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帰路
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林間学校最終日。朝の空は、どこか名残惜しげに薄曇りだった。
山々に囲まれた旧修道院跡の敷地には、荷造りを終えた生徒たちの声がにぎやかに響いている。石造りのバンガロー群から、次々にキャリーバッグやリュックを抱えた生徒たちが姿を現し、集合場所へと集まっていく。
「ふぅ……荷物、全部詰め込んだな」
天城悠真は小さく肩を回しながら、最後に荷紐をぎゅっと締め直す。手にしているのは、使い古された布製のバッグ。隣のベッドには、昨日の騒動でぐったりしていた村崎天音が、まだリュックのチャックと格闘していた。
「……うーん。おかしいですね。昨日はちゃんと入っていたはずなんですけど」
「欲張ってお土産詰めすぎたんじゃないか?」
「そ、そんなことは……あ、ちょっとだけ……ですけど……」
頬を染めながらリュックの中身を押し込む彼女に、天城は少しだけ笑う。昨日の夜、あれだけ涙を流した彼女が、今はこうして何気ないことでまた笑顔を浮かべている。その事実だけで、どこか胸が軽くなるのを感じた。
昨夜の一件──写真の騒動、失踪、そして再会。
すべてが急展開で、怒涛のように過ぎ去っていったが、それでも。
今、彼女はここにいる。
そして、ちゃんと“自分の隣”にいる。
「それじゃ、行こうか。集合、遅れたらまた先生に怒られる」
「……はい、天城くん」
その呼び方に、思わず顔を背けた。けれど、彼女の笑顔が横にある。それが、どんな言葉よりも安心感をくれる。
旧修道院を改築したバンガローから出ると、そこにはすでに多くの生徒たちが揃っていた。朝の点呼、荷物チェック、先生からの注意事項……ひとつずつこなしていく中で、いつもの日常が戻ってくるのを感じる。
「みんな~、忘れ物はないか~?」
「先生、こっちの班は点呼終わりました!」
元気な声が飛び交う中、ふと、誰かがこちらに向かって手を振ってきた。
「おーい! 天城、天音~! おそいぞー!」
班のメンバーのひとりだった。展望台でからかわれた時と同じ、あの調子だ。
「なんだよ、またイチャついてたのか~?」
「なっ……!」
「ち、ちがいますっ! ちょっと荷物が……」
「はいはい、わかってるって~。でもまあ……仲良くなったよな、ほんと」
そう言って、照れくさそうに笑いかけられる。天音が、うつむいて顔を赤くした。
自分も、何も言い返せなかった。ただ、曖昧に笑うことしかできない。
──仲良くなった。
その言葉が、今の自分には不思議なほど重く感じられた。
それからしばらくして、帰りのバスが到着した。荷物を預け、班ごとに座席が割り振られる。
「ここ、いいですか?」
天音が、隣の席を指差してくる。もちろん断る理由なんてない。
「……ああ、どうぞ」
「ふふ、ありがとうございます。……なんだか、帰るのが寂しいですね」
「そうか?」
「ええ。だって……こんなに濃い時間、普通の学校生活では味わえませんから」
天音の言葉に、思わず納得してしまう。
林間学校は、日常とはまるで違う時間だった。
知らなかった一面。見えなかった感情。抱えきれない後悔と──そして、確かな繋がり。
思えば、この数日で自分の周りの何もかもが変わってしまった気がする。
「天城くん……」
ふと、天音が小さくつぶやいた。
「私……この林間学校で、天城くんのことをいっぱい知れて、ほんとによかったです」
「……俺も」
「え?」
「俺も……たぶん、村崎のこと、前よりずっとわかってきた気がする」
「……うれしいです」
やがてバスが発車し、車体がゆっくりと旧修道院の前を離れていく。
窓の外、見慣れた石造りの回廊が遠ざかる。古びた修道院の景色──もう戻ることのない、林間学校の終着点。
けれど。
この数日で得た絆や感情は、決して終わりではなかった。
これは始まりだ。
そう、感じさせてくれるだけの確かな温もりが、今──自分の隣にあった。
山々に囲まれた旧修道院跡の敷地には、荷造りを終えた生徒たちの声がにぎやかに響いている。石造りのバンガロー群から、次々にキャリーバッグやリュックを抱えた生徒たちが姿を現し、集合場所へと集まっていく。
「ふぅ……荷物、全部詰め込んだな」
天城悠真は小さく肩を回しながら、最後に荷紐をぎゅっと締め直す。手にしているのは、使い古された布製のバッグ。隣のベッドには、昨日の騒動でぐったりしていた村崎天音が、まだリュックのチャックと格闘していた。
「……うーん。おかしいですね。昨日はちゃんと入っていたはずなんですけど」
「欲張ってお土産詰めすぎたんじゃないか?」
「そ、そんなことは……あ、ちょっとだけ……ですけど……」
頬を染めながらリュックの中身を押し込む彼女に、天城は少しだけ笑う。昨日の夜、あれだけ涙を流した彼女が、今はこうして何気ないことでまた笑顔を浮かべている。その事実だけで、どこか胸が軽くなるのを感じた。
昨夜の一件──写真の騒動、失踪、そして再会。
すべてが急展開で、怒涛のように過ぎ去っていったが、それでも。
今、彼女はここにいる。
そして、ちゃんと“自分の隣”にいる。
「それじゃ、行こうか。集合、遅れたらまた先生に怒られる」
「……はい、天城くん」
その呼び方に、思わず顔を背けた。けれど、彼女の笑顔が横にある。それが、どんな言葉よりも安心感をくれる。
旧修道院を改築したバンガローから出ると、そこにはすでに多くの生徒たちが揃っていた。朝の点呼、荷物チェック、先生からの注意事項……ひとつずつこなしていく中で、いつもの日常が戻ってくるのを感じる。
「みんな~、忘れ物はないか~?」
「先生、こっちの班は点呼終わりました!」
元気な声が飛び交う中、ふと、誰かがこちらに向かって手を振ってきた。
「おーい! 天城、天音~! おそいぞー!」
班のメンバーのひとりだった。展望台でからかわれた時と同じ、あの調子だ。
「なんだよ、またイチャついてたのか~?」
「なっ……!」
「ち、ちがいますっ! ちょっと荷物が……」
「はいはい、わかってるって~。でもまあ……仲良くなったよな、ほんと」
そう言って、照れくさそうに笑いかけられる。天音が、うつむいて顔を赤くした。
自分も、何も言い返せなかった。ただ、曖昧に笑うことしかできない。
──仲良くなった。
その言葉が、今の自分には不思議なほど重く感じられた。
それからしばらくして、帰りのバスが到着した。荷物を預け、班ごとに座席が割り振られる。
「ここ、いいですか?」
天音が、隣の席を指差してくる。もちろん断る理由なんてない。
「……ああ、どうぞ」
「ふふ、ありがとうございます。……なんだか、帰るのが寂しいですね」
「そうか?」
「ええ。だって……こんなに濃い時間、普通の学校生活では味わえませんから」
天音の言葉に、思わず納得してしまう。
林間学校は、日常とはまるで違う時間だった。
知らなかった一面。見えなかった感情。抱えきれない後悔と──そして、確かな繋がり。
思えば、この数日で自分の周りの何もかもが変わってしまった気がする。
「天城くん……」
ふと、天音が小さくつぶやいた。
「私……この林間学校で、天城くんのことをいっぱい知れて、ほんとによかったです」
「……俺も」
「え?」
「俺も……たぶん、村崎のこと、前よりずっとわかってきた気がする」
「……うれしいです」
やがてバスが発車し、車体がゆっくりと旧修道院の前を離れていく。
窓の外、見慣れた石造りの回廊が遠ざかる。古びた修道院の景色──もう戻ることのない、林間学校の終着点。
けれど。
この数日で得た絆や感情は、決して終わりではなかった。
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