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終章
最終話「鬼」
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慶長十八年 駿河国 駿府城
徳川家康公が江戸に幕府を開き十年、将軍職を辞し駿府にて大御所として政務を執り行っていた家康公に呼ばれ渡辺半蔵守綱は駿府城へと赴いた。
「今日は拙者に何用ですかな?」
半蔵の問いに家康公は答える。
「お主に義直の家老を頼もうと思ってな」
「拙者に?」
「昨年、義直の守役であった主計頭(かずえのかみ)が亡くなったのは知っておろう」
「もちろん。拙者の義理の兄でありますからな」
「義直には成瀬隼人や竹腰山城がついておるが、主計頭ほどの戦の経験はない。万が一、大坂の豊臣と戦があった場合、名古屋城は防衛の要。そこでじゃ・・・」
「拙者に白羽の矢が?」
「左様」
半蔵は家康公の話を静かに聞き入る。
「お主は長年、儂によう仕えてくれた。そんなお主の石高が一万石にも満たないというのも酷であろう」
「領地が多ければ良いというものでもありますまい」
半蔵の意見に家康公は笑い出す。
「はっはっはっは。皆、お主のような考えならばありがたいのじゃがな」
「でしょうな」
「しかし、義直の家老になるとなれば、それなりの石高をやらねば周りの者たちも言う事を聞くまい」
「武功ではなく、石高で人を判断する・・・近頃の者たちは」
「まったくじゃ」
そこで家康公は咳払いをすると話を元に戻す。
「で、お主の加増地じゃが・・・」
「どちらでも構いませぬ」
「尾張の寺部の地を授けようと思う」
首を傾げる半蔵。
「寺部?」
「そうじゃ。寺部じゃ」
「あの寺部でござるか?」
「あの寺部じゃ」
にやりと笑う家康公。
「儂の初陣の地であり、儂とお主が初めて会った場所じゃ」
半蔵も口元に笑みを浮かべる。
「よう覚えておりますな」
「忘れる訳がなかろう。初めて会うた儂に、お主は鬼と言うたのじゃ」
「若気の至りというやつですな」
苦笑いを浮かべる半蔵に、家康公は問う。
「どうじゃ半蔵よ、儂は鬼になったか?」
「拙者が退治していないのであらば、鬼ではないのでしょう」
「・・・そうか」
家康公は一息つくと言葉を繋げる。
「半蔵よ。このまま泰平の世が続くと思うか?」
家康公の問いに半蔵は答える。
「時代が・・・」
「?」
「時代が、泰平の世を求めておるように思えます」
「時代、が?」
「長く続いた戦乱の世。多くの血を吸った土地が、そして、この世に生きる者たち、また死んでいった者たちもが泰平の世を望んでおるように思えます」
「実に感傷的じゃな」
「いい歳ですからな」
そこで、お互い微笑を浮かべる。
「半蔵よ、浄土の世は近いぞ」
「『厭離穢土、欣求浄土』でござるか」
「左様。儂の若い頃からの悲願がようやく実を結ぶ」
「長い月日でございましたな」
「ああ、かれこれ五十年か。ここに来るまでに多くの者を失った」
「ええ」
「そやつらの為にも、儂の生きている間に何としても天下を落ち着かせねばならぬ」
「…大坂の豊臣ですか」
「左様」
「今のところ、大坂に不穏な様子はありませぬが?」
「今のところはな」
「是が非でも豊臣を滅ぼすおつもりで?」
家康公は半蔵に目を向ける。
「どう思う?」
「後世、殿は『鬼』と呼ばれるでしょうな」
半蔵の言葉に家康公は笑いながら答える。
「退治するか?」
「いえ、拙者が退治するのは世を乱す鬼でござる」
「儂は違うのか?」
「平和な世をつくろうとする鬼を、どうして退治する事ができましょうか」
「平和な世をつくろうとする鬼か…おもしろい」
家康公は、不敵な笑みを浮かべながら言葉をつなげる。
「天下泰平は目前じゃ。儂は鬼となり、戦国の世を終わらせてみせようぞ」
「殿」
「半蔵、最期までついて参れ」
「ははっ」
終
徳川家康公が江戸に幕府を開き十年、将軍職を辞し駿府にて大御所として政務を執り行っていた家康公に呼ばれ渡辺半蔵守綱は駿府城へと赴いた。
「今日は拙者に何用ですかな?」
半蔵の問いに家康公は答える。
「お主に義直の家老を頼もうと思ってな」
「拙者に?」
「昨年、義直の守役であった主計頭(かずえのかみ)が亡くなったのは知っておろう」
「もちろん。拙者の義理の兄でありますからな」
「義直には成瀬隼人や竹腰山城がついておるが、主計頭ほどの戦の経験はない。万が一、大坂の豊臣と戦があった場合、名古屋城は防衛の要。そこでじゃ・・・」
「拙者に白羽の矢が?」
「左様」
半蔵は家康公の話を静かに聞き入る。
「お主は長年、儂によう仕えてくれた。そんなお主の石高が一万石にも満たないというのも酷であろう」
「領地が多ければ良いというものでもありますまい」
半蔵の意見に家康公は笑い出す。
「はっはっはっは。皆、お主のような考えならばありがたいのじゃがな」
「でしょうな」
「しかし、義直の家老になるとなれば、それなりの石高をやらねば周りの者たちも言う事を聞くまい」
「武功ではなく、石高で人を判断する・・・近頃の者たちは」
「まったくじゃ」
そこで家康公は咳払いをすると話を元に戻す。
「で、お主の加増地じゃが・・・」
「どちらでも構いませぬ」
「尾張の寺部の地を授けようと思う」
首を傾げる半蔵。
「寺部?」
「そうじゃ。寺部じゃ」
「あの寺部でござるか?」
「あの寺部じゃ」
にやりと笑う家康公。
「儂の初陣の地であり、儂とお主が初めて会った場所じゃ」
半蔵も口元に笑みを浮かべる。
「よう覚えておりますな」
「忘れる訳がなかろう。初めて会うた儂に、お主は鬼と言うたのじゃ」
「若気の至りというやつですな」
苦笑いを浮かべる半蔵に、家康公は問う。
「どうじゃ半蔵よ、儂は鬼になったか?」
「拙者が退治していないのであらば、鬼ではないのでしょう」
「・・・そうか」
家康公は一息つくと言葉を繋げる。
「半蔵よ。このまま泰平の世が続くと思うか?」
家康公の問いに半蔵は答える。
「時代が・・・」
「?」
「時代が、泰平の世を求めておるように思えます」
「時代、が?」
「長く続いた戦乱の世。多くの血を吸った土地が、そして、この世に生きる者たち、また死んでいった者たちもが泰平の世を望んでおるように思えます」
「実に感傷的じゃな」
「いい歳ですからな」
そこで、お互い微笑を浮かべる。
「半蔵よ、浄土の世は近いぞ」
「『厭離穢土、欣求浄土』でござるか」
「左様。儂の若い頃からの悲願がようやく実を結ぶ」
「長い月日でございましたな」
「ああ、かれこれ五十年か。ここに来るまでに多くの者を失った」
「ええ」
「そやつらの為にも、儂の生きている間に何としても天下を落ち着かせねばならぬ」
「…大坂の豊臣ですか」
「左様」
「今のところ、大坂に不穏な様子はありませぬが?」
「今のところはな」
「是が非でも豊臣を滅ぼすおつもりで?」
家康公は半蔵に目を向ける。
「どう思う?」
「後世、殿は『鬼』と呼ばれるでしょうな」
半蔵の言葉に家康公は笑いながら答える。
「退治するか?」
「いえ、拙者が退治するのは世を乱す鬼でござる」
「儂は違うのか?」
「平和な世をつくろうとする鬼を、どうして退治する事ができましょうか」
「平和な世をつくろうとする鬼か…おもしろい」
家康公は、不敵な笑みを浮かべながら言葉をつなげる。
「天下泰平は目前じゃ。儂は鬼となり、戦国の世を終わらせてみせようぞ」
「殿」
「半蔵、最期までついて参れ」
「ははっ」
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