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season1

第1話 世界を護る者達

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ー2022年、ロサンゼルス郊外 ラックバー店内ー

 軽快なリズムでアイスピックの氷を削る音が響く店内。カラン、カランと割った氷をシェーカに入れていく金色の髪を短く切り揃えたバーテンダーが一人。

 彼こそがアッシュ=ディック・ベルモンド。この物語の主人公であり、もうすぐ三十路になる男だ。ここロサンゼルス郊外にある「ラックバー」朝は食事処、夜はバーを経営している。

「ギムレッドでございます」

「ありがとう」

 出来たカクテルを女性の客に出す。ギムレッドはジンとライムジュースをシェイクしてグラスに注ぐ。辛口でさわやかな酸味がすると知られるカクテルだ。

このバーを経営するために色々なカクテルを仕込まれたが、彼自身はあまりカクテルが好きではなく、むしろウィスキーを気で飲む方が好みなのだ。

ルイ・アームストロングのジャズ曲を流す店内には静かでアダルトな雰囲気が支配し、皆、一様にその雰囲気を楽しんでいる。

しばらくすると店の扉についている呼び鈴が新しい客が来た事を知らせるために鳴る。

入って来た男性のお客様に、丁寧な営業スマイルを披露し「いらっしゃいませ」と言うが、男は黙ったまま先ほどカクテルを出した女性の隣に座り、ねちっこい視線を送っている

その光景を見たアッシュは直感的に―あ、これは、嫌な客が入って来ちまったな―と思った。こういったサービス業をしているとよく出くわすタイプ、所謂ナンパだ。

「なぁそこのお姉さ~ん。この後、俺とさ。楽しいことしない? ねぇ?」

「何よ。あんた」

 女性の肩に触れ、ねちっこくアプローチする男はスーツ姿からしてサラリーマンのようだが、体中から酒気を漂わせている所を見ると、ここ以外にも酒を飲んできたのだろう。

 酒のせいで下心が抑えられないでいるのだろうが、周りにいる客のほとんどが男を睨みつけ険悪な雰囲気を漂わせ始めている。

 無論、件の女性客も不機嫌そうな顔で男の顔を見ないようにしている。

「なぁなぁ~いいだろ~」

「……」

完全に無視を決め込んではいるが、その額にはくっきりと青筋が立っている。このままだと喧嘩にもなりかねない。

(致しかないか…)

トラブルを未然に防ぐのは、経営者の務めと教わっているアッシュは、カウンターから出て酔っ払いの男に歩み寄る。

「お客様」

「何だよ。邪魔するなよ」

「他のお客様にご迷惑をおかけするのはおやめ下さい」

「なにぃ~」

「ここは皆様がお酒を楽しむ場所です。好き勝手な行動は慎んでください。そんなに盛りたいのでしたら南のショーハブにでも行ってください」

 一切表情を変えず正論を吐くアッシュに、赤い顔を更に赤らめる。その姿はまるでゆでダコのようだ。

 うるせぇ! っと怒り狂った酔っ払いはアッシュの胸倉に掴みかかる。しかし、それでも冷静な態度を崩さないこのバーテンダーに男は次第に焦り始める。

「もし、御止めにならないのでしたら、実力行使になりますが?」

「お、おお! 上等だ! やってみがれ!!」

「はぁ…分かりました」

 アッシュは軽く力を入れて、胸倉を掴んでいる手を捻り返す。最初は平静を装っていた酔っ払いの男も数分もしないうちに、苦痛に顔を歪ませ遂には大声で痛がり始めてしまう。

「痛ッ!! イタタタッ!!」

 捻りあげたアッシュの手を振りほどき、酔っ払いの男はそそくさと店の外へと逃げだしてしまった。

「ありがとうございました」

逃げ去った男へとまるで皮肉のように礼を述べた後、何も壊れてないことを確認しカウンターへ戻る。すると先ほどの絡まれていた女性がトントンと小突いてきた。

視線を女性の方へ向けると自分に熱い視線を向けている事に気づく。

「バーテンダーさん。とっても強いのね・・・本当にありがとう」

「いえ当然のことをしたまで、ですから」

 それだけ言うと再び仕事へと戻り、店内は再びジャズの雰囲気が店内を再び支配した。

時間は過ぎ、深夜2時となった「ラックバー」のカウンターで一人、椅子に腰かけてウィスキーを煽っている。

いくら飲んでも決して酔わない体質というのは、時として残酷な時もある。

所謂酒は嫌な事を忘れさせてくれるというのを決して体験する事が出来ないからだ。致しかなく、ウィスキーの口を閉めてカウンターの裏側に戻す。

すると、カーテンを閉めて戸締りをした店のドアを数回、ノックする音が聞こえる。そのどこかリズミカルな音にアッシュは聞き覚えがあった。

「そうか、今日はあいつらが予約してたな」

 ふと、騒がしい友の顔を思い浮かべて、ふと笑みが零れる。しかしそれも束の間、段々とリズミカルな音から激しいノックへと変わると、一気に顔がさぁっと青くなり慌てて店のドアのチェーンを開けて、来訪者を招き入れた。

「はぁ・・・いらっしゃい」

普段の仕事中ならば絶対にやらないであろう。短くまったく愛想がない言葉を2人に投げる。

「あら、愛想が悪い店長さんね」

「黙れ、お前今、店のドア壊そうとしただろ」

そう言って、先に入ってきた金髪美人のミランダ・ネリー・ブライトマンが、 意地悪そうな笑みを浮かべてアッシュの顔を見やる。

「ごめ~ん、だって開けてくれないし~」

「そこまで待たせてないだろうが、もう少し忍耐力を養えって…とりあえず中入れよ」

「は~い、さぁマックス入るわよ」

「おいおい、ミランダ、はしゃぎ過ぎだろう」

 ミランダの後ろを追いかけるみたいに、現れた黒髪オールバックのマッチョメンは夫のマクシミリアン(通称マックス)・トーマス・ブライトマンが無邪気に店内に入っていく妻の姿で見て爽やかに笑う。

「そんな事より早く座ったらどうだ?」

素っ気ない態度を取りながらも、二人をカウンターの席へと促す。彼らが座ったことを確認すると意地悪そうな顔を浮かべながら、オーダーを聞くことにした。

「さて、Theジャスティス、それとガブリエル。注文はなんだ?」

「ちょっとヒーロー名で言うのはやめてよ!」

「悪りぃ悪りぃ」

空返事で謝りながらもアッシュはこの二人と親友である事に誇りを持っている。

何故なら「Theジャスティス」と「ガブリエル」この、二つのヒーロー名を知らない奴は世界にはいないと言われるほど人気のヒーローコンビだからだ。

 二人はヒーロー養成学校で教師をしている反面、ブライトマン社という、ロサンゼルス周辺一帯の企業を取りまとめている大企業の社長とその夫人でもある。

 なぜ、そんな大物と酒場のバーテンダーが親友同士なのか。それはアッシュもまたヒーローであり、彼らと同じミュータントだからだ。

ミュータント。それは1999年に一斉に覚醒した特殊能力者達の事だ。当時六歳だったアッシュや八歳だったマックス達もその時に覚醒した。

そんな時代に生まれた子供たちは世間を騒がせていたノストラダムスの予言からとって「アンゴルモアの忌子」と呼ばれていた

 ミュータント能力という不可思議な能力を持っていたために、高確率で迫害を受ける恰好の的にされ、親から見捨てられる子いたそうだ。

 そしてエスカレートした迫害は最悪の方向へと向かう。魔女狩りならぬミュータント狩りが横行し、多くの罪のないミュータント達が犠牲になった。その被害はアッシュの生まれ故郷であるイタリアまで向かい、そのせいで母親を亡くすことになってしまった。

 この事件が終息したのは、とある組織が国連で認められたからだ。その名もMGD(ミュータント・グローバル・ディフェンダーズ)世界の垣根を超えてミュータント達を保護し、生活を保障する特殊機関だ。

 マックスとミランダが働いているヒーロー養成学校もMGDのアカデミーの一つだ。無論、アッシュもB級クライムファイターとしてMGDにヒーロー登録しており、今後の活動を保障されているはずだった。

(この病気さえなければ…)

 アッシュが楽しそうにおしゃべりをしている二人を尻目に拳を握りしめる。

能力減退病。日に日にミュータント能力が低下していき、最終的に消滅してしまう。

100人に1人はかかる病らしく、確率的には発症率はかなり低いが、運の悪い事にその一人にアッシュは選ばれてしまった。

 発症は突然だったヴィランと戦闘中に突然、能力が消滅して大ピンチを迎えてしまい、その後は他のヒーローに助けられることで事なきを得たが、彼の体を心配したマックスがMGDお抱えの医者に精密検査を進めてきた。

 こうして発症が確認された彼は、 医者には今後のヒーロー活動は絶望的だろうという診断が彼に突き付けられる。

 しかし、彼もただその診断どおりに行くつもりはない。マックスに頼みこんで、何十キロもある自身のスーツを自動によるサポート機能を付属し、能力が限界値を超えた後も動けるように細工してもらったのだ。

 そのおかげで、ランクはC級に下がってしまったがヒーロー活動を続けることが出来ている。

「アッシュ、すまないがテレビをつけて貰ってもいいか?」

 マックスは、部屋の隅に置かれている古臭い16インチのテレビを指さす。

元は白かったであろうボディは長年、使われているせいか黄ばんでしまっているが、テレビが見れればいいというアッシュにとってみれば特段気にする事ではないし、むしろこの店の雰囲気あっているのでそれはそれでいいという感じだ。

「あいよ」

 リモコンでテレビをつけるとちょうどニュース番組をやっている最中だったようだ。内容は最近巷で起こっている『連続誘拐事件』についてだ。

「ああ、これか、たしか誘拐されたのは全員ミュータントの子供なんだよな」

「そうだ…今、私も捜査に参加しているんだが、どうしても犯人の尻尾も掴めなければ、誘拐された子供達も、その場に残されていた痕跡だけで、あとはさっぱりだ」

 マックスは悔しそうに拳を握りしめる。その拳を妻のミランダが優しく触れて悲しそうな表情になる。

 この夫婦は優しすぎる、そうアッシュは思った。

 常に気高く、強く、そして誰のためにも涙を流せる心優しいロサンゼルスのヒーロー夫婦、それが彼らの長所であり短所だった。

 優しさは別に罪などではない。それによって、時としては人の心を救う事も出来る。

 しかし、優しすぎるのは別の話だ。

 人の痛みを自分の事のように思える。

それだけ聞けば美しい事だとは思うが言ってしまえばそれは、人が受けた心の痛みと同じ傷を、自身の心に刻みつけてしまう事を意味している。

 だが、それだけではないのは、アッシュもよく分かっている事だった。

「心配か? デーヴィットの事が」

「ええ…」

 ミランダは浮かない顔でそう答えた。ミランダとマックスの間には、今年で四歳になるデーヴィットという愛息子がいる。

 何度かアッシュも会わせてもらった事はあるが、彼らによく似た礼儀正しい子だったと思う。

それ故に今回の事件が他人事ではないのだ。

「マックスの目の隈もそれが理由か?」

「ああ、この事件を片付けないと安心して眠れないんだ…」

「そうか…だったら今日ぐらいは妻と一緒に寝てやんな」

「何を!」

「あいつも関わってんだろ。この事件。どうせあいつからも休め、休めとか言われてんだろ?」

「あいつ…ああ、グリージアか。言われてるよ。それにハルからも」

「義弟と親友二人から言われてんなら、任せておけよ…あそこのヒーローだって優秀なんだしさ」

 そういって二人を店内に残し、店の裏にある酒蔵へ向かった。



 ―一方その頃、ブライト・オートマトン社最上部―

 B・オートマトン社の最上部ではブライトマン夫妻の寝室で、彼女らの一人息子、デーヴィット・マクシミリアン・ブライトマンがすやすやと夢の世界へと旅立っている。

 部屋の外のリビングではブライトマン家に仕える初老の執事、ドメニコが鼻歌交じりで未来の主の服を繕っている。

 ドメニコはこのとき、この家のセキュリティーを過信しすぎていた。

そして知らなかった今まで、ヴィランの襲撃がなかったのはマックスとミランダがいなかったからという事に。

 それは突然だった。突如として部屋中の警報が鳴り響く。

 予想外の事態にドメニコは繕っていた服を思わず落としてしまう。

「け、警報!? まさか!!」

 最悪の予想を振り切るように慌てて部屋から飛び出し、一目散にデーヴィットが眠っているであろう寝室のドアをぶち抜くように開け放つ。

「坊ちゃま!!」

 ドメニコの最悪の予想が当たってしまった―

 デーヴィットがいるはずであろうベットの上には、デーヴィットを小脇に抱えた赤い外套を纏った男。

 突然の侵入者、ドメニコはブライトマン家の執事として、冷静にその男を観察する。

 どうやら身体にはとくに目立った凶器はないが、その引き締まった肉体を見れば腕っぷしには自信があるというのがよく分かる。

 しかし、この男が異様なのは身体から上、その顔は―

「か、顔がない!? いや歪んでいて見えない!」

 その部分だけ、空間が歪み、男の顔を隠してしまっていた。

 男は一切動く気配のない執事に飽きたのか、自身の周りの空間を歪め始める。

 ー不味い! 逃げられてしまう!

「坊ちゃま! 己ぇ! 坊ちゃまを離せえええッ!!」

 外套の男に向けて、立て掛けていた電気スタンドが手に触れる。

 ドメニコは、ミュータントではない。

 どこにでもいる気のいい老人だ。だが今は、親愛なるブライトマン家のため、デーヴィットのため、ほんの少しの勇気を握りしめ、電気スタンドを振り被って男に突撃する。

 そのまま振り下そうとしたとき、男はデーヴィットの首根っこ掴み、まるで盾にでもするかのように、ドメニコの目の前に突き出す。

 さすがのドメニコもこれには手を出せず、振りかざしていた電気スタンドを下ろすしかなかった。

 その瞬間、肩に衝撃波のような物を放ち、彼をタンスに叩きつけた。

「あの夫婦に伝えろ…息子は頂いていくとな。返してほしくば…東の研究所跡に来いとな」

 冷徹で底冷えするかのようなドスの効いた声で、それだけを言い残した外套の男は何もない場所に手を翳すと再び空間が歪み、デーヴィットを連れその中に消え去った。

「だ、旦那様に・・・お伝えしなければ・・・」

 誰もいなくなった寝室では今にも倒れそうな重い体を動かし、自身の服についているバッチ型の緊急無線機を取り出して、マックスに連絡をする。

 場所は戻り、マックスとミランダは酒蔵へ向かったアッシュを待っていると、マックスのスマートファンが鳴り響く。

「ドメニコからだ…しかも緊急無線からじゃないか!!」

 突然の緊急無線に一抹の不安を覚えるマックスだったが、そんな事を言っている状況ではない。

…どうか息子の事ではありませんように―と祈りにも似たような感覚で電話に出る。

「私だ…」

『だ、旦那様…』

「ドメニコ…どうしたんだ」

『申し訳ございません。坊ちゃまが…坊ちゃまが…』

「ああ…」

 体の力が一気に抜け、スマホを床に落としてしまう。

「マックス…どうしたの?」

「ミランダ、デーヴィットが…」

「そんな!」

 慌てて、夫の落とした電話を取る。電話越しからは苦しそうに話す執事の声が聞こえる。

だがそんな事を気に掛ける余裕は今の彼女にはなかった。

「ドメニコ! 誰、誰がデーヴィットを連れ去ったの!?」

『あ、赤い外套を着込んだ男です。わたくしも坊ちゃまを取り戻すために戦おうとしたのですが…坊ちゃまを盾にされてしまい…申し訳ございません…』

 すでに泣き声に変わり果てている執事の声にミランダは冷静に話を続ける。

「いえ、いいのよ。貴方が悪いんじゃないわ…息子はどこに連れ去れたのか分かる?」

『男が言うには…東の研究所跡と…恐らく当時のわが社が保有していたエネルギー研究所かと…』

「分かったわ…あなたは休みなさい。デーヴィットは私たちで取り戻すから…」

『はい…ご武運を…』

 その言葉に安心したのか。ドメニコから電話は途絶えた。

「…アッシュ、そういう事だから力を貸してくれる?」

 すでに、酒蔵から戻ってきていたアッシュはバーボン片手に今の状況を聞いていたようだ。

「ああ、話は聞いていたからな…マックス、ミランダ。俺が先行していく。お前らは先にスーツを着てこい」

「そんな暇があるか!!」

 激高したマックスが、アッシュに掴みかかってくる。

「息子が連れ去られたんだぞ! 悠長にスーツなんぞ着ていられッ「馬鹿野郎!!」なっ!?」

「こういう時だからこそ落ち着け! 何でその男が場所を指定したかと思う! 慌ててスーツもなしに来たお前らを奇襲でもして殺すためだぞ!」

「じゃあ、どうしたらいいんだ!」

「とりあえずサイクロンとヒンメル・シティにいるあいつらに連絡するんだ。俺は先に行ってるからさ」

 マックスの手を払い、アッシュは踵返した。

 自身の手を見つめてうなだれている親友に「俺達を信じろ」それだけ伝えるとアッシュは二階へ駆け出して行った。

 二階のドアを勢いよく開けると特殊戦闘スーツが彼を待っていてくれた。

「待たせたな。アッシュ・ラック。さぁ仕事の時間だ」

バーテンダーの服を脱ぎ棄てると灰色のボディスーツになり、その上から特殊スーツを着込んでいく。

 その姿はまさに悪魔といった雰囲気の灰色と黒を基調とした特殊スーツ。

防刃と防弾の両方を合わせ持つ外骨格使用をしており、顔を覆っている頭部の外骨格には赤いバイザーより鋭利な造形を際立させ、見た者を威圧するように出来ている。

この姿を見て震え上がらない悪党は、ほぼいないであろう。

彼のヒーロー名はアッシュ・ラック、このロサンゼルスを守る灰色の幸運だ。 

スーツを着たアッシュは勢いよく、窓から身を乗り出して飛び降りる。

「頼むぞ。デーヴィットがピンチなんだ」

 落下しながら神経を腕に集中させ、隣のビルへと向ける。

「ハッ!!」

 手首の辺りが熱くなったかと思うと肉と血管を突き抜ける。スーツの手首部分の溝を経由して大量の血液が飛び出す。しかし痛みはなく、ただただ腕が熱く感じるだけだ。

 飛び出た血液は重力で下に落ちることなく凝固し形を成して鎖の形へと変化する

 これが彼の能力の一つ「ブラッディクリエイト」血液を媒体に多様な物を制作する。かなり凡庸性が高い能力と言えるだろう。

己の血で造り上げた血液の鎖『ブラッティ・チェーン』を使い、研究所跡に向けて街を縫うように滑空していく。

 するとアッシュの頭部アーマーに内蔵されている無線がミランダから連絡が着た事を伝えるアラームが鳴りだす。

 一旦ビルの屋上に降りてから無線に出る。

『アッシュ、良かった。出てくれた…』

「ミランダ、全員への連絡は?」

『済んでいるわ。どうやらグリージアが一番早く来てくれるみたいだけどね。ちなみに今、貴方の真上にいるわ』

「何!?」

 不意に上を向くと黒い塊のような物が、アッシュのいるビルへ向けて、真っ直ぐ急降下してくるのが見える。

「あいつ! マジか!!」

 それが人である事を気付いたアッシュは慌てて、その場から飛び退く。

 その人影は、先ほどのアッシュのように指先から血液の鎖が飛び出す。

鎖は周辺の建物に引っかかり、彼が屋上の床に叩きつけられる前に減速し、アッシュの前に降り立った。

「ミランダ、到着したぜ」

『ありがとう。グリージア』

「別にいいさ。可愛いデーヴィットのためだ。一肌でも二肌でも脱いでやるよ」

 それだけ言うとアッシュの特殊スーツ酷似した黒いスーツを装着しているヒーロー「グリージア」はアッシュの方を見る。

「よぉ、アッシュ。久しぶりだな。元気してたか?」

「あ、ああ…でもどこから?」

「サンダーボルトが持っている飛行機からな。さてこんな所で長話する気はないぜ?」

「それは俺も同じだ。ミランダ、研究所はこのまま東でいいのか?」

『そのまま東の方角に大きな森が見えてくると思うから、その中央よ』

「分かった。あんたもいいか?」

 ああ、もちろんだと、グリージアが言うのを確認して、アッシュは無線を切ろうとすると。

『待って! 二人とも…息子の事、よろしくお願いします。私もすぐに追いかけるから』

 その言葉に二人は顔を見合わせ「ああ、任せておけ!」と言って今度こそ無線を切った。

「さて行こうか。アッシュ・ラック。能力の方は大丈夫か?」

 軽く挑発するかのようなグリージアの口調に対し。

「舐めるなよ。グリージア。能力が切れてもしがみついていってやらぁ!」

 鼻を親指で擦る前をするアッシュ・ラック。

「そんじゃ…LADY…」

「GO!!」

 その掛け声とともにアッシュ・ラックとグリージアは目の前に見える森へ目がけて、街を滑空していった。その後に現れる数奇な運命が来るとも知らずに
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