55 / 57
ちょうどいい距離感
5
しおりを挟む
「レバニラ、美味しそうですね」
「えっ……」
「食べないんですか?」
レバーが嫌いだと知っているくせに、愛美はなぜそんな事を聞くのだろうと、緒川支部長は怪訝な顔をした。
「……知ってるくせに……」
緒川支部長は小さな声でポツリと呟いた。
「いいなぁ、レバニラ。私のお弁当と交換してくれませんか?」
「……交換?」
「大したものは入ってないですけど、いいですか?」
愛美が自分の作ったお弁当のおかずを差し出すと、緒川支部長は黙ってうなずいた。
愛美は緒川支部長のお弁当の御飯を、自分のお弁当の御飯の上に少し足した。
「これで足りますか?」
「じゅうぶんです……」
緒川支部長は小さな声で返事をして、愛美の作ったお弁当を食べ始めた。
やっぱり中身は『政弘さん』だと、愛美は笑いを堪えながらレバニラを口に運んだ。
「あら?支部長、今日は手作り弁当ですか?珍しいですね」
いつの間にか戻って来た宮本さんが、ニヤニヤしながら緒川支部長に声を掛けた。
「いや、これは……」
緒川支部長の歯切れの悪い返事に、宮本さんはまたニヤニヤしている。
「もしかしてそのお弁当、菅谷さんに作ってもらったんですか?」
「作ってもらったわけじゃない」
宮本さんが怒鳴られる前に悪ノリを止めようと、愛美が助け船を出す。
「支部長のお弁当があんまり美味しそうに見えたんで、私が無理言って交換してもらったんですよ」
「そうなの?でも良かったですね。支部長にはオーナーのお弁当より、菅谷さんの手作り弁当の方がずっと美味しいでしょう」
下を向いて野菜炒めを口にしていた緒川支部長の眉がピクリと動いた。
愛美はそれに気付かないふりで、レバニラを口に運んだ。
(あーあ、もう知ーらない)
緒川支部長は箸を動かす手を止めて、ゆっくりと顔を上げた。
口元に笑みを浮かべながら、目元はまったく笑っていない。
「宮本さん、目標は今日中に余裕で達成できそうだね。楽しみだな、慰安旅行」
「……さて、もう一件行ってきまーす」
宮本さんは慌ててその場を離れ、営業バッグをつかんで大急ぎで支部を出て行った。
他の職員たちも、怒鳴られないうちにと慌てて支部を出ていく。
あっという間に職員が出払い、支部には緒川支部長と愛美だけになった。
緒川支部長は大きくため息をついた。
「まったく……。ゆっくり飯も食えないよ……」
「……余計な事しちゃいましたか?」
「いや……助かった。ありがとう」
(なんか支部長じゃなくて、政弘さんと二人でいるような気がしてきた……。さっきから、上司と部下にしてはちょっと近すぎるな)
二人きりとは言え、ここは職場だ。
いつもは緒川支部長とは必要以上に話さない。
本来の内勤職員の愛美なら、仲良く緒川支部長とお弁当の交換なんて絶対にしない。
誰が見ていなくても、職場での上司と部下という関係を保つには、近付き過ぎても遠ざけすぎてもいけない。
何事も距離感が大事だと愛美は思う。
小声で話していた愛美が、わざとらしく大きな声を出した。
「支部長が職員さんたちを脅すから、この後は私が一気に忙しくなりそうですね」
「ごめん、頼りにしてる」
「それが私の仕事ですから。できれば私が暇にならないようにして下さい」
「言ったな……?明日、覚悟してろよ」
お弁当を食べ終えた後、愛美は緒川支部長から綺麗に洗ったお弁当箱と一緒に、無糖のカフェオレを受け取った。
(他の職員さんたちの目もあるし、支部長は支部長なりに、職場ではちゃんと上司と部下でいようって気を遣ってるのかも)
営業所内の倉庫で緒川支部長から告白された時には、強引にキスまでされて、大嫌いな上司と付き合うなんて冗談じゃないと思ったけれど、今は『政弘さん』を好きだからこそ、緒川支部長との距離感を保ちたいと愛美は思う。
(職場であんまり仲良くしてるの、なんか違和感あるもんね。私たちの場合、ちょっと仲悪いくらいが自然と言うか……。これが今の私たちにとって、ちょうどいい距離感なのかな……)
その夜、愛美は『政弘さん』と電話で話した。
慰安旅行の自由行動の時間は二人で回ろうと約束していたけれど、職場を離れても会社の行事なのだから、やっぱり恋人として二人きりになるのはやめようと愛美が言った。
愛美と行きたい場所があった『政弘さん』はガッカリしていたけれど、人の目や噂話の怖さも身をもって知ったし、お互いのためにそうした方がいいかもと言った。
「でもね、政弘さん。いつかホントに、二人で旅行に行きたいです」
「うん……絶対行こう、二人だけで」
職場では少し距離を置く分、二人きりの時は目一杯愛美を甘やかして、1ミリの隙間もないほど思いきり抱きしめようと『政弘さん』は思った。
「えっ……」
「食べないんですか?」
レバーが嫌いだと知っているくせに、愛美はなぜそんな事を聞くのだろうと、緒川支部長は怪訝な顔をした。
「……知ってるくせに……」
緒川支部長は小さな声でポツリと呟いた。
「いいなぁ、レバニラ。私のお弁当と交換してくれませんか?」
「……交換?」
「大したものは入ってないですけど、いいですか?」
愛美が自分の作ったお弁当のおかずを差し出すと、緒川支部長は黙ってうなずいた。
愛美は緒川支部長のお弁当の御飯を、自分のお弁当の御飯の上に少し足した。
「これで足りますか?」
「じゅうぶんです……」
緒川支部長は小さな声で返事をして、愛美の作ったお弁当を食べ始めた。
やっぱり中身は『政弘さん』だと、愛美は笑いを堪えながらレバニラを口に運んだ。
「あら?支部長、今日は手作り弁当ですか?珍しいですね」
いつの間にか戻って来た宮本さんが、ニヤニヤしながら緒川支部長に声を掛けた。
「いや、これは……」
緒川支部長の歯切れの悪い返事に、宮本さんはまたニヤニヤしている。
「もしかしてそのお弁当、菅谷さんに作ってもらったんですか?」
「作ってもらったわけじゃない」
宮本さんが怒鳴られる前に悪ノリを止めようと、愛美が助け船を出す。
「支部長のお弁当があんまり美味しそうに見えたんで、私が無理言って交換してもらったんですよ」
「そうなの?でも良かったですね。支部長にはオーナーのお弁当より、菅谷さんの手作り弁当の方がずっと美味しいでしょう」
下を向いて野菜炒めを口にしていた緒川支部長の眉がピクリと動いた。
愛美はそれに気付かないふりで、レバニラを口に運んだ。
(あーあ、もう知ーらない)
緒川支部長は箸を動かす手を止めて、ゆっくりと顔を上げた。
口元に笑みを浮かべながら、目元はまったく笑っていない。
「宮本さん、目標は今日中に余裕で達成できそうだね。楽しみだな、慰安旅行」
「……さて、もう一件行ってきまーす」
宮本さんは慌ててその場を離れ、営業バッグをつかんで大急ぎで支部を出て行った。
他の職員たちも、怒鳴られないうちにと慌てて支部を出ていく。
あっという間に職員が出払い、支部には緒川支部長と愛美だけになった。
緒川支部長は大きくため息をついた。
「まったく……。ゆっくり飯も食えないよ……」
「……余計な事しちゃいましたか?」
「いや……助かった。ありがとう」
(なんか支部長じゃなくて、政弘さんと二人でいるような気がしてきた……。さっきから、上司と部下にしてはちょっと近すぎるな)
二人きりとは言え、ここは職場だ。
いつもは緒川支部長とは必要以上に話さない。
本来の内勤職員の愛美なら、仲良く緒川支部長とお弁当の交換なんて絶対にしない。
誰が見ていなくても、職場での上司と部下という関係を保つには、近付き過ぎても遠ざけすぎてもいけない。
何事も距離感が大事だと愛美は思う。
小声で話していた愛美が、わざとらしく大きな声を出した。
「支部長が職員さんたちを脅すから、この後は私が一気に忙しくなりそうですね」
「ごめん、頼りにしてる」
「それが私の仕事ですから。できれば私が暇にならないようにして下さい」
「言ったな……?明日、覚悟してろよ」
お弁当を食べ終えた後、愛美は緒川支部長から綺麗に洗ったお弁当箱と一緒に、無糖のカフェオレを受け取った。
(他の職員さんたちの目もあるし、支部長は支部長なりに、職場ではちゃんと上司と部下でいようって気を遣ってるのかも)
営業所内の倉庫で緒川支部長から告白された時には、強引にキスまでされて、大嫌いな上司と付き合うなんて冗談じゃないと思ったけれど、今は『政弘さん』を好きだからこそ、緒川支部長との距離感を保ちたいと愛美は思う。
(職場であんまり仲良くしてるの、なんか違和感あるもんね。私たちの場合、ちょっと仲悪いくらいが自然と言うか……。これが今の私たちにとって、ちょうどいい距離感なのかな……)
その夜、愛美は『政弘さん』と電話で話した。
慰安旅行の自由行動の時間は二人で回ろうと約束していたけれど、職場を離れても会社の行事なのだから、やっぱり恋人として二人きりになるのはやめようと愛美が言った。
愛美と行きたい場所があった『政弘さん』はガッカリしていたけれど、人の目や噂話の怖さも身をもって知ったし、お互いのためにそうした方がいいかもと言った。
「でもね、政弘さん。いつかホントに、二人で旅行に行きたいです」
「うん……絶対行こう、二人だけで」
職場では少し距離を置く分、二人きりの時は目一杯愛美を甘やかして、1ミリの隙間もないほど思いきり抱きしめようと『政弘さん』は思った。
1
あなたにおすすめの小説
五年越しの再会と、揺れる恋心
柴田はつみ
恋愛
春山千尋24歳は五年前に広瀬洋介27歳に振られたと思い込み洋介から離れた。
千尋は今大手の商事会社に副社長の秘書として働いている。
ある日振られたと思い込んでいる千尋の前に洋介が社長として現れた。
だが千尋には今中田和也26歳と付き合っている。
千尋の気持ちは?
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
先輩、お久しぶりです
吉生伊織
恋愛
若宮千春 大手不動産会社
秘書課
×
藤井昂良 大手不動産会社
経営企画本部
『陵介とデキてたんなら俺も邪魔してたよな。
もうこれからは誘わないし、誘ってこないでくれ』
大学生の時に起きたちょっとした誤解で、先輩への片想いはあっけなく終わってしまった。
誤解を解きたくて探し回っていたが見つけられず、そのまま音信不通に。
もう会うことは叶わないと思っていた数年後、社会人になってから偶然再会。
――それも同じ会社で働いていた!?
音信不通になるほど嫌われていたはずなのに、徐々に距離が縮む二人。
打ち解けあっていくうちに、先輩は徐々に甘くなっていき……
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる