【完結】王宮騎士と元引きこもりな鈍感令嬢の文通記録

しののめ

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「ティア、ビルヴォート伯爵家からお手紙が来てるのだけれど……最近接点なんてあったかしら?」

「ビルヴォートって…ルークさんのことかしら?」

最近足繁く薬屋に通ってくれている彼のことだろうと理解するのに、そう時間はかからなかった。

「あら、やっぱりそうだったのね。」

「まぁ、一応……?お母様、ペーパーナイフを貸してくださっても?」

差し出されたペーパーナイフを手に取り、その手紙の封を開けると、そこには1枚の紙が入っていた。


「ええと……私、ルーク・ビルヴォートは、レティシアと婚約したく………ん???えっ!?!?!」

ちょっとまって、頭の処理が追いつかないんですが、えっと……つまり、えっ!?!?!?


”婚約”という言葉に反応したのか、フローラが素早くレティシアの手の中の紙を取り上げた。
そしてその手紙を隅から隅まで読み終えると、母はレティシアを抱きしめた。


「よ”がっだわ”ね”ティア~~!!!!!」

レティシアの母は涙で目を濡らし、鼻水を大いに啜りながら、レティシアに抱きついた。


母は長年レティシアに肩身の狭い思いをさせてしまったと、大変心苦しく思っていた。

そんな彼女にも自分が出来る限りの幸せを与え、最終的には家庭を築き、女として幸せになって欲しいと考えいたのだ。

とは言っても、幼少期にあのような事件があれば、社交界対し良い感情を抱けなくても、仕方がない無いことであろう。

そんな彼女がここ数年で友人の助けもあって、お茶会を開くようになり、友人も増え、終いには公の場へと1歩踏み出したとあれば、その成長に感極まってしまうのは、自然なことなのであろう。

苦節18年、彼女の元に相手の方から婚約の申し入れがあればそれ以上に願うことは無い。それにあのルーク・ビルヴォートとあれば、そう母は思っていたのだ。


そんな心から祝福を送ってくれている母に心温まりながらも、何故か胸に痛みを覚えていた。

今までよりも鋭く、鈍く。

きっとこれは喜ぶべきことなんだと思う。でも何故か素直に喜ぶことが出来ない。 

その胸の痛みを奥へ奥へと抑え込むように、レティシアは、母の背を抱く力を強めた。




♢♢♢





「当主様、ビルヴォート伯爵家がお見えになりました。」

従者からのその通達に、本当に決まってしまうのだと改めて実感する。


「あぁ、出迎えに行こうか、ティア。」

「はい、お父様。」

普段通りの笑顔を顔に貼り付け、声が震えないよう、いつも通りに、自然に、返事をする。


そのままに父の後を歩いていくと、心の準備をする間もなく、玄関の扉の前に着いてしまった。

あの夜のパーティーよりも遥かに心は不安定だ。

出来ることならばこの場から逃げ出してしまいたい。でも、最終的に首を縦に降ってしまったのは私だ。やはり、両親の嬉々とした顔には抗えなかったのだ。


そんなレティシアの気持ちとは裏腹に、扉の隙間からは、明るい光が漏れだした。


「おぉ、お待ちしておりましたぞ。」

「お話を受けてくださりありがとうございました、ノイラート卿。」

そう言うと、ノイラート侯爵と今しがた到着したビルヴォート伯爵は手を握りあった。



そこからはあっという間だった。


特に何もしなくても話はどんどんと進んでいった。

隣に座っているルークに右手を握られたが、その手が熱を持つことは無かった。

淡々と、笑顔を貼り付け手首を縦に振る。それが今私が為せる最善なのだと悟った。

ルークさんもきっといい人だろうし、きっとそれなりに上手くやって行ける筈よね。

元より貴族に生まれたからには成さなければいけない義務だったのよ。その義務が降り掛かるのが普通よりも遅くて、ルークさんで、むしろ幸せだったじゃない。


そう自分に必死に言い聞かせ続け、胸元のペンダントに手を当てた。


「……………ア、レティシア………?大丈夫?」

ルークは口元に手を宛て、レティシアにそう囁いた

「えぇ、大丈夫です。ごめんなさい、少し気疲れしちゃったみたい。」

「…………ねぇレティシア。もし………」


ルークが何かを言いかけたが、その言葉に被さるようにビルヴォート伯爵が声を張り上げた。


「やぁ、今日はありがとうございました。式がいつになるのか本当に楽しみだよ。」

そう言ってこちらに笑いかけてきた。

ははは、とレティシアも笑い返した。

そんなレティシアの様子を見るルークも苦笑いを浮かべているようだ。


「よし、今日はこのあたりにして置くか。」

そう言ってノイラート侯爵が手を叩いた。


ビルヴォート伯爵が屋敷に着いてから既に数時間が経過し、西の方に日が傾き始めていた。


そしてレティシア達は、ルーク達を門の外まで見送った。


「ノイラート卿、今日は本当にありがとうございました。」

「いや、こちらこそ。是非また。」

そう言うと、彼らは馬車に乗り込みゆっくりとその車体を進ませて行った。


そんな馬車を後ろ目に、レティシアは首から下げたペンダントを無意識に握りしめていた。


このペンダントって、あの時……………




あぁ、気づいてしまった。




彼といると胸が叫びたいほど苦しくなる理由も、く逃げ出したいほど、鈍く痛くなるの理由も。


もしこの気持ちを告げてしまえば、今更すぎると笑われるだろうか。お母様やお父様に迷惑をかけるだろうか。ルークさんに何と謝っても収まりが着かないだろう。

ルークさん、貴方が思っているよりも、醜い、狡い、どうしようもない女でごめんなさい。


すると、ずっとそばに居てくれた侍女がレティシアのことを思い切り抱きしめた。


「お嬢様、大丈夫です。ユリアはいつでもお嬢様様の味方です。」

彼女の温かさに、レティシアは目を濡らした。



この気持ちは一生胸の奥に閉じ込める事にしよう。

そうすれば誰も傷つかない。

もう私は彼に会えないだろう。欲を言えば、最後に1度でいいからまたあの時みたいに一緒に笑い合いたい。



これで、いいのよね……………




「レティシア様………今日はもうお休み下さい。」


レティシアはユリアの腕の中から抜けると、ベッドに寝転がり、枕に顔を伏せた。

満月が輝く夜、レティシアは引き出しから今までに溜めてきた彼からの手紙を胸に抱き、誰にも悟られないよう声を殺し、1人静かに枕を濡らした。
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