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第七十二話 二人のエルフ
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玄関の呼び鈴が『カランカラン』と鳴り、玄関扉を強く叩く音がする。それを聞いたテトラは素早く立って玄関に向かう。俺は床にゴロリと転がりながら、我が娘はよい子に育ったと悦には入る。そんな気分の良かった状態を、完全にぶち壊す声が聞こえてくる。
「あなた誰なの!? おっちゃんは留守ですか?」
矢継ぎ早に質問をするクリオネ……おろおろと対応に戸惑うテトラの姿が、見えていないのに見えてしまう。仕方がないので、重い腰をゆっくりと上げて玄関に向かった。
「なんだ居るんじゃない」
俺を見た彼女は靴を脱ぎ捨て家に上がり込む。挨拶もまだ出来ない小さな親戚の子供か……取りあえず招き入れはした。クリオネは部屋にいたレイラとルリと会話をかわしリビングで寛ぐ。俺は冗談めかして、家庭環境が可愛そうな子だからと一応のフォローはした。
テトラが部屋に戻ってもクリオネは全く彼女に関心を示さなかったので、先生が転校生を教室で紹介するような形で
「エルフ国からきたテトラさんだ、仲良くしてやってくれ」
「テトラと申します。よろしくお願いいたします」
クリオネに向けて丁寧なお辞儀をした。
「宮廷調理人をやっているクリオネ、よろしくね」
「今日は何の用があって来たんだ?」
「用が無ければ来ちゃあいけないの!」
もういい加減にしてよと言わんばかりの表情と口調で言い返してくる。
「ああ悪かったよ……いつも《あそびにきてくれてうれしいよ》」
心がこもっていないとゲシゲシ足を蹴られた。彼女との一連のスキンシップを楽しみながら、部屋で寛ぐ雛鳥たちのために、飲み物と皿に盛ったお菓子を配った。
「今度、私が中心になって食事を作るんだけど、プリンみたいな目玉はないかしら?」
「そういうのは自分で考えて創作するのが、一流の料理人じゃないのか」
ちょっと偉そうなことを言って内心ビクビクした。
「それを説教されたらきついんだけど、結構おっちゃんには期待してるのよね」
デレ頂きました! 勿体ぶって俺はため息をひとつ洩らしてから言った。
「まあ、アイデアが無いことはない。彼女の瞳がキラリと光る」
「故郷の雲のお菓子だ」
台所から熱で溶かしたドロドロの飴を持ってきた。
「テトラ、小さな風魔法を使って風の渦を作れるか」
指を一本上に立てて、ぐるぐる回す
「やってみる」
俺の額に当たった風は髪の毛を上に吹き上げ、次第に風はまとまり始め小さな竜巻のような渦が生まれた。俺はその渦の上から溶けた飴をたらし込む。飴は風に流され細い糸とのように伸びて千切れた。
この実験を見ていた彼女たちは、不思議そうな顔をする。
「円筒の茶碗の周りに幾つもの小さな穴が開ける。その茶碗の仲にドロドロに溶けた飴を入れる。それを木箱の中でぐるぐる高速回転させると、遠心力で穴から細い糸になって飴が出てくる。これを箱に散らばった飴の糸を棒で巻き取ると綿のようなお菓子が出来る。ようするに溶けた飴が固まって細い糸を沢山作るって原理だ。茶碗といったが回転させるため円筒で穴が開いていればなんでもいい。その入れ物を直接熱して飴を溶かす方が効率が良い。これぐらいの絡繰り装置なら、王宮の鍛冶師に頼めば簡単にできるはずだ。ようは溶けた飴をどれだけ早く回し続けることが出来るかが鍵だな」
レイラは完全にぽかんとした顔になってアホ面をしていた。
「じゃあ、風に溶けた飴を垂らした理屈とは違うじゃない!」
「飴が伸びて細くなるのを見せたかったのよ、そこまで理解できていれば問題ね―な」
「でもパリパリとした飴では、それほどインパクトがあるとは思えないの?」
「いや! 食感はふわふわで、口に入れると雲のように溶けちまうあまーいお菓子だ。美味しく作るには、円筒部分を高速で回せば回すほどその違いが出てくる」
「機械のイメージはつかめたから、試しに作ってみる」
年相応の可愛い笑顔を俺に向けた。
「雲みたいなふあふあのお菓子を食べたくなったぞ……」
レイラの口が緩む。
「完成すれば小娘が自分から献上してくるはずだ」
「確かにそうだよな」
二人で大きく笑った。
今日は天才料理人が横にいるので俺はアシストに回る。いつもながら彼女の腕前は素晴らしく惚れ惚れする。だからといって料理が出来るたびに、ドヤ顔で料理の良さを説明してくるのはうざいので勘弁して欲しい。
テーブルの上には、いつもと同じ食材を使っているとは思えない料理が並ぶ。今日は人数が多いので、先に風呂に入っていたレイラは、舌から涎を垂らすお預け状態の犬である。
最後に風呂から上がってきたテトラとクリオネの姿を見て二人で『ふおっ』と声が漏れた。いやはやエルフの造形美は神の作りし芸術である。欲を言えば、まだ未成熟な胸元だけが物足りなかった……。
美味しい夕餉の時間は瞬く間に過ぎ、俺はクリオネに礼を言い玄関まで送る。
「何故、私だけ帰らされるし!」
「わりい! テトラが部屋を使っているので空いてないわ」
ダムダムと床に足を打ち付け音を鳴らす。
「俺の横なら止めてやるぞ」
「それは勘弁」
即答された。
「あの……私は床下で良いので彼女を泊めてやって下さい」
一連の冗談が通じなくて……
「あ、はい」
不抜けた返事をして二人を客間に連れていく。
俺は掛け布団を手渡し後のことは二人に丸投げした。
* * *
「じゃあ、下で寝るね」
テトラはおずおずしながら、クリオネに話しかける。
「ベットにこんなに空きがあるので、あなたも横に寝ても良いわ」
「えへへ、小さくて私に妹が出来たみたい 」
「あんた何も出来ないから私が姉よ!」
「お姉ちゃん~~」
「や、やめて……抱きつくなぁ~」
ベットの上でじゃれ合う二人。暫くして、テトラは唐突に話し出した。
「実は旅に出たんじゃなくて、困らせようと一寸外に出ただけでこんなことに巻き込まれたの」
「そうなんだ」
「おっちゃんが善人で助かったの……お礼をしなくっちゃいけない」
「テトラはエルフの価値を知ってる? 金貨で五百枚以上」
続けて言葉を紡ぐ
「|金貨五百以上エルフを即金で買い取る、中堅以下の冒険者がおかしいわけ。人間国の底辺の稼ぎは一日銅貨十枚程度。銀貨を数枚稼げれば十分に生活できるのよ。あなたを買い取らなければ銀貨一枚の生活で、おっちゃんは二十七年間働かずに暮らせるの」
テトラは下を向いて、口をへの字にしながら両手をギュッと握りしめた。
「そんな顔をしないで、あなたを買うぐらいお金を貯めていた、おっちゃんの方が異常なの! 冒険者がこれだけのお金があったら、もっと裕福な生活を選んでいるはず。しかし、彼は今の生活に十分満足している、いや違う……この生活に限界を感じているの。だから彼は何も望まないし求めない」
「なんのメリットもないあなたを買い取ったのは何故? 普通に考えればテトラはもう彼に抱かれているはずよ。でも実際の彼は、あなたを無償で国に帰そうと頑張ってくれている」
「私、魔法を習うために金貨20枚出して貰ったよ……」
「気にすることはないの、彼にとって貴方は買ってきた子犬みたいなものだから」
彼女は絶句する。
「おっちゃんに自分を助けてくれた理由を聞いちゃだめよ……善人の彼を苦しめることになるし」
姉の言葉がテトラの胸にズシリと突き刺さった。
ベットの上でガールズトークに花が咲く。話題はころころ変わりつつ――
「クリオネちゃんはエルフの国に帰りたい?」
「私を連れ出た両親が何故国から出たか想像すれば、今更国に帰っても良いことなんて無いわ。それに長いこと此処で暮らしているので、人間の世界にどっぷり染まったエルフが、故郷に帰ったところでなじめそうもないしね 」
「そ、そんな……」
「そう悲観するでもないの、私たちは長命種よ。あなたが私を呼んでくれれば、いつか帰る日もあると言うこと」
彼女は重ねて話す
「今の仕事が楽しすぎて帰ることなど、とんでもないというのが本音かしら」
ぺろりと舌を出してクスリと笑った。
二人のエルフは話題が尽きることなく、深夜まで語らいを楽しみながら寝落ちした……。
早朝、クリオネの美味しい食事を食べ、俺たちは仕事に出かける。
「ここに来るのは一月後なので、いつかまた会いましょう」
そう言って、彼女はテトラをギュッと抱きしめた。
「ええ、約束よ……」
抱きしめられたテトラは涙ぐむ……。
彼女は自分の首に掛けていたネックレスを、そっと外してクリオネの首にかけた。
「忘れないで」
※ 金貨五百枚はクリオネが見積もった価格です。
「あなた誰なの!? おっちゃんは留守ですか?」
矢継ぎ早に質問をするクリオネ……おろおろと対応に戸惑うテトラの姿が、見えていないのに見えてしまう。仕方がないので、重い腰をゆっくりと上げて玄関に向かった。
「なんだ居るんじゃない」
俺を見た彼女は靴を脱ぎ捨て家に上がり込む。挨拶もまだ出来ない小さな親戚の子供か……取りあえず招き入れはした。クリオネは部屋にいたレイラとルリと会話をかわしリビングで寛ぐ。俺は冗談めかして、家庭環境が可愛そうな子だからと一応のフォローはした。
テトラが部屋に戻ってもクリオネは全く彼女に関心を示さなかったので、先生が転校生を教室で紹介するような形で
「エルフ国からきたテトラさんだ、仲良くしてやってくれ」
「テトラと申します。よろしくお願いいたします」
クリオネに向けて丁寧なお辞儀をした。
「宮廷調理人をやっているクリオネ、よろしくね」
「今日は何の用があって来たんだ?」
「用が無ければ来ちゃあいけないの!」
もういい加減にしてよと言わんばかりの表情と口調で言い返してくる。
「ああ悪かったよ……いつも《あそびにきてくれてうれしいよ》」
心がこもっていないとゲシゲシ足を蹴られた。彼女との一連のスキンシップを楽しみながら、部屋で寛ぐ雛鳥たちのために、飲み物と皿に盛ったお菓子を配った。
「今度、私が中心になって食事を作るんだけど、プリンみたいな目玉はないかしら?」
「そういうのは自分で考えて創作するのが、一流の料理人じゃないのか」
ちょっと偉そうなことを言って内心ビクビクした。
「それを説教されたらきついんだけど、結構おっちゃんには期待してるのよね」
デレ頂きました! 勿体ぶって俺はため息をひとつ洩らしてから言った。
「まあ、アイデアが無いことはない。彼女の瞳がキラリと光る」
「故郷の雲のお菓子だ」
台所から熱で溶かしたドロドロの飴を持ってきた。
「テトラ、小さな風魔法を使って風の渦を作れるか」
指を一本上に立てて、ぐるぐる回す
「やってみる」
俺の額に当たった風は髪の毛を上に吹き上げ、次第に風はまとまり始め小さな竜巻のような渦が生まれた。俺はその渦の上から溶けた飴をたらし込む。飴は風に流され細い糸とのように伸びて千切れた。
この実験を見ていた彼女たちは、不思議そうな顔をする。
「円筒の茶碗の周りに幾つもの小さな穴が開ける。その茶碗の仲にドロドロに溶けた飴を入れる。それを木箱の中でぐるぐる高速回転させると、遠心力で穴から細い糸になって飴が出てくる。これを箱に散らばった飴の糸を棒で巻き取ると綿のようなお菓子が出来る。ようするに溶けた飴が固まって細い糸を沢山作るって原理だ。茶碗といったが回転させるため円筒で穴が開いていればなんでもいい。その入れ物を直接熱して飴を溶かす方が効率が良い。これぐらいの絡繰り装置なら、王宮の鍛冶師に頼めば簡単にできるはずだ。ようは溶けた飴をどれだけ早く回し続けることが出来るかが鍵だな」
レイラは完全にぽかんとした顔になってアホ面をしていた。
「じゃあ、風に溶けた飴を垂らした理屈とは違うじゃない!」
「飴が伸びて細くなるのを見せたかったのよ、そこまで理解できていれば問題ね―な」
「でもパリパリとした飴では、それほどインパクトがあるとは思えないの?」
「いや! 食感はふわふわで、口に入れると雲のように溶けちまうあまーいお菓子だ。美味しく作るには、円筒部分を高速で回せば回すほどその違いが出てくる」
「機械のイメージはつかめたから、試しに作ってみる」
年相応の可愛い笑顔を俺に向けた。
「雲みたいなふあふあのお菓子を食べたくなったぞ……」
レイラの口が緩む。
「完成すれば小娘が自分から献上してくるはずだ」
「確かにそうだよな」
二人で大きく笑った。
今日は天才料理人が横にいるので俺はアシストに回る。いつもながら彼女の腕前は素晴らしく惚れ惚れする。だからといって料理が出来るたびに、ドヤ顔で料理の良さを説明してくるのはうざいので勘弁して欲しい。
テーブルの上には、いつもと同じ食材を使っているとは思えない料理が並ぶ。今日は人数が多いので、先に風呂に入っていたレイラは、舌から涎を垂らすお預け状態の犬である。
最後に風呂から上がってきたテトラとクリオネの姿を見て二人で『ふおっ』と声が漏れた。いやはやエルフの造形美は神の作りし芸術である。欲を言えば、まだ未成熟な胸元だけが物足りなかった……。
美味しい夕餉の時間は瞬く間に過ぎ、俺はクリオネに礼を言い玄関まで送る。
「何故、私だけ帰らされるし!」
「わりい! テトラが部屋を使っているので空いてないわ」
ダムダムと床に足を打ち付け音を鳴らす。
「俺の横なら止めてやるぞ」
「それは勘弁」
即答された。
「あの……私は床下で良いので彼女を泊めてやって下さい」
一連の冗談が通じなくて……
「あ、はい」
不抜けた返事をして二人を客間に連れていく。
俺は掛け布団を手渡し後のことは二人に丸投げした。
* * *
「じゃあ、下で寝るね」
テトラはおずおずしながら、クリオネに話しかける。
「ベットにこんなに空きがあるので、あなたも横に寝ても良いわ」
「えへへ、小さくて私に妹が出来たみたい 」
「あんた何も出来ないから私が姉よ!」
「お姉ちゃん~~」
「や、やめて……抱きつくなぁ~」
ベットの上でじゃれ合う二人。暫くして、テトラは唐突に話し出した。
「実は旅に出たんじゃなくて、困らせようと一寸外に出ただけでこんなことに巻き込まれたの」
「そうなんだ」
「おっちゃんが善人で助かったの……お礼をしなくっちゃいけない」
「テトラはエルフの価値を知ってる? 金貨で五百枚以上」
続けて言葉を紡ぐ
「|金貨五百以上エルフを即金で買い取る、中堅以下の冒険者がおかしいわけ。人間国の底辺の稼ぎは一日銅貨十枚程度。銀貨を数枚稼げれば十分に生活できるのよ。あなたを買い取らなければ銀貨一枚の生活で、おっちゃんは二十七年間働かずに暮らせるの」
テトラは下を向いて、口をへの字にしながら両手をギュッと握りしめた。
「そんな顔をしないで、あなたを買うぐらいお金を貯めていた、おっちゃんの方が異常なの! 冒険者がこれだけのお金があったら、もっと裕福な生活を選んでいるはず。しかし、彼は今の生活に十分満足している、いや違う……この生活に限界を感じているの。だから彼は何も望まないし求めない」
「なんのメリットもないあなたを買い取ったのは何故? 普通に考えればテトラはもう彼に抱かれているはずよ。でも実際の彼は、あなたを無償で国に帰そうと頑張ってくれている」
「私、魔法を習うために金貨20枚出して貰ったよ……」
「気にすることはないの、彼にとって貴方は買ってきた子犬みたいなものだから」
彼女は絶句する。
「おっちゃんに自分を助けてくれた理由を聞いちゃだめよ……善人の彼を苦しめることになるし」
姉の言葉がテトラの胸にズシリと突き刺さった。
ベットの上でガールズトークに花が咲く。話題はころころ変わりつつ――
「クリオネちゃんはエルフの国に帰りたい?」
「私を連れ出た両親が何故国から出たか想像すれば、今更国に帰っても良いことなんて無いわ。それに長いこと此処で暮らしているので、人間の世界にどっぷり染まったエルフが、故郷に帰ったところでなじめそうもないしね 」
「そ、そんな……」
「そう悲観するでもないの、私たちは長命種よ。あなたが私を呼んでくれれば、いつか帰る日もあると言うこと」
彼女は重ねて話す
「今の仕事が楽しすぎて帰ることなど、とんでもないというのが本音かしら」
ぺろりと舌を出してクスリと笑った。
二人のエルフは話題が尽きることなく、深夜まで語らいを楽しみながら寝落ちした……。
早朝、クリオネの美味しい食事を食べ、俺たちは仕事に出かける。
「ここに来るのは一月後なので、いつかまた会いましょう」
そう言って、彼女はテトラをギュッと抱きしめた。
「ええ、約束よ……」
抱きしめられたテトラは涙ぐむ……。
彼女は自分の首に掛けていたネックレスを、そっと外してクリオネの首にかけた。
「忘れないで」
※ 金貨五百枚はクリオネが見積もった価格です。
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