鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜

八ケ代大輔

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第七章「姉川の戦い」

第二十九話「内藤四郎左」

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「父を殺した情けでござるか?」
金ヶ崎の山中、拙者は隣で馬を駆る四郎左殿に問いかける。
「・・・何の事だ?」
四郎左殿は、前を向いたままぶっきら棒に答える。
「何って、殿軍を買って出たことでござるよ」
「・・・」
四郎左殿は何も答えない。
「一向一揆の折、止むを得ず敵となった我が父・源五左衛門を射殺した。その罪の意識か、儂を死なせまいと同情して今回の殿軍を買って出た・・・」
拙者の言葉に四郎左殿は鼻で笑う。
拙者は、軽くあしらわれたようで不快な気分になる。父の件もあるのでございまするが、拙者はどうも昔からこの方が苦手でございました。寡黙な方で、普段何を考えておるのか拙者には皆目見当がつきませなんだ。
ぎくしゃくした空気が両者の間を流れる中、突然拙者たちの背後から声が聞こえてくる。
「いたぞ!あそこじゃ!」
拙者が後方を見やると、そこには数名の騎馬武者の姿がありもうした。
「もう追っ手が来おったか。早いの~」
そして、拙者は前方を見る。騎馬武者たちを撒(ま)こうにも、まだ前には足軽たちがおるため先に進む事もできない。
・・・ここで食い止めるしかないか。
拙者は意を決して振り返ると、騎馬武者の一人がまっすぐこちらに向かって迫って来る。拙者は、その場を動かず騎馬武者をじっと見据える。
相手の槍がどこを狙うかはわかっている・・・拙者の胴。
揺れる馬上からでは、よほどの腕がない限り急所を狙う事は難しい。
徐々に両者の間隔が狭まり、騎馬武者が槍を構える。
狙いは・・・予想通り。騎馬武者の槍が拙者の胸元目掛け突き出された。
拙者は、敵の槍を籠手(こて)で捌くと自分の槍を相手の腰元に突き刺す。
「うぐぅ!」
勢い良く馬から落ちる武者。
正直なところ、拙者は通常の戦よりも殿軍の方が得意でございまする。
なぜならば・・・相手は必ず向かって来るとわかっておるから。向かって来ることがわかっておれば対処は容易。
拙者が先頭の騎馬武者を倒したのも束の間、二人目の騎馬武者が続いて向かって来る。拙者は抜刀し、先ほど同様、騎馬武者がやって来るのをじっと待つ。
そして、先と同じく拙者の胸元目掛け槍を突き出す騎馬武者に、拙者は槍でその攻撃を受けると同時に刀で馬を斬りつける。
武者を乗せたまま、悲鳴を上げて馬が倒れる。
拙者は、すぐさま倒れた武者のところに向かい止めを刺す。
しかし、その直後・・・。
「くっ!」
拙者は背中に激痛を感じる。
振り返ると、数間先に弓を持った騎馬武者の姿がありもうした。
背中に矢を射られたか・・・。
背中を確認したわけではないが、おそらくそうであろう。
拙者は直ぐ様、その騎馬武者に向かい足を踏み出そうとした瞬間・・・。
「うぐっ!」
騎馬武者の体に数本の矢が突き刺さる。
誰の仕業かは、すぐに見当がつきもうした。
「・・・かたじけない」
拙者が独り言のように呟くと、背後から四郎左殿の声が聞こえてくる。
「さすがは『槍の半蔵』といったところだが・・・ちと爪が甘いな」
拙者は一瞬むっとするが、そこはぐっと堪える。
四郎左殿は拙者を追い越して馬を止めると、振り返ってこちらを見る。
「・・・そうだ半蔵、先ほどの話じゃが」
先ほどの話?
拙者は何の事かと思い首を傾げるが、四郎左殿はそんなことを気にも留めず淡々とした口調で言葉を繋げる。
「儂は家康公に歯向かう者には容赦はしない・・・しかし、逆に家康公と志を同じくする者は、儂は命を賭けてその者を守る」
そして、四郎左殿は拙者をじっと見据える。
「ただそれだけの事じゃ」
拙者は四郎左殿を見返した後、にやりと笑う。
その直後、前方から荒々しい声が聞こえてくる。
「見つけた!こっちじゃ!」
声のする方には、新たな追っ手の姿がありもうした。
拙者は、四郎左殿から視線をそちらに移し槍を構える。
「ほだら、十二分に守ってもらいましょうかの~!」
拙者が四郎左殿を追い越し、大声を上げながら追っ手に向かって駆け出すと、その横を数本の矢が敵に向かって飛んで行く。
拙者は、ふと家康公の言葉を思い出す。
『槍の名手に加え、弓の名手もつかば百人力じゃな』

その後、拙者と四郎左殿は見事に殿軍(しんがり)を勤め上げ、徳川軍を無事に京の都まで帰還させました。

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