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第九話

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「俺たちを指名してのクエストだって?」
 ギルドを訪れた俺は、受付係の説明に首をかしげた。

 ルインが抜けてからも、俺たちは都に拠点を移して精力的に活動していた。都でのクエストは難度が高く、Aランクとはいえルインを欠いた俺たちには荷が重かった。
 それでも、俺たちは耐え抜いていた。ルインがいなくちゃなにも出来ないんじゃ、あいつも安心して魔王を倒していられない。ルインなしでも一流の冒険者として立派にやっていけるってことを証明しないといけなかった。

 で、俺もレドもクルツも、死線をくぐり、修羅場を抜けて、都でも一目置かれるパーティとなっていたのだが……

「初めてじゃないか? 指名のクエストなんて」
 レドが言った。

「前の町にいた頃の方が僕たちは有名でしたが、そのときですらこんなことはありませんでしたね……」
 クルツは考え込むようにしてつぶやいた。

 たしかに妙なところはあった。だが、俺たち名前が売れてもいる。指名のクエストなどあり得ない、とは言い切れなかった。

「依頼人は誰なんだ?」

「申し訳ありません。それは現地で直接明かすということでして……」

 俺の質問に受付係はすまなそうな顔をした。依頼人が身元を伏せることはそう珍しくもない。俺たちもAランクに上がってからそういうクエストを受けたことは何度かあった。
 少し悩んだ。なんとなく、これはいままでのクエストとは違っているような気がした。だが、どこがどう違うのかは自分でも説明出来なかった。

 まあ、この仕事に危険はつきものか。
 俺は腹を決めて、クエストを引き受けることにした。多少の危険くらい、俺たちなら乗り越えられる。そう思っていた。

 しかし、俺たちを待ち受けていたのは、危険ではなくどす黒い悪意だった。



 クエストの内容は霊薬の原料となる希少な薬草の採取だった。それは都から西に行ったところにある、大森林の最奥部に生えているとのことだった。
 俺たちは森を進んでいった。そしてその奥まで来たところで、勇者ミルドレッドに襲われた。

「レド、クルツ、大丈夫か……」
 俺はよろめきながら言った。

「なんとかな……」

「僕もですよ……」

 二人とも返事をしてくれた。だが、俺も含めて無事とはいかなかった。

「ハッ、思ったよりもやるじゃないか。雑魚冒険者パーティにしては上出来だ」
 ミルドレッドは長く伸びた黒い髪を左手で払いながら言った。右手には青い光を帯びた細い剣を持っている。

 森の奥で俺たちを待っていたこの男は、戸惑う俺たちに向かって一方的に自己紹介すると、いきなり剣から光波を飛ばして攻撃してきたのだった。
 俺たちはなんとか反応出来たものの、勇者の剣の威力は凄まじく、地面は光波によって大きくえぐれ、太い木々が何本もなぎ倒されていた。

「一体何の冗談なんだ、これは……」
 俺は勇者をにらみつけて言った。

「冗談などではないさ。これは、刑罰なんだよ、ジャック」
 にいっと笑ってミルドレッドが言う。

「お前のことはよーく知っているよ、ジャック。あのムカつく新入りのルインが、何度も何度も何度も何度も、バカみたいにお前の話をしてくれたからなあ! あの新入りのせいで俺は多大な迷惑と精神的苦痛を被ったんだ……だから、俺は罰を下す。お前たちがボロボロになってくたばっているのを見たら、あの新入りも自分がいかに罪深い行いをしたのかわかるだろうよ」

 ミルドレッドは異様な喜びに満ちたギラギラした目で俺を見ていた。

「なるほど、そういうことか。ルインが入ってから勇者パーティはずいぶん調子がいいって聞いて、俺も喜んでいたんだが、まさかこんなクズに逆恨みされてたとは……ルインのやつも大変だな」
 勇者の攻撃のせいで体中が痛むが、俺は笑って言ってやった。

「……誰が、クズだって……?」
 楽しそうだったミルドレッドの様子が変わった。

「お前に決まってるだろ? この調子だとルインだけじゃなくてリルムやほかの仲間のことも逆恨みしてそうだな。困ったもんだ」
 大げさにかぶりを振ってやると、ミルドレッドはわなわなと震えだした。

「ジャック……生まれてきたことを、後悔させてやるよ……」

「お前、勇者なんてやってるくせにそんな安っぽいセリフしか言えないのか」
 真顔で言ってやるとミルドレッドはとうとうキレた。メチャクチャに剣を振り回し、青い光波を次から次へと撃ってくる。

 クズを言い負かしてやるのは気分がいい。
 問題は、このクズの方が俺たちよりも強いってことだ。
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