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62話 告白

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 ここに来る途中。走りながら、頭の中では詠に会ったら最初になんて声をかけようか、ずっと考えていた。

 お待たせ。ごめんね。ありがとう。

 また、実際に彼女の後姿を目にしたとき、別の言葉がいた。
 今日の彼女は浴衣に身を包んでいた。白を基調に、紫色の可愛らしい花びらがあしらわれたあでやかな浴衣。
 それにいつも下ろしている髪も、お団子にしてアップでまとめられていた。

 綺麗だね。浴衣、似合ってるよ。

 だけど、いざ彼女の顔を見たら。
 そんなフレーズは全部吹っ飛んでしまって。
 結局、俺が一番詠に届けたかった想いだけが、言葉になった。


「詠。


 俺は目の前に立つ詠の瞳を真っ直ぐ見つめて、そう告げる。
 あれだけ怖かった、その言葉。
 何をそんなにビビっていたんだろうと、呆気なく感じるくらい、すんなりと伝えることができた。

 詠は瞳を丸くして固まっているようだった。
 
「夜空……くん……」

 彼女の口から、か細い音がこぼれる。

「俺と付き合ってくれ」

 もう一度、自分の気持ちを伝える。
 今度はもっと具体的に。俺が君に何を求めているか。
 まっすぐに、届ける。

 そんな、人生初めての告白だった。

「きゃー! 何、何!? なんで突然告白してんの!?」
「うへぇ、まじか!」

 詠の後ろにたむろしていたクラスメイト達が騒ぎ出す。
 道行く人たちも、なんだなんだとこちらを振り返る。

 そんな好奇の視線なんて、全然気にならなかった。

「は、ハハハハッ。青井……お前、突然現れて、なにトチ狂ったこと言い出してんの?」

 黒野が俺と詠の間に割って入るように笑い飛ばす。その笑顔には明らかな敵意が含まれていた。

「詠ちゃん、困ってんじゃん。お前みたいな陰キャに突然そんなこと言われてさ……それにお前ッ、少しはTPOわきまえろって。こんな人が大勢いるところで告白なんて、冗談にしても身体張りすぎだろ。ハハハッ……」
「黒野」
「あ?」
「あの時の質問の答え――今返すよ」
「あの時の、質問?」
「俺は詠が好きだ。大切に想ってる。だから、
「――ッ」

 黒野の目をまっすぐニラみつける。

「お前が詠を傷つけるつもりなら、俺は詠を守り続ける」
 
 キャーッというクラスメイト達の黄色い悲鳴が上がった。
 黒野は顔をひきつらせて一歩後ずさる。まるで気圧けおされるように。

 これで告げるべきことは告げた。もうこいつに用はない。
 俺は黒野の横を通り過ぎて、詠のもとへ近寄った。
 そして、手を差し出す。

「詠。俺は――」

 ずっと自分が好きになれなかった。
 
 顔も。
 デクノボーなこの身体も。
 ウジウジしている性格も。
 皆が好きなことを、好きになれない感性も。
 ぼっちでいることを、いっそ割り切れたらどんなにか楽なのに、心のどこかで人との繋がりを諦めきれなかった生き方も。
 
 全部イヤで仕方なかった。

 でも。
 君はそんな俺を肯定してくれた。
 俺の隣で笑ってくれて。
 一緒にいて楽しいと言ってくれた。
 俺はそれがとても嬉しかったんだ。
 
 俺は君が好きだよ。
 君と一緒にいる時間が本当に大好きなんだ。

 なのに、ごめん。
 そんな君を傷つけてしまって。
 君を一番傷つけたのは、黒野じゃない。
 他ならぬ俺自身だ。

 君は皆に優しいから。皆に笑顔を向けているから。
 君への好意をハッキリ自覚した後、急に怖くなったんだ。

 いつも俺に向けてくれる笑顔は、実は好意でもなんでもなくて。
 全部、俺の一人相撲なんじゃないかと思えて。


 要は、を信じていなかった。俺は。


 もう二度と。そんな間違いは犯さない。


 俺は、君が信じてくれた、俺を信じる。

 
 今ここで誓うよ。だから。
 


「俺といきてほしい。きみに」


 
 万感の思いを込めて、彼女に言ノ葉を届けた。

「夜空くん――」

 詠の顔がくしゃりと歪んだ。彼女の瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

 俺が差し出した手に、彼女の小さな手がそっと重なった。

「うん、うん――」

 彼女は泣きながら。

「私も、夜空くんのことが好き。大好き――ずっと私と一緒にいてください」

 それでも言葉を紡いで、最高の笑顔を見せてくれた。

 その瞬間――

 周りの喧騒が遠のいて、世界は俺と詠だけになったような気がした。
 俺はその手をぎゅっと握りしめる。

「行こう。詠」
「うんっ」

 俺たちはそのまま、やがて太陽を隠す、夜の中へと駆け出していった。
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