俺の天使に触れないで  〜隆之と晴の物語〜

波木真帆

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飲み会の始まり <side晴>

「よぉー、香月、久しぶり! 前澤くんも今日は幹事ありがとう」

「ほんと、ほんと。めっちゃいいお店だし、今日すっごく楽しみにしてきたんだよ」

「これ、どこでも座っていいのか?」

と僕たちにフランクに話しかけていたゼミの子たちは部屋の奥に座っている隆之さんの姿を見て、

「――えっ!」

と皆一様に動きが止まった。

「あ、あの人誰っ??? めっちゃイケメンじゃんっ!!」

武井くんは目を見開いて驚き、井川さんは驚きすぎたみたいでまだ身動きもしない。
そして、柴田くんだけが興奮気味に僕たちに向かって隆之さんのことを尋ねてきた。

「後できちんと教授から紹介があるけど、あの人はね、この二階堂教授のゼミのO Bで、僕が今インターンでお世話になってる小蘭堂のトップ営業マンの早瀬さんだよ。今回、教授が僕たちゼミ生にいろんな話を聞かせてあげてほしいって早瀬さんに頼んでわざわざ都合をつけて来てくれたんだ」

説明している最中から、女の子たちの目が輝いていくのがよくわかった。
まぁ、そうだよね。
隆之さん、格好良い顔はもちろんだけどすごく優しいのが滲み出てるし。
今日は女の子たちはもちろん、男子にも憧れられても仕方ないってわかってるし。

大丈夫。隆之さんは『晴以外目に入らないし、好意を持たれても何とも思わない』ってはっきり言ってくれたんだ。
今日は隆之さんがいろんな人に囲まれたってもやもやするのは止めよう。
せっかく一緒に来てくれてるんだもんね。

女の子たちが我先にと隆之さんの隣を狙おうと動き始めたとき、突然前澤くんが

「あーっ、ちょっと! ちょっと!」

と彼女たちを大声で呼び前に立ちはだかった。

「ちょっともう前澤くん、なぁに?」

「今日は早瀬さんも来てるし、争いになるといけないから席はくじ引きにしたんだ」

「ええーっ!!!」

女の子たちからかなり大きなブーイングがでたが、それでも仕方ないと思ったんだろう。
渋々前澤くんの作ったくじに手を伸ばした。

「ああ、そうだ。先に言っとくけど、早瀬さんの両隣はこのクジには入ってないから」

「ええーっ、なんでよっ!!」

さっきの比じゃないほどのブーイングが上がっているが、前澤くんは素知らぬ顔で

「だって仕方ないだろう? 早瀬さんの左隣は教授の席だし、右隣は香月の席に決まってるから」

と言い出した。

えっ? 僕、断ったよね?
みんなのせっかくの機会を奪っちゃいけないって。
だからあのくじだって中に入れたはずなのに……なんで?

「なんで香月くんなの?」

井川さんが至極真っ当に理由を聞いたけれど、

「教授が言ってたんだ。今日の飲み会で香月の優秀卒業論文のお祝いもするって。香月が主役みたいなものなんだから教授の近くにいないとおかしいだろう?」

とすごくまともな理由を口にした。

「なら、香月くんは教授の隣にしたら良いのに」

「教授は酒豪だろ? 香月は酒飲めないのに可哀想だろう」

「うん、まぁそうだけど……」

「今日は人数少ないし、他の席でも早瀬さんには近いから良いだろう?」

年上でしかも幹事である前澤くんの言葉に井川さんも他の女の子たちも何も反論できなかったようだ。
『わかった』と言って、もう一度くじに手を伸ばした。


『うわっ、俺教授の隣だ……』
『きゃー、私、早瀬さんの向かいだ!』
『ねぇ、香月くんの隣は~?』
『私、全然違うっ!』
『俺も遠いなぁ……』

悲喜交々のくじ引きを終え、

「じゃあ、残った席は俺だな」

と前澤くんは残ったくじを一応引いてみんなに見せる。

『うわーっ、ずるい!!』
『前澤、マジかよ』

といろんな声が上がっているが、

「お前らが引いた残りを引いたんだぞ、俺は」

と自信満々に言っている。
でも確かにそうだ。
前澤くんはみんなに引かせて残りを取っただけ。

なのに、引いた席は僕の隣だなんて……。

隆之さんの近くに座りたかったらしい子たちは皆一様にガッカリしていたけど、僕は正直ホッとしてる。
だって、僕だって本当は隆之さんの隣がよかったんだもん。

しかも、もう一つの隣は前澤くんだし。
強運なのは僕なのかも……なんて思ってしまう。

文句を言っていた子たちも、飲み会にしては少ない参加人数だからそこまで離れてはいない席の配置にまぁいいかと思い始めたようで大人しく席に着き始めた。

みんなが席にきちんと座った頃、部屋の引き戸が開かれ教授が入ってきた。

「いやーっ、みんな揃ってるね。結構、結構」

「二階堂教授、お疲れ様です」

「ああ。ありがとう」

今日は提携校での特別授業をしてからの飲み会参加だったこともあって、少しお疲れ気味の表情をしていたけれど、みんなから気遣いの言葉をかけられて嬉しそうな表情を見せていた。

「さて、と……おおっ、早瀬。早いな。もう来てくれてたのか?」

「はい。お久しぶりです、教授。お変わりなくて驚きました」

「いやいや、もう君がいた頃から結構経ってるからな。君は頑張ってるようだな」

「はい。おかげさまで。今日はご招待いただきありがとうございます」

「香月くんから君のこと聞いてな、ぜひ来てほしいとは言ったが正直忙しくて断られるかと思ってたんだ。
まさかこうやってきてくれるとは……」

隆之さんとの数年ぶりの再会に二階堂教授は目尻を下げて喜びを表している。
卒業してほとんど会っていないって言ってたのに、ここまで覚えていてくれるなんて……隆之さんは相当二階堂教授のお気に入りの学生だったんだろうな。

「教授、再会の挨拶はその辺にして席に座ってください。まず、乾杯してから始めましょう」

幹事である前澤くんの声に二階堂教授は

「ああ、悪い。つい、興奮してしまって……」

と笑いながら自分の名前が置かれている席に座った。
同時に隆之さんも席に座り、2人でまた楽しそうに会話を始めた。

前澤くんは店員さんにあらかじめ伝えてあった最初の飲み物を持ってきてもらうように指示をして、すぐにみんなの前に飲み物が置かれた。

こっちにきてからみんなの注文を取るのは時間がかかって仕方ないけど、みんなに予約の確認メールを送ったときに前もってそれぞれの最初の飲み物を聞いていたおかげでかなりスムーズに乾杯に入れる。

こういう気配りが前澤くんは上手だなって思う。

「さぁ、皆さん飲み物は揃っていますか?」

前澤くんの問いかけにみんなが『はーい』と返すと、

「じゃあ、二階堂教授。乾杯の挨拶をお願いします!」

と促した。

二階堂教授はにこやかに目の前にあるシャンパングラスを手にとって、乾杯の挨拶を始めた。


「今日のこの会は前澤くんが幹事となって店の決定から全てをやってくれた。そして香月くんも手伝ってくれたと聞いている。2人のおかげで今回こうやって私のゼミのみんなが誰1人欠けることなく今日の飲み会を行うことができた。まずは2人に礼をいう。ありがとう!」

二階堂教授がにこやかな笑顔を僕と前澤くんに向けている。
僕はほんのちょこっとお手伝いしただけで9割以上は前澤くんがやってくれたのに、こうやって教授に褒められて嬉しいというよりも申し訳ない気持ちの方が勝っている。

本当に申し訳なさすぎて隣に座る前澤くんを見ると、僕と目が合った瞬間手の平を顔の横に掲げた。
えっ? と思いながらも同じポーズをとると前澤くんはニコッと笑ってパチンと手を重ね合わせた。

ハイタッチだ。

うわっ、なんだろう。
すごく嬉しいっ!

さっきまで申し訳ない気持ちが勝っていたのに前澤くんとハイタッチをしたら一瞬にして連帯感みたいなものが生まれて嬉しい気落ちでいっぱいになった。
きっと前澤くんは、俺が1人で頑張ってやってたのになんて気持ちさらさらないんだろうな。
だからついでに僕が褒められてもこうやって自分のことのように喜んでくれるんだ。
前澤くんってすごく寛大で良い人なんだな……としみじみ感じた。

『ははっ』
二階堂教授はハイタッチをした僕たちを見て顔を綻ばせ乾杯の話を続けた。

「こうやってお互いに喜びを分かち合えるほど仲が良いし、それに何より今年のゼミ生は私が今までに受け持ったゼミ生の中でも5本の指に入るほど優秀で、今の時期に全員が就職先・就学先を決めている。これは本当に素晴らしいことだ。そして、君たちの出してくれた卒論もそのどれもが興味深く読ませてもらった。先日も言ったが、その中でも香月くんの卒論はここ数年で一番と言っても良いくらいの出来栄えで、私から優秀卒業論文に推薦させてもらった。おそらく香月くんの卒論は今年度の桜城大学の最優秀論文に選ばれるだろう。私はそう確信している」

二階堂教授がそう高らかに宣言すると、みんなが驚いた顔で僕を見る。
それはそうだろう。
今まで最優秀論文に経済学部の論文が選ばれたことは一度もないからだ。

まだ決定したわけではないからわからないけれど二階堂教授がこんなにも自信持って言ってくれるなんて思いもしなかった。
僕があの論文を書き上げることができたのは隆之さんのおかげだし、隆之さん無くしてはあの論文は書けなかったと言っても過言じゃない。

このことは後でちゃんと二階堂教授に言っておこう。

「それから、みんなも気になっていると思うが、私の隣に座っている彼は早瀬隆之くん。君たちの6期上の先輩だ。
彼もまた私のゼミで優秀卒業論文をとり、今はみんなも知っているだろうあの小蘭堂の営業部に勤めている。後からゆっくりと彼にはいろいろ語ってもらうから楽しみにしててくれ」

教授がそういうと隆之さんは少し照れたように笑った。
その顔が可愛くて、僕はほんの少しだけみんなに見せたくないなと思ってしまった。

「長くなってしまったが、今日は大いに飲んで大いに食べて楽しんでくれ。乾杯っ!」

「「「カンパーイ!!!」」」
「「「かんぱーい!!!」」」

それぞれ隣同士近い場所で『カンパーイ!』と挨拶を繰り返し、飲み会が始まった。


僕は手を伸ばしてくれた教授と隆之さん、そして前澤くんと乾杯をした。
みんなはそれぞれビールやらカクテルやら思い思いのアルコールを飲んでいるけど、僕はちゃんとオレンジジュース。
隣に隆之さんはいるけれど、この前迷惑かけたばっかりだから今日は大人しくオレンジジュースにしとかないとね。

僕たちの乾杯の声に合わせるように食事が次々と運ばれてくる。
前もって前澤くんが注文しておいてくれた料理たちだ。
鉄板に乗せられた色とりどりの餃子や熱々の春巻き、せいろに入ったシュウマイや小籠包、炒飯に麻婆豆腐、油淋鶏に棒棒鶏……その他にも食べ放題のメニューがあってそのどれもが美味しそう。

みんなバイトしているとはいえ、お金にそんなに余裕のない大学生。
こういう時こそお腹いっぱい食べるぞと意気込んでいるから、みんなの手が次々に料理に伸びていく。
そして一口食べるごとに

『うわっ、めっちゃ美味しいっ!』
『本当っ! 食べ放題でこんなに美味しいなんてね』
『ねぇ、この油淋鶏最高に美味しいよ!』
『こっちの餃子も美味いよ』

と感嘆の声をあげる。

「さすが前澤くんの選んだお店だね! みんなすごく喜んでるよ」

「せっかくなら美味しいところがいいからな。実はここ、バイト先の店長に教えてもらったんだ。かなり食べ歩いている人だから教えてもらう店がどこも外れなしでさ」

「へぇーっ、外れなしってすごいね!」

僕も話をしながら、目の前にあった春巻きをとり口に運んだ。
サクサクの皮からあっつあつの具が出てきた。

「はふっ、はふっ、あちゅ、いっ」

パクリと大口で食べすぎて火傷しそうなほど熱い。
でも、すっごく美味しい!

必死に熱さと戦っていると、隆之さんがさっと僕にウーロン茶を手渡してくれた。
それを口に含むと一気に熱さが和らいでいって、僕は口の中の春巻きをゴクっと飲み込むことができた。

「ふぅ……熱かった」

「晴、大丈夫か?」

「ありがとう。た――早瀬さんのおかげで助かりました」

危ない、危ない。さすがにここで名前で呼んでたらおかしいよね。

「晴、猫舌なんだからあまり一気に口に入れるなよ」

そう思っていたのに、隆之さんは全然気にしない様子で僕のことを名前で呼んでくる。
いいのかな?
僕だって本当は隆之さんって呼びたいんだけど……。
うーん、難しいところだ。

でも、それからもずっと隆之さんは隣に座る教授の相手もしつつ、僕の方にもちゃんと気を配っていてくれてこういうところさすがだなって思う。

食事もひとしきり食べすすめていくと、教授がみんなに向けて声をかけた。

「ほら、早瀬がこれから就職を控える君たちに色々話をしてくれるそうだから聞きたい人は周りに集まれ。質問があったらなんでも聞いていいぞ」

「ちょ――っ! 教授、なんでもは困りますが……」

「ははっ。早瀬にも聞かれて困ることがあるのか?まぁ、それはともかく、君たち。社会に出るにあたって聞いておきたいことがあったら聞いておくといいぞ」

教授の呼びかけにみんな食いつくように『はーい!!』と元気良く返事を返した。
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