英雄「勇者」の帰還

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4 「勇者」降臨

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深夜


 ……声が聞こえてくる。これは現実なのだろうか。意識がはっきりしない。


「……死んじゃえばいいじゃない?」

「死んだら楽だよ?何も考えなくていいよ……?」

「死に方は分かってるんでしょ………?」

「もう充分頑張ったよ……?」


 ……向こうで良く聞いたことがある。未練があるのに死のうとする人には囁き声が聞こえると。それは悪魔の声なのか。天使の声なのか。ただ一つ分かることは、まだ僕は生きているということ。

「光は怖くないよ…………?」

「僕たちがいるよ………?光は楽しい所だよ……?」

「皆が待ってるよ……?光は皆を待ってるよ……?」

 ……光って何だろうか?わからない。でも、もういいのかもしれない。僕だけが不幸になる必要は無いだろう………。

「そうだよ…?幸せになれるよ……?」
(まっ…………わすっ………おま………)

「一緒にいこ……?光は尊い場所だよ……?」

 頭にノイズが走る。靄がかかったような、手に届く距離にあるのに、掴めない。

「光は(復……しません……そこ……もった…)」

「ゆっくりと(あ……!煩わ……いです……!)」

 ノイズが少しずつ鮮明に聞こえ始める。うるさいなぁ……僕はもう……眠りたいのに………

「ひか(あー!あー!これで聞こえますわよねー?)」

「ひ(まったく!わたくしが魅入った男なのですからもっと堂々してくださいまし?!)」

 離れていった意識がどんどん引き戻されていく感覚がすると同時に、ノイズがノイズではないことに気付く。しかし、僕は身動きが取れないようにカプセルに入れられ、専用の場所に押し入れられているはずだ。僕に話しかけることが出来るのは実験するとき以外にありえない。

「あなたはじゃ(あー!!もー!!うるさいですわねぇ!!!わたくしの方が先につばをつけていたのですから!邪魔物はとっとと消えてくださいまし!!)」

 囁き声がどんどん小さくなり、ついに聞こえなくなる。

 (あー!せいせいしましたわ!!やはり早い者勝ちなのですから横入りはいけませんわね!!)

 …えっと、こいつは

 (あら?初対面の女性に向かってこいつとは失礼ですわね?)

 !?……なるほど。心が読めるのか……。

 (随分と対応が速いですわね~。その通りですわ!わたくし、こう見えても)

 頭の中でチカチカ光っている感じがする。寝起きのアラームのようにうざったい。


 それで、なんの用なんです、か?僕は、…あのまま死にたかった…………


 僕は知ってしまった。時間とは冷酷だ。全員に等しく事実のみを突きつける。それを受け入れる他に手は無い。運命とは無情だ。誰一人として、それには抗えないし、そういうものだと、納得させられる。

 (あらま~これは重症ですわね。あなたが死んでしまうとわたくしが困るのですわ………仕方がありませんわね。プランBですわ!)

 ?なにをいって………

 (あなた、もしかして、自分は可哀想とでも思っているのではなくて?)

 ………

 (だとしたら勘違いも甚だしいですわ。一番可哀想なのは貴方のご家族ですわよ。突然消えた貴方を‘‘仕方がなく’’探していたのに、とばっちりにあって死んでしまうものですわよ?それにこっちに戻ってきたと思えばいいように利用されて……親不孝にも程がありますわね!!!!)

 僕の家族はそんなこと思っていない!

 言葉一つ一つが胸に突き刺さる。言い返そうにも言葉が出ない。当たり前だ。どれも正しいのだから。

 (いつまで幻想に浸っているおつもりなの?わたくし、貴方の戯言に付き合ってあげられるほど時間もなくってよ。貴方は自分が置かれている状況から逃げている。ここは向こうの世界ではなくってよ?貴方は誰からも助けてもらえない)

 ……ッ!

 (あなたは散々向こうで見てきたはずですわよ?家族を殺され、行くあてもない、全てを失った子達を。けれど、その子達ですら運命を受け入れて前に進んでいましたわよ?)

 …状況が違うじゃないですか!そもそも、ぼくは……

 (またお逃げになるの?屁理屈ばかり並べている殿方は美しくありませんわね)

 ……もういい。聞きたくない。何も聴きたくない。

 (わたくし、貴方が実験体になってからずーーーーっと疑問におもっていましたの。本気を出したらこの程度の拘束、簡単にこわせましてよ?なら、何故しないのか、いや、できないのか。あなた、怯えてるのではなくって?)

 ……………………違う。

 (何も違いませんわ。人間は恐怖を抱けば本領発揮できませんものよね?あなたは自分の運命を変えるのが怖くて力を封印した。そして、利用されることに居場所を見いだしている。家族を殺された相手に下るなんて情けないですわね~~~)

 違う違う違う違う違う違う違う違う!!

 (なら、何が違うんですの?)

 僕は、僕は……!

 (非を認めることも美学の一つですわよ。あなたは力があるのに、運命を変えられず、受け入れることもできずに逃げた負け犬でしてよ)

 ………なら、ならぁぁ!どうすれば、どうすればよかったんだよ!!必死に!!戦って戦って戦って!帰ってきたら誰もいない!!そんなの……そんなの!!

 (あまりにも理不尽だ?そんなこと分かりきってるのでなくて?同情を誘うような演技はやめてくださいまし?わたくしは貴方の母親ではありませんのよ?貴方はわたくしが一から教えなければいけないほど、馬鹿ではないはずでしてよ?)




 
◇◇◇



 かつての光景が頭に浮かんだ。家族皆で朝ごはんを食べて、学校へ行って、友達と遊んで、帰ってきたら、家族そろって晩御飯を食べる。そこには僕の普通があった。そして、そのまま平和な日が続くと思っていた。

 知らなかった?仕方がなかった?過去の出来事に言い訳をしたところで何も変わらない。過去は変わらない。変えれない。




 ……………なら、未来を変えればいい。



 いつまで逃げる側に立つ?いつまで奪われる側にいればいるつもりだ?


 答えは簡単だ。奪う側になればいい。



 なら、僕が……………٠がすべきことは決まっているじゃないか。この世界に奪われる側という運命さだめを受け入れさせればいい。

 躊躇う必要は無い。醜く歪んだ肉塊も、理不尽に振り回される力も、かつては護ろうと思ったものでさえも、俺にこんな運命を与えた神でさえも…………

運命さだめを受け入れるべきだろ?




◇◇◇





 (もしも~~し?聞いておりますの?自分の都合の悪いことは聞こえない耳でして?あれですわね。こういうときは思いっきり叫んで……)

 「………ぃ」

 (な~~~~んにも聞こえませんことよ?)

「俺は、家族に会いたかった……!この世界に戻って…また、❬普通❭に暮らしたかった………!」

 行き場の無い激情が体を巡る。呼吸が速くなる。涙が溢れて止まらない。

 (ふ~~ん?それで?どうするの?)

 声は脳内で激しく点滅しだす。

「俺は!俺から全てを奪ったこの世界から!!!!全てを奪い取ってやる!!!!」

 情けはいらない。俺は自己中になる。

「俺は、俺から奪うやつを許さない!例えそれが神であったとしても!」

 抑圧されていた力が心臓の鼓動と同時に戻ってくる。霞みがかかっていた脳内が、思考が、再び動き出す。

 ( ………素晴らしいですわ!!貴方の欲はここまで深かったのですわね!!!さすがわたくしが惚れた殿方ですわ!!!)

 声は興奮しているのか、荒ぶっているように感じる。

(あぁ、わたくしもぜひ見てみたい!貴方の側でこの世界の行く末を!どこまでも続く貴方の欲を!!)

 そういったかと思えば、体が急に楽になる。眼を開けるとそこは、どこまでも漆黒が広がる異空間のような場所だった。

 「ここは現実とは隔絶された精神の間ですわ。わたくしと契約したが最後、楽には死ねませんわよ……もう覚悟を決めておられた方にこれを聞くのは失礼でしたわね?」

 先程まで、脳内に響くように感じられていた声がはっきりと肉声で聞こえる。どうやら、彼女が声のようだ。

「当たり前だ、俺はもう逃げない!」

 二つの魂の間に回廊が生まれる。一度足を踏めば最後。底が無き、どこまでも続く回廊。


「ならば………《烙印の悪魔》第零位階 イニティウム 貴方様にお仕えさせていただきますわ!!」


◇◇◇


 この日、世界を揺るがす絶望が生まれた。世界を飲み込まんとする暗黒に、立ち向かえる者など、とうにおらず。世界は破滅へと足を進めていく。



 
    
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