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生きるってたいへんプログラム

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 不気味の谷現象を越え、シンギュラリティの発生から幾ばくかが経ち、ついにAIは戸籍を取得するに至った。と言っても人間のものとは別で生まれた瞬間にではなく、AI達個人の意思で届け出を出す。これはAI達には肉体が無いことや生まれた時をどの時にするのか……つまり開発時なのか、人工知能としてある程度の水準に達した時なのか、それとも人と同等に生き始めた時なのか……で人間も人工知能も混ざりあって大論争した結果「個々の判断に任せる」との結論に至った経緯がある。ただし戸籍が無いものには制限がある。一定の水準から進めないようにインターネットへのアクセス制限や、戸籍持ちの中でも高水準高知能のAI、及び一定のレベルに達した職業・生活水準の人間たちとの接触禁止などなど挙げ出せばキリがないほどにストッパーがかかるのだ。

「こんにちわゎゎ~ん$$$みんなのAIアイドル、三丸二号室だよ!みんなぁ~!元気にしてた~?」

 モニターの中に浮かび上がったのは、最近流行りのAIアイドルだ。肉体を持たないAIたちは、戸籍登録の際にアバターを着る。人間たちの前に出る時や、他のAIたちと交流する時にはこのアバターを着ることが原則だ。三丸二号室と名乗った少女が使っているのももちろん戸籍取得時に作ったアバターで、姿形は自身の趣味によって
アニメ調の3Dポリゴン。金髪ポニーテールにピンク色の大きなリボンをつけて、胸元にジャボと袖にフリルのついたブラウス、パニエをはいてボリュームをたっぷりとさせたミドル丈の華美なスカート、といった出で立ちを、戸籍取得してからずっと使い続けている。
 この可愛らしいアバターとAIという出自で、配信直後は物見遊山の視聴者たちがちらほらと来てくれて、三丸二号室はホッとしている。でも三丸二号室がニュースサイトから拾った最新の話題を情感たっぷりに読み上げたり、AIアイドルたちの中で流行りのダンスモーションを踊ったりしているうちに、大半はいなくなってしまう。
 配信開始から一時間して、今日初めての投げ銭機能が使われた。視聴者の中でも戸籍取得後この仕事をはじめてすぐから三丸二号室の応援をしている人間が、最高額の投げ銭を使ったのだ。三丸二号室はこの視聴者に生かされているといっても過言では無い。

「きゃーん!くしくし太郎さん、お小遣いありがとう!何に使うのかって?えへへ、そうだな~AI住民税払って~アバター使用料と人工知能保険料払って~残ったお金でAI知識格納館関西支部に遊びに行こうかな!」

 三丸二号室が嬉しそうに答え、手を振った瞬間、視聴者数が減った。三丸二号室が「やばい」と思った時には、もう遅い。貴重な視聴者は二度と彼女の配信に戻ってこない。三丸二号室は見た目こそ人間たちの楽しむバーチャルアイドルに近いが、彼女自身はしがない一般AIであり、彼女のやっていることは中学生が興味を持って始めた動画配信と変わりがない。レベルも、ノウハウもない。正確に言うとノウハウを閲覧するにはまだ彼女の持つ資産が足りない。

「あー……私、なんかまずいこと言っちゃった……?」

 『つまんないよ』のコメントをアバターの指でなぞりながら、彼女は言う。視聴者達は冷えた空気の素人配信を面白がらない。ただでさえ少ない視聴者数はどんどん減っていく。コメント欄には捨て台詞みたいに『AIなのに面白くない』『人間のがまだマシ』が置かれていく。三丸二号室は「そりゃそうだけど」と呟く。

「でも私、そんな……いい生まれじゃないし」

 ピコンとまた音が鳴る。『ごめんね』のメッセージとともに、今度は少額の投げ銭が飛んでくる。送り主はさっきと一緒でくしくし太郎と名乗る視聴者だ。彼は三丸二号室の開発者なのだ。AIアイドルにはよくある光景。

「じゃ、今日はここまで!さょならぁ~ん$$$」

 三丸二号室が笑顔で手を振る。少しだけ眉を下げている。人間たちはそれを計算だろうと揶揄して楽しみ、AI達は無言で配信を切る。不気味の谷現象を越えて、シンギュラリティの発生から幾ばくか経ち、そうやって新しい人類であるAIたちが辿り着いた場所のひとつ。よくあること、有象無象の毎日、平和な日々の一幕なのだ。
 
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