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第百六話 君の名は
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外回りの営業から会社に戻ったとき事件が起こった。七歳年上の主任が俺に説教を始めた。この数ヶ月は完璧にノルマはこなしているし、顧客とのトラブルは全くなかった。最初は黙って怒られていたが、主任の発言が支離滅裂なのに気が付いた。噂では精神安定剤を飲んでいると聞いていたので、くだらない彼の説教を受け流していた。
それがいけなかったのか、主任の怒りがヒートアップしてしまい、社内全体に彼の声が響き渡る。流石に相手をするのも嫌になったので彼を無視した。机の上を片付け鞄を持って帰り支度をする。怒鳴りまくる主任を後に置いて、俺は小走りで会社を出ようとした。そのとき主任が、後ろから俺を蹴り飛ばした。俺はそのまま廊下に倒れこんみ、主任は馬乗りで殴り始めた。それには俺も黙っておられず、両手で彼を押しのけ殴り返そうとしたとき目が覚めた。
悪夢で全身が汗まみれになり、目が覚めた。沈んだ気持ちのまま布団から出ると、違和感に気が付く。汗と思っていたのは、ヌルッとした別の液体だった。しかも布団の上には、青白磁の殻が散らばっている。俺はそれを見た瞬間、身体から生気が全て抜けてしまった。
「卵を割っちまった……」
声にならない声が唇から漏れる……
「キュピーーィィ」
布団の上には、小さな動物が頭をもたげて俺を見つめていた。
それはずんぐりとした長いしっぽの生えたトカゲだった。体長は約三十センチぐらいの大きさで、体色はコバルトブルーに全身が包まれている。例えるならアルマジロトカゲに少し似ていた。
「う、生まれていた……生まれていた…」
俺は震える手をそっと近づけ、トカゲを持ち上げた。それは抵抗することなく、俺の手の中でじっとしている。そのトカゲをよく見ると背中に二つの突起物があり、翼のようにパタパタと動いていた。しかもゴツゴツした身体にはびっしりと、大きな鱗で覆われている。
手に持ったトカゲが、こちらをじっと見つめるオレンジ色の瞳に知性を感じた。俺は親バカだなと苦笑する……。とりあえず、ベッドに散らばった殻を集め、シーツの汚れを布きれで綺麗に拭き取った。片付けをしている最中「キューキュー」雛が親を呼ぶような声を出す姿に、今まで感じたことのない感情が芽生えた。
ベッドに置いたトカゲは俺が横に座ると、「キューッ」と鳴きながらヨタヨタと近寄ってくる。この可愛い動きに釘付けになってしまう。トカゲを床に起き、わざと距離を取るとまた一生懸命、小さな足を動かして俺の膝に顔を埋めてきた。もう頭の中にはトカゲではなく、我が子に近い愛情が生まれている。
名前をつけてやろう――
「そうだな、体色からウミ……」
しっくりこない。膝の上にトカゲを乗せながら、独り言を続ける……
「お前の名前はアオだな……いや女の子かもしれないので、ソラが可愛いかな」
「キュピィ~~~~」
と、ソラが返事した。
「そうか、その名前が気に入ったか!」
ソラを抱えながら、どこぞの三流ドラマのワンシーンだと自分に突っ込んだ。
その良い場面の途中で、雛鳥が部屋に飛び込んできて、せっかくの三文芝居をブッ潰す。
「何してんだ! こちとらお腹すいてんだよ!」
俺とソラはレイラを無言で、じっと見つめた。
「な、なんじゃこりゃあーーーーーーー!?」
レイラは目を見張り、その顔は驚きとも、喜びともとれた。
「紹介します。我が子のソラちゃんです」
「マジ、生まれたの!?」
「今日がその記念日だな」
レイラがソラに、おっかなびっくり近づく。
「さわっていいいか?」
「キュピーーン」
ソラがタイミング良く声を出した。
「おい! このトカゲ返事するのかよ」
そう言って、ソラを優しく抱きかかえる。
「けっこう、ズシリと来るだろ」
「おっちゃん、この子可愛すぎだろ」
「この子じゃなくてソラだ」
暫くの間、俺とレイラはソラを弄くり回し戯れていた。ソラも触られるのは満更でもない様子で撫でられ続けている。レイラの腹の音がググーッと鳴った。
「そうだった! 早く飯を作ってくれよ」
「ああ、分かったから、ソラが出られないような箱を探してきてくれ」
彼女にソラを預け、台所に向かった。
* * *
朝食を食べ終わって一息ついた後、レイラはソラを膝に乗せながらポツリと言った。
「そういやこいつ、何を食うんだろうな」
卵から生まれた喜びに浮かれていて、ソラをどう育てるか考えもしなかった。レイラから至極真っ当な指摘に恥ずかしさを覚える。
「虫餌は鉄板な気がするな」
「トカゲだしな」
テーブルの食器を片付けながら話しを続ける。
「レイラは直ぐに、仕事に行くのか?」
「家を出るのは昼前ぐらいかな……また一週間ぐらい山の中だよ」
うんざりといった顔を作った。
「すまないが餌を探してくるから、此奴を預かってくれ」
「任された」
俺は虫を探しに家から飛び出した。今まで無駄スキルであった、虫を捕まえる特技がここにきて存分に発揮した。異世界といっても虫の生態は、向こうとさほど変わらない。とりあえず、草むらからバッタやコオロギに近い昆虫を探す。小一時間で、小袋に虫を詰め込むことが出来た。
「今帰ったぞ!」
普段は絶対言わない言葉をはいて、ソラの元に走っていった。
「結構早かったじゃないか」
ソラを横に置いて、居間で寝転がっているレイラが親父に見えた。
袋から虫を取り出し、ソラの前に近づけた。ソラは最初は不思議そうな顔をしながら虫を見ていた。すると大きく口を広げパクリと虫を一飲みした。虫を食べてから少し時間をおいたが、何事もない様子だったのでもう一匹、餌を与えてみることにする。虫を差し出したとたん、またぱくりと食べた。それから次々と新鮮な虫を与え続けた。
「オレにもやらせてくれ」
レイラは袋から虫を捕りだし、ソラに差し出す。ソラは人見知りもせず、レイラの手から食事を取っていた。
「おい、こいつ沢山食べるよな」
雛鳥がヒナに餌をやっているようで可笑しく思えた。
袋に入っていた虫はあっという間にいなくなってしまう。
そこから俺の地獄が始まった――
それがいけなかったのか、主任の怒りがヒートアップしてしまい、社内全体に彼の声が響き渡る。流石に相手をするのも嫌になったので彼を無視した。机の上を片付け鞄を持って帰り支度をする。怒鳴りまくる主任を後に置いて、俺は小走りで会社を出ようとした。そのとき主任が、後ろから俺を蹴り飛ばした。俺はそのまま廊下に倒れこんみ、主任は馬乗りで殴り始めた。それには俺も黙っておられず、両手で彼を押しのけ殴り返そうとしたとき目が覚めた。
悪夢で全身が汗まみれになり、目が覚めた。沈んだ気持ちのまま布団から出ると、違和感に気が付く。汗と思っていたのは、ヌルッとした別の液体だった。しかも布団の上には、青白磁の殻が散らばっている。俺はそれを見た瞬間、身体から生気が全て抜けてしまった。
「卵を割っちまった……」
声にならない声が唇から漏れる……
「キュピーーィィ」
布団の上には、小さな動物が頭をもたげて俺を見つめていた。
それはずんぐりとした長いしっぽの生えたトカゲだった。体長は約三十センチぐらいの大きさで、体色はコバルトブルーに全身が包まれている。例えるならアルマジロトカゲに少し似ていた。
「う、生まれていた……生まれていた…」
俺は震える手をそっと近づけ、トカゲを持ち上げた。それは抵抗することなく、俺の手の中でじっとしている。そのトカゲをよく見ると背中に二つの突起物があり、翼のようにパタパタと動いていた。しかもゴツゴツした身体にはびっしりと、大きな鱗で覆われている。
手に持ったトカゲが、こちらをじっと見つめるオレンジ色の瞳に知性を感じた。俺は親バカだなと苦笑する……。とりあえず、ベッドに散らばった殻を集め、シーツの汚れを布きれで綺麗に拭き取った。片付けをしている最中「キューキュー」雛が親を呼ぶような声を出す姿に、今まで感じたことのない感情が芽生えた。
ベッドに置いたトカゲは俺が横に座ると、「キューッ」と鳴きながらヨタヨタと近寄ってくる。この可愛い動きに釘付けになってしまう。トカゲを床に起き、わざと距離を取るとまた一生懸命、小さな足を動かして俺の膝に顔を埋めてきた。もう頭の中にはトカゲではなく、我が子に近い愛情が生まれている。
名前をつけてやろう――
「そうだな、体色からウミ……」
しっくりこない。膝の上にトカゲを乗せながら、独り言を続ける……
「お前の名前はアオだな……いや女の子かもしれないので、ソラが可愛いかな」
「キュピィ~~~~」
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俺とソラはレイラを無言で、じっと見つめた。
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「紹介します。我が子のソラちゃんです」
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「さわっていいいか?」
「キュピーーン」
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「おい! このトカゲ返事するのかよ」
そう言って、ソラを優しく抱きかかえる。
「けっこう、ズシリと来るだろ」
「おっちゃん、この子可愛すぎだろ」
「この子じゃなくてソラだ」
暫くの間、俺とレイラはソラを弄くり回し戯れていた。ソラも触られるのは満更でもない様子で撫でられ続けている。レイラの腹の音がググーッと鳴った。
「そうだった! 早く飯を作ってくれよ」
「ああ、分かったから、ソラが出られないような箱を探してきてくれ」
彼女にソラを預け、台所に向かった。
* * *
朝食を食べ終わって一息ついた後、レイラはソラを膝に乗せながらポツリと言った。
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卵から生まれた喜びに浮かれていて、ソラをどう育てるか考えもしなかった。レイラから至極真っ当な指摘に恥ずかしさを覚える。
「虫餌は鉄板な気がするな」
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「すまないが餌を探してくるから、此奴を預かってくれ」
「任された」
俺は虫を探しに家から飛び出した。今まで無駄スキルであった、虫を捕まえる特技がここにきて存分に発揮した。異世界といっても虫の生態は、向こうとさほど変わらない。とりあえず、草むらからバッタやコオロギに近い昆虫を探す。小一時間で、小袋に虫を詰め込むことが出来た。
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