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番外編
誰よりも危うい人
斗希視点(後編)で終わらせようと思ってましたが、間にロジェリオ視点を追加しました。
楽しんでいただけると嬉しいです♡
* * *
<sideロジェリオ>
「ん?」
ノックにしては、やけに弱い。
だが、扉が叩かれているのは気のせいではなさそうだ。
時計を見れば、まだ明け方。
まさか、またトキ様が体調でも崩されたのか。
「どうぞ」
声をかけると、ゆっくりと扉が開いた。
「し、つれい、いたします……」
か細い声をあげ、入ってきた人物を見て、私は思わず目を細めた。
「クラウス殿!」
屋敷の執事長である彼は、普段ならどれだけ深夜だろうと髪一本乱さず現れる。
それが、今日に限っては呼吸を乱し、頬を赤く染め、壁に手をつきながら立っていた。
その姿だけで異常事態だとわかる。
「どうなされたのだ?」
素早く椅子から立ち上がり、倒れ込みそうなクラウスの肩を支えた。
「どこか体調でも?」
首筋に指を当てようとすると、彼の口が小さく開いた。
「旦那様が、発熱を……」
「えっ、旦那様が?」
トキ様ではなく、旦那様が発熱とは珍しい。
だが、それだけでクラウスがここまで取り乱すだろうか?
「クラウス殿、他に何かあったのでは?」
その指摘に、クラウスが一瞬言葉を詰まらせる。
そして観念したように、小さく息を吐いた。
「実は……トキ様が、お一人で部屋を出られました」
その瞬間、なんとなく嫌な予感がした。
「旦那様のご容態に動揺なさったのでしょう。私を呼ぼうと……部屋を出られたようです」
クラウスは、その様子を思い出しているのか、顔がさらに赤く染まっていく。
「旦那様のガウンを羽織っておられましたが、ほとんど隠れておらず、私に近づいて来られて……」
「なるほど……」
想像していた以上の出来事に、思わず片手で額を押さえる。
トキ様は、自分がどれほど危うい存在なのかをまるで理解していない。
ーーフィリグラン。
ただでさえ、人を惹きつける存在だというのに、精神が揺らいでいる時ほどその魅了は強くなる傾向がある。
不安、恐怖、孤独。
フィリグランは心が揺れるほど、本能的に庇護を求める。
そして周囲の人間は、その願いに抗えなくなる。
今、トキ様は旦那様の異変でひどく不安定になっているため、その魅了も、普段以上に強くなっている。
そんな状態で、肌もあらわな格好で屋敷を歩いたのか……
「それで、クラウス殿は理性を総動員してここまで来た、と」
「お恥ずかしい、限りです……」
少し落ち着いてきたのか、静かに頭を下げる。
だが、責める気にはなれなかった。
むしろ、よく耐えたほうだ。
「ここで、少し待っていてください」
私はクラウスをその場に残し、立ち上がって棚から小瓶を取り出した。
小さな錠剤を一粒取り、クラウスの目の前に差し出す。
「軽い鎮静剤です。どうぞ」
クラウスは一瞬ためらったものの、それを口に入れた。
唾液ですぐに溶けるタイプの即効性のものだから、効果も早い。
みるみるうちに頬の赤みが落ち着いてきた。
「それにしても……クラウス殿をそこまで魅了する、あのトキ様とずっと二人で過ごされていた旦那様は、化け物だな」
あの魅了に晒されながら、よく理性を保てたものだ。
同じ寝室で眠り、抱きしめ、触れながら、それでも旦那様はトキ様の心が落ち着くまで決して踏み込まなかった。
常人なら到底耐えられない。
「愛は偉大だな」
私は、さっと立ち上がり、白衣を羽織る。
「またトキ様が出歩かれたら困る。そろそろ診察に行きましょう」
クラウスはすぐに背筋を伸ばしたが、回復にはまだ少し時間がかかる。
診察鞄を手に廊下に出ながら、私は淡々と告げる。
「トキ様とは視線を合わせすぎないように、必要以上に近づくと危ないですよ。まだ魅了が強く出ているでしょうから」
「承知しております」
返事は冷静だが、耳だけはまだ赤い。
長年支えてきた執事をここまで追い込むとは……
トキ様はきっと、何一つわかっていないだろう。
旦那様の体調が戻られたら、これはしっかりお話ししておかなければ。
トキ様と、私たち屋敷で働く者のためにも……
楽しんでいただけると嬉しいです♡
* * *
<sideロジェリオ>
「ん?」
ノックにしては、やけに弱い。
だが、扉が叩かれているのは気のせいではなさそうだ。
時計を見れば、まだ明け方。
まさか、またトキ様が体調でも崩されたのか。
「どうぞ」
声をかけると、ゆっくりと扉が開いた。
「し、つれい、いたします……」
か細い声をあげ、入ってきた人物を見て、私は思わず目を細めた。
「クラウス殿!」
屋敷の執事長である彼は、普段ならどれだけ深夜だろうと髪一本乱さず現れる。
それが、今日に限っては呼吸を乱し、頬を赤く染め、壁に手をつきながら立っていた。
その姿だけで異常事態だとわかる。
「どうなされたのだ?」
素早く椅子から立ち上がり、倒れ込みそうなクラウスの肩を支えた。
「どこか体調でも?」
首筋に指を当てようとすると、彼の口が小さく開いた。
「旦那様が、発熱を……」
「えっ、旦那様が?」
トキ様ではなく、旦那様が発熱とは珍しい。
だが、それだけでクラウスがここまで取り乱すだろうか?
「クラウス殿、他に何かあったのでは?」
その指摘に、クラウスが一瞬言葉を詰まらせる。
そして観念したように、小さく息を吐いた。
「実は……トキ様が、お一人で部屋を出られました」
その瞬間、なんとなく嫌な予感がした。
「旦那様のご容態に動揺なさったのでしょう。私を呼ぼうと……部屋を出られたようです」
クラウスは、その様子を思い出しているのか、顔がさらに赤く染まっていく。
「旦那様のガウンを羽織っておられましたが、ほとんど隠れておらず、私に近づいて来られて……」
「なるほど……」
想像していた以上の出来事に、思わず片手で額を押さえる。
トキ様は、自分がどれほど危うい存在なのかをまるで理解していない。
ーーフィリグラン。
ただでさえ、人を惹きつける存在だというのに、精神が揺らいでいる時ほどその魅了は強くなる傾向がある。
不安、恐怖、孤独。
フィリグランは心が揺れるほど、本能的に庇護を求める。
そして周囲の人間は、その願いに抗えなくなる。
今、トキ様は旦那様の異変でひどく不安定になっているため、その魅了も、普段以上に強くなっている。
そんな状態で、肌もあらわな格好で屋敷を歩いたのか……
「それで、クラウス殿は理性を総動員してここまで来た、と」
「お恥ずかしい、限りです……」
少し落ち着いてきたのか、静かに頭を下げる。
だが、責める気にはなれなかった。
むしろ、よく耐えたほうだ。
「ここで、少し待っていてください」
私はクラウスをその場に残し、立ち上がって棚から小瓶を取り出した。
小さな錠剤を一粒取り、クラウスの目の前に差し出す。
「軽い鎮静剤です。どうぞ」
クラウスは一瞬ためらったものの、それを口に入れた。
唾液ですぐに溶けるタイプの即効性のものだから、効果も早い。
みるみるうちに頬の赤みが落ち着いてきた。
「それにしても……クラウス殿をそこまで魅了する、あのトキ様とずっと二人で過ごされていた旦那様は、化け物だな」
あの魅了に晒されながら、よく理性を保てたものだ。
同じ寝室で眠り、抱きしめ、触れながら、それでも旦那様はトキ様の心が落ち着くまで決して踏み込まなかった。
常人なら到底耐えられない。
「愛は偉大だな」
私は、さっと立ち上がり、白衣を羽織る。
「またトキ様が出歩かれたら困る。そろそろ診察に行きましょう」
クラウスはすぐに背筋を伸ばしたが、回復にはまだ少し時間がかかる。
診察鞄を手に廊下に出ながら、私は淡々と告げる。
「トキ様とは視線を合わせすぎないように、必要以上に近づくと危ないですよ。まだ魅了が強く出ているでしょうから」
「承知しております」
返事は冷静だが、耳だけはまだ赤い。
長年支えてきた執事をここまで追い込むとは……
トキ様はきっと、何一つわかっていないだろう。
旦那様の体調が戻られたら、これはしっかりお話ししておかなければ。
トキ様と、私たち屋敷で働く者のためにも……
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いぬぞ〜さま。コメントありがとうございます!
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