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4章 戦乱の中へ

30話 災悪の再開

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「おい!春臣!返事しろ!」

 無線が通じてなんとかこの施設の正体を伝えるとすぐに無線がダメになってしまった。

 なんとしても春臣達に合流しなければならない。

  一応退避するように言ってあるので、恐らくここから抜け出し、約束した場所で待っているのがベストな選択なのは分かっていた…

 だが、なにか嫌な予感がするのだ。

 この施設に隠された謎。

 それが浮き彫りになった事で自分自身少し動揺している。

 その胸騒ぎとは別に、なにか嫌な予感がするのだ。

「桃ちゃん…!一旦ここは下がりましょう!春臣さん達の無線が途切れた以上何かあったと考えるのが妥当です!」

「何かあったんなら助けに行かなきゃダメだろ!あたし達を待ってるかもしれないんだ!」

 パチンッ!

 頬に痛みが走った。

 沙織にぶたれたのだ。

「いい加減にしなさい!あんなものを見てしまって動揺するのも分かるけど、私達はプロでしょ!何が最善なのか冷静になって考えなさい!」

 そうだ…

 沙織の言う通りだ。

 春臣の無線が切れたということは少なからず何かが彼らの身に起こったということである。

 ここであたし達が向かっても共倒れになる可能性が高い。

 それ以前に彼らの居場所がわからない以上、引くしかない…!

「…分かった。取り乱してすまなかった…」

 あたしは冷静になり、ここから退避することを最優先事項に書き換えた。

「いいえ…私も叩いてごめんなさい…」

 沙織は悪くない。

 悪いのは頭日が登ってしまったあたしだ。

「沙織が謝ることねえ…まぁこの件はここを出てからゆっくりと…」

 そう言いかけた時だった。

 あたしは油断していた。

 それに沙織まで巻き込んで、周囲の警戒を疎かにしていた。












「ここから出られるわけないだろう?」














 確かに声の主はそう言った。

 その声の主は以前の船の事件で悲惨な殺人を行った。

 忘れようにも忘れられない…!

 そう、そいつは…


 ―八戸政宗―


「よぉお久しぶりだなお嬢さん」

 その声は今も時々あたしの脳内で再生される悪夢の中に出てくる。

 こいつは…こいつだけは許せない!

「八戸ぇぇ!!」

 考えるよりも体が動いていた。

 そのはずなのに動きが見切られる。

「遅いぞ」

「ちっ、今の反射行動でも無理なのかよ!」

 あたしは次に八戸に対峙するときに反射行動を取ろうと策をねってきた。

 八戸を見た瞬間に殺す。

 その命令を脳を介さずに本能だけで体を動かすように訓練してきた。

 それなのに…それなのに奴にはあたしの攻撃は届かなかった。

「残念だったねー。考えは惜しいんだがなぁ」

 やつの能力は心読。

 考えを先読みされるため、攻撃はすべて見切られる。

「桃ちゃん!」

「ああー?そこの女は新顔だね…ヒッヒィ」

「てめぇ!沙織に手ぇ出すんじゃねぇ!」

 もう一度八戸に突進する。

「突進…と見せかけて上に飛ぶ」

 あたしはまるで八戸の指示に従っているかのように上に飛ぶ。

「そして左三本、右二本のナイフで威嚇、その後は…なるほどククリ刀か…お前も芸がないなぁ…」

 すべて読まれている…!

 だめだ…やはりこの戦い、勝てない!

 ククリ刀も避けられる。

「敵は一人じゃないのよ!」

 避けた先の着地を狙ったいいタイミングで沙織が自分の日本刀を抜刀し居合切りを見せる。

「とった…!」

 この現場を見た人間の誰もがそう思っただろう。

 しかし…

「甘い、甘すぎる!」

 八戸はその日本刀の攻撃すら読んでいたのか、背後からの攻撃をあたしの投げたナイフを使いノールック、なおかつ片手で防いでみせた。

 そして余った片手にもナイフが…

「沙織そいつから離れろぉ!」

 声の限界まで叫んだ。

 沙織もそれに反応したが、遅かった。

「ぐはぁ…」

 沙織のみぞおちに一本のナイフが差し込まれた。

 それでも沙織はなんとか痛みをこらえて距離を取る。

「お前達程度じゃ無理だよ、分かってるだろ?イヒヒヒヒヒ」

「くっ…はっ!」

 沙織が吐血する。

「あーあ、それ多分抜くと血が吹き出して死んじゃうねー」

「くそぉ!」

「ダメよ桃ちゃん!」

 無鉄砲に飛び出そうとしたあたしを沙織が制した。

 それにより何とか踏みとどまることができた。

 今のあたしじゃこいつに勝てない…!

 それははっきりしていた。

「どうした?もう終わりか?」

 八戸が余裕の表情を浮かべる。

「ふん、施設に不穏な動きがあったから心配になってきてみれば、とんだ奴隷が舞い込んできたなぁ、ヒヒィ!」

 この世の全ての憎しみを込めた目で八戸を睨む。

「ああ、、いいねその顔…!」

 八戸の顔が愉悦なものへと代わる。

「よし、提案だ。そこのチビは一緒にこい、奴隷にしてやる。その代わりそこの雌は見逃してやるよ」

 あたしは迷った。

 このまま一人でこいつとやり合っても万に一つも勝てる見込みはない。

 ならいっそ…

「分かった…」

「桃ちゃん!?」

「沙織、お前は逃げて春臣と合流してくれ…!あいつならこいつを倒せる…!」

「神田春臣か…それだけ信頼を置いているんだな。その信頼も今回ばかりは杞憂に終わるだろうがな、イヒヒヒヒヒ!」

 あたしは無視して続ける。

「おい!八戸約束だ!あたしを好きにしていい!だから沙織を助けろ!」

 この条件を飲むより他はなかった。

「ダメぇ!桃ちゃん!それだけは…!くっ…!」

 沙織は放って置くと確実に命を落とす。

 それだけは絶対に避けねばならないのだ。

「よしいいだろう、こっちへ来い」

 あたしは言われるがままに従った。

「これで足を縛れ」

 渡されたロープで自分の足を縛る。

「桃ちゃん…!」

 沙織の声はもうあたしの耳には届いていない。

「手を後ろで組め」

 手には手錠をかけられた。

 これで完全に動きを封じられた。

「よしよし、これでいい」

「さぁ約束だこのまま沙織を…」

「そうだな楽にしてやろう」

 八戸はそう言って落ちていたナイフを三本広い…

「おい!待て!話が違うぞ!」

「見逃すとは言ったが、殺さないとは言ってない。死体ではって意味だよぉぉ!ヒャハハハハ!」

「やめろぉぉ!!!」

 八戸の手から三本のナイフが沙織めがけて放たれた。

 その全てが沙織の体に刺さる。

「うわぁぁぁ!」

 あたしの頭の中はもう何が何だか分からなくなっていた。

 怒り、憎悪、憎しみ、嫌悪、苛立ち、憤怒、絶望、虚無、無心、激怒、腹立ち、心配、切望、怨恨、鬱憤…

 そのどれもが今のあたしの感情を説明するのに役不足だった。

「ハァハァ、人間が壊れる姿…しかもこんな小さい子どもが壊れる姿…それが世の中で一番美しい…ギヒヒヒヒ!」

 あたしは血まみれの友人の姿を最期に意識を失った。



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