何でもします! ~死神少女万事屋物語~

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第一章 初依頼、初仕事 一話一万文字

後頭部への被害 2

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「――――――!」

 鉄塊に激突したかのような錯覚を背中に覚え、電流が迸るかの如く全身に激痛が響き渡る。直後、仄かな熱が華奢な身体を包んでゆき、追尾時には明瞭だった意識は徐々に朦朧としていった。
 歪みの生じた視界に映り込むのは、空中から有様を傍観する一人の少女。凄まじい衝撃に狂った視界では明確な容姿が判断できないが、ピントの合わない世界にあったのは紅蓮の如き色をした長い髪だった。それは少女の被っているフードから零れて胸の前に垂れており、風に揺らされる長い炎は僅かな輝きをもっていた。
 
「――――――」

 大地との激突による破砕音で聴覚がおかしくなっていたが、少女が何かを言っていたことは確かな事実だった。耳鳴りが脳内に反響するさなか、刹那的にピントの合った視界に少女の顔が映し出される。
 ――――ラピスラズリの如き双眸をもっていた少女と相反的に、ルビーの如き双眸に剛勇さを宿した少女の顔があった。そして、憤怒しているようにも見えるその少女は、群青髪の少女の分身であるかのように瓜二つだった。
 群青髪の少女が浮かべた哀しげな表情と、緋色の髪をもった少女が刻んでいた怒りげな表情。そんな余りにも対照的すぎる彼女二人の表情が、アレクの脳に焼印の如く押し付けられてゆく。そして、再び視界が歪みを取り戻してしまった。
 僅かな時を経てアレクを傍観してた四人の少女は、彼の歪んだ視界の中で緩慢に逃げていった。ボロボロの茶色いローブを風に揺らして、葛藤があるように幾度か振り向く動作を見せながら。
 ――――未だに周囲を漂う土煙に肺を侵され、身体は小さな震えを以て咳を繰り返す。大の字にして大地にめり込んだ故か、自由に身体が動かすことができない。身体を起こすことは不可能ではないはずだが、満身創痍のアレクにはそんな力も起こす気にはなれない。
 徐々に徐々に、瞼がゆっくりと閉ざされてゆく。演劇の幕を下ろすように、ゆっくりと閉ざされてゆく。

「随分とコテンパンにやられましたね。これでも食べて、満身創痍な心身を休ませてはいかがでしょうか?」

 しかし、頬を触れられる冷えた感触に身体が燃え上がるような錯覚を得て、下ろされようとしていた幕は刹那にして再び開きだす。優れた五感が僅かな匂いを嗅ぎだし、触覚は触れた物が球体であると推測する。
 アレクは左手を動かして、頬に当てられた物体を持って視界に映す。
 太陽の光によって緋色の表面が艶をもって光る、球体に近い形をした物……それはリンゴだった。
 
「商人というものは、買うと言ってくれたお客様を逃がさない生き物です。お会計五百円、払って頂きますよ」

 恐ろしいことに、果物屋の青年はお会計を済ませる為だけにアレクを追いかけて来たらしい。流石は商人と言うべきか、流石は青年と言うべきか……どちらが凄いのか、アレクには理解しあぐねていた。
 
「……わかったよ、わかったわかった。わかったから、俺を安心できるところまで運んでくれ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「私からすれば貴方が人類種クライネンであることは自明でしたが、あの惨状を目撃すると疑念が生まれますね。もしや、お客様の身体の中には鉄が詰まっているのでは?」

「強いて言うなら、内臓が詰まっているな。あと、お客様なんて堅苦しい呼び方はしなくていい。俺の名はアレクだ」

「お客様に堅苦しいも何もあったものではない――と商人の私は思いますが、まぁいいでしょう。私が貴方を知人として接するなら、堅苦しい呼び名になりますし」

「さりげなく詰め寄ってきたな。まぁ、別に知人でもいいが」

 現在、アレクが佇む場所は青年の営む果物屋の店内で、今は購入したリンゴを片手に青年との話をしている最中だった。地面に叩き付けられたときのダメージは少々で済み、こうしてピンピンしているのである。これがアレク以外の人類種であったら、きっと霧散するレベルで肉片が飛び散っていただろう。

「……なぁ」

 店を飛び出す前の記憶が不意に脳内で逆流し、アレクはあのときの状況を思い出す。
 今思えば、馬鹿馬鹿しいことだ――とアレクは思う。彼を人類種であることを知ったうえで死神呼ばわりした青年も青年だが、それを差し引いてもアレクの反応はアホらしいことだった。青年に非はあるが、アレクにだって非がある。こうしてその非を放置しておくのは、彼も良い気分ではない。

「あのときはすまなかったな。俺が死神種リアパーではないにしろ、馬鹿馬鹿しい反応の仕方だった」

「はて、アレクさんが謝るべき内容ではないはずですが。十中八九、僕のからかいが招いたものですし」

「……まぁそうだが」

「それよりも!」

作者
「二話から本気を出すと言ったな、あれは嘘だ。フラグは見事に回収しました。ごめんなさい」

ここから先は、少し文章の雰囲気を変えます。


==============================


 青年の突然すぎる行動に反応できず、アレクは被っていたフードを無理矢理外され、露呈した顔面を茶色い双眸に注視される。男性でありながらも妖艶な瞳が屡々と動き、青年は付着した砂粒を探すようにアレクの顔面を眺め続け、数十秒が経過した。その数十秒の間、アレクは石像のように硬直してしまった訳だが、この状況では無理もないことだ。何せ、この行動を起こした青年の双眸が急に豹変したうえ、フードを外されて輪郭を両手で挟まれたのだ。動こうにも動けないし、言葉を発そうにも顎を押さえ付けられているので、そもそも拒否権が存在しなかった。
 青年は小さく息を吐いて、硬直状態にあったアレクから数歩後退する。そして、豹変していた双眸を納得の色に染めてから、青年は数十秒間閉ざしていた口をようやく開いた。

「どうやら、僕は貴方に謝らなければなりません」

 突如としての謝罪宣言にアレクは眉根を寄せ、僅かに小首を傾げた。

「すまん、状況把握ができないんだが。馬鹿な俺でもわかるように、簡潔に伝えてくれると助かる」

「アレクさんがこの店にいらっしゃる前に訪れた、アレクさんの容姿に酷似したお客様のことですが、どうやら人違いだったようです」

「……人違い?」

「はい。アレクさんのそっくりさんとアレクさんでは、微精霊接続神経の巡りに違いがあります」

 青年の発言に含まれた微精霊接続神経とは、大気に浮かぶ微精霊との干渉に於いて、非常に重要な神経のことである。簡単に説明すれば魔法を使う為の神経であり、人類種にはほとんど無縁の話だ。なぜなら、人類種クライネンには微精霊接続神経が全く通っておらず、魔法を使用することも感知することも不可能だからだ。故に、隠密行動を心掛ける暗殺者が人類種クライネンを殺害しようとすれば、魔法でやるのが手っ取り早いと言えるだろう。だが、そんなことよりも、

「なぜ、人類種クライネンであるはずのあんたが、微精霊接続神経の巡りがわかるんだ?」

「あなたのように、生まれながらの才能をもっているからですよ。私は他の人類種と違って、微精霊と仲が良いんです」

「っつーことは、魔法を使おうと思えば使えないこともない、ってことか」

「その通り、僕も魔法を使えます」

 一応、アレクも魔法が使えない訳ではないのだが、どちらかというと拳のほうが楽なので使っていない。魔法なんて必要ない、全てはパワーだ! ――と心中で思っているのだ。赤の他人からすれば、何言ってんのお前――と返されるだろう。それほどまでに、人類種クライネンという種族は身体能力が他種族と比較して低いのだ。

「俺も魔法を使えるっちゃー使えるが、魔法よりも拳のほうが楽だからな」

「確かに、アレクさんは身体能力完全特化型ですしね。この国の中なら、アレクさんに身体能力を上回る人類種クライネンもいないでしょう」

「ああ、いないだろうな」

 そう断定して、アレクは暫時口に付けていなかったリンゴを再び齧り、心地よい咀嚼音を立ててゆく。咀嚼音が数を重ねてゆくほどに広がってゆく酸味と果物特有の甘味が、一日断食をしていたアレクの味覚に響き渡る。そして、その響きが終止符を打った直後、アレクは齧り跡の残ったリンゴを果物の包みに入れた。
 
「――――そういや、あんたの名前を聞いてなかった。……名前は?」

 不自然な間が気味の悪い静寂を生み出し、大気が僅かにうねった。

「――――ロルフ、といいます」

「ロルフ……良い名前じゃねぇか」

「……そう、ですか…………」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『王都の付近に位置する貧民街にて、煌々とした碧眼をもつ赤髪吸血種ヴァンピール男性の目撃情報が、とある男性から当新聞社へ提供された。過去に目撃された、煌々とした赤目をもつ青髪の吸血種ヴァンピール男性と容姿が相反的であることから、当新聞社は男性二人が血縁者ではないかと推測している。目撃者曰く、横顔しか見えなかったため、正面の確認ではできなかったとのこと。頬と衣服には血液が付着していたらしく、前日行方不明となったレオフィル・ガブリエーデさんとの関係性が深いと、貧民街担当の衛兵は語る。人類種国チュヴァン政府はこの事態を重く受け止めており、吸血種ヴァンピールの捜索と捕獲のため、地精種国シュロッサの協力を要請している。人類種国チュヴァン政府派遣警察は引き続き調査を進めており、吸血種ヴァンピール男性の目撃情報を探している。目撃した方は、当新聞社か付近の衛兵に報告するよう、人類種国チュヴァン政府は願っている。目撃情報と照らし合わせた似顔絵を下に記載しているので、そちらを参照すると良いだろう』

「……これは何だ?」

「二ヶ月ほど前でしたか……最近、吸血種ヴァンピールが目撃されまして、民衆は夜中の外出を控えているんですよ。目撃情報が出てから、行方不明者や死亡者が増えているらしいので、十中八九吸血種ヴァンピールの仕業でしょう」

 突然商い通りでばら撒かれた新聞を眺め、小首を傾げるアレクにロルフは、眉根を寄せる彼を見つめて言った。

「つーか、よりにもよって吸血種ヴァンピールか……」

 吸血種ヴァンピール――大戦に便乗し、同位種や下位種族に限らず最上位種族にも吸血行為を行ったらしく、華奢な体格をもつ者が多いながらも勇ましさで有名な種族だ。世間体では上位種族に分類されているのだが、最も最上位種に近い実力をもっていると言われている。なぜなら、吸血種ヴァンピールは未だ未知の種族で、実力には個人差があるからだ。上位種同等の力をもつ者がいれば、下位種同等の雑魚もいるし、稀に最上位種と肩を並べるバケモノだっていたりする。

「血を吸うだけしか頭にない蚊以下の種族が、この国になぜ来たのでしょうかね……」

「血を吸う為だろ。血を飲む為だろ。首筋を噛むためだろ……大半の吸血種ヴァンピールは」

「血を吸う以外に何か考えないのでしょうか……」

「そりゃ、考えている奴はいるに決まってんだろ。吸血種ヴァンピールが何人いるかは俺も知らねぇけど、考えが違うやつが一人もいねぇなんて、億に一つもねぇ確率だ。仮にそんな種族がいたら、その種族は生き物じゃねぇ……傀儡だ」

 それもそうだ――とロルフは微笑を浮かべて思う。

「そう……ですね。そうでもなければ獣人種ビーストの間で紛争なんて起きませんよね」

「それ以前に、賛成と反対っつー言葉の概念が、それを証明してんだろ」

 賛成する者がいれば、反対する者もいる。立案すれば、賛成と反対でわかれるから、この国は多数決の原理を採用しているのだ。仮に反対が全てを占めていたとしても、それは完全にその場の全員の考えが一致したことにはならない。なぜなら、立案者が考えを提示した時点で、立案者がその案に賛成しているからだ。まぁ、当然と言えば当然である。尤も、国規模の人数になると、考えが一致することはまずないが。

「そうですね。……しかし、その概念を覆している種族がいることを、忘れないでくださいね」

あれ・・は種族として名があるが無機物だろ、あれ・・

「……確かに無機物ですが、あれは無機物生命体でしょう?」

「いや、ただの無機物だ。俺は絶対に認めねぇからな」

「私は、無機物生命体だと思いますが……」
 
「いや、俺はただの無機物だと思う」

「「………………」」

 早速、同種族の間で二つの考えに分かれてしまった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「――――長居しすぎたな。そろそろ、お暇させていただこう」

 満身創痍になっていたアレクが、果物屋へ緊急搬送されて小一時間の時が流れた。果物屋に到着した当初は、『謝罪と会計をさっさと済まして、裏路地でゆっくりと過ごそうか』――なんてことを悠々と考えていた彼だったが、ロルフへの興味がその思考を消したようだった。
 アレクと同じく、ロルフは人類種クライネンだ。この国で人として生き、商人として生き、現在までこうして命を紡いでいる。人類種クライネンなんて、どいつもこいつも同じもんだ――と今まで思っていたアレクだったが、ロルフだけは例外だった。具体的にどこが例外なのか――そう訊かれても、アレクは何も答えることができないだろう。だが、どこか違うのだ。何かが違うのだ。

「あ、あの……」

 店内を抜けようと背を向けて、この場を去ろうとするアレクの肩を掴み、ロルフは彼を振り向かせた。妖艶な茶色の双眸と美しい紫紺の双眸が、互いの瞳を心の奥底を見透かすように注視し合い、気付けば両者の顔面は鼻の先にあった。

「……なんだよ」

 ロルフの顔を離すことなく、アレクはやや困惑に眉根を寄せて言う。すると、ロルフは彼の鼻先にあった顔を緩慢に離し、真剣な面持ちでアレクを注視した。

「よければ、またいらしてください!」

 ――――真剣な面持ちなんて、全然一切全く微塵もなかった。この商人は、発言と同時に表情を天地の差ほど一変させ、顔面に満面の笑みを浮かべたのだ。
 
「……ああ、また来る」

 アレクは、この青年の裏表のない感じが、なぜかなんとなく好きだ。
 アレクは、この青年の裏表のない、満面の笑みに微笑を返す。そして、ロルフに背を向けて、店内を抜けた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 裏路地に到着したアレクを歓迎したのは、普段と相変わらぬ凍て付いた大気と、僅かに漂う血液の香りだった。自分の縄張りに久しい気分で帰ってきたアレクだったが、よくよく考えて頭を捻れば、ここを掃除するつもりだったことを思い出す。ロルフとの会話を終え、#胡坐_あぐら__#をかいて朝食――もとい、昼食を堪能しようとしていた矢先、このありさまである。 
 湿った石床に散乱された、果物の皮や食べ残しに粗雑に手入れされた刃物。刃物は刃渡り20センチほどの長さがあり、この得物を使用した人物は、よほど怨恨に心身を震わせていたのだろう。そうでもなければ、日常的にここまで物騒な刃物を所持するはずがない。はて、それはただの精神異常者か、はたまた殺害を快楽とする者か。どちらにせよ、人類種チュヴァンのような常識人が多い種族には、そうそういないタイプだ。

「……これは」

 刃物をヒョイと拾い上げ、アレクは持ち手を紫紺の双眸で注視する。この刃物の持ち手は、何を素材にしているのかアレクには理解しかねるもので、僅かに黒光りを放っていた。彼が見たままのイメージは、漆黒の宝石を何度も磨いては握りやすい形に変えてゆき、如何にも匠が作ったかのような雰囲気を醸し出していた。更に、その持ち手の部分には何かが彫られており、それは名前のように見えた。

「――アレア……?」

 この世界の全種族の言語が、共通語として成り立っているので助かった。種族間で僅かに字の書き方に差異があったりするが、どの種族でも教養さえあれば字は読める。
 アレクはもう一つの刃物を手に取り、最初と同じように持ち手を確認する。

「これもアレア、か」

 このアレアという人物は、所謂二刀流の使い手だったのだろうか。名前から察するに女性――こんな物騒な刃物を両手に握る姿を想像すると、絵面としては色々とシュールだ。顔に縫い傷がありそうだ――なんてことを思い、アレクは己の想像力に身震いしながら、傍にあるゴミ処理用のバケツを用意する。そして、二本のナイフを入れようとする。しかし、
 

==============================


作者
『文章の書き方をまた変えます』

「…………」

 取捨選択にそうそう葛藤することがないアレクだが、この刃物ばかりは捨てるのが勿体ないような気がした。この刃物は素人のアレクが見ても、決して安物ではないことは自明だ。よくわからない宝石で作られたような持ち手は勿論、洗練された刃物は触れるだけで皮膚が截断されるだろう。

「…………」

 二本の刃物を注視したまま少々の葛藤を経て、アレクは決意した表情で頷いて刃物を腰のナイフホルダーへ仕舞う。既に所持しているナイフ一本と合わせて、これで三本。二本分も空きがあったナイフホルダーは、瞬時にして全てが埋まった。

「よし、掃除を始めるか」

 そして今し方の行為を記憶から完全に削除して、何事もなかったかのように傍にあるバケツを用意する。
 バケツの中に入れてある手袋を両手に装着し、早速散乱されたゴミたちを回収する。アレクは手馴れた手つきであれやこれやとゴミをバケツに入れ、商人もビックリな手際の良さでゴミを収集。そして数分ほどの時が流れておおよそのゴミは片づけたのだが、面倒なことに石床の一部分には血液が付着している。本来であれば雑巾などを用意して拭くのだが、今のアレクにはそれが億劫で仕方がない。
 現在は午前ではなく正午あたり。あれだけ朝食朝食と脳内をリンゴで埋めていたというのに、アレクは未だに食事をとっていない。昨日が丸一日断食状態だったので、今日の分を含めれば36時間以上断食している。人間はその程度で死ぬことはないのだが、何せアレクは育ち盛りの若人。これだけ食べ物に口を付けていないとなると、そろそろ苛立ちが沸騰を始めてもおかしくはないレベルである。
 そういう訳でアレクは通路の端に置いてあったリンゴの入った袋を持ち、投げやりに胡坐をかいて昼食タイム。眼前に6つの果物が入った袋を置いて、緩慢に右腕を動かして右手を中へと入れてゆく。

「――――――?」

 アレクは気付いた。紙袋の開き口に凄く小さな赤い何かが見える。それはリンゴの皮でもなく、かと言ってほかの果物の皮が付着している訳でもない。

「……血?」

 匂いを嗅いでみる。しかし付着している部分が小さすぎることもあってか、嗅覚に優れたアレクでも匂いはわかりづらい。

「……血だな」

 まじまじと見つめて確信する。

「しっかし、なんで血が付いてんだよ。あいつ、もしかして意外とドジなのか?」

 ロルフが果物を切る最中に指を切り、『はは、やってしまいました』とへらへら笑う姿が想像できる。尚且つ指先から血が垂れた状態で紙袋を触る場面も、アレクには容易に想像できた。そんな光景に少しだけ微笑を浮かべるアレクだったが、

「――――――ッ!」

 心臓を突き刺すような鋭利な視線に身体が震慄し、彼の本能に近い何かが危険を訴えていた。
 胡坐あぐらをかいていた身体が刹那にして立ち上がり、周囲を見回して紫紺の双眸を張り巡らす。――――周囲の状況に変化はない。人影が見えるわけでもないし足音が聞こえるわけでもないし、明確な気配を察知することもできない。ただ、不気味な雰囲気だけを醸し出していて――――、

「……なんだ、猫かよ」

 アレクの死角から現れたのは、美しい白が毛に染まった野良猫だった。野良猫にしては野良猫らしくない上品な風貌をもっていて、その姿はアレクと相反的だ。首輪を着けていないにも関わらず健康的な身体から察するに、周囲の者から十分すぎる餌を貰っているのだろう。何せ、獣人種ビーストに属さない動物の類での白猫は希少な存在で、市場へ出される猫の価格は一般人にはとても出せたものではない。そんな希少種が捕獲されることなくこんな裏路地をうろついているのも不思議な話だが、それについて思考するのもアレクは面倒だと切り捨てる。
 白猫が物怖じすることなくアレクの傍へと歩みより、きれいな毛並みをした背中を足へ押し付けてくる。彼に猫語なんてものは通用しないが、恐らくは撫でてほしいのだろう。婉然__えんぜん__#たる風采にしては、随分と甘えん坊な猫だ。もしかすれば、その美しさに惹かれた者たちに可愛がられるからこそ、その愛に貪欲になっているのかもしれない。とりあえず白猫が可愛かったので、アレクは己の欲に従って白猫の背に触れる。

「ぅぉ……」

 天国すら生温い極楽の感触がアレクのてのひらを支配し、危うく彼の脳内が快楽によって狂ってしまうところだった。紫紺の双眸が驚きと歓喜と狂気に煌いては濁り、癒し成分が不足気味だったアレクには良い麻薬だ。

「……容姿に関しちゃ真逆な俺とお前だけどよ、自由なのだけは変わんねえよな。――――けど、俺はお前が羨ましい。他人に嫌われるどころかむしろ好かれる容姿で、誰からも薄汚ねぇ視線を受けることもねぇ」

 アレクは哀しげな表情を浮かべて、だが微笑を顔面に刻む。

「なんで、俺はこんな容姿で生まれたんだろうな。いや、そんなこと言っちゃぁ親に迷惑極まりねぇわ。けど、俺の親ってどこにいるんだろうな……割と近くにいたりするのか? 俺の読む本では結構定番だが……あっ」

 アレクの撫でていた白猫が唐突に手から離れ、逃げるようにその場を去ってしまった。それは本当に唐突な行動で、いわゆる猫の勘とやらがはたらいたのだろうか。アレクの身体が思い出したかのように、再び視線を察知した。

「――――誰かいるのか?」

 姿を見せない者に問いかけるように、アレクは周囲に視線を張り巡らしながら言う。案の定、返事はない。逆に『はーい』と返事をしながら姿を現されても、それはそれで恐ろしいものだが。
 アレクはとりあえず警戒を解いて、首を傾げる。

「――――やっぱ、勘違いか?」

 いくら耳を澄ませたとて、アレクの耳に入るのは商い通りで賑わう民衆の声だけだ。裏路地は別世界に隔離されたように静かで、大気に充満する静寂が肌を刺しているとさえアレクは錯覚する。
 ――――ここまで静かなのも逆に不自然だ。故にアレクは誰かが隠れていることを仮定し、腕を張り巡る微精霊接続神経に力を籠める。そして、両てのひらを思い切り叩き、爆音が尾を引いて鳴り響いた。
 直後、

「ヴェッ!?」

 驚きにあがる声がアレクの鼓膜を叩き、彼は声が聞こえた方向へと顔先を向ける。向ける顔先は――アレクの真上。
 刹那に見える汚れた茶色いローブに、艶のある美しい紫紺の長髪。とても小柄な体格はつい最近みたような気がして――――

「「アフィッ!?」」

 そう思考していたときには、アレクの後頭部が地面と激突していた。


作者
『今回もまぁ手抜きになってしまいましたが、そこらへんはどうか温かい目で見ていただけると嬉しいです。最初は大したプロットを立てずにシリアスっぽさが続いていますが、一応は明るくいきたいなとは思っています。あと、ところどころで文章の書き方を変えていますが、そろそろ文章の書き方を確定したいですね。なぜ、こうも長ったらしい作者の言葉を書いているのかと言われそうですが、理由は単純です。一話丁度一万文字で書いているので、尺が足りないんです、はい。』
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