対価

さたーん

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対価

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「ねえこれみて!かわいくない?!」
綾子の眼前に差し出されたスマートフォンの画面には、おしゃれなグラスに収まりきらないほどの
フルーツやクリームが乗っかったパフェ。
渋谷にある最近開店したカフェの人気メニューだ。
この他にもこの店のメニューとおぼしき写真が画面には並べられている。
どれも「いいね!」の数が数万に登っていた。
そのスマートフォンの持ち主である美奈は言う
「はぁ~やっぱ都内に住んでる人って良いなぁ。こういうバズる写真たくさん撮れるじゃん」
それに対し綾子はため息を付きながら言う。
「どうせ頼むだけで大して食べもせずに帰る人達ばっかりなんでしょ?ニュースで見たよ」
綾子の乗らない返事を聴き、美奈はわざとらしくプイ、と顔を背ける態度を取った。
「はぁ~こんなど田舎のなにもないところじゃ面白い写真も撮れないよ。可愛い服なんてないしさ」
日が暮れる田舎道を女子高生の二人はとぼとぼと帰った。
帰宅し、自室のベッドに横たわりながらスマホを見る綾子はため息を付いた。
「私だって…こういう写真撮りたいなぁ…」
バズったらどんな気持ちになるんだろう。ここは田舎だから有名になっちゃうのかな。
そのうちネット記事の取材とかもされるのかな。
なんて飛躍し過ぎな妄想だって抱く。
本当は私だって可愛い服をたくさん来てバズりたい。
無意識でアプリのダウンロードページをスクロールしていたらとある写真アプリが目に入った。

絶対にバズれる画像加工アプリ

プッと綾子は吹き出した。
なんだこの変な名前のアプリは。どう考えても怪しいし、どうしようもないアプリなんだろうなと思う。
ただ、冷やかしのつもりで一度インストールしてみるかと思った。
一回遊んだらすぐ消せばいいし。
インストールが完了し、起動する。
するとすぐに撮影画面にはならずに画面中央になにか文字が出てきた。

あなたは幸運な人です。このアプリはこの世で一人しかダウンロードできないのです。

なんだこりゃ。いちいちこんな文章表示させて。
ダメなアプリはこういういらないことをするんだよな。と綾子は心のなかで呟く。

まぁいいかと、試しに適当に部屋の写真を撮る。
ただのオシャレでもなんでもない部屋だ。これがどうなる?
撮影した後に「加工中…」の文字が出る。
画面が切り替わり、加工された画像を見て驚愕した。
「なんだこれ…」
確かに私の部屋だけど…汚いところが全部なくなっていて
置いてるはずのないぬいぐるみが置かれている。
しかもこれ、加工って見えない…どう考えても本物にしか…。
かわいい。こんなおしゃれな部屋に住んでみたいとずっと思っていた。
私の理想とする部屋だった。
思わずそのままSNSへ投稿する。
ま、こんなものはただの遊びだ。少しやってやめよう。
対して反応もないだろうと綾子はスマホをベッドに置き、試験勉強をするために机に向かおうとした。
すると背後で音がした。
ピコリン。
通知音だ。
慌てて画面を見るとさっき投稿した画像に「いいね!」がついている。
うそ!はやい!こんなすぐに反応してくれるの?!
自分の投稿でこんなに早く「いいね!」がついたのははじめてだったのでドキドキする。
まだくるかな…と、アヤカはスマホを両手で握りしめ、止まった画面を凝視する。
ピコリン。
またきた!こんどはシェアだ!信じられない!
まだくるかな…。再び画面を見つめる。
が、それ以上は何もなかった。
「ま、まぁ部屋の写真だし…これくらいが普通だよね」
高鳴る気持ちを押さえつつ、その後は勉強した。

翌日、気分は晴れやかだった。
「綾子なんか楽しそうじゃない?」と美奈が聞く。
え、そうかな?ととぼけるが内心はわかっていた。
学校が終わったら今日もあのアプリで写真を取ってSNSにアップロードしよう。
今日はどこか外で撮るんだ。
このアプリのことは美奈には黙っておこう。
別に信じているわけじゃないが、起動時に出た文章を特別なものだと自分で思い込むことにしたからだ。
私しかインストールしてない。
もしそれが本当なら。

授業が終わり、一人で家に帰る途中だった。
広い河原に出た。
普段は別になにを思うこともなく通り過ぎていくのだが、今日は違う。
夕日が川の水面に乱反射して黄色くキラキラと輝いている。
「きれい…」と呟く。
綾子はすかさずスマホを取り出して、アプリを起動する。
すると画面の中央に昨日とは違う文章が出た。

昨日はどうでしたか?閲覧者の反応はいかがだったでしょうか。
今日はもっと素敵な写真になりますよ。

手が込んでるな、と綾子は思った。
キラキラと水面が光る川をバックに自撮りをした。
加工が終わった写真を見て、やっぱりびっくりした。
わたし、かわいい…。
普通の加工アプリでは出来ないような可愛らしさになっている。
元々そういう顔であるように。
背景も同じだった。
田舎の河原とはとても思えないような美しい花々と澄んだ川。
ピンク色に広がる空。
何もかもが美しかった。
綾子はそのままSNSにアップロードした。
ピコリン。
ピコリン。
一気に反応がたくさん来た。
「いいね!」や返信。通知が鳴り止まなかった。
なにこれ。すごい。
昨日とは比べ物にならないくらいに沢山の人が反応してくれて、フォロワーも増えた。
信じられないくらい嬉しかった。
するとアプリの画面に文章が浮かび上がる。

位置情報を提供してください。お役に立てますよ。

位置情報?なんでだろうと、少し怖くなったが好奇心が勝った。
タップして位置情報を提供すると

この近くに隠れ家のおしゃれな喫茶店があります。
ぜひ入って写真を撮りましょう

画面が切り替わり、地図と目的地が出てきた。
駅から少し離れた民家が並ぶ通り沿いにあるらしい。
しらなかった。そんなお店があったなんて。
ていうかこのアプリすごいな。そんなことまでできるんだ。
真偽を確かめるために切り替わった地図に従いその場所にたどり着いた。
「本当にあった…」
たしかに店構えがすごく地味で、注意していなければお店だと気が付かず通り過ぎてしまう。
玄関口のドアノブにはOPENと書かれた看板が引っ掛けられている。
入る。
タバコとコーヒーの匂いがした。大人の匂いだ。
怖くなった。一見さんの女子高生が入っていい場所なのだろうか。
しかし、バズりたいという好奇心が勝った。
おそるおそるあたりを見回しながら奥へ行くと気の良さそうな白髪の老人がいた。
「いらっしゃい。めずらしいねぇ、学生さんは」
すごく優しい声色の男性だった。ホッとした。
「あ、あの…ここって、なにか食べ物ってあるんですか…」
申し訳無さそうに綾子は老人に尋ねると、彼は笑いながら言った
「売るほどあるよ。どれ、そこにすわりなさい」
カウンター席に腰掛けた。背もたれがないので思わずのけぞりそうになった。
老人がメニューの書かれた紙を渡す。
オムライスやスパゲティなど洋食がたくさん並んでいる。
どれも庶民的なものだ。
デザートはコーヒーゼリーやいちごパフェなど。これもスタンダードなものだ。
「めずらしいものはないのかな…」
すこしがっかりしながら心のなかでつぶやいた。
どうしよう。こんな平凡なメニューではバズることが出来ないかもしれない。
しかし席に座ってしまったのだから仕方ないと思い
スパゲティナポリタンを注文した。
老人は厨房に行き、手早く作り始めた。
そのたいだに綾子はスマホを取り出してアプリを起動する。
SNSを覗くと、先程よりもたくさんの反応が返ってきていた。
「わ…すご…」
今まで体験したことない数字なのですこし引いた。
しばらくすると、スパゲティナポリタンが湯気を立たせながらやってきた。
「ごゆっくりどうぞ。当店自慢のナポリタンです」
置かれた皿からケチャップソースのいい香りがする。お世辞抜きに本当に美味しそうだ。
これは正解だ。ゴクリ、と喉を鳴らすが
その前にやることがある。
「すみません、ちょっと写真をとってもいいですか?」
最初に断っておく。こんな優しい老人のお店なのに失礼をしてはいけないと思った。
「いいよ。最近の若い子はよく食べ物の写真を撮るってテレビで見るねぇ。よくわからないけど」
ありがとうございます、と頭を下げて早速アプリを起動する。
どれ・・・このパスタはどうなるか。
写真を撮り、仕上がりを確認する。
「わぁ…」
思わず声が出た。
ケチャップソースが輝いていて、店内も実物とは比べ物にならないほどキレイに、おしゃれになっている。
すごい。今すぐにアップロードしよう。
手早くタップし、投稿した。
ナポリタンは絶品だった。
ふぅ、とお腹もいっぱいになり店の外に出た。
少し疲れたからもう帰ろうかな。
すると通知音がした。
アプリだった

今から海にいきましょう。いい写真がとれますよ。

今から…?もう疲れたから今日はいいかなと思った。
しかし画面が切り替わり

この時間から撮ればバズりますよ。

バズる…。
どうしよう。
みんなが私の投稿を待ってるかもしれない。
今ここで立て続けにアップしたら絶対に人気者になれる。
「よし、行こう!」
バスに乗って15分ほどしたところに海岸がある。
夏場でなくともカップルがデートによく訪れる場所だった。
秋の肌寒い季節にはあまり人はいなかったがちょうどよかった。
もうあたりは暗くなり始めている。
「こんなんでいい写真撮れるのかなぁ」
と思いつつも、綾子はもうこのアプリを信頼していた。
絶対にやってくれる。
海と薄暗い空を背景に自撮りをした。
空は鮮やかに輝き、海は優しくも厳かな色合いになっていて、
「私もすごく可愛くなってる…」
すぐさま投稿した。
先程のナポリタンの投稿もかなり「いいね!」がついている。
もっとほしい。
もっとたくさんの「いいね!」がほしい。
綾子が帰宅したのはいつもよりも2時間遅い18時30分だった。


数日後。
朝、学校の教室に入るなり美奈がはしゃぎながら綾子に近づいた。
「綾子、あんたすごいバズってんじゃん。フォロワーも5万人超えてるけどすごくない!?」
「ま、まぁね!」
と、称賛に対して不慣れな綾子は照れながら肯定した。
すると別の女子が駆け寄ってきた。
「綾子、あれなんのアプリ使ってるの!?海とかもめっちゃキレイだし加工もすごい自然じゃん!」
女子がワイワイと自分の周りを取り囲み、その中心に綾子がいた。
男子もチラチラとこちらを見てくる。
それ以降、綾子に対する男子の反応も変わった。
今まではただの名もなき女子だったのが、今はよく話しかけてくるようになった。
私が。
私が輝いている。
私の世界が輝いている。
嬉しかった。
私が認められた。

それ以降も次々に投稿する写真は人気を博した。
小さな田舎町で彼女を知らないものはいなくなった。

ある日のことだった。

アプリの画面に文章が浮かび上がる。

今日は海の上の岩場にいきましょう。

え?
「あの岩場、、、崖とかもあって立入禁止になってるよ。あぶないよ」
流石に少し怖かった。

大丈夫です。私が誘導します。今日は動画にしましょう。

大丈夫って…。アプリにそう言われても…と思ったが。
私が今この街の中心なんだ。
みんなが私を待ってる。
私にしか撮れない写真がある。
バズれる。
恐怖よりも欲求が上回った。
「ただし、危ないと思ったらすぐに引き返すからね!」

岩場に到着した。
くさきが多い茂っている中に立ち入り禁止の看板とロープがあったが
大股で乗り越えた。
私は今いけないことをしている。
バレたらどうしよう。
でも。。。私を待ってる人がいる。

草がぼうぼうとしていて、どこが崖になっているのか分かりづらかったが
そこは慎重に足を進めていった。
すると、草がなくなり岩肌が見えている崖に到着した。
そこからの景色に息を呑んだ。
水平線が一望できるどこまでも青い海と空が広がる世界が一面に広がっていた。
「きれい…」
ここで写真を取れば絶対にバズる。
すると画面に文章が浮かび上がる。

もうすこし奥にいきましょう。そこで撮影を開始するのです。
SNSと連携して自動投稿にすることを忘れないでください

自動投稿?そんな機能もあるんだ。でもなんでだろう、という疑問が少し浮かんだ。
震える手でSNSと連携し、自動投稿モードをタップする。
それよりも怖かった。足を踏み外せば落ちるかもしれない。
でも気をつけていれば大丈夫だろう。
動画モードにして撮影を開始する。
足が少し震えるが、一歩ずつ進んでいく。

ただ風景を映すのではなく、あなた自身も映り込むようにしてください。
海をバックに

綾子は崖を背にして自撮りを開始した。
一歩ずつ後ろに下がった。
すると、薄く脆くなっていた岩がそこから崩れた。
綾子は驚く表情を浮かべた。
その映像に記録されたのは乱れる映像と何かが岩にぶつかる生々しい音だった。
それは10メートルも下に落下した。

一定時間撮影された動画は自動的にSNSに投稿された。
その最期の映像は「いいねを求めた女子高生の哀れな末路」というタイトルで世界中に拡散され
彼女の投稿でもっとも「いいね!」がついた。

画面に文章が浮かび上がる

ほらね。バズったでしょう


おわり。
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