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4章
4.2
しおりを挟む留置所には、張り詰めた表情のクロエが立っていた。
トウリはクロエに礼を言った。
「突然呼び出してすまない」
「……いえ」
「件の事件の首謀者――オスカー・ランドと面会したい」
クロエは首を横に振った。
「ゼノン卿は協議会に出席していて、まだ連絡が取れていないんです」
「ゼノン卿には俺が後で話を通す。咎められるようなら、罰は受けるつもりだ」
トウリの申し出を聞いても、クロエは硬い面持ちのまま、唇を引き結んでしまっている。
それは無理ないことだった。トウリは決して声を荒げることなく、静かに言った。
「……先日の件で、俺のことが信用出来なくなるのも無理はない」
トウリがエミリオを騙して傷付けたというのは、誤魔化しようのない事実だ。
トウリはクロエにゆっくりと深く首を垂れ、礼を尽くす。
「頼む」
クロエはしばらく黙っていたが、一向に顔を上げようとはしないトウリを見て、何か思うことがあったのか、小さく息をついて言った。
「……面会時間は十五分までです」
通された面会室の椅子にトウリが座って程なく、オスカー・ランドが入室し、透明なアクリル板の向こう側の椅子へと座った。
事情聴取に飽きているのか、オスカーは溶けるようにずるずると腰を滑らせ、背もたれに深く凭れただらしない格好でトウリを一瞥して言った。
「人間の金持ちどもを恨んで俺が事件を首謀したということも、二つの事件に関係はないということも、全て警察に話したはずだが?」
「これから俺の話すことが全くの的外れであったなら、もう何も話さなくていい」
トウリがそう言うと、オスカーは退屈そうに片足をもう一方の膝に乗せて傾聴の姿勢を取った。
「……オスカー。お前の目的は、ブランシェル家のヴァンパイアの興味を引くことにあった。だから、実行役に指示して、彼らの庭先で繰り返し事件を起こさせたんだ」
「……」
「そして、エミリオはお前の罠に掛かったのではないか?」
オスカーがズボンのポケットに手を突っ込むのを見ながら、トウリは続ける。
「お前は事件の実行役に報酬を渡すために訪れた酒場で、エミリオが氷の魔法を使う姿を目の当たりにして、彼がブランシェル家のヴァンパイアであることを確信した。そして、今度は実行犯にエミリオの誘拐を命じたんだ。違うか?」
トウリはそこで一呼吸おいて、
「……もっとも、お前ほどに頭の回る男であれば、もっと利口なやり方がいくらでもあったはずだろうがな」
それまで怪訝そうに押し黙っていたオスカーが、やっと口を開いた。
「……いいや。俺のようなスラム生まれの貧民が、名家のヴァンパイアと関わりを持ちたければ……馬鹿みたいに騒いで、注目を集めるしかない……」
トウリはアクリル板に沿うように作られた机に手を置く。
「吸血窃盗事件を起こしたのは、富裕層の人間から確実な方法で金目の品を奪い、それを売り捌いて金にするため? エミリオの誘拐未遂事件を起こしたのも、身代金を要求するためか? ……俺には、とてもそうとは思えない。富裕層の人間に恨みを抱いているというだけならば、こんなに回りくどいやり方をする必要はないだろう。窃盗品をいつまでも手元に残しておく必要もない」
「やはり頭が切れるようだな。その若さで大した洞察力だ。まさか、人間に驚かされることになるなんてな……」
オスカーはそう言って椅子に座り直し、目元に垂れた赤い髪を後ろに流した。
「……酒場でお前たちを見掛けたときは、騒ぎに紛れてあの場から立ち去るつもりだった。だが、そうせずについ声を掛けてしまったのは、人間のお前とヴァンパイアのお坊ちゃんが協力しているところを見て、お前たちに興味が沸いたからだ」
「興味?」
「俺の目的は、かのゼノン卿に、人間とヴァンパイアの共生に関連する制度の改革の必要性を訴えることだ」
オスカーはそう言って、アクリル板の前に身を乗り出した。
「ゼノン卿の布いたヴァンパイアへの血液供給事業は、貧困層のヴァンパイアにとって十分な支援とは言えない。むしろ、吸血行為がご法度とされる風潮が生まれたことで、元から生活に苦労していたヴァンパイアは、もっと困窮するようになった。そういう奴らが金銭を得るために、配給血液の転売なんかを行うようになって、格差は広がるばかりだ」
「……」
「そんな現状も知らずに、ゼノン卿はあの馬鹿でかい城の中で、椅子に座ってふんぞり返っている。俺たちの悲鳴なんて、聞こえもしない場所でな……」
ゼノン卿の政策はセンセーショナルではあるが、やはり成果が挙がっているとは言い難いようだ。
「ゼノン卿に問題を認識させるためには、影響力のあるヴァンパイアの力が必要だと考えた。そこで、影響力のあるヴァンパイアの縄張りの周辺で吸血窃盗事件を起こすことによって、彼らの関心を引こうとしたんだ」
事件が吸血と窃盗をセットにしたものだったのは、他の事件と差別化を図ることで、事件を印象付けるため。人間の富裕層を標的にしたのは、貧困層のヴァンパイアの実態をゼノン卿と社会に認識させるためだったとオスカーは説明する。
「影響力のあるヴァンパイアというのは、本当に誰でもよかったんだ」
「ヴァンパイアたちに一目置かれており、人間にもその名を広く知られている名家として白羽の矢が立ったのが、ブランシェル家か?」
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