュー王は我々の未来に向けて予言めいたものを残してくれると話していた。
いろいろ考えても我々にはどうしようもない。
アンドリュー王があれほど自信たっぷりに言ってくれているのだからそれを信じればいい。

「それに……いきなり肖像画からぼくたちが現れても、ここまでアンドリューさまとお父さんにそっくりなんだからとんでもないことはされたりはしないんじゃないかな」

シュウのいうことも一理ある。
ここまで似ているのだ。
いきなり大勢の目に晒されたとしても逆に歓迎されるかもしれないな。

もう大広間に飾られることが決定した今、心配しても意味はない。
これからお披露目会の夜までこの世界を楽しむことを考えるとしよう。


翌日早速シュウの描いた肖像画が無事に大広間に設置された。

「陛下、さすが仕事がお早うございますね」

「ああ、善は急げというからな。昨夜のうちに招待状を出すように指示しておいたギーゲルからは喜んで参加するという返事をもらったし、シュウも喜ぶことだろう」

「はい。披露パーティーまであと少し。シュウには悔いのないように過ごしてもらいたいと思っております。
ということで陛下。お願いがございます」

「んっ? なんだ、申してみよ」

「最後に王城内をシュウと散策したいと思いまして、お許しいただけないでしょうか?」

「ああ、そんなことか。それなら、好きにするといい。シュウも其方もこの城内には思い入れのある場所もあるだろう」

「はっ。ありがとうございます」

私はアンドリュー王に礼をいい、シュウを『でーと』に誘うべく、シュウの居場所を探した。

大広間に設置された肖像画をトーマ王妃と見に行っていると言っていたから、そちらから探してみるか。

急ぎ足で大広間へと向かっていると、途中でシュウとトーマ王妃の姿を見つけた。

シュウは私の姿に驚いているようだったが、『でーと』に誘いに来たというと嬉しそうな笑顔を見せ、差し出した私の手にそっと置いてくれた。

シュウの小さな手から優しさが伝わってくる。
私はそれを優しく握り締め最初の場所へと向かった。

シュウにこの城内で思い出の場所はどこかと尋ねれば、おそらくここは我々の部屋以外で一番に名前が上がる場所だろう。

シュウが長い時間を過ごし、幾度となく通った場所。
それがこの中庭の東屋だ。

この東屋から目と鼻の先にあるのが、一年中美しい花たちが咲き乱れる花壇。
この花壇はアンドリュー王のお母上であり、先代の王妃さまであるエレノアさまの大切になさっていた花壇だ。

トーマ王妃がこの花壇の中に倒れていたところをアンドリュー王が見つけたのが2人が出会うきっかけだったようだ。
私とシュウも似たような状況であったな。
あれはサヴァンスタックの中庭に置いていたベンチだったか。
あの上でシュウが眠っていたのだったな。

あれからまだ一年も経っていないというのに、状況は大きく変化したものだ。

シュウにあの花壇が2人の思い出の場所だと教えると、トーマ王妃には中庭に思い出がたくさんあるんだと嬉しそうに微笑んでいた。
その思い出の中に自分が存在しているならなお嬉しいと言っていたが、トーマ王妃にとっては絶対に忘れることのない思い出になることだろう。

なんと言っても異世界にきて同郷の者に出会え、なおかつその者が自分の息子だったとは忘れようと思っても忘れられない体験だ。

この場所で出会えたことが神のご意志なのだから、トーマ王妃もアンドリュー王もシュウのことを忘れたりはしないだろう。

その中に少しでも私のことも入っていれば嬉しいことこの上ないのだがどうだろうな。

シュウと中庭を巡り、この美しい景色を目に焼き付けてから、次に厩舎へと誘った。

この前、ユージーンのブラッシングをしたいと言っていたが、あんなことがあってできずじまいだった。
私はあの約束を叶えてやりたいと思っていたのだ。

ただ一つの懸念はシュウが馬を怖がらないかということだったが、厩舎に誘うと目をキラキラと輝かせていたからどうやら大丈夫そうだ。

厩舎につき、ユージーンを担当している厩務員のダンを呼び、我々がこの地を離れることを伝えた。
そして、シュウにユージーンと別れをさせてあげたいと言うと、ダンは驚きながらも、私たちにまた会える日を心待ちにしていると言ってくれた。
実際にはもう二度と会うことはできないのだが、目に涙を潤ませたダンの嘘偽りのないその気持ちが嬉しかった。

ダンはシュウにユージーンのブラッシングをさせてくれるようで、シュウはようやく念願が叶うとあって大喜びしている。
私はそんなシュウを見るのが何よりも嬉しい。

ユージーンがやってくるのを待ちながら、シュウがもしブラッシングが上手にできたら、私の愛馬であるアンジーやエイベルたちのブラッシングをやりたいと言い出した。

まさか、名前まで覚えていてくれるとはな。
数ヶ月生活したここでの出来事が濃厚すぎてシュウの記憶から薄れているかと思ったが、シュウの中にはサヴァンスタックの屋敷のこともきちんと記憶に留めてくれているのだと思うとなんだかとても嬉しく思った。

私と一緒にいる時だけという約束であちらでもブラッシングを許可したのだが、実際は、シュウは馬に好かれているから怪我などすることはあり得ないだろうがな。
実のところは私がシュウと一緒にいたいだけなのだ。
シュウがそれをわかっているかはわからないが。

ダンに引かれ馬房から出てきたユージーンは興奮しきりの様子だったが、シュウが近づくと途端に静かになって顔を擦り寄せていた。

あれだけ興奮していたと言うのに、ダンはユージーンのあまりの変わり身に驚いていたが、私はもう見慣れたものだ。
馬たちの方がシュウを驚かさないように注意をするのだから。
これだけ馬に好かれる者は世界中を探してもいないだろうな。

シュウがユージーンと戯れる姿を見ると、先日自分で飛び乗ってみたいと話していたのを思い出した。

私が支えればシュウを1人で乗せることなど造作もない。

シュウに1人で乗ってみるか? と尋ねると、シュウは乗りたい! と言っていたが少し心配げな表情をしている。
私が支えるから大丈夫だと言うと途端に笑顔を見せた。

ダンがすぐにユージーンに鞍をつけると、ユージーンはシュウに乗ってもらえるとわかり大喜びだ。

私はシュウの身体をふわっと投げると、シュウは綺麗に鞍に収まった。
うん、これでいい。

ユージーンの手綱をひき歩かせると、シュウは高い景色に大満足のようだ。
シュウが時折私を見つめる。

ああ、こうやって上から見下ろされるのも嬉しいものだ。

シュウがユージーンの緑色の鬣に優しく撫でてやると、ユージーンは嬉しそうに嘶いていた。
これがシュウとの最後の戯れなのだから絶対に忘れるなよとユージーンに念を送りながら私はユージーンからシュウを降ろした。


シュウにユージーンの乗り心地を尋ねると、よほど楽しかったのか嬉しそうな笑顔を見せた。

ユージーンのふわふわの鬣が私の愛馬のドリューによく似ていると話すシュウに親戚かもしれないと話すと感慨深そうな表情でユージーンを見つめていた。

まぁ数百年も離れているからどれも遠戚だと言えばそうなるのかもしれないが、そう思うだけでこの時代と繋がっている気がしてシュウも喜ぶだろうと思ったのだ。

シュウはドリューの親戚かもしれないユージーンを嬉しそうにブラッシングをして、馬房へと返した。
それにしても、シュウのブラッシングの手つきを見た感じでは、私の愛馬たちを任せてもよさそうだ。
ふふっ。彼方に帰ってからのシュウの仕事が一つ決まったな。

厩舎を出て、シュウにこの後はどこに行こうかと尋ねると、行きたい場所があるのだという。
一体どこだろうと思っていると、なんと厨房に行きたいと言い出した。

どうやら料理人のロイドにお礼が言いたいらしい。

私は気が進まなかったがシュウが行きたいというのなら仕方がない。
シュウの手をひき、厨房へと連れていった。

ロイドはシュウの顔を見るなり、驚きつつも名を呼びかけすぐに近寄ってきた。
しかし、あまり近くには居させるわけにはいかない。

私も一緒だとロイドにわからせるために、私はロイドにここにきた理由を告げた。

「我々は郷里へと戻ることになったのだ。それでシュウが其方に礼を言いたいと言うのでな」

私たちが戻るというと、思いっきりガッカリな表情を見せていたロイドにシュウが今までの礼を告げると、ロイドは感極まったのか、シュウに抱きつこうと近づいてきた。

が、私がシュウに抱きついたりさせるはずがないだろう。

私はさっとシュウとロイドの間に入って見せると、ロイドは何も気づかずに私にぎゅっと抱きつき、悲しそうにシュウの名を呼び続けた。

シュウ以外の人間に抱きつかれてゾワゾワと気持ちの悪い感覚を覚えながら、

「……ロイド。そこまで別れを惜しんでくれるとは……私も嬉しいぞ」

と低い声で告げると、ようやく私だと気づいたのか、ロイドは驚きのあまり後ろに跳ね飛んでいった。
不運にも後ろにあった机に背中を強打したようで、痛さに悶えている姿にシュウが心配して手を差し伸べようとしているが、シュウの手に触れさせるわけにはいかない。

シュウの手を掴み、気にしないでいいと言ったが優しいシュウはどうも気になるようだ。

私はロイドの方に目をやり、強いから大丈夫だろう?!!

と目で圧力をかけてやると、ロイドは震え上がった様子で

「はいっっっ!!! 何も問題ありませんっ!!!」

と一瞬にして立ち上がった。

そんなロイドを見て、シュウは最後の挨拶にと

「あの、本当に今まで美味しい食事を作ってくれてありがとうございました。
私、ロイドさんの食事とっても好きでした」

と笑顔を見せながら礼をいうとロイドは、シュウの言葉を切り取り、あたかもシュウに告白されたかのように何度も同じ言葉を呟いていた。

シュウからの『好き』という言葉をもらったロイドを許し難いが、あいつにとっては最初で最後のシュウとの思い出。
許してやる気にはなったが、これ以上長居をする必要もない。

私はシュウの手をひき、急いで厨房を後にした。

シュウはロイドの様子がおかしかったと気にしているようだったが、特にそうは感じなかったというと素直なシュウはすぐにそれを信じた。
それはすごく嬉しいことだが、向こうに戻ったら私以外の人間の言葉をすぐには信じぬように教え込んでおかないとな。
変なことに巻き込まれても困るからな。

さて、いろいろ巡ったし、そろそろ部屋に戻るかと声をかけると、シュウが突然私に屈むようにと言ってくた。

ヒューバートとカーティスが近くにいたし、何やら聞かれたくない秘密の話でもあるのかと低くしてやると、シュウが突然

「フレッド、ありがとう。大好き」

と愛の言葉を言いながら、私の頬に口づけを送ってくれた。

信じられないほど嬉しい出来事に私は一瞬にして顔を赤らめたが、シュウは自分がものすごいことをしてくれたということに気づいていないようだ。

不思議そうに私を見つめるシュウに、

「シュウが部屋以外の場所で、しかも自分から口付けをしてくれることなどほとんどなかっただろう?
それに……人前でなど絶対にしてくれなかっただろう?」

と私が顔を赤らめた理由を教えると、

「――っ! やぁ――っ、ぼく、恥ずかしいっ!」

と一気に顔を赤らめ私の身体に縋り付いて自分の赤くなった顔を隠そうとしていた。
その可愛らしい行動にもう私は我慢などできるはずがなかった。

私はシュウを抱きかかえて、急いで自分達の部屋へと駆け戻った。
そしてそのまま寝室へと篭り、甘く幸せな時間を過ごしたのだった。

腕の中で幸せそうに眠るシュウを見ながら、私は残り少ないこのベッドでの時間を大切に心に刻み込んだ。

翌日はシュウがどうしてもやりたいことがあるのだと、私にも何をするのかを秘密にして部屋に1人篭って過ごしていた。
何をしているのかかなり気になったが、トーマ王妃とのお茶の時間に中庭に出てきたシュウはいつもと変わらぬ笑顔をしていたから、私が気にすることではないのかもしれない。
ここはシュウが話してくれるまで待っていることにしよう。

そして、披露パーティー前の最後の1日はトーマ王妃は公務を全て無しにして、シュウと朝から晩までをずっと2人で過ごしていた。
夕方になり、アンドリュー王と共にシュウを迎えにいくと、トーマ王妃はまだ話し足りないとシュウの手を離そうとしない。

トーマ王妃の気持ちは痛いほどわかるがそうも言ってられない。

アンドリュー王と顔を見合わせどうするかと思っていると、トーマ王妃がシュウと一緒に寝たいと言い出した。
しかも、トーマ王妃の部屋にあるトーマ王妃専用のベッドで2人眠りたいのだと言い出した。

シュウはその言葉に一瞬顔を綻ばせたが、アンドリュー王はすぐに反応し、

「ならぬ!! いくらトーマの頼みでもそれはだめだっ!! フレデリックもそう思うだろう?」

と私に同意を求めてきた。

いくら父子と言っても、流石にそればっかりは許し難い。
アンドリュー王が怒っても仕方がないと思う。

それでもトーマ王妃は諦めずに

「でも……柊とゆっくり話せるのももう最後なんだよ……。ねぇ、アンディー……だめ??」

と可愛らしく上目遣いにお願いされて、アンドリュー王も心が揺らいでいるようだ。


「フレデリック、どうする?」

「4人で一緒に寝るなら許そうと言えば諦めるのではありませんか?」

「おおっ、それはいい考えだな。よし、そうしよう」

私たちは名案が浮かんだとトーマ王妃とシュウに

「ならば、今日は4人で一緒に寝るとしよう。それが我々の最後の譲歩だ」

と意気揚々と告げると、2人は一瞬驚いていたものの、

「わぁーーっ!!! 楽しそうっ!!! うん、4人で一緒に寝よう!!」

と喜び出した。

ええっ?
こんな反応をするとは……。
私たちはシュウとトーマ王妃の考えが全くわからずに困惑したままだったが、2人は私たちの困惑をよそに着々と準備を始めているようだった。
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