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1巻
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「……カノ」
二月の寒い夜。
彼の広い胸に包み込まれ、小春の鼓動は痛いくらいに高鳴っていた。『カノ』とは、彼だけが呼ぶ小春のあだ名だ。名字の〝加納〟を省略し、そう呼ぶ。
「なによ……同情してんの……?」
ドキドキしていることを悟られたくなくて、咄嗟に口から出た言葉はひねくれてかわいげのないものだった。
小春と彼――一之瀬颯都は、ライバルのような、悪友のような腐れ縁だ。
そんな関係を十二年間続けてきて、今は同じ大学でデザインを学んでいる。
いつもなら売り言葉に買い言葉みたいに続く返事が、なぜか今日に限って返ってこない。
だからだろうか……
「一之瀬の腕……あったかい……」
気がつくと、普段だったら絶対に言わないだろう言葉が小春の口から出ていた。
「……カノ」
「ん?」
「二人で……あったまろうか……」
「……二人で?」
「うん……」
その言葉の意味がわからないほど子どもではない。
こんなムードでいつもと違う颯都の顔を見てしまえば、頑なに隠してきた心が動く……
「あったかく……して……」
小さな声でそう呟くのがやっとだった。
颯都が、そっと小春の顎をすくい、唇を重ねる。誰かとキスをするのは初めてだ。
重なった瞬間冷たく感じた唇は、すぐにほんわりとした吐息で小春の唇を温める。
繰り返されるキスの心地よさに、緊張していた気持ちがほぐれ胸の奥が熱くなった。
恥ずかしさと戸惑いでいっぱいなのに、かすかに感じる期待。
――もしかしたら、二人の関係を変えられるかもしれない……
初めて入ったラブホテルのベッドの上で、小春はチラリとそんなことを考えた。
一糸まとわぬ身体に、颯都が覆い被さってくる。しっとりと熱を持つ素肌が心地いい。
「今、やめろって言われても、無理だから」
「言わない……。そんなこと……」
室内は、外に比べると格段に暖かく居心地がよかった。
けれど室内の空気より、颯都の肌のほうがずっと温かく心地いい。
小春の頭の中は、すでに彼のことでいっぱいになっていた。
颯都の手に全身をまさぐられているのだと思うと、それだけでなにも考えられなくなる。
二十二年間、男女の色事とは無縁の生活を送ってきた小春にとって、与えられる行為は全て初めてのものだ。でも恥ずかしさや戸惑いはあっても、イヤだとは思わなかった。
相手が颯都だと思うだけで、自分でも信じられないくらい気持ちが昂る。
「一……之瀬ぇ……」
自分がこんな甘ったるい声を出すなんて考えたこともなかった。
恥ずかしい……。だけど、颯都が小春の反応を喜んでいるのがわかった。
だから小春は、必死に彼から与えられる行為を受け入れる。
肌に唇が這う気持ちよさに全身が震え、やがて快感に変わっていく。
けれどそれは、颯都が小春の中に入ってきた瞬間、霧散した。
「……痛いか……?」
気遣うようにかけられた言葉に返事はできなかった。全身をこわばらせ、覆い被さる颯都の腕を強く掴む。
「痛く……な、い……。大丈夫……」
小春は、なんとか言葉を絞り出す。あまりにも見え透いた嘘ではあったが、正直に言ってこの時間が終わってしまうのがイヤだった。
どんなに痛くても、こうした形で颯都を感じられることが嬉しい。
でも、長年張り合ってきた関係が災いして、素直に自分の気持ちを伝えるのが照れくさかった。
しかし小春の気持ちなど、つきあいの長い颯都にはお見とおしだったようだ。
彼は苦笑して小春の前髪を撫で上げ、涙でうるんだ目を見つめてきた。
「素直じゃないな……。こんなときまで」
「う……うるさ……」
いつもの調子で反論しかける唇を、颯都の唇がふさいだ。チュッと吸い上げながら、ゆっくりと腰を動かし始める。
「んっ……ゥ……」
喉の奥でくぐもった呻き声が上がる。自分の中を緩やかに擦り始めたモノに怯え、無意識に彼の腰を内腿で挟み込む。
だが、それで彼の動きが止まるはずもなく、かえって抜き挿しの幅が大きくなったような気がした。
「ハァ……あっ、ぁっ……」
窮屈な蜜路を擦られるたび、全身にゾワゾワッとした熱い痺れが走る。
ますます力が入って震える太腿を、颯都が宥めるように撫でた。
「力、少し抜いて……」
「あっ……無理……んっ」
「抜かないと……、俺も、きつい……」
少し辛そうに、颯都は眉を寄せる。自分のせいで彼が辛くなるのはイヤだ。そう感じた小春は、力を抜く努力をする。
そんな彼女を愛しげに見つめ、颯都は唇を重ねた。
すると、なんとなく先程より痛みが軽減したような気がする。
「うん、いい感じ……。おまえ、身体は素直だな」
「ちょっ……それって、どういう意味……あぁっ!」
いきなり、ぐぐっと小春の奥まで突き挿れられて大きな声が出た。
「やっ……あ、いっぱぃ……っ……」
おなかの中が圧迫されるみたいな、今までに感じたことのないきつさ。
まさに、自分の中が、いっぱいになったような気がした。
「いっぱいにしてるの、俺だぞ。わかってるか?」
「あ……わ、わかっ……ンッ、あっ、一之……瀬っ……」
苦しいほどの充溢感に、自分が破裂しそうな錯覚に陥る。小春は無意識に首を左右に振り喉を反らした。
颯都は露わになった小春の首に吸いつきながら、ゆっくりと胸を捏ね回す。
「んっ……ぁ……あっ、やぁンッ……」
「ほんと、いつもこのくらい素直だといいのに……」
「うっ……うるさっ……あぁっ、やっ……あ、胸……ンッ……」
「そうしたら……、もっとかわいい」
「一之瀬ぇ……ダメぇっ、……あっ!」
胸の突起を指の腹で押しつぶされ、捏ねられる刺激に大きな声が出る。そのせいで颯都がなにを言ったのか、ハッキリと聞き取れなかった。
「カノ……、気持ち良くなってきたか?」
「わ……わかんな……ぁあっ、やぁ……あ……」
こらえきれず、小春の口からは甘ったるい声が出てしまう。その声に興奮したのか、颯都の腰の動きがさらに激しくなった。
「あっ……や、やぁっ……、一之……瀬っ……、やぁ……ぁんっ……!」
徐々に身体が痛み以上に快感を覚えていく。
初めて感じるそれを、どうしたらいいのかわからなくて、小春は颯都に抱きついた。
「一……之瀬ぇ……やっ……あっ、ぁぁ……こわ、い……あぁっ!」
しがみつく小春をしっかりと抱き返し、颯都は腰を打ちつけ続ける。
やがて、乱れる呼吸がひとつになり、お互いを深く感じ合った。
「……小春……」
耳元で囁かれた颯都の声に、心臓が破裂しそうになる。
この十二年間、彼からこんなふうに名前で呼ばれたことはなかった。
颯都はいつも、小春のことを『カノ』と呼ぶ。ふざけてそれ以外の呼びかたをすることはあっても、小春と呼んだことはない。まして、こんな蕩けてしまいそうな声で呼んでくれたのは初めてだった。
「一之瀬ぇ……」
幸せな気持ちは泣き声さえも甘くする。
初めての痛みを忘れるような、とろりとした陶酔の中、小春は口にしたくても素直に言えない言葉を心の中で呟く。
(――好き……)
流されるように過ごした夜ではあったものの、小春に後悔はなかった。
十歳で出会ってから、ずっと密かに想い続けてきた相手。
ライバルで腐れ縁――そんな関係が仇となり、ずっと気持ちを伝えることができなかった。
もしかしたら、そんな二人の関係になにか進展があるかもしれない。
小春は颯都の腕の中で、そうなることを期待した。
だが――それから一週間後。
颯都はデザインの勉強のためイタリアへ旅立ってしまった。
小春になにも告げずに……
そして、あの夜芽生えたかすかな期待は、結局叶うことはなかった。
第一章
「お電話ありがとうございます。蘆田デザイン、デザイン部コーディネート課の加納です」
小春が電話に出ると、すぐさまクライアントの明るい声が聞こえた。
『加納さん? よかったわ、いらっしゃって』
この声のトーンは悪い話ではない。小春は、クライアントの情報を思い浮かべながら明るい声を出した。
「こんにちは、高田様。本日はどうされました?」
蘆田デザイン株式会社。
主に住まいのトータルコーディネート、リフォームなどを手がける会社だ。
大学を卒業して五年。小春はここでインテリアコーディネーターとして働いていた。
「……そうですか、安心いたしました。では、お伺いする日時が決まりましたらご連絡ください」
丁寧に受話器を置いて、小春はふうっと息を吐いた。
ウェーブのかかったセミロングの髪を片耳にかける。
仕事柄人に会うことが多いため、髪型にもできるだけ気を遣うようにしていた。とはいえ、忙し過ぎてろくに手入れもできていないのだが。
(そろそろ美容院に行かないとダメか……)
そんなことを考えていると、後ろからポンッと肩を叩かれた。
「お疲れー。今の電話、高田さん? 壁紙のカビの件、どうなった?」
振り返ると、同僚のインテリアコーディネーター南田晴美が立っていた。
一七〇センチを超える長身の彼女の横には、小柄な清水沙彩がくっついている。彼女は、この春コーディネート課に配属された唯一の新入社員だ。
晴美は、二週間前に配属された沙彩の教育係になっていた。
小春はくるりと椅子ごと回って、晴美たちに身体を向ける。
「うん。エタノール処理と専用の塗料で様子を見てもらっていたの」
「ほとんど日も当たらなければ、風通しも悪いっていうのも原因だったんでしょう? メンテナンスでなんとかなった?」
「何度かケアして、カビが出なくなったって喜んでくれた。湿気がこもる時期はなるべく除湿してくださいって説明したわ」
「よかったじゃない。ひと安心だね」
「凄いですねぇ、小春さん。あの奥さんが泣きながら会社に乗りこんできたときは、どうなることかと思いましたよ。貼り替えたばかりの壁紙にカビが生えるなんて不良品を使われた、とか、訴えてやる、とかすっごい怒ってたのに」
沙彩が両手を胸の前で組み、尊敬の眼差しを小春に向ける。
すると、なぜか晴美が自慢げに胸を張った。
「小春はね、アフターフォローが細かいのよ。覚えておきな、新人っ。インテリアコーディネーターはね、家具やらカーテンやらを選んであげるだけが仕事じゃないんだからね」
「はいっ、先輩っ」
威勢のよい新人教育を見ながらくすくす笑っていると、再び電話が鳴った。小春は素早く受話器を取る。相手は今話していたクライアントだ。
「わかりました。では、本日お伺いいたします」
明るい口調で返して受話器を置く。その様子を見ていた晴美が、眉を寄せた。
「ねえ、今日って、夕方から新規のクライアントとのヒアリングが入ってなかった?」
「んー、……大丈夫だよ。今からだったら約束の時間には間に合うと思うし」
小春はパソコンの時計と自分の腕時計を確認し、頭の中でこれからのスケジュールを組み立てる。
移動時間を考えると少々きついが、渋滞に巻き込まれたりしなければ問題ないだろう。
「小春さんって、なんか分刻みで仕事してるって感じですね」
沙彩が驚いたように口にする。
「当然でしょー。小春はね、この蘆田デザインでナンバー1の成績と指名率を誇る、人気インテリアコーディネーターなんだからね」
「凄いですよねぇ、他のデザイン会社や大手の建設会社からも依頼がきてますよねぇ……人気者ですよねぇ……」
そのとき、すぐそばから椅子のキャスターを派手に鳴らして立ち上がる音が聞こえた。
「あんなの、壁紙を新しく貼り替えたら済む話だったじゃない。部屋を綺麗にするためなら、お金を惜しまないクライアントだったんだから」
そう言ったのは寺尾美波だ。彼女は、持っていたカラーチャートをパタンと閉じ、他の資料と一緒に大きな鞄に押しこんでから、小春たちのほうを向いた。
「先方は、新しいのに貼り替えてくれって言ったんでしょう? それをわざわざ補修して様子を見るなんて手間のかかる方法を取るから、何度も足を運ぶことになるのよ。そんなことばかりしていたら仕事にならないわよ。加納さん」
言葉だけなら小春を心配してくれているようにも聞こえるが、今のは明らかに嫌みだろう。
「ありがとうございます。気をつけます」
小春は当たり障りのない返事をした。すると、美波がツンと顎を上げて見下ろすように笑った。
「加納さんは、あくせく走り回って顔を売るのがお得意みたいだものね。でも、もう少し上手くやらないと、新しい仕事が受けられなくなっちゃうわよ? 困るでしょう? 人気者なのに」
美波は鞄を肩にかけると軽く手を上げてオフィスを出ていく。
この場には他のコーディネーターや社員もいたが、皆一様に呆気にとられ、美波の背を見送った。
そんな中、小春と仲のいい晴美は、一言文句を言わずにはいられなかったようだ。
「もとはといえば、このクライアント、寺尾さんの担当じゃない。それを、面倒くさがって小春に押し付けたくせに」
「それは違うわ。クレームが来たとき、たまたま寺尾さんがいなくて、対応した私がそのまま担当しているだけで」
「押し付けたようなもんじゃない。メンテナンス案を見た途端、『そんなにやりたいなら加納さんがやればいいわ』とか言ってさ」
「きっと小春さんがお客さんに人気があるから、嫉妬しているんでしょうねぇ」
新人がサラッと口にする。すかさず晴美から頭を押さえつけられ、沙彩は、「きゃんっ」と叱られた子犬のような声を上げた。
少し前まで、蘆田デザインのトップコーディネーターは美波だった。
彼女は、華やかで豪華なコーディネートを得意とし、あまりお金にうるさくないクライアントにはとても人気がある。その人気は今も続いているが、クライアント全員がそういう人たちばかりではない。気づけば、小春の依頼数が彼女を上回るようになっていた。
「いつも晴美先輩が言ってるみたいに、寺尾さんも結果を出している小春さんを見習ったらいいのに」
怖いもの知らずの新人の口は、なかなかふさがらない。
ため息をついた晴美が声をひそめて言った。
「無理無理。小春と寺尾さんじゃ、クライアントに対する姿勢自体が違うもの。小春は、どんな相手にも、細やかなヒアリングと相手の環境に配慮したプランニングを提案する。さらには、かゆいところに手が届くと言われるアフターフォローが持ち味。寺尾さんはどっちかっていうと金額も依頼も大きいものが得意でしょ。引き渡しちゃえばアフターフォローもあまり要らないような。……まあ、合理的といえば合理的だし悪くはないんだろうけど……。スタイルは真逆だよね」
「自分と逆なのに人気があるから、よけいにライバル視してるんですねぇ」
「沙彩ちゃん、そんなことないから……」
とはいえ、美波が小春を敵視しているのは確かだ。人には合う合わないがあるので仕方がないと思うけれど、あからさまに敵意を向けられるのは勘弁願いたい。
まして同じ職場で働いているのだから、今のようなことがあると周囲の雰囲気が気まずくなる。
小春は、微妙な雰囲気を打ち消すように明るい声を出した。
「じゃあ、ちょっと出てくるね。急ぎの電話が入ったら連絡して」
必要な資料をそろえて鞄に入れ、パソコンの電源を落とす。
「わかった。直帰になる?」
「うーん、わからないけど、新規のヒアリングが長引かなければ一度戻ると思う。あとで連絡入れるから」
「了解っ。いってらっしゃい、加納先生っ」
「もう、やめてよー」
晴美とふざけ合いながら鞄を手に取ると、ちょうどオフィスに来ていた総務課の新人が駆け寄ってきた。
「加納さん宛です」
そう言って三通の封書を差し出され、お礼を言って受け取る。
「じゃあ、いってきます」
封書を持ったまま手を上げ、小春はオフィスを出た。
「いってらっしゃい」
背後に沙彩をはじめとしたスタッフたちの声を聞き、エレベーターホールへ向かう。
小春はエレベーターを待つあいだにざっと受け取った郵便物を確認した。
一通はメーカーに頼んであったサンプルの請求書。もう一通はクライアントからだ。
宛名は大人の字だが、封書の裏に〝コーディネーターのおねえさんへ〟と子どもの字で書かれている。今仕事を進めているクライアントの夫婦には、この春小学校に上がったばかりの娘さんがいた。
とても人懐っこく、初めてヒアリングで顔を合わせたときから小春に懐いてくれていた。
気づけば自然と笑みが浮かぶ。しかし、三通目を確認した途端、その笑みが怪訝なものに変わった。
「これ……以前にも……」
小春はその場で三通目の封を開いた。
四方を囲む蔦模様が浮き出し加工されたお洒落な封筒で、差出人はPPデザインとある。中には、封筒と同じく四方に蔦のデザインが施された便箋が一枚入っていた。
その内容はスカウトの打診。いわゆる、ヘッドハンティングだ。
「興味ないって……」
一ヶ月ほど前にも同じものが届いていたのを思い出す。センスのいい封筒だったので記憶に残っていた。小春は便箋を封筒に戻し、三通まとめて鞄に入れる。
ハァと息を吐き、ちょうど来たエレベーターに乗り込んだ。
引き抜きの打診をされるのは初めてではない。今までも、数社からそれらしい話をもらったことがあった。
けれど、会社に不満はない。仕事もやりやすいし、人間関係も良好だ。今の小春にこの手の話を考える余地などなかった。
能力を買ってもらえるのは嬉しいことだ。しかし、正直なところ、自分はまだそれに見合うような人間ではないと思える。
「イタリアで成功した、あいつに比べたら……」
不意にその姿が脳裏に浮かび上がる。いつでもシャンッと背筋を伸ばして歩いていた颯都。
彼と小春は、同じ大学のデザイン専攻科で常にトップ争いをしていた。彼の自信に満ち溢れた笑顔はいつも明るく、それを見ていると自分も負けずに頑張ろうと思えた。
――カノ!
ふいに自分を呼ぶ颯都の声がよみがえり、小春はハッとする。
急いで思考を切り替え、開いたエレベーターのドアから外に出た。
あれからもう五年も経ったというのに、未だにふとしたことで颯都を思い出してしまう。
彼のことを考えると、どうしてもあの日の出来事がよみがえってくる。
――五年前。
あの日は、大学の卒業制作発表をかねた全国空間デザインコンクールの結果発表だった。コンクール常連入賞者の颯都が不参加ということもあり、小春は大学の期待を一身に受けて参加していた。また小春自身もその期待に応えるだけの自信と手応えを感じていた。
けれど結果は、直前になって参加を決めた颯都が満場一致の大賞受賞。小春は彼の思いもかけない奇抜なアイディアに完膚なきまでに打ち負かされてしまったのだ。
そしてその夜、落ち込む小春を颯都は抱いた。
あの夜からどれだけ考えただろう……
どうして彼は自分を抱いたのか。
そして、なぜ小春になにも告げずイタリアへ行ってしまったのか……
イタリアに行くのが決まっていたのなら、あの夜、彼はどんなつもりで自分を抱いたのだろう。
(会えなくなるなら、連絡くらい欲しかった……。あの夜、二人の関係に進展があるかもしれないと思ったのは私だけ?)
しかし、イタリアから届いた一枚の絵葉書を見て、漠然とその答えを察した。
淡い光の中でゴロゴロ転がるトマトの写真に書かれた、短いメッセージ。
【俺も頑張るから、おまえも頑張れよ!】
颯都らしい言葉にクスリと笑みが零れ……同時に涙が出た……
『一之瀬の……バーカ……』
応援ありがとうございます!
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