鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜

八ケ代大輔

文字の大きさ
45 / 90
第十章「長篠の戦い」

第四十四話「鳶之巣山」

しおりを挟む

天正三年五月二十一日 寅の刻

「撃てぇー!」
明け方の薄明かりの中、左衛門殿のかけ声と共に銃声が山間に鳴り響く。
長篠城を包囲する武田の砦は全部で五つ。その中で中核をなしていたのが、長篠城の南東に築かれた鳶之巣山(とびのすやま)砦でございました。我ら奇襲部隊は織田本陣を後にすると、設楽原(したらがはら)の南にある大野川を渡り船着山を迂回し、鳶之巣山(とびのすやま)砦を南側から攻撃致しました。
「進め、進め。敵は油断しておる。今が好機ぞ!」
馬上の左衛門殿が味方を叱咤し采配を振る中、拙者も他の兵たちと共に砦の中へと入って行く。
「何で儂がこっちなんかの~」
拙者は一人愚痴をこぼす。
拙者としては、設楽原の本戦に参加したかったのでございますが、殿の命により仕方なく鳶之巣山(とびのすやま)への奇襲部隊に加わった次第でございまする。
砦の中では、すでに両軍が入り乱れて戦おうておりました。戦況は、こちらが優勢。奇襲を受けた武田の兵たちは統率を欠き、砦の中を右往左往しておりました。しかし、そんな中で一人の武田軍の武者が大声を上げる。
「さあさあ、我こそはと思う者は、この俺様と勝負致せ!」
縄で作られた陣羽織を纏(まと)い、片鎌槍を手に持った体格のいい髭面の武者。
その武者が槍を大きく振るうと周囲の者たちは思わずたじろぐ。
「俺様は、どんな無理でも押し通す名和無理之助宗安だ。俺様に・・・」
次の瞬間、拙者の槍が突如無理之助を襲う。それを慌てて避ける無理之助。
「貴様!俺はまだ口上の途中・・・」
再度、拙者の槍が無理之助を襲う。
「話を聞けぇ!」
大声で叫びながら無理之助は拙者の槍を弾き返す。
「うるさいの~こっちは苛々しとるんじゃ。早うやらんか」
苛立つ拙者に対して、無理之助の方も怒り出す。
「貴様、侍の口上は源平の時代から続く伝統ある崇高な・・・」
拙者は再々度、無理之助に攻撃を仕掛ける。
「だから、人の話を聞けぇ~い!」
拙者の攻撃を片鎌槍で受け止める無理之助。
両者の槍が交錯する中、拙者は無理之助を見据える。
「・・・伝統の為に命を落とすのか?」
拙者の問いに、にやりと笑う無理之助。
「それが侍というものだ」
その答えに拙者は鼻で笑う。
「そんな御託は、天下泰平の世になってから言うんじゃな」
両者は槍を振りほどき間合いを取る。
「儂は綺麗事は好かん。どんな伝統だろうと死んでしまえばそれで途絶える」
拙者の意見に対して無理之助は堂々とした態度で答える。
「たとえ途絶えようとも、その名は後世必ず残るであろう」
拙者は、それを聞くと笑みを浮かべる。
「ほだら残してやるわ。お主の名前だけをな」
そう言って拙者が槍を構えると、無理之助もそれに応える。
「上等!」
無理之助は掛け声を上げると、こちらに向かって連続して突きを繰り出す。
片鎌槍の片刃が危うく拙者の頬をかすめる。
口先だけの事はあるな・・・しかし。
「ふははは、どうだ俺様の片鎌槍は!食ろうてみたら尚・・・」
次の瞬間、拙者は太刀に手をかけるや無理之助の胴に抜き打ちを放つ。
「なっ!」
深くは入らなかったが、無理之助の草摺(くさずり)が地面に落ちる。
「き、貴様!」
むきになる無理之助の攻撃を拙者は右手の太刀で抑え、さらには太刀を返し逆袈裟で斬りつける。
無理之助は上体を反らし避けるが拙者の左手に持った槍が無理之助の喉を貫く。
決着は意外なほどあっさりと決まりました。
拙者が槍を引き抜くと、口から血を噴き出し前のめりに倒れ込む無理之助。
「ぐっ、見事・・・」
「名和無理之助。その名は残してやるわ、儂の記憶の中にな」
拙者はそう言うと太刀を納め、無理之助から視線を外し周囲を見渡す。
周囲では至る所から火の手が上がり、武田軍の兵たちが慌てふためき砦の外へと逃げ出しておりました。
・・・あっさり落ちたな。
拙者が鳶之巣山(とびのすやま)砦の陥落を確信すると同時に、背後から左衛門殿の声が聞こえてくる。
「皆の衆!砦から退却した武田軍を追撃すると共に、この調子で他の砦も落とすのだ!」
左衛門殿の檄に味方の兵たちが勢いづく。
「おう!」
そして、左衛門殿は馬を進め拙者の方に近づき声をかける。
「半蔵。お主は鳶之巣山(とびのすやま)攻略の報を、急ぎ設楽原の本陣へと伝えよ」
拙者は眉をひそめ左衛門殿に聞き返す。
「拙者がでござるか?」
「うむ、お主に言うておる」
馬上からそう指図する左衛門殿に拙者は一瞬むっとするが、そこでふと考える。
設楽原・・・うまく行けば本戦に加われるかもしれんな。
拙者は堪らず笑みがこぼれる。
「了解仕った」
拙者は、左衛門殿にそう答えると近くおった馬に飛び乗る。
馬場に山県、三方ヶ原での借りを返してくれるわ!
拙者は急ぎ設楽原へと向かい馬を駆ける。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...