シルバーナイトガーデン~刀使いのハンターと氷のヴァンパイア~

遠鐘みすず

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4章

4.7

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 トウリのもとにシルバーナイトガーデンの招待状が届けられたのは、それから数日後のことだった。
 その日は、月に一度の満月が昇る夜。そう、シルバーナイトガーデンの開催日、当日だった。
「ゼノン卿から伝言を預かっています。トウリ様に是非ご参加いただきたい、と……」
 招待状を持ってきたクロエは、まだ怒っているらしく、言動はどこか余所余所しい。それでも、仕事をきちりとこなしているあたりに、彼の性格が垣間見える。
 屋敷ではなくトウリのアパートに届けられた招待状の宛名には、ミカド家当主でもなく、かと言ってショウジでもなく、トウリの名が記してある。ご丁寧に送迎までしてくれるらしく、随分と仰々しい呼び出しだった。
「十五分だけお待ちします」
 クロエはツンとした態度でそう言うと、アパートの目の前に停まっている車に戻っていく。
 時刻は夕刻。これから支度をして向かえば、丁度良い時間だ。
 トウリは手早く身支度を整えると、車の後部座席に乗り込んだ。



 公邸に到着した二人は、ホールから二階に向かって伸びる階段を上がっていく。その先には、いつかと同じように、ゼノン卿が吹き抜けからダンスホールを見下ろすように立っていて、トウリを恭しく出迎えてくれた。
「よく来てくれた」
「お招きいただき感謝します」
「招待客が揃うまで、一杯いかがかな」
 ゼノン卿はそう言って、クロエに食前酒を持ってくるよう指示を出すと、ホールを見下ろして言った。
「ショウジ翁にも別で招待状を送ったのだが、体調不良で参加を見送ると連絡があった。何かあれば、全て当主代理トウリに一任すると……」
 クロエから受け取ったシャンパンを飲みながら、トウリは考える。話を聞く限り、ゼノン卿が呼び出したかったのは、「ミカド家当主」ではなく「トウリとショウジ」であったということのようだ。
「先日、オスカー・ランドと面会した」
 シャンパングラスを揺らしながら、ゼノン卿は言った。どうやら、彼はトウリの――何より、オスカー本人の――願いを聞き入れてくれたらしい。
「本人たっての希望で、被害者たちに謝罪と盗品の返却を行う準備を進めている。彼の処罰はおいおい決定することになるが……事件はこれにて解決と言えるだろう」
 ゼノン卿はそう告げると、血液配給事業を始めとする政策の見直しについても、既に動き始めているところなのだと補足する。
 トウリは静かに首を垂れ、顔を上げて言った。
「……俺をこの場に呼んだ理由は、そのことを伝えるためだけでしょうか?」
 ゼノン卿が静かに笑みを浮かべたそのとき、クロエに案内されて、二人の男が階段を上がってきた。
 二人の男は、魔女が纏うそれのように全身を覆う白いローブを脱ぎ去ると、スーツ姿を披露する。
「――ブランシェル家のコーネリウス、並びに弟エミリオ。お招きにあずかり参上した」
 コーネリウスが胸に手を当てて片足を引き、ゼノン卿に向かって上半身を傾けた。エミリオがそれに続いて辞儀をする。
 やがてエミリオが顔を上げたそのとき、目が合ったのは、必然だった。トウリの視線は、彼に釘付けだったのだから……。
「トーリッ……!」
 この胸に飛び込んできたエミリオを、トウリは両腕で受け止めた。少しだけ痩せたように感じられるその体を力強く抱き締め、甘い香りを吸い込む。
「エミリ……、……」
 本当は、ゼノン卿から用件を聞いたら、トウリはその足でブランシェルの邸宅に向かおうと思っていた。なのに、こうして会えるなんて……。
 ゼノン卿が咳払いをしたので、二人は慌てて抱擁を終えた。それでも、お互いに視線を逸らせずにいると、ゼノン卿は可笑しそうに溜め息を付いて言った。
「コーネリウスにエミリオ。ようこそおいでくださった」
 コーネリウスがゼノン卿に向かって再び首を垂れるとともに、杖の先が床を叩く音が静かに響く。
「此度は、ゼノン卿の管轄する事件に私の不出来な弟が首を突っ込んだせいで、迷惑を掛けたようだ」
 ゼノン卿は首を横に振った。
「いいや。ここにいるトウリと、貴殿のご令弟――エミリオの働きにより、事件は解決に至る運びとなった」
 ゼノン卿に勧められて、全員で近くのソファに掛けた。
「トウリとエミリオに奔走してもらった事件を通じて、人間とヴァンパイアが共存するには、未だ数多くの課題があることが浮き彫りになった」
 クロエがコーネリウスとエミリオに飲み物を運んでくる。
 ゼノン卿はこの場にいる全員に向かって改めてグラスを掲げ、話を続けた。
「……執政官としての私が笑いものになっていることは、知っているであろう?」
 投げ掛けられた三人は、答えることを躊躇う。ゼノン卿が政治家になったのは、投資家としての知名度集めのためだと、人間もヴァンパイアも、みな口々に嘯いている。
 けれど、ゼノン卿は微動だにしない。その瞳は、まるで何かを射抜くかのように真っ直ぐだった。
「だが、私がこの席にいるのは、ただの飾りで終わるためではない。エクレシアが存続するべく、表向き掲げられた人間とヴァンパイアの共存政策を、単なる看板ではなく現実のものにし、両者の真の意味での共存を実現するためだ」
 ゼノン卿の言葉には、固く、重く、強い信念が宿っている。
「私がこのシルバーナイトガーデンの運営を始めたのも、この国で両者が共に生きる未来を願ってのことだ。しかし、今回の一件で、単に交流の場を提供するだけでは不十分だと痛感した。共存を実現するためには、両者の間で生じるあらゆる問題に積極的に働きかけていくことが不可欠であると、改めて感じている」
 トウリとエミリオ、そしてコーネリウスの三人は、静かに注意深く、ゼノン卿の言葉に耳を傾ける。
「そこで私は、人間とヴァンパイア間におけるトラブルの解決に特化した組織を結成することに決めた」
 ゼノン卿は静かに笑みを浮かべると、トウリとエミリオの顔を見て言った。コーネリウスは、表情一つ変えずにシャンパンを飲んでいる。
「トウリ、そしてエミリオ。エクレシアを人間とヴァンパイアが真の意味で共存する国にするため、引き続き私に力を貸してはくれないか」
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