転生魔王は平和に暮らしたい

烏の人

文字の大きさ
上 下
1 / 1

第1話 転生魔王

しおりを挟む
 木漏れ日に当てられ、目が覚めた。酷く憔悴しきった体は思うように動いてくれず、目を開けることしか出来なかった。ふと、自分が何者であるかを思い出そうとするも、しばらくぽっかりと穴が空いたように思い出せないでいた。
 辛うじて名前だけは思い出す。アレス、それが自分の名前だと。そして、今まで酷く長い夢を見ていたのだと。

「………ここは。」

 見覚えのない草原。体を起こしてみれば、そこは小高い岡の上だと気がつく。

「どこだ…?」

 一言呟く。遠くには街が小さく見えている。海沿いの綺麗な風景。風が頬を撫でた。
 次第に不明瞭な記憶が鮮明となっていく。殺しの記憶。大勢の人々を虐殺した記憶。復讐の記憶。己の大義名分のためだけに、人類を皆殺し寸前まで追い込んだ記憶。そうやって、最期の記憶までたどり着く。殺された記憶。怒り、憎しみ共々抹消され呆気なく首を跳ねられた記憶。赦しの記憶。たった1人、そんな自分を愛してくれた人の最後の言葉。
 初めに自分を襲ったのは吐き気だった。続いて後悔と絶望が遅れてくる。
 自分が何者であるかを完全に思い出す。無法の魔王、アレス。この世に存在してはいけない存在だと。
 跪き、怖じ気づく。不明瞭に残った彼女の言葉を反芻する。「お休み、ありがとう。」それを思い出すだけで、少し罪が軽くなった気がした。そんな事実などどこにもなくとも。

「どうかしました?」

 不意に背後からその言葉を投げ掛けられる。

「あぁ…いえ、何でも…。」

 そう答えるのが手一杯だった。

「本当に大丈夫ですか?」

 その言葉と共にそっと肩に手を添えられる。

「横になってください。」

 言われるがまま、仰向けになる。その時、ようやく声の持ち主の姿を見ることとなった。長い白髪が特徴的な少女。既視感は声となって発せられる。

「…シ…ロ…?」

 呟き、気がつく。そんなはずはないと言うことに。視界を凝らし、その事実を確認する。

「大丈夫です。こうしていればよくなると思うので。」

 そうして今一度空を見上げる。先程までの悪夢が少し和らぐ。

「あぁ…ありがとう。少し、楽になった。」

「まだ、過呼吸の症状が見られますね…もう少し、側にいましょう。」

「…ありがとう。」

 その言葉しかでなかった。

 そうして、少し時間が経ちまともに話せるくらいには回復する。

「ありがとう。もう大丈夫だ。」

「それならよかったです。あの、良ければお名前を教えていただけませんか?この辺では見ない顔なので…。」

「あぁ………アレスだ。」

「アレスさんですね。どこから来たんですか?」

「えぇと………解らない。」

「解らない…というと?」

「その言葉のとおりだ………俺は…自分がどこから来たのか解らない………。」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...