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第三章
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しおりを挟む六
やらないんなら今日は帰ります、と言ってつぐもはあいさつもせず、玄関へと歩いて行った。その後を、ずるずると大きな蛇がくっついてゆく。盛り塩や札にも、八枯れにも、なんの反応も示さないところを見ると、ずいぶん大物のようだ。木下はつぐもの後ろ姿を眺めながら、「あの子も私塾生だったのか」と、つぶやいた。僕は隣に座るよう、うながしてマッチをすった。
「あの人身は事故じゃないんだろう?」
「まあ、事故っちゃ事故だよ。営業途中の会社員が、調布駅で乗り換えたところ、小さな諍いがあったようなんだけどね。肩がぶつかったとか、そうじゃないとかで、電車が来るころになって、カッとなった会社員が、大学生を突き落としたんだ。くわしい事情は、いま署の方で話しているんじゃないか。なにせ、僕は担当じゃないからね」
ふうん、とつぶやいてから、煙草の煙を鼻から吐き出した。
「じゃあバラバラ事件に引き続き、乱射事件の担当な訳だ」
「いや、バラバラからは外されてしまったんだ」
「お気の毒さま」感情のこもっていない声で、おくやみを申し上げると、煙草盆を木下のほうへ押してすすめた。「それでたまたま乱射のあった電車は、駅からはるか遠くにいたのか。すごい偶然だ」
「皮肉を言うなよ」木下は、眉間に皺をよせると顎をかきながら、宙空を見つめた。「京王線はどこの電車も、一時的に止まったよ。乱射が起こったのは、稲城、若葉台区間の車両だけだ」
「一人だったのか?」
「犯人の名前は、東城太郎。三十歳、自動車メーカーの部長だ。どうやら、一両目から八両目にかけて、走りながら四方八方に向けて、見境なく撃ったようだ。東城は、いくつも銃を持っていた。安全装置を外したものを、鞄から次次に取り出して、撃って、弾がなくなっては、捨てて、また撃ってを、くりかえした」
「それじゃあ、車両ごとに二丁くらいと考えても、十六丁以上の拳銃を所持していたって訳か。法治国家が聞いて呆れるな」
「呆れるどころじゃない。乱射時には全部で、二十は持っていた。自宅からは、百を超えるコレクションが出てきた。タイやバンコクで大量に注文していたようでね。知人の話しによると、ただの拳銃マニアだ。月にかならず一回はアメリカや、中国などにも行って、非合法な取引をやっていたようだよ。使いはしないが、棚に飾るんだそうだ」
「ずいぶん、警察の網もゆるいんだな」
「どうやら、持ちこみが専門で使う空港があるんだそうだ。空港って言っても、空地のようなものでね。かつて、軍の滑走路になっていたところがそのまま、更地で残っていたんだ」
「それじゃあ、東城の他にも銃を持ちこんだ奴がいるってことか」
「そうなるね」
木下はうんざりした声を上げると、頭をかかえて、肩を落とした。
「だから見落とした警察にも、その手の内通者がいるとかで、マスコミが騒ぎ出した。署内はいま、てんやわんやさ。弁護士がすべての人間を無罪にできないように、警察だってすべての犯罪を未然に防げる訳じゃない。いくつかの小さな治安を守ろうと、そんなことは当たり前だと言って、人々は納得しない。殺人や強盗などの、大きな事件が起これば、そっちばかり引き合いに出して責められる。国のために働こうと、給料はどんどん下げられ、あげくマスコミからは犯罪者扱いだ」
その皮肉な笑い方に、素直に同情した。煙を吐き出すと、しばらく宙空を見据えてつぶやいた。
「君への不当な扱いは、一種のプレイだ」
「なんだって?」
木下は、頓狂な声を出して、顔を上げた。
「サービスというものの実態だ。僕たちは、決して怒れない相手に対しての傍若無人な振る舞いを、楽しんでいるだけなのさ。自分は、金持ちでも、才能がある訳でもない、ましてや仕事ではぺこぺこ頭を下げているが、いま目の前に入る相手よりは優れている、などと言う小さな劣等意識を、満足させているんだ。君たちへの優越感が、彼らの弱小で卑猥なアイデンティティーを、支えているんだ。そういったメンタルの面でも、民衆を支えているのだから偉いじゃないか」
「あまり、自信がもてない」
「人の心など、そんなに高尚なものではないよ」
「変ななぐさめ方をするなあ」と言いながらも、木下はようやっと顔をほころばせた。
八枯れは話の内容に飽きてきたのか、黙りこんだまま、うとうととしはじめていた。船をこいでいるのをちらと見つめて、ゆったりと左右にゆれていた尻尾を引っぱった。ふぎゃ、と悲鳴を上げて飛び上がると、爪を立てて怒った。それをはらって床に押さえつけると、少しは聞く耳を持て、とつぶやいた。
「話しを戻そう。つまり東城なる拳銃マニアが、なんの啓示を受けたのか知らんが、お家のコレクションを持って電車に乗り、たまたま人身事故が起こって止まった電車の中で、たまたま乱射をはじめて自殺をした、と言うことだね」
「そう聞くとますます現実味に欠けるんだから、嫌になる」木下は額を覆って、大きなため息を吐き出した。「そんな偶然が重なるものか?」
「偶然もあんまり重なり過ぎると、僕らにとっては偶然ではなくなる」
「どういうことだ?」
「東城は、どうやって自殺をした?」
木下は眉間に皺をよせたまま、不思議そうにつぶやいた。「さあね。僕はその場にいなかったから。同僚の話しによると、突然痙攣しはじめ、よくわからない言葉をぶつぶつつぶやいたかと思ったら、急にこめかみを撃ち抜いたんだそうだ」
「なるほど」僕は、頭をぼりぼりとかきながら、大きなため息を吐き出した。「ああ、面倒くさい。まったく面倒くさい」
「あきらめろ」
「お前、他人事だと思って楽しんでるな?」
ぐっと両眼を細めて睨みつけると、八枯れはのど奥を震わせて笑いながら、「さっきの仕返しだ」と尻尾をしなやかに振った。
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