オフィスにラブは落ちてねぇ!! 2

櫻井音衣

文字の大きさ
16 / 57
月曜日は波乱の予感

しおりを挟む
月曜日の朝。
いつも通り出勤した愛美は、支部のオフィスに足を踏み入れ、チラリと支部長席を見た。

   (良かった、ちゃんと来てる……)

「おはようございます」

愛美が挨拶をしても、緒川支部長はいつものように顔も上げず「おはよう」と返した。
相変わらず職場では素っ気ないなと思いながら、愛美は内勤席に着いてパソコンに社員コードを入力する。

昨日も『政弘さん』とは会えなかった。
由香と武の新居を出た後、駅まで歩く道のりで『政弘さん』に電話を掛けた。
夕方に会う約束をしていたので帰宅時間を伝えようとしたけれど、何度電話をしても『政弘さん』は電話に出なかった。
用件を伝えるためメッセージを送ってしばらく経ってから、【調子が悪いから今日は会うのやめておく】と短い返信があった。
愛美が体調を心配して【これから行きましょうか?】ともう一度送信しても、その返信は【もう寝るからいい】と、いつになく素っ気ないものだった。
『政弘さん』の事が心配ではあったけれど、体調が悪くてメッセージを送るのもしんどかったのかも知れないと思いながら自宅に帰り、冷蔵庫にあった物で簡単に夕飯を済ませた。
今朝は体調が回復したのか、緒川支部長がいつも通り出社している事に安堵した。
ちょっと疲れていたのかも知れない。

   (毎日遅くまで仕事して大変なんだもんね。あまり無理させないようにしないと)



今日から支部に3人の新人が入ってくる。
通常の場合、この仕事をしないかと誘った職員が〈親〉となって新人に仕事を教えたりサポートしたりするのだが、今回支部に来る新人のうちの一人は、〈親〉がこの支部にいない。
〈親〉の所属支部は自宅から遠く通勤に不便な事と、隣の第一支部は現在多くの新人を育成していて、他支部からの新人にまで手が回らないという理由で、この第二支部に配属される事になったそうだ。
ベテランの営業職員も多少は面倒を見るだろうが、付きっきりという訳にもいかない。
主に緒川支部長、峰岸主管、高瀬FPがその新人の割り振られた担当地区や職域、顧客宅などへ同行してサポートするらしい。
それに加え緒川支部長は、支部での研修はもちろん、営業部での新人研修も担当している。
その上今月は営業部の慰安旅行があったり、年度末で社内全体が何かと慌ただしい。
帰りが更に遅くなる日が続くだろう。
おそらく土曜日は毎週、下手をすると日曜まで出勤する事になるかも知れない。
愛美は緒川支部長が過労で倒れたりはしないかと心配になる。
緒川支部長が倒れると、第二支部の職員みんなが非常に困る。
もちろん『政弘さん』に会いたい気持ちはあるけれど、無理をして体を壊さないように、休める時にはしっかり体を休めて欲しい。
この状況では、誕生日を一緒に過ごす事など期待しない方が良さそうだ。



愛美は休憩スペースのポットを持って給湯室に向かった。
ポットをすすぎ、新しい水を入れながらふと考える。

   (そういえば……政弘さんの誕生日は増産月の真っ只中で忙しくて、ちゃんとしたお祝いはできなかったな……)

プレゼントは何がいいかと尋ねると、「愛美に洋服を選んでもらいたい」と『政弘さん』が言ったので、一緒に買い物に行く事にした。
だけどなかなか時間が取れなくて、結局まだプレゼントは渡せていない。
愛美が一人で洋服を選んで買ってきても、サイズが合わなかったり、デザインがあまり気に入らなくては困る。

   (洋服はやっぱり一緒に買いに行かなきゃダメだな……)

それがいつになるかはわからないけれど、二人きりでゆっくり過ごせる日が早く来ればいいなと愛美は思った。


水を入れたポットを持って支部に戻ると、緒川支部長が休憩スペースの奥の自販機に小銭を入れていた。
緒川支部長は自販機で缶コーヒーを買うと、布巾でテーブルを拭いている愛美の横を、目も合わせず通り過ぎて支部長席に戻る。
愛美には、その横顔がどことなく疲れて見えた。

   (たまには政弘さんと二人でゆっくり出掛けたりしたいけど、疲れてるみたいだし……今は無理を言ったらダメだよね)

緒川支部長なんか大嫌いだと思っていたのに、付き合い始めると、それも『政弘さん』の一部なのだと思うようになり、前ほど嫌いではなくなった気がする。
職場ではもちろん上司と部下という関係でしかない。
愛美は元々、恋愛とか出会いを職場に求めてはいないし、仕事は仕事、プライベートはプライベートできっちり分別をつけたいタイプだ。
だから今の関係がちょうどいい。
職場ではどんなに無茶な仕事を押し付けられて腹が立っても、仕事を離れると彼が誰よりも優しい事は知っているのだから。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年越しの再会と、揺れる恋心

柴田はつみ
恋愛
春山千尋24歳は五年前に広瀬洋介27歳に振られたと思い込み洋介から離れた。 千尋は今大手の商事会社に副社長の秘書として働いている。 ある日振られたと思い込んでいる千尋の前に洋介が社長として現れた。 だが千尋には今中田和也26歳と付き合っている。 千尋の気持ちは?

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

Perverse second

伊吹美香
恋愛
人生、なんの不自由もなく、のらりくらりと生きてきた。 大学三年生の就活で彼女に出会うまでは。 彼女と出会って俺の人生は大きく変化していった。 彼女と結ばれた今、やっと冷静に俺の長かった六年間を振り返ることができる……。 柴垣義人×三崎結菜 ヤキモキした二人の、もう一つの物語……。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

処理中です...