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scp-173と男
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目を閉じたら死ぬ。瞬き程度であろうと。
そう男は伝えられた。Dクラス職員―言うなれば財団の中で最底辺に位置する男はその仕事に付かされた。
Dクラス職員のほとんどは自殺志願者や死刑囚、とどれも死んでも構わない使い捨ての連中ばかりだ。男も同じく、死刑囚であった。
男は変わった性癖を持っていた。「吸血」である。子供の頃、物心付き始めた位の年のある日、紙で切った指から出た血を舐めた事があった。それを機に切っては舐め、切っては舐め…を繰り返していた。
ふと、思ったのである。他人の血の味はどうなのか、と。青年期の男は、友人が拭いた鼻血付きのティッシュを目の前にして、欲求に動かされた。
一口、舐めると自分では得られない味が全身を駆け巡った。
それから、男はその味を何度も体験する為、何人もの人を山に連れ込み、殺した。最初は多少の罪悪感はあったものの、次第に慣れていった。
財団の施設に連れてこられた時は、「刑務所のクサい部屋よりはマシさ」と喜んだ。ここでは、最低限とは言えそれなりに整った設備がある。
「目を閉じなければいいんだろ?なら簡単さ」
恐怖というのは一種の防衛本能である。舐めてかかったらいずれ痛い目に合う事を、本能が教えてくれているサインである。
「今日はお前とか」
自分をベテランと称した中年が言った。俺はここに来て20回もやった、俺と組めるとは運がいいな、と話す。
「お前は俺らみたいな死刑囚か?それとも命知らずの自殺志願者か?」
「死刑囚です。殺人をしたので」
「お前みたいな奴に人殺しができるのか?このモヤシが」
男はこの中年の顔を見て、不味そうだ、と思う。
「どうせすぐ入れ替えになるから、どうでもいいだろ」
傍にいた痩せた男が言う。頬はこけ、無精髭が目立つ。男を自分の下だと云うような目で眺める姿は、鼠のようである。
男達は会議室に移動し、財団職員による講習を受けていた。道中、中年の男が またか と愚痴を吐いていた。
「起きてなくて、いいんですか」
「あ?あー…どうせ何も言われねぇよ。毎回の事だからな」
男は寝ていた中年の体を揺するが、返ってきた言葉に起きる意思は無かった。それが暗黙の了解なのか、職員も何も言わない。ただ淡々と、先日の新聞を読むかのように、読み上げていた。
「最後にもう一度言うが、お互い注意しあって、常に対象を見続けろ。瞬き程度でさえ、誰もが視線を合わせなかったら、全滅だと思え」
瞬きのタイミングなんてそうそう合うことは無い、そう男は高を括る。工場のバイトをしていた男にとって、掃除をしている間目線を合わせ続けるのは楽に思えた。
《SCP-173》
そう書かれた看板が立つ部屋の前に連れられた。中年は欠伸をし、痩せ身の男は猫背で前を見続けている。
『部屋に入れ』
ウィィン…と機械音を立てて開くドアの先には、顔だけを男達の方に向けて立つ彫刻のようなモノがいた。それの下には赤褐色の何かが散乱している。男は少し吐き気を催した。
『ドアを閉じろ』
ガシャン、と音を立ててドアは閉じた。真っ白で無機物な部屋の中、中年が掃除をし、男と痩せ身の男が彫刻のようなモノを凝視する。
少しして男は思った。
「本当に動くのか?」
そう呟いた。試しに2秒目を瞑ってみる。それはまだその場にいた。3秒目を瞑ってみる。やはり動くことはなかった。
「おい、目を勝手に閉じたりしてないよな?」
男はええ、してませんよ、と返した。忠告に近い言葉を受け取ったが、何も感じてはなかった。今度は10秒閉じる事にした。
3、4、5…と脳内で数えている途中で何かをへし折る音が聞こえ、慌てて目を開ける。
「なんてこった…」
男の目の前には、崩れ落ちる中年の姿と、その後ろで立つモノの姿があった。
「クソが!だから毎回言えと言っただろ!!」
横でいきり立つ痩せ身の男。ここでアナウンスが入った。
『ハザードクラス4の収容プロトコルに従い、一定時間この空間を隔離する。Dクラス職員は時間が過ぎるまでその部屋に居るように』
男は恐る恐る聞く。
「あの…これは?」
「覚えてないのか!?俺らは後48時間こうしてなくちゃならないんだよ!」
言うなれば、死。それに男は気付いた。馬鹿みたいな事をした。過ぎた事を悔やむしか無かった。
「クソが!!テメエのせいで!!」
いきり立つ痩せ身の男が男に掴みかかる。目を離してはならない事を忘れ、衝動に任せる。辛うじて男はそのモノを見続ける。目の前で人が殺された。次は自分かという恐怖から、見続けた。
男、掴みかかった痩せ身の男、モノが不意に直線上に並んでしまう。
「しまった…!」
痩せ身の男の体でモノが隠れる。目を血走らせていた痩せ身の男は、先程の中年同様、崩れ落ちた。
「あ…あ……」
涙を流しながらモノを見続ける。
「なぁ……俺が何をしたんだよ…」
人を殺した人間の吐くセリフではなかった。当然の如く、モノは動かない。
「なぁ…許してくれよ…なぁ…なぁ…?」
動かない。足元には目から光が失せた痩せ身の男が転がっている。
「もう…限界だ…」
目を開き続ける限界に達した。男はそのモノに抱きついた。
「な…?許してくれよ……な…?」
男の意識は途切れた。
そう男は伝えられた。Dクラス職員―言うなれば財団の中で最底辺に位置する男はその仕事に付かされた。
Dクラス職員のほとんどは自殺志願者や死刑囚、とどれも死んでも構わない使い捨ての連中ばかりだ。男も同じく、死刑囚であった。
男は変わった性癖を持っていた。「吸血」である。子供の頃、物心付き始めた位の年のある日、紙で切った指から出た血を舐めた事があった。それを機に切っては舐め、切っては舐め…を繰り返していた。
ふと、思ったのである。他人の血の味はどうなのか、と。青年期の男は、友人が拭いた鼻血付きのティッシュを目の前にして、欲求に動かされた。
一口、舐めると自分では得られない味が全身を駆け巡った。
それから、男はその味を何度も体験する為、何人もの人を山に連れ込み、殺した。最初は多少の罪悪感はあったものの、次第に慣れていった。
財団の施設に連れてこられた時は、「刑務所のクサい部屋よりはマシさ」と喜んだ。ここでは、最低限とは言えそれなりに整った設備がある。
「目を閉じなければいいんだろ?なら簡単さ」
恐怖というのは一種の防衛本能である。舐めてかかったらいずれ痛い目に合う事を、本能が教えてくれているサインである。
「今日はお前とか」
自分をベテランと称した中年が言った。俺はここに来て20回もやった、俺と組めるとは運がいいな、と話す。
「お前は俺らみたいな死刑囚か?それとも命知らずの自殺志願者か?」
「死刑囚です。殺人をしたので」
「お前みたいな奴に人殺しができるのか?このモヤシが」
男はこの中年の顔を見て、不味そうだ、と思う。
「どうせすぐ入れ替えになるから、どうでもいいだろ」
傍にいた痩せた男が言う。頬はこけ、無精髭が目立つ。男を自分の下だと云うような目で眺める姿は、鼠のようである。
男達は会議室に移動し、財団職員による講習を受けていた。道中、中年の男が またか と愚痴を吐いていた。
「起きてなくて、いいんですか」
「あ?あー…どうせ何も言われねぇよ。毎回の事だからな」
男は寝ていた中年の体を揺するが、返ってきた言葉に起きる意思は無かった。それが暗黙の了解なのか、職員も何も言わない。ただ淡々と、先日の新聞を読むかのように、読み上げていた。
「最後にもう一度言うが、お互い注意しあって、常に対象を見続けろ。瞬き程度でさえ、誰もが視線を合わせなかったら、全滅だと思え」
瞬きのタイミングなんてそうそう合うことは無い、そう男は高を括る。工場のバイトをしていた男にとって、掃除をしている間目線を合わせ続けるのは楽に思えた。
《SCP-173》
そう書かれた看板が立つ部屋の前に連れられた。中年は欠伸をし、痩せ身の男は猫背で前を見続けている。
『部屋に入れ』
ウィィン…と機械音を立てて開くドアの先には、顔だけを男達の方に向けて立つ彫刻のようなモノがいた。それの下には赤褐色の何かが散乱している。男は少し吐き気を催した。
『ドアを閉じろ』
ガシャン、と音を立ててドアは閉じた。真っ白で無機物な部屋の中、中年が掃除をし、男と痩せ身の男が彫刻のようなモノを凝視する。
少しして男は思った。
「本当に動くのか?」
そう呟いた。試しに2秒目を瞑ってみる。それはまだその場にいた。3秒目を瞑ってみる。やはり動くことはなかった。
「おい、目を勝手に閉じたりしてないよな?」
男はええ、してませんよ、と返した。忠告に近い言葉を受け取ったが、何も感じてはなかった。今度は10秒閉じる事にした。
3、4、5…と脳内で数えている途中で何かをへし折る音が聞こえ、慌てて目を開ける。
「なんてこった…」
男の目の前には、崩れ落ちる中年の姿と、その後ろで立つモノの姿があった。
「クソが!だから毎回言えと言っただろ!!」
横でいきり立つ痩せ身の男。ここでアナウンスが入った。
『ハザードクラス4の収容プロトコルに従い、一定時間この空間を隔離する。Dクラス職員は時間が過ぎるまでその部屋に居るように』
男は恐る恐る聞く。
「あの…これは?」
「覚えてないのか!?俺らは後48時間こうしてなくちゃならないんだよ!」
言うなれば、死。それに男は気付いた。馬鹿みたいな事をした。過ぎた事を悔やむしか無かった。
「クソが!!テメエのせいで!!」
いきり立つ痩せ身の男が男に掴みかかる。目を離してはならない事を忘れ、衝動に任せる。辛うじて男はそのモノを見続ける。目の前で人が殺された。次は自分かという恐怖から、見続けた。
男、掴みかかった痩せ身の男、モノが不意に直線上に並んでしまう。
「しまった…!」
痩せ身の男の体でモノが隠れる。目を血走らせていた痩せ身の男は、先程の中年同様、崩れ落ちた。
「あ…あ……」
涙を流しながらモノを見続ける。
「なぁ……俺が何をしたんだよ…」
人を殺した人間の吐くセリフではなかった。当然の如く、モノは動かない。
「なぁ…許してくれよ…なぁ…なぁ…?」
動かない。足元には目から光が失せた痩せ身の男が転がっている。
「もう…限界だ…」
目を開き続ける限界に達した。男はそのモノに抱きついた。
「な…?許してくれよ……な…?」
男の意識は途切れた。
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