学院最弱底辺の僕にだけ従う最強生徒会長

塞翁が馬

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揺れ始める情動

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 夕方の展望台は、淡いオレンジに包まれていた。

 木々の影が細長く伸び、空はまだ夏の色を残している。

 

 「天城さん、ちゃんと撮れてますか?」

 

 カメラの画面を覗き込みながら、天音が楽しそうに僕の肩越しに話しかけてくる。

 彼女の指先がほんの少しだけ触れたのを感じて、僕は咄嗟に意識をそらした。

 

 「……ああ、たぶんピントも合ってる。」

 

 その言葉に、天音は満足そうに小さくうなずく。

 

 ――あいかわらず、近い。

 

 他の班のメンバーは、少し離れたところでお菓子を食べたり、お互いにふざけたりしている。

 

 「ほんと、仲良くなったよな、お前ら。」

 

 と、結城がニヤニヤした顔で肩を軽く小突いてくる。

 瑞穂と乙葉も、どこか微笑ましそうにこちらを見ていた。

 

 僕は反応に困って、曖昧な笑みで返した。

 

 天音はといえば、まったく動じた様子もなく、ただ静かに、

 

 「えへへ、そう見えちゃいますか?」

 

 なんて、無邪気な笑顔を浮かべる。

 

 けれど――僕には見えた。

 その笑顔の奥に、かすかに、ほんのわずかに滲んでいた“ためらい”。

 

 なぜだろう。

 展望台での穏やかな風景の中、彼女の笑みだけが少しだけ切なく見えた。

 
 ◇
 

 同じ頃――

 宿舎の裏、人気のない渡り廊下の影。

 

 クラリス・アーデルハイトは、携帯端末を片手に、冷たい表情で画面を眺めていた。

 

 「……まだ、実行していないのね。天音。」

 

 白い指が画面をなぞる。

 

 『今夜中にやらないなら、もう援助は打ち切るわ』

 

 表示されたテキストに、既読はつかない。

 

 それでも彼女は待っていた。

 森の奥、深夜。

 誰にも見られず、そして――証拠として“撮れる場所”。

 

 計画は、もう整っている。

 天音が天城を森へ連れ出しさえすれば、あとはシャッターを切るだけ。

 

 「手駒は、感情に流されないでほしいものね。」

 

 夜の風に、銀の髪が揺れた。

 

 

   ◆

 

 同じ空の下。

 

 天音は、自室の布団の中でスマホの画面を見つめていた。

 クラリスからの未読のメッセージが、画面の端に光っている。

 けれど彼女は、あえてそれを開かなかった。

 

 代わりに目を閉じ――

 さっき天城と笑いあった時間を、何度も思い返していた。
 

 バスの中での一件。

 修道院についてからの出来事。

 旧校舎で天城に言った言葉。

 そのどれもが今の天音にとっては今まで経験したことのない確かな幸福という形で胸の中に鼓動している。

 幼い頃から周りの大人の言う通りにしてきた。
 それも悪くない―だって、そうしておけば褒められるし、自然と周りが自分を押し上げてくれる。
 従順な人形であればあるほど大人たちは自分を持て囃し、ご褒美をたくさんくれた。

 正直、今の生徒会―それも”書記”という役職につけているのは、そういったものの結果に過ぎないことは理解していた。


  確かに自分は幼い頃からの厳しい英才教育によりそれなりには評価値があることも自負している。


 だが、ここ聖煌学院において優等生であっても、エリートではない。


 自分なんかよりはるかに才能を持った人間がたくさんいる。

 そんな中で自分が生き残るために何をしなければならないか分からない程彼女は愚かでは無かった。


 しかし………
 

 「……できないよ。そんなの……。」

 

 呟いた声は、誰にも届かない。

 でもその葛藤こそが、彼女の今の本心だった。

 でもやり遂げないと、学院でこれまで培ってきたものが全て水疱と帰す。
 
 だが、密かにゆっくりと芽生えたこの気持ち。
 今まで感じたことのないこの気持ちに何かを感じてしまった彼女は、揺れ動く自身の情動の中で葛藤を抱えるのであった。

 今夜。

 今まで隠し続けていた。
 でももうそれも今夜で終わり。
 ただの“道具”ではいられない。

 そう思ってしまった時点で、彼女の中では計画が――音を立てて崩れ始めていた。
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