銀河鉄道の夜に優しい君と恋をする

三月菫

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45話 初めてのきみの家

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 そして次の日。土曜日。
 詠との勉強会当日を迎えた。
 
 現在時刻は午後一時ちょっと前。
 俺は洋風調の小洒落こじゃれた一軒家――詠の家の前に立っていた。
 
 俺は家の外壁に備えられたインターホンの前で、深呼吸を一つした。
 そしておずおずと呼び出しボタンに指をかざして、押さずにまた引っ込める。
 実は詠の家に到着してから、すでに五分程度経過してしまっていた。その間、ずっとこんな感じだ。

 ……
 いや、だってしょうがないじゃん?
 
 いくらテスト勉強という大義名分があるとはいえ、女の子の家にお邪魔するなんて生まれて初めての経験だ。
 それに、家には当然、詠だけじゃなくて、彼女の家族もいるわけで。異性の友達のご家族と初めまして――そんなレベルの高い初対面、影キャの俺が緊張しないわけがない。

 とはいえ、いつまでもこうしてはいられない。

「……よし」

 俺は意を決して、インターホンのボタンを押した。
 ピンポーンと間伸びした音が鳴った後、応答ランプが点灯する。

「はい――」
「お、おはようございます。青井です」
「あ、夜空くん? 待ってて。今開けるから――」

 どうやら応対したのは詠だったようだ。少しだけ間があったあと、すぐにガチャリという音と共に、玄関の戸が開いた。

「いらっしゃい、夜空くん」
「や、詠。おはよう」
 
 出迎えてくれたのは、私服姿の詠だった。
 それはまあ、ある意味予想どおりだったのだけど、俺は彼女の姿を見て、思わず見惚れたように立ち尽くしてしまう。
 
 というのも、今日の詠の出立ちは、普段の彼女のそれとはまったく違っていたからだ。

 今日の彼女は、ややゆったりとしたシルエットのTシャツに、膝丈ひざたけくらいのショートパンツという、結構ラフな服装だ。
 普段はおろしている髪も、ポニーテールのように後ろでまとめている。
 これだけで、普段の彼女の雰囲気とはだいぶ違っているのだが。極めつけといわんばかりに、大きな変化が彼女の顔に生じていた。

「詠、今日は眼鏡なんだ」

 俺は思わず声に出して、その変化を指摘した。
 
 詠は、ハーフリムのほっそりとしたデザインの眼鏡フレームに指を沿えて、そっと微笑む。

「うん。夜空くんには言ってなかったっけ? 私、けっこう目が悪くて、学校ではいつもコンタクトなんだ」
「ああ、そういえば。中学までは眼鏡をかけてたみたいなことを聞いたかも」
「そそ。外では基本コンタクトなんだけどね。でもやっぱり眼鏡の方が色々と楽だから、家にいるときは大体眼鏡コレなんだよ」
「なるほど」
「今日はなんといっても勉強会だから。集中できるようにと思って――」

 そこまで言って、詠はハッとしたように口をつぐんだ。

「もしかして……似合わない、かな?」

 不安げに上目遣うわめづかいをする詠。その表情を見て、俺は慌てて首を横に振る。
 
「ううん! そんなことはないよ!」
 
 むしろ逆である。普段の詠とのギャップと相まって、すごく新鮮に見えるのだ。
 正直なところ、めちゃくちゃ似合ってるし、知的だし、可愛いと思った。
 こういうのが眼鏡萌えってやつなのだろうか。さすがに口には出さないけどさ。

「良かったぁ……」
 
 詠はホッとしたような顔をして胸を撫で下ろす仕草をした。それから俺に向かって、ニコッと笑ってみせる。

「夜空くん。ここで立ちっぱなしもなんだから。とりあえず上がって?」
「うん。お邪魔します」

 詠の促しに応じて、俺は詠の家の中へと入って行った。

***

「いらっしゃい」

 詠についていく形で廊下を歩いていき、リビングへ入った俺を、柔らかい声が出迎えてくれた。
 ダイニングテーブルとソファーセット、それにナチュラルテイストのその他家具が置かれた、明るい雰囲気のリビング。
 そのテーブルに、ほっそりとしたシルエットの女性が、マグカップ片手に座っていて、俺と目が合うとニッコリと微笑んだ。
 年齢は多分四十代くらいだろうか。詠に負けず劣らず優しげな雰囲気だ。
 たぶん、というか間違いなく詠のお母さんだろう。

 そうだ、失礼のないように挨拶をしなくては。

「あの、どうも初めまして。青井夜空といいます。優木坂さんとは普段から仲良くさせてもらってまして。本日はお世話になります」

 俺は妙に恐縮してしまって、バカ丁寧にぺこぺこと頭を下げながら、詠のお母さんに挨拶をする。
 脳内では何回もシュミレートしていったんだけど、いざ本番になると、だいぶ不恰好なものになってしまった。

「夜空くん。そんなに固くならないでも大丈夫だよ?」

 そんな俺の様子を見て、詠が苦笑しながら言った。俺は恥ずかしさを誤魔化すように頭をく。
 詠ママは、そんな俺たち二人の様子をニコニコと眺めてから、ゆっくりと口を開いた。

「はじめまして、青井くん。詠の母の加代子かよこです。いつも娘がお世話になっています」
「いえ、むしろ俺の方が、にはお世話になりっぱなしで――」

 あ、いつもの癖で詠のことを下の名前で呼び捨てにしてしまった。
 しまったと思ったときにはもう遅い。
 
 だけど加代子さんは別に気にした様子もなく、相変わらずニコニコしている。

「青井くんのことは、詠から色々聞いてるわ。とても優しくて良い人だって」
「え? あー……」
 
 十中八九、社交辞令なのだろうけど、俺は思わず頬が熱くなるのを感じた。
 それからチラリと詠の方を見る。彼女もまた少しだけ頬を赤くしていて。
 
「お、お母さん。余計なこと言わなくていいから!」

 詠が照れたように頬を膨らませて抗議する。
 それを見た加代子さんは「あらごめんなさいね」と言って、くすりと微笑んだ。

 なんだろう、詠が俺のことをどんな風に家族に話しているのか、割と気になる。
 

「アレ? そういえば、あやは? さっきまでリビングにいたのに」

 気を取り直した詠は、キョロキョロと室内を見渡してから、不思議そうに首を傾げた。

「文なら、ついさっき二階へ行っちゃったわ。多分、青井くんと会うのが恥ずかしくなっちゃったみたい」
「えー、そうなの? さっきまで夜空くんに会えるって騒いでたのに」
「ふふ、文なりに心の準備があるんじゃないかしら?」
「じゃあ文の紹介はまた後でか」
「そうね。きっとあの子のことだから、もう少し時間が経てば、自分の方からやってくるわよ」
「そうだね」

 詠は、加代子さんとそこまで話すと、隣に立つ俺の方へ視線を向けた。

「夜空くん。じゃあ私の部屋、案内するね」
「ああ、うん。お願いするよ」
 
 俺はコクリとうなずいた。
 そして詠に連れられて、彼女の自室へと向かうのだった。

「ゆっくりしていってね」

 リビング階段を登る俺たちの背中から、加代子さんの柔らかな声が聞こえてきた。
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