俺の天使に触れないで  〜隆之と晴の物語〜

波木真帆

文字の大きさ
125 / 138

アルのおかげ


<side隆之>

お化け屋敷は晴にはただ怖いだけのようで、決められたミッションも到底完遂できそうにない。
やっぱり無理して入らずに外で待っていればよかったかと思ったけれど、理玖があれほど楽しみにしていたのに水を差したくなかったんだろう。

本当に友達思いのいい子だ。

だが、入ってすぐから声も身体も震わせていたから絶対に無理だとわかった。

なんせ、最初のゾンビに大声で叫んでからは全てが恐ろしいみたいだったからな。

可愛い晴の叫び声にゾンビたちが集まってきているのがわかる。
お化け屋敷にかこつけて晴に触れようとしているのがありありとわかって、俺はその魔の手から晴を守るのに必死になっていた。

晴がもう無理だと言ったのをこれ幸いと思い、晴を腕に抱きかかえて自分の上着で隠す。
ゾンビたちもこれにはさすがに諦めたようで、俺たちに無闇に近づいてこなくなった。

俺は晴が見てないのをいいことにさっさとポイントを通過し、ミッションを完遂して外に出た。

見ると少し先の方にアルが理玖を抱きかかえて立っているのが見える。
きっとあのゾンビたちは理玖にも同じようなことをして、アルに邪魔されたんだろう。
だからか、晴をしつこく驚かしていたのは。

今回は晴を守れたから良かったが、暗闇に入るようなアトラクションはやめた方がいいかもしれないな。

晴に外に出てきたと教えると、さっきまでの恐怖の表情が嘘のように可愛らしい笑顔を見せてくれた。

三箇所のポイントで取ってきたお札を出口にいたスタッフに渡すと特製のゾンビキーホルダーがもらえるそうだが、それは断っておいた。

こんなのもらっても晴が怖がるだけだ。
もちろんアルたちも断っているようだった。

恐怖の館から離れて次のアトラクションはどこに行くのだろうと思っていると、理玖が休憩に誘ってくれた。

ああ、ちょうどいい休憩になりそうだ。

理玖が行こうと誘ったのは、動物のオブジェが飾られた可愛らしいメルヘンチックなカフェ。
さすが、親友だけあって晴の好みをよくわかっているな。

だが、ここから見える窓から中を覗くと店の中はほぼ女性客。
数人いる男性客は彼女にでも連れられて入ったのか、居心地悪そうにしているが見える。

だから入りたくないというわけではない。
俺もアルも晴と理玖の望む場所に行ってやりたいと思っている。

ただ、俺たちが四人で入れば確実に目を惹くし、余計な奴らが話しかけてくるだろう。
何か良い対策はないかと思っていると、アルがせっかくだからこの店の中ではドイツ語で話そうと言い出した。
なるほど。
俺たちがドイツ語を話していたら、わざわざ話しかけてくる奴はいないだろう。
万が一ドイツ語を聞き取れるような子がいても、俺たちが恋人同士の会話をしている中に声をかけてくるようなことはしないだろう。

さすが、アル。
良い考えだ。

そんな裏があることなど知らずにアルの提案にすぐに乗るのは理玖。
そして、そんな理玖に晴は決して異を唱えない。

それがわかっているからアルもそんな提案をしたのだろう。

ナンパ回避目的のドイツ語だが、晴は嬉しそうにしている。
きっと俺が晴の話すドイツ語を楽しみにしているのと同じように、晴もまた俺の話すドイツ語を楽しみにしてくれているのだろう。

前にドイツ語を話した時、目をキラキラと輝かせてみてくれたからな。

二人ずつに分かれて店に入ると、店内の女性客たちの視線が一気に注がれるのがわかる。
晴も一瞬戸惑っているように見えたけれど、すぐにショーケースの中にあるケーキに意識が向かっているのがわかる。

晴はいつも視線を浴びているからか、あまり気にしないんだよな。
まぁ気にならないのは良いことなんだけど。

先にレジに並んだアルと理玖が注文をしている声が聞こえる。

ふふっ。日本語がわからないドイツ人を装っているが、日本語を理解しているのがバレバレだな。
まぁ店員の方が慣れないドイツ語に四苦八苦しているから、アルたちが日本語を理解していることに気づいていないみたいだけどな。

なんとか注文を受け終えた店員が次の俺たちをみてあからさまにホッとしているのがわかるが、申し訳ない。
俺たちもドイツ語しか話せないんだ。

日本語で問いかけられたが、ドイツ語で晴と会話をしていると店員の表情がみるみる青くなっていく。
あまりにも可哀想に思えて、なんとかわかりやすいようにメニューを指さしながら注文をすると、ホッとしているように見えた。

受け取り口で商品を受け取り、先に席に座っていたアルたちの元に急ぐ。

アルたちのトレイには理玖が頼んだスイーツが乗っている。
俺もアルもそこまで甘いものは得意ではないが、愛しい恋人と食べるなら別だ。

お互いに食べさせあいながら、至福のひと時を過ごす。

恐怖の館で青褪めていた晴もすっかり笑顔に戻っていて良かった。

やはりスイーツの力は偉大なようだ。

そんな楽しい時間を過ごしていたのだが、少し離れた場所にいた女性たちがこちらに近づいてくる気配を感じた。
気づかれないようにそっと彼女たちに視線を向ければ、誰が俺たちに話しかけるかを決めているようだ。

こういうナンパを避けるためにわざわざドイツ語で話していたというのに、空気が読めないやつというのはどこにでもいるようだ。

こんなのは放っておくに限ると思っていたが、わざわざ俺たちの席までやってきて、仲良くしたいから静かな場所に行こうと拙い英語で誘ってきた。

はぁーーっ。
本当に呆れてものが言えない。

アルは英語がわからないフリをしてドイツ語で断ったが、それすらも聞き取れていない様子だ。

それどころか、女たちはどうやらヤリもくで男探しをしているようで、手前の女は晴を狙っているそぶりを見せた。
その視線に気付いたのか、晴が身体を震わせていたから晴がその女の視線から見えなくなるように抱きしめて隠しながら、アルにどうするかを尋ねた。

こんな余計なことに神経を使いたくはなかったのだが、女たちは俺たちには何もわかっていないと思って、かなり際どい話まで話し始めている。
こんな下世話な話を晴に聞かせたくない。

そう思っていると、アルは上着のポケットからスマホを取り出し何やらどこかにメッセージを送ったようだ。

女たちは

「あー、メッセージアプリのID交換ですか? しますよー!」

なんて言っているが、アルは何も気にする様子もなく、さっさと上着のポケットにしまっていた。

それから数分も経たないうちにカフェにこのテーマパークのスタッフらしき人間が五人ほど入ってきて、俺たちの席までやってきた。

「な、何よ。あんたたち」

「申し訳ございませんが、お客さまのご迷惑になりますので退席をお願いしたします」

「はぁ? なんでよ。私たち、この人たちとただ楽しくおしゃべりしているだけなんだけど」

「そうでしょうか? これはどなたがお話になったことですか?」

そういうとスタッフは持っていたスマホの音声データを再生させた。

―私にお髭の外国人譲ってよ。一度でいいから外国人とヤッてみたかったんだよね。ほら、外国人ってデカイっていうじゃん。

ーええー、それなら私も外国人がいい。

ーあんたはあの可愛い子がいいって言ってたじゃん。あの薬飲ませて興奮してるとこ襲えば楽しいって。

ーきゃー、鬼畜ーっ! でも、薬使うと楽しいっていうしね。卒業旅行のメインイベントには最高でしょ。


女たちのいかがわしい会話に店内がしんと静まり返る。

「こ、こんなのいつ録ったのよ。プライバシーの侵害じゃない!」

「申し訳ありませんが、犯罪行為等がありましたらたとえ未遂であっても見過ごすわけには参りません。事務所で少しお話を伺わせていただきます」

「ちょっと、待ってよ!! やめてって!」

女たちは女性スタッフたちに引き摺られるように店の外に連れ出されていった。

ようやく店内に安堵のため息が漏れる。

『お客さま。大変失礼いたしました』

店長らしき人が俺たちの席に駆け寄ってきてドイツ語で謝罪をしてくれた。
さっきまでは姿が見えなかったからタイミングが悪かったのかもしれない。

騒がせたお詫びの印にと焼き菓子を全てのテーブルにサービスしていて、好感が持てた。

『アル、さっきはどこにメッセージを送っていたんだ?』

『実は、さっきの店長……知り合いなんだよ。ここにいるって聞いた覚えがあったから、行くって連絡しておいたんだがちょうどタイミングが悪かったみたいでね。あの女性たちが良からぬ企みをしているようだったから、こっそり会話を録音して彼のスマホに送ったんだ。責任者を呼んですぐにきてくれってね』

『なるほど。そういうことだったのか。それにしてもこんなところにまで知り合いがいるとはね。アルの交友関係の広さには驚かされるよ。だが、そのおかげで助かったよ』

俺がお礼をいうと、理玖は自分が褒められたかのように嬉しそうに笑っていた。
感想 55

あなたにおすすめの小説

魔性の男

makase
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。 最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。 そう、思っていた。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話

須宮りんこ
BL
【あらすじ】 高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。 二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。 そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。 青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。 けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――? ※本編完結済み。後日談連載中。

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

しっかり者で、泣き虫で、甘えん坊のユメ。

西友
BL
 こぼれ話し、完結です。  ありがとうございました!  母子家庭で育った璃空(りく)は、年の離れた弟の面倒も見る、しっかり者。  でも、恋人の優斗(ゆうと)の前では、甘えん坊になってしまう。でも、いつまでもこんな幸せな日は続かないと、いつか終わる日が来ると、いつも心の片隅で覚悟はしていた。  だがいざ失ってみると、その辛さ、哀しみは想像を絶するもので……

親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた

こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。