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第一話

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 これはもう追放宣言だろう。

 所属している冒険者パーティ、「白銀の鷹」の拠点であるレストハウスに戻った俺は、目の前の光景に膝からくずおれた。

 俺たち「白銀の鷹」は、Aランクパーティの中でも一際バランスがいいことで知られている。ダンジョン探索だけでなく、人探しに護衛、未踏地区の調査まで幅広くこなし、その全てにおいて高い評価を受けている珍しいパーティだ。

 メンバーは五人。リーダーを務める歴戦の戦士エクレール、常にローブのフードを目深に被っているのが特徴の魔女、シュトーレン。鉄壁の防御を誇る重装女騎士、ガレット。そして陽気な弓使いのマカロン。

 そこに斥候兼ポーター役のこの俺、シュガーを加えたのが、冒険者パーティ、白銀の鷹だ。
 この日、俺たちはダンジョンの探索を終えて、拠点のレストハウスに引き揚げていた。

 出発の前に、俺はレストハウスの冷蔵保管庫にあるものを入れておいた。甘く、なめらかで、美しいもの。俺の大好物。そう、プリンだ。

 それもそんじょそこらのプリンじゃない。この街の超人気店の限定プリンなのだ。
 俺は日の出前から起き出して並び、特大限定プリンを手にすることができたのだ。あの店の限定プリンはいつでも手に入るものじゃない。
 その日の仕入れによって、作れたり作れなかったりするので、予約はできず、早い者勝ちだ。

 だが、今日は幸運に恵まれた。あのずっしりと重い紙袋の感触は今もこの手に残っている。
 期待に胸を躍らせ、今日の探索が終わったら食べようと思って、あの至宝を冷蔵庫に入れておいたのだ。

 探索はいつものように順調に進んだ。そして、ダンジョンの一番奥、主の部屋の前まで辿り着いた俺たちは、一旦引き揚げて準備を整え、後日主に挑むことにしたのだった。

 戦利品の選別、売却等は俺の仕事なので、レストハウスに戻るみんなとは一旦別れて冒険者ギルドやその他商人のところを周り、不要な戦利品を売却してきた。

 限定プリンが待っているとなれば気合も入る。いつもよりうまく交渉して、ダンジョンで得たアイテムをいい値段で売り捌くことができた。

 みんなも喜んでくれるに違いない。重くなった皮袋を肩から下げて、プリンとみんなが待つレストハウスに上機嫌で戻った。
 意気揚々と扉を開けた俺を待っていたのは惨劇だった。

 床に転がった見覚えのある紙袋。テーブルに置かれた、容器の大きなフタ。そして、みんなが手にしたスプーン。それには、限定プリンのかけらがついていた。
 白銀の鷹が、俺のプリンを、貪っていた。

「おお、戻ったか」
 リーダーのエクレールがいった。

「うまいこと換金できたみたいね。ご苦労様」
 魔法使いのシュトーレンが言う。

「このプリンは実に美味いな」
 騎士のガレットがいった。

「ついつい平らげちまったよ」
 弓手のマカロンが笑った。

 ダンジョンの探索で疲れていたみんなは、夢中になってプリンを食べてしまったようだ。そりゃそうだろう。あれはとびきりの極上品なんだから、疲れた体にはたまらないに違いない。

 萎えそうになる足を無理やり前に出して、プリンの容器を覗き込んだ。そこにはもう、何も残ってはいなかった。俺には、それが世界そのものに空いた、一つの穴のように見えた。

 自分がキレたのを感じた。これはもう、俺に対する追放宣言だ。それもとびきり残酷で悪質な、最低最悪の追放宣言だ。
 持ってきた皮袋をエクレールに渡して、疲れたから休むとだけ言って、部屋にもどった。

 エクレールは何か食べた方がいいんじゃないかと言ったが、俺はそれには答えずに階段を登った。
 二階にある自分の部屋に入る。天井を見上げた。
 涙が、ほおを伝って床に落ちた。限定プリン、楽しみにしてたのに。何よりも、楽しみにしてたのに。それなのに。

 歯を噛み締めた。プリンを口にできなかったのが、悔しくてならなかった。悔しさはすぐに、怒りに変わった。
 いくらなんでも、いくらなんでもこの仕打ちはないだろう。これは俺に対する究極の侮辱であり、パーティからの追放宣言だ。

 いいさ。お前らが俺を追放するって言うのなら、俺はお前らにざまあしてやる。謝ってきたって、もう遅いと言ってやるからな!
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