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アルのおかげ
<side隆之>
お化け屋敷は晴にはただ怖いだけのようで、決められたミッションも到底完遂できそうにない。
やっぱり無理して入らずに外で待っていればよかったかと思ったけれど、理玖があれほど楽しみにしていたのに水を差したくなかったんだろう。
本当に友達思いのいい子だ。
だが、入ってすぐから声も身体も震わせていたから絶対に無理だとわかった。
なんせ、最初のゾンビに大声で叫んでからは全てが恐ろしいみたいだったからな。
可愛い晴の叫び声にゾンビたちが集まってきているのがわかる。
お化け屋敷にかこつけて晴に触れようとしているのがありありとわかって、俺はその魔の手から晴を守るのに必死になっていた。
晴がもう無理だと言ったのをこれ幸いと思い、晴を腕に抱きかかえて自分の上着で隠す。
ゾンビたちもこれにはさすがに諦めたようで、俺たちに無闇に近づいてこなくなった。
俺は晴が見てないのをいいことにさっさとポイントを通過し、ミッションを完遂して外に出た。
見ると少し先の方にアルが理玖を抱きかかえて立っているのが見える。
きっとあのゾンビたちは理玖にも同じようなことをして、アルに邪魔されたんだろう。
だからか、晴をしつこく驚かしていたのは。
今回は晴を守れたから良かったが、暗闇に入るようなアトラクションはやめた方がいいかもしれないな。
晴に外に出てきたと教えると、さっきまでの恐怖の表情が嘘のように可愛らしい笑顔を見せてくれた。
三箇所のポイントで取ってきたお札を出口にいたスタッフに渡すと特製のゾンビキーホルダーがもらえるそうだが、それは断っておいた。
こんなのもらっても晴が怖がるだけだ。
もちろんアルたちも断っているようだった。
恐怖の館から離れて次のアトラクションはどこに行くのだろうと思っていると、理玖が休憩に誘ってくれた。
ああ、ちょうどいい休憩になりそうだ。
理玖が行こうと誘ったのは、動物のオブジェが飾られた可愛らしいメルヘンチックなカフェ。
さすが、親友だけあって晴の好みをよくわかっているな。
だが、ここから見える窓から中を覗くと店の中はほぼ女性客。
数人いる男性客は彼女にでも連れられて入ったのか、居心地悪そうにしているが見える。
だから入りたくないというわけではない。
俺もアルも晴と理玖の望む場所に行ってやりたいと思っている。
ただ、俺たちが四人で入れば確実に目を惹くし、余計な奴らが話しかけてくるだろう。
何か良い対策はないかと思っていると、アルがせっかくだからこの店の中ではドイツ語で話そうと言い出した。
なるほど。
俺たちがドイツ語を話していたら、わざわざ話しかけてくる奴はいないだろう。
万が一ドイツ語を聞き取れるような子がいても、俺たちが恋人同士の会話をしている中に声をかけてくるようなことはしないだろう。
さすが、アル。
良い考えだ。
そんな裏があることなど知らずにアルの提案にすぐに乗るのは理玖。
そして、そんな理玖に晴は決して異を唱えない。
それがわかっているからアルもそんな提案をしたのだろう。
ナンパ回避目的のドイツ語だが、晴は嬉しそうにしている。
きっと俺が晴の話すドイツ語を楽しみにしているのと同じように、晴もまた俺の話すドイツ語を楽しみにしてくれているのだろう。
前にドイツ語を話した時、目をキラキラと輝かせてみてくれたからな。
二人ずつに分かれて店に入ると、店内の女性客たちの視線が一気に注がれるのがわかる。
晴も一瞬戸惑っているように見えたけれど、すぐにショーケースの中にあるケーキに意識が向かっているのがわかる。
晴はいつも視線を浴びているからか、あまり気にしないんだよな。
まぁ気にならないのは良いことなんだけど。
先にレジに並んだアルと理玖が注文をしている声が聞こえる。
ふふっ。日本語がわからないドイツ人を装っているが、日本語を理解しているのがバレバレだな。
まぁ店員の方が慣れないドイツ語に四苦八苦しているから、アルたちが日本語を理解していることに気づいていないみたいだけどな。
なんとか注文を受け終えた店員が次の俺たちをみてあからさまにホッとしているのがわかるが、申し訳ない。
俺たちもドイツ語しか話せないんだ。
日本語で問いかけられたが、ドイツ語で晴と会話をしていると店員の表情がみるみる青くなっていく。
あまりにも可哀想に思えて、なんとかわかりやすいようにメニューを指さしながら注文をすると、ホッとしているように見えた。
受け取り口で商品を受け取り、先に席に座っていたアルたちの元に急ぐ。
アルたちのトレイには理玖が頼んだスイーツが乗っている。
俺もアルもそこまで甘いものは得意ではないが、愛しい恋人と食べるなら別だ。
お互いに食べさせあいながら、至福のひと時を過ごす。
恐怖の館で青褪めていた晴もすっかり笑顔に戻っていて良かった。
やはりスイーツの力は偉大なようだ。
そんな楽しい時間を過ごしていたのだが、少し離れた場所にいた女性たちがこちらに近づいてくる気配を感じた。
気づかれないようにそっと彼女たちに視線を向ければ、誰が俺たちに話しかけるかを決めているようだ。
こういうナンパを避けるためにわざわざドイツ語で話していたというのに、空気が読めないやつというのはどこにでもいるようだ。
こんなのは放っておくに限ると思っていたが、わざわざ俺たちの席までやってきて、仲良くしたいから静かな場所に行こうと拙い英語で誘ってきた。
はぁーーっ。
本当に呆れてものが言えない。
アルは英語がわからないフリをしてドイツ語で断ったが、それすらも聞き取れていない様子だ。
それどころか、女たちはどうやらヤリもくで男探しをしているようで、手前の女は晴を狙っているそぶりを見せた。
その視線に気付いたのか、晴が身体を震わせていたから晴がその女の視線から見えなくなるように抱きしめて隠しながら、アルにどうするかを尋ねた。
こんな余計なことに神経を使いたくはなかったのだが、女たちは俺たちには何もわかっていないと思って、かなり際どい話まで話し始めている。
こんな下世話な話を晴に聞かせたくない。
そう思っていると、アルは上着のポケットからスマホを取り出し何やらどこかにメッセージを送ったようだ。
女たちは
「あー、メッセージアプリのID交換ですか? しますよー!」
なんて言っているが、アルは何も気にする様子もなく、さっさと上着のポケットにしまっていた。
それから数分も経たないうちにカフェにこのテーマパークのスタッフらしき人間が五人ほど入ってきて、俺たちの席までやってきた。
「な、何よ。あんたたち」
「申し訳ございませんが、お客さまのご迷惑になりますので退席をお願いしたします」
「はぁ? なんでよ。私たち、この人たちとただ楽しくおしゃべりしているだけなんだけど」
「そうでしょうか? これはどなたがお話になったことですか?」
そういうとスタッフは持っていたスマホの音声データを再生させた。
―私にお髭の外国人譲ってよ。一度でいいから外国人とヤッてみたかったんだよね。ほら、外国人ってデカイっていうじゃん。
ーええー、それなら私も外国人がいい。
ーあんたはあの可愛い子がいいって言ってたじゃん。あの薬飲ませて興奮してるとこ襲えば楽しいって。
ーきゃー、鬼畜ーっ! でも、薬使うと楽しいっていうしね。卒業旅行のメインイベントには最高でしょ。
女たちのいかがわしい会話に店内がしんと静まり返る。
「こ、こんなのいつ録ったのよ。プライバシーの侵害じゃない!」
「申し訳ありませんが、犯罪行為等がありましたらたとえ未遂であっても見過ごすわけには参りません。事務所で少しお話を伺わせていただきます」
「ちょっと、待ってよ!! やめてって!」
女たちは女性スタッフたちに引き摺られるように店の外に連れ出されていった。
ようやく店内に安堵のため息が漏れる。
『お客さま。大変失礼いたしました』
店長らしき人が俺たちの席に駆け寄ってきてドイツ語で謝罪をしてくれた。
さっきまでは姿が見えなかったからタイミングが悪かったのかもしれない。
騒がせたお詫びの印にと焼き菓子を全てのテーブルにサービスしていて、好感が持てた。
『アル、さっきはどこにメッセージを送っていたんだ?』
『実は、さっきの店長……知り合いなんだよ。ここにいるって聞いた覚えがあったから、行くって連絡しておいたんだがちょうどタイミングが悪かったみたいでね。あの女性たちが良からぬ企みをしているようだったから、こっそり会話を録音して彼のスマホに送ったんだ。責任者を呼んですぐにきてくれってね』
『なるほど。そういうことだったのか。それにしてもこんなところにまで知り合いがいるとはね。アルの交友関係の広さには驚かされるよ。だが、そのおかげで助かったよ』
俺がお礼をいうと、理玖は自分が褒められたかのように嬉しそうに笑っていた。
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