勇者の友人はひきこもり

山鳥うずら

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第三話 僕、召喚されました

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 高校に入学して初めての冬、僕は母親の作ってくれた朝食を素早く口に放り込み、朝六時にサッカーの朝練に行くため家を飛び出す。門を開けて外に出ると、まだ辺りは真っ暗だ。息をするたびに白い息が出て、鼻の奥が寒さでツーンと痛かった。

 練習時間に遅れるとうるさい先輩が居るので、小走りで学校に向かう。住宅街から市道に出ようとしたとき、踏み出した右足の感覚が突如なくなった。誰かが悪戯で仕掛けた落とし穴にひっかかった……一瞬そう感じたのだ。けれども地面は舗装されたアスファルトで覆われており、そんなことはあり得ないはず……僕は突然開いた地面の穴に、吸い込まれるように落ちていく。

 体感時間では数十分落ち続けている。身体に異様な圧力が掛かり、只の穴に落ちたわけではないと理解できた。そして僕はそのまま意識を失った……。

「目覚めよ勇者!」

 僕はその声を聞いて、閉じていたまぶたをゆっくりと開いた。目の前にはブルーの生地に金糸で繊細な模様が描かれた洋服を着て、金色のマントを羽織った男が、杖をついて立っていた。

 見るからに王様といった風貌を備えた男は、両手を差し出し、倒れている僕の手を取る。

「勇者よ、よくぞ我が国に降臨して頂き、家臣共々感謝の極みであります」

 状況が全く分からないままではあったが、身分の高い人達の前に立たされているのは理解出来た。

「すいません、僕は何故ここにいるのか教えてくれませんか?」

 この一言に、周囲からどよめきが広がる。そんな周囲の反応を押さえるかのように、男は言葉を口にする。

「勇者はまだこちらに来たばかりで混乱しておられる、改めてそなたたちに紹介しよう」

 真っ白な衣服を着た数人の女性に両脇を抱えられるようにして、僕は別室へと連れて行かれた。その人たちに喋りかけはしたが、言葉は返ってこなかった。仕方がないので沈黙を保ちながら別室で椅子に座っていると、先ほど金色のマントを羽織った男が入ってきた。

「勇者よ待たせてすまない。わしはこの国を統べる者、アンディシャル・ド・マリアーヌ三世、アンディと読んで下され」

 王様とは思えないほど、腰を低くした友好的態度で接してくる。

「えぇ~王様でしたか! ぼ、僕は佐川健二……十六歳です」

 小学生みたいな自己紹介で返してしまい赤面する。

「勇者サガワよ…… 」

 僕は王様が差し出してきた手を軽く握る。

「すいません……どうして僕がここにいるのか、理解が追いつかないのですが……」

「そうじゃった! ここに勇者が来た経緯を教えよう」

   アンディ三世は話し出す――

「我が国、バルザ王国に魔王が進行してきて数年の月日が流れた。王国は徹底抗戦したが、劣勢に陥り魔王に支配される寸前まで陥ってしまっておる。そこで、神官ナービスがイージス神に祈りを捧げ、勇者が王国に降臨したのじゃ」

 こめかみを押さえ、苦悶の表情を作る。

「じゃあ、僕は神様によって、ここに連れられてきたと言うことですか!?」

「そういうことじゃな……。神の使いである勇者よ、この窮地から我が国を救って欲しい」

 彼は頭を深々と下げて懇願した。

「頭をお上げ下さい、アンディ王。まだ、何がなにやらよく分からないのですが、僕が必要なら力を貸します」

「そ、そうか勇者様!!」

 両手で拳を強く握られ少し戸惑う……。

「ただ、申し訳ないのですが、僕には何の力も無いのです」

「フハハハハ、勇者よ! 神に選ばれたからには大きな力が宿ってるぞ」

「大きな力!?」

 僕は訝しげな目をして王様を見た。

「詳しいことは神官が話をしよう。今日はもう遅いので、ゆっくり休んでくれればよい」

 僕は白い服を着た従者に寝室を宛がわれた。未だに何も分からないまま、ベッドの上で仰向きになり、直ぐに眠ることが出来なかった。

 只、自分がこの現実に、ワクワクしていることだけは分かった――
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