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第二十八話 ドワーフ王国【前編】
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目覚めると見慣れない光景が目に飛び込んできた。すぐに、ここが自分の家でなかったことに気がつく。ベッドから立ち上がり部屋の扉を開くと、奥からリズが俺を出迎えてくれた。
「よく眠れたか?」
「朝まで起きなかったのは久しぶりだ」
「まあまあ、ぐっすり眠られて安心したよ。すぐにお昼の用意するから、待っといてくれ」
俺は朝を通り越し昼まで爆睡していたようだ。トイレにも行かずこれほど寝たのは久しぶりだ……。大蛇を狩りながら、ドワーフをソリで二日かけて、ここまで運んだ出来事が嘘のように感じられた。
テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいる。俺は少し背の低い椅子に座り、ドワーフの世界に来たことを少しだけ実感した。テーブルには俺しか座っていなかったので、ノエルはどこに行ったか尋ねると、もうすぐ仕事場から戻ってくると言われた。小さい身体のくせにタフな男だと感心して、森の中で彼がしていた事を思い出す。あいつは俺の後ろで座ったまま、ずっと歌しか歌っていなかったことに失笑した。
しばらくすると、真っ赤な顔になったノエルが、汗をかきながら昼食を食べに戻ってきた。
「ようやく起きてきたか」
「ああ、気持ちよく眠らせて貰った」
「色々話したいことはあるんじゃが先ずは乾杯だ」
そういって俺に黄色い液体をグラスに注いでくれた。一口飲んで俺は固まる。
な、なんて美味いビールだ! この世界に来てから初めて冷たいビールを口にした。ほろ苦い味が喉一杯に広がった。
「くうーっ……こんな美味いビールは久しぶりだ」
一気にそれを飲み干す。
「人間国にはビールが無いのか?」
「酒の種類は豊富にあるが、冷蔵施設が普及していない……」
「ふははは~そりゃあビールが不味いはずじゃ」
リズが料理を運びながら
「あんた、まだ仕事中なんだからほどほどにしときよ」
そういって彼女もビールを呷った。物語に出てくる酒好きのドワーフという夢が崩れなかった事が何故か可笑しかった。飯を食べながらしばらく談笑を続けた。ノエルが席を立ちテーブルに袋を置いた。
「皮の代金を受け取ってくれ」
「ありがたく頂くが、困らないのか?」
「安心しろ、半分は俺の稼ぎで引いてある」
ちゃっかりしていると思いつつ、素直に有り難いと袋を受け取る。俺は中身を確認したが、国で使っている通貨と違い少し戸惑った。
「この金額の基準がよく分からないから教えてくれ」
「そうだな……これだけあれば半年ぐらいなら宿屋で暮らせるぞ」
アバウトな表現だが、一泊三千円ぐらいだと想像できた。
「それと、昨日頼まれていた薬草を売ってきた」
テーブルに金貨三枚と銀貨数枚がテーブルに置かれた。
「早くて助かった」
そういって、俺は硬貨を袋にしまった。俺はしばらくの間この国に逗留することを決めた。
「武器を新調したいので良い店を知っているか?」
「とびきり良い店を紹介してやるぞ……後でこの友人を武器屋まで連れて行ってくれ」
洗い場から、分かりましたよという声が聞こえた。
* * *
道路の脇には街路樹が植えられており、白い町並がフランスを思い出させた。ドワーフにすれ違わなければ、異世界を感じないほど建物はしっかり造られている。数多くのドワーフがせかせかと行き交う姿は、姿は違えど日本のサラリーマンに映った。
リズの案内で訪れたその店は、大理石で出来た建物で老舗を感じさせる門構えをしていた。入り口には鎧姿のオブジェがハルバードを持って立っている。オブジェの大きさがドワーフサイズなので妙に可愛い。一人なら決して入れないだろうなと足を止めて眺めていると、彼女に早く入るように急かされてしまう。
「いらっしゃいませ」
そういってスーツのようなしっかりと着飾った店員が俺たちを出迎えた。異世界の武器屋は偏屈なオヤジが挨拶もせず、入った客を値踏みする。そんな先入観を見事に吹き飛ばしてくれた。店員はリズの顔を見て恭しく頭を下げた。
店内の壁には様々な武器が掛けられており、宝石でちりばめられた武具はガラスケースに入れられて飾っていた。ショーケースの中には大小様々な短剣が綺麗に並べられており、あたかも高級時計店で買い物をしている気分に浸る。
「主人に頼まれて、今日はこの方の買い物についてきたの」
先ほどとは全く違う上品な物言いに、彼女の地位の高さが窺い知れた。
「これと同じような刀を扱ってはいるか?」
右手に持った薙刀を手渡した。
「ほほー、これは珍しい刀ですな、生憎当店では扱っておりません」
「これと同じような刀を、特注で造るとしたら幾らぐらい掛かるものだ?」
店の奥から職人らしきドワーフが表れた。薙刀を左右上下に振りながら、一人で頷いている。
「これぐらいなら簡単に作れそうじゃ」
俺は出来るだけ丈夫な柄と、今ついている刃より良い物が欲しいと希望を伝えた。特に刃より柄の方にお金を掛け、軽い薙刀にしたいことを話した。懐から稼いだお金の三分の二ほどの硬貨をテーブルに並べた。
「まあなんとかなるだろ……二週間ほど時間を見といてくれ」
簡単に引き受けて貰い少し拍子抜けしたが
「少し安すぎやしないか?」
「ノエルに借りている、賭の負け分を足せば十分じゃよ」
そういって豪快に笑った。持ってきた薙刀を預け、俺たちは店から出た。
「かなり助けて貰ったな」
頭を下げると
「主人を助けて貰ったお礼だと思っといて頂戴、それに私の懐が痛むことはないからね」
彼女は可愛い笑みを見せた。俺たちは店員に頭を下げられながら店を後にした。
「安い下着が売っている店に行きたいのだが」
「良いところを知ってるよ」
俺の手を取り小走りになる。ずいぶん昔――妹の娘に玩具屋に引っ張られたことを思い出した……。
道を幾筋が曲がり、お目当ての店に辿り着く。そこはさっきの店とは正反対で、商品が雑多に積んであり、いかにも安い店だという匂いがした。俺はそこに積んである服をつかんで驚いた。どれも肌触りが日本で着ていた服と遜色がない。彼女に値段を聞いてみると、安い下着なら金貨一枚で数十枚以上買えるらしい。この国の繊維産業は、機械による大量生産が行われているのを感じ取った。
「安いといってた割に、そんなに買わなかったじゃないか」
「あまりにも良い服ばかりだったので、無駄遣いは避けたい……この国の商品をすべて買い取るには、懐のお金では少々心許ないのでもう少し我慢するさ」
「ふふっ、堅実な御仁だこと――夫にも見習って欲しいわ」
「じゃあ家に帰るとするか」
「次は私の買い物に付き合ってくれるかね」
帰りの足で市場に寄ることになった。市場に並んだ品物は、タリアの町とあまり代わり映えしなかった。もちろん店の数は数倍以上の開きはあった。彼女は広い市場を要領よく回り、俺の抱える荷物は大きくなっていく。ある店で彼女がまた何か買おうと吟味していたとき、一つの品物に釘付けになった。
「アレはだんごではないか?」
店先で、串に刺さった小さく丸い団子が網の上で焼かれていた。焼けた味噌の匂いが鼻をくすぐる。
「あら、よく知ってるね。とっても美味しいけど、ついつい食べ過ぎるのがマイナスよ」
親父みたいに腹をさする彼女の姿を見て笑った
「じゃあ米はこの国で売っているんだな!」
俺は少し声を荒げて質問した。しかし、彼女の反応は小さく
「米とはなんだい?」
「だんごを作る前の穀物なんだが……」
「よく食べていたけど、これが穀物から出来ていたなんて知らなかったよ……」
俺は店の主人に米のことを聞いてみたところ、どうやらこの世界ではもち粉(上新粉)で売られていた。餅の元であるうるち米を扱っている店は、探せば一軒ぐらいはあるかもしれないと教えて貰う。俺は心の中で、この国に来たことをノエルに感謝した。
「なんだか嬉しそうだね」
「故郷の食べ物をみつけられたからな」
彼女が不思議そうな顔を俺に向けたので
「ずっと遠いところに住んでいて、もう帰ることは無いかもしれない」
彼女は俺の表情を読み取り
「今日は腕をふるってご馳走造るので楽しみにしといてくれ」
そんな彼女の気遣いが嬉しかった。ちなみに重たい荷物の半分は酒であった――。
「よく眠れたか?」
「朝まで起きなかったのは久しぶりだ」
「まあまあ、ぐっすり眠られて安心したよ。すぐにお昼の用意するから、待っといてくれ」
俺は朝を通り越し昼まで爆睡していたようだ。トイレにも行かずこれほど寝たのは久しぶりだ……。大蛇を狩りながら、ドワーフをソリで二日かけて、ここまで運んだ出来事が嘘のように感じられた。
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しばらくすると、真っ赤な顔になったノエルが、汗をかきながら昼食を食べに戻ってきた。
「ようやく起きてきたか」
「ああ、気持ちよく眠らせて貰った」
「色々話したいことはあるんじゃが先ずは乾杯だ」
そういって俺に黄色い液体をグラスに注いでくれた。一口飲んで俺は固まる。
な、なんて美味いビールだ! この世界に来てから初めて冷たいビールを口にした。ほろ苦い味が喉一杯に広がった。
「くうーっ……こんな美味いビールは久しぶりだ」
一気にそれを飲み干す。
「人間国にはビールが無いのか?」
「酒の種類は豊富にあるが、冷蔵施設が普及していない……」
「ふははは~そりゃあビールが不味いはずじゃ」
リズが料理を運びながら
「あんた、まだ仕事中なんだからほどほどにしときよ」
そういって彼女もビールを呷った。物語に出てくる酒好きのドワーフという夢が崩れなかった事が何故か可笑しかった。飯を食べながらしばらく談笑を続けた。ノエルが席を立ちテーブルに袋を置いた。
「皮の代金を受け取ってくれ」
「ありがたく頂くが、困らないのか?」
「安心しろ、半分は俺の稼ぎで引いてある」
ちゃっかりしていると思いつつ、素直に有り難いと袋を受け取る。俺は中身を確認したが、国で使っている通貨と違い少し戸惑った。
「この金額の基準がよく分からないから教えてくれ」
「そうだな……これだけあれば半年ぐらいなら宿屋で暮らせるぞ」
アバウトな表現だが、一泊三千円ぐらいだと想像できた。
「それと、昨日頼まれていた薬草を売ってきた」
テーブルに金貨三枚と銀貨数枚がテーブルに置かれた。
「早くて助かった」
そういって、俺は硬貨を袋にしまった。俺はしばらくの間この国に逗留することを決めた。
「武器を新調したいので良い店を知っているか?」
「とびきり良い店を紹介してやるぞ……後でこの友人を武器屋まで連れて行ってくれ」
洗い場から、分かりましたよという声が聞こえた。
* * *
道路の脇には街路樹が植えられており、白い町並がフランスを思い出させた。ドワーフにすれ違わなければ、異世界を感じないほど建物はしっかり造られている。数多くのドワーフがせかせかと行き交う姿は、姿は違えど日本のサラリーマンに映った。
リズの案内で訪れたその店は、大理石で出来た建物で老舗を感じさせる門構えをしていた。入り口には鎧姿のオブジェがハルバードを持って立っている。オブジェの大きさがドワーフサイズなので妙に可愛い。一人なら決して入れないだろうなと足を止めて眺めていると、彼女に早く入るように急かされてしまう。
「いらっしゃいませ」
そういってスーツのようなしっかりと着飾った店員が俺たちを出迎えた。異世界の武器屋は偏屈なオヤジが挨拶もせず、入った客を値踏みする。そんな先入観を見事に吹き飛ばしてくれた。店員はリズの顔を見て恭しく頭を下げた。
店内の壁には様々な武器が掛けられており、宝石でちりばめられた武具はガラスケースに入れられて飾っていた。ショーケースの中には大小様々な短剣が綺麗に並べられており、あたかも高級時計店で買い物をしている気分に浸る。
「主人に頼まれて、今日はこの方の買い物についてきたの」
先ほどとは全く違う上品な物言いに、彼女の地位の高さが窺い知れた。
「これと同じような刀を扱ってはいるか?」
右手に持った薙刀を手渡した。
「ほほー、これは珍しい刀ですな、生憎当店では扱っておりません」
「これと同じような刀を、特注で造るとしたら幾らぐらい掛かるものだ?」
店の奥から職人らしきドワーフが表れた。薙刀を左右上下に振りながら、一人で頷いている。
「これぐらいなら簡単に作れそうじゃ」
俺は出来るだけ丈夫な柄と、今ついている刃より良い物が欲しいと希望を伝えた。特に刃より柄の方にお金を掛け、軽い薙刀にしたいことを話した。懐から稼いだお金の三分の二ほどの硬貨をテーブルに並べた。
「まあなんとかなるだろ……二週間ほど時間を見といてくれ」
簡単に引き受けて貰い少し拍子抜けしたが
「少し安すぎやしないか?」
「ノエルに借りている、賭の負け分を足せば十分じゃよ」
そういって豪快に笑った。持ってきた薙刀を預け、俺たちは店から出た。
「かなり助けて貰ったな」
頭を下げると
「主人を助けて貰ったお礼だと思っといて頂戴、それに私の懐が痛むことはないからね」
彼女は可愛い笑みを見せた。俺たちは店員に頭を下げられながら店を後にした。
「安い下着が売っている店に行きたいのだが」
「良いところを知ってるよ」
俺の手を取り小走りになる。ずいぶん昔――妹の娘に玩具屋に引っ張られたことを思い出した……。
道を幾筋が曲がり、お目当ての店に辿り着く。そこはさっきの店とは正反対で、商品が雑多に積んであり、いかにも安い店だという匂いがした。俺はそこに積んである服をつかんで驚いた。どれも肌触りが日本で着ていた服と遜色がない。彼女に値段を聞いてみると、安い下着なら金貨一枚で数十枚以上買えるらしい。この国の繊維産業は、機械による大量生産が行われているのを感じ取った。
「安いといってた割に、そんなに買わなかったじゃないか」
「あまりにも良い服ばかりだったので、無駄遣いは避けたい……この国の商品をすべて買い取るには、懐のお金では少々心許ないのでもう少し我慢するさ」
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「じゃあ家に帰るとするか」
「次は私の買い物に付き合ってくれるかね」
帰りの足で市場に寄ることになった。市場に並んだ品物は、タリアの町とあまり代わり映えしなかった。もちろん店の数は数倍以上の開きはあった。彼女は広い市場を要領よく回り、俺の抱える荷物は大きくなっていく。ある店で彼女がまた何か買おうと吟味していたとき、一つの品物に釘付けになった。
「アレはだんごではないか?」
店先で、串に刺さった小さく丸い団子が網の上で焼かれていた。焼けた味噌の匂いが鼻をくすぐる。
「あら、よく知ってるね。とっても美味しいけど、ついつい食べ過ぎるのがマイナスよ」
親父みたいに腹をさする彼女の姿を見て笑った
「じゃあ米はこの国で売っているんだな!」
俺は少し声を荒げて質問した。しかし、彼女の反応は小さく
「米とはなんだい?」
「だんごを作る前の穀物なんだが……」
「よく食べていたけど、これが穀物から出来ていたなんて知らなかったよ……」
俺は店の主人に米のことを聞いてみたところ、どうやらこの世界ではもち粉(上新粉)で売られていた。餅の元であるうるち米を扱っている店は、探せば一軒ぐらいはあるかもしれないと教えて貰う。俺は心の中で、この国に来たことをノエルに感謝した。
「なんだか嬉しそうだね」
「故郷の食べ物をみつけられたからな」
彼女が不思議そうな顔を俺に向けたので
「ずっと遠いところに住んでいて、もう帰ることは無いかもしれない」
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