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初めての気持ち
大学を卒業したあとは、潤くんの勤めている会社に就職して、一人暮らしを始めた。
その会社は母方の祖母が経営している業界最大手の文具メーカーだけれど、潤くんと同じように会長の身内であることは伏せ、他の学生と一緒に入社試験を受けた。
そして希望していた潤くんのいる本社営業部の二課に配属され、後に妻となる木村葉月と出会った。
同じ二課に配属されたもう一人の同期は、新人研修のときに同じグループにいた佐野 志織だった。
新人とは思えない要領の良さで仕事をこなす葉月と、とにかく真面目で一生懸命頑張る不器用な佐野は正反対のようだけど、よほど気が合うのかあっという間に仲良くなったらしい。
学生気分が抜けきらず、イケメンの先輩たちの前で浮き足立っている他の新人とは、二人ともどこか違っていた。
そして俺は、会社ではチームリーダーの潤くんのことを『三島先輩』と呼び、敬語で話すようになった。
慣れるまでは何度も呼び間違えそうになったけど、俺と潤くんが身内だと言うことは会社では秘密にしておく約束だから、なんとかその約束を守るために気を抜かないようにした。
入社して3か月ほどが経ち、仕事にも少し慣れて仲の良い同期や先輩たちと飲みに行く余裕も出てきた頃、営業部の先輩たちに『仕事のあと飲みに行こう』と誘われた。
先輩たちは男女合わせて8人ほどで、葉月も参加していたけど、佐野は定時までに終わらなかった仕事があるから残業すると言って断った。
飲み会が始まってしばらく経った頃、酔いの回った女の先輩が、『仕事が遅い』とか『空気が読めない』とか『可愛げがない』などと、佐野の文句を言い始めた。
どうやら潤くんは女性社員からかなりモテるようで、潤くんと同期入社のその先輩は新人の佐野が潤くんの事務処理を担当をしていることが気に食わないらしく、他の女の先輩たちまで便乗して、佐野が潤くんに構ってもらうためにわざとドジなふりをしているんじゃないかと言い出す始末だった。
俺も男の先輩たちも女の醜い嫉妬心を目の当たりにして怯んでしまい、触らぬ神に祟りなしと言うし、面倒な女のしがらみに首を突っ込むのはやめておこうと、酒を飲みながら黙って聞き流していた。
そのとき、ずっと黙って酒を飲んでいた葉月が、豪快に空けたジョッキをテーブルの上にガツンと置いた。
その音に驚いた先輩たちが一瞬黙ると、葉月は口元に笑みを浮かべながら、すごい目力でこう言った。
「先輩、その話にオチはありますか?」
陰口にオチなんてあるわけがなく、先輩たちは葉月の気迫に押され、返答に困って口ごもった。
「ないんですか?ほんじゃ私、テレビ見たいんで帰りますわ。しょうもない陰口とか気ぃ悪いし、オチのないくだらん話をダラダラ聞かされんのもキライなんで」
そう言い残して千円札を3枚テーブルの上に置くと、葉月は振り返りもせず店を出た。
その後ろ姿は今まで見てきたどんな女の子より綺麗で凛々しくて、俺とは違って人に嫌われることを恐れず自分の意見をハッキリと言える葉月がとてもかっこよく見えた。
思えば俺が葉月に惹かれたのは、きっとあのときだったんだと思う。
翌日からは先輩たちの葉月に対する風当たりが強くなった。
それでも葉月はまったく気にしていない様子で、相変わらず新人離れしたスピードで正確に仕事をこなし、その上病気で入院した先輩の分の仕事まで引き受けたりしていた。
そのうち佐野も少しずつ効率よく仕事ができるようになり、いつの間にか葉月に負けずとも劣らぬ速さで入力作業をこなすようになった。
どうやら新しいことを覚えるのに少々時間はかかるけれど、覚えながら自分で効率の良いやり方を考えているらしく、それを繰り返すうちにすごい力を身につけていくタイプのようだ。
入社して半年も経つ頃には、先輩たちもそんな二人を認めざるを得なかったようで、いやみのひとつも言えなくなり、誰もが葉月と佐野に一目置くようになった。
その頃には俺は葉月のことが気になってどうしようもなくなっていた。
仕事中にも葉月と少しでも多く話せるように必死で仕事をして、仕事の後は佐野や他の部署にいる同期も誘って頻繁に食事や飲み会をした。
葉月が毎回参加するわけではなかったけれど、参加しているときはできるだけ近くの席に座り、積極的に話しかけた。
だけどいつも帰りの電車で二人になると、葉月は口数が少なくなり、あまり目を合わせようとしないことに気付いた。
俺、嫌われてる……?
嫌われているとまではいかなくても、葉月は俺のことが苦手なのかも……。
そんな不安が何度もよぎったけれど、俺は葉月に嫌われるようなことをした覚えはないし、むしろ特別優しくしてきたはずだ。
なのになぜか葉月は、いつまで経っても俺に心を開いてくれないような気がした。
そしてこのままではいけないと行動を起こしたのが、入社2年目の夏。
葉月は整った容姿と巧みな話術で異様にモテる。
『今のところ特別な関係の男はいない』ということはリサーチ済みだったから、葉月がフリーでいる今のうちにと、ただの同期からの脱却を試みた。
その会社は母方の祖母が経営している業界最大手の文具メーカーだけれど、潤くんと同じように会長の身内であることは伏せ、他の学生と一緒に入社試験を受けた。
そして希望していた潤くんのいる本社営業部の二課に配属され、後に妻となる木村葉月と出会った。
同じ二課に配属されたもう一人の同期は、新人研修のときに同じグループにいた佐野 志織だった。
新人とは思えない要領の良さで仕事をこなす葉月と、とにかく真面目で一生懸命頑張る不器用な佐野は正反対のようだけど、よほど気が合うのかあっという間に仲良くなったらしい。
学生気分が抜けきらず、イケメンの先輩たちの前で浮き足立っている他の新人とは、二人ともどこか違っていた。
そして俺は、会社ではチームリーダーの潤くんのことを『三島先輩』と呼び、敬語で話すようになった。
慣れるまでは何度も呼び間違えそうになったけど、俺と潤くんが身内だと言うことは会社では秘密にしておく約束だから、なんとかその約束を守るために気を抜かないようにした。
入社して3か月ほどが経ち、仕事にも少し慣れて仲の良い同期や先輩たちと飲みに行く余裕も出てきた頃、営業部の先輩たちに『仕事のあと飲みに行こう』と誘われた。
先輩たちは男女合わせて8人ほどで、葉月も参加していたけど、佐野は定時までに終わらなかった仕事があるから残業すると言って断った。
飲み会が始まってしばらく経った頃、酔いの回った女の先輩が、『仕事が遅い』とか『空気が読めない』とか『可愛げがない』などと、佐野の文句を言い始めた。
どうやら潤くんは女性社員からかなりモテるようで、潤くんと同期入社のその先輩は新人の佐野が潤くんの事務処理を担当をしていることが気に食わないらしく、他の女の先輩たちまで便乗して、佐野が潤くんに構ってもらうためにわざとドジなふりをしているんじゃないかと言い出す始末だった。
俺も男の先輩たちも女の醜い嫉妬心を目の当たりにして怯んでしまい、触らぬ神に祟りなしと言うし、面倒な女のしがらみに首を突っ込むのはやめておこうと、酒を飲みながら黙って聞き流していた。
そのとき、ずっと黙って酒を飲んでいた葉月が、豪快に空けたジョッキをテーブルの上にガツンと置いた。
その音に驚いた先輩たちが一瞬黙ると、葉月は口元に笑みを浮かべながら、すごい目力でこう言った。
「先輩、その話にオチはありますか?」
陰口にオチなんてあるわけがなく、先輩たちは葉月の気迫に押され、返答に困って口ごもった。
「ないんですか?ほんじゃ私、テレビ見たいんで帰りますわ。しょうもない陰口とか気ぃ悪いし、オチのないくだらん話をダラダラ聞かされんのもキライなんで」
そう言い残して千円札を3枚テーブルの上に置くと、葉月は振り返りもせず店を出た。
その後ろ姿は今まで見てきたどんな女の子より綺麗で凛々しくて、俺とは違って人に嫌われることを恐れず自分の意見をハッキリと言える葉月がとてもかっこよく見えた。
思えば俺が葉月に惹かれたのは、きっとあのときだったんだと思う。
翌日からは先輩たちの葉月に対する風当たりが強くなった。
それでも葉月はまったく気にしていない様子で、相変わらず新人離れしたスピードで正確に仕事をこなし、その上病気で入院した先輩の分の仕事まで引き受けたりしていた。
そのうち佐野も少しずつ効率よく仕事ができるようになり、いつの間にか葉月に負けずとも劣らぬ速さで入力作業をこなすようになった。
どうやら新しいことを覚えるのに少々時間はかかるけれど、覚えながら自分で効率の良いやり方を考えているらしく、それを繰り返すうちにすごい力を身につけていくタイプのようだ。
入社して半年も経つ頃には、先輩たちもそんな二人を認めざるを得なかったようで、いやみのひとつも言えなくなり、誰もが葉月と佐野に一目置くようになった。
その頃には俺は葉月のことが気になってどうしようもなくなっていた。
仕事中にも葉月と少しでも多く話せるように必死で仕事をして、仕事の後は佐野や他の部署にいる同期も誘って頻繁に食事や飲み会をした。
葉月が毎回参加するわけではなかったけれど、参加しているときはできるだけ近くの席に座り、積極的に話しかけた。
だけどいつも帰りの電車で二人になると、葉月は口数が少なくなり、あまり目を合わせようとしないことに気付いた。
俺、嫌われてる……?
嫌われているとまではいかなくても、葉月は俺のことが苦手なのかも……。
そんな不安が何度もよぎったけれど、俺は葉月に嫌われるようなことをした覚えはないし、むしろ特別優しくしてきたはずだ。
なのになぜか葉月は、いつまで経っても俺に心を開いてくれないような気がした。
そしてこのままではいけないと行動を起こしたのが、入社2年目の夏。
葉月は整った容姿と巧みな話術で異様にモテる。
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