17 / 18
君が嘘をついた 1
しおりを挟む
4月に入った頃から、葉月がなんとなくぼんやりしていることが増えた。
いつもは朝から元気なのに、目覚ましがなっても起きられなかったり、仕事から帰って着替えもせずにスーツ姿のままソファーでうたた寝していたりする。
葉月の誕生日の4月3日は豪華なディナーでも奮発しようかと思っていたけど、あまり胃の調子が良くないと言う葉月本人の希望で、体に優しい薬膳料理の店で食事をして、葉月の欲しがっていた財布をプレゼントした。
今日も夜の7時頃に俺が会社から帰ると、葉月はソファーに中途半端な体勢で横になって眠っていた。
新年度から主任に昇進して更に忙しくなったようだし、よほど疲れているんだなと思いながらそっと毛布をかけてやると、葉月は目を覚ましゆっくりまぶたを開く。
「ただいま。ごめん、起こしちゃったかな」
「おかえり……。帰ってきて座ったら寝てしもたわ……。ごめん、もうこんな時間やのに晩御飯の用意できてへん」
葉月は時計を見て慌てて立ち上がろうとした。
俺はネクタイをゆるめながら隣に座り、葉月を抱き寄せ頭を撫でる。
「晩飯はどうにでもなるからいいけど……こんなとこで寝たら風邪引くぞ。最近よくこんな感じで寝てるし、かなりお疲れなんだな。それとも体調でも悪い?」
「うーん……疲れてんのもあるけど、最近ちょっと風邪気味でしんどいねん」
「そっか、じゃあ早く治さないとな。この間まで結婚式の準備でずっと忙しかったし、その上仕事も忙しくなって疲れてるんだよ。そこのコンビニで弁当でも買ってくるから、葉月は休んでな」
それから二人とも普段着に着替えて、俺がコンビニで買って来た弁当を食べた。
葉月は胃の調子もまだ良くならないらしく、食欲がないのかなかなか箸が進まない。
そしていつも夕食のときに二人でしている軽い晩酌も、ここ数日は控えている。
いつもより時間をかけてなんとか食事を済ませると、葉月はまた眠そうな顔をしてテーブルを片付けようとした。
「そんなのいいよ、葉月は風呂に入って早く寝な」
「でも洗濯物もたたんでへんし……」
「それくらい俺がやっておくから」
「ありがとう、しんどいしそうさせてもらうわ。ごめんな」
「謝んなくていいって、夫婦なんだから」
葉月がゆっくりと立ち上がって浴室へ向かうのを見届けたあと、俺はビールを飲み干してカラになった弁当の容器を片付けた。
葉月はいつも会社で人一倍働いて、家では家事もほとんどしてくれているのに、疲れていてもあまり弱いところを見せようとしない。
体調が悪くても自分の世話は自分でする葉月があんなにしんどそうにしているなんて、よほど疲れが溜まっているんだろう。
結婚式が済んでホッとしたところに、俺の秘書課への異動と葉月自身の昇進も重なったのだから、疲れるのは無理もない。
胃の調子が悪いのも仕事で気疲れしているせいかも知れないから、近いうちに温泉にでも連れて行ってゆっくり休ませてやりたいな。
もし明日も葉月の体調がすぐれないようなら、墓参りは一人で行った方が良さそうだ。
翌日の4月9日 、俺は30歳の誕生日を迎えた。
昨日までは二十代だったのに、今日から三十代なのだと思うと不思議な気分だ。
昨日はかなりしんどそうにしていたから心配していたけど、葉月は朝になると昨日より顔色も良くなって、今日は体調もずいぶん良さそうに見える。
年度始めから有休を申請していた俺と葉月は、北村さんの手紙に書かれていた母が眠っていると言う霊園を訪れた。
車で2時間ほどの小高い丘の上にあるその霊園は、たくさんの桜の木が植えられ、満開を過ぎて舞い散る桜の花びらが淡いピンクの絨毯のように足元を埋め尽くしていた。
母の墓前にはまだ新しい花が供えられている。
亡くなっても母に会いに来てくれる人がいることに少しホッとした。
「久しぶり、母さん。志岐だよ」
葉月が選んでくれた花を供え、線香に火をつけて、二人並んで手をあわせる。
大学卒業後に祖母の会社に就職したことと、いずれ祖母の会社を継ぐこと。
その会社で出会った葉月と4か月前に結婚したこと、葉月と一緒になってとても幸せなこと。
そして生きているうちに会いたかったと思ったことなどを、心の中で語りかけた。
葉月も俺のとなりで同じように手をあわせ、目を閉じて母に挨拶しているようだ。
「ちゃんと挨拶できた?」
「うん。志岐は?」
「俺もいろいろ話した」
「じゃあ……私もひとつ報告っちゅうか……謝らなあかんことがあんねん」
報告ってなんだ?
葉月は俺に謝らないといけないようなことをしただろうか?
わざわざこんなところでそれを打ち明けようとする葉月の意図がわからず、もしとんでもなく悪い話だったらどうしようかと顔がひきつる。
「えーっと……謝るって何を?」
俺がおそるおそる尋ねると、葉月は一度母の墓石を見てから俺の方を向いて微笑んだ。
「風邪気味って言うたん、嘘やねん」
「なんでまたそんな嘘を……。それにあんなにしんどそうにしてたのに?」
いつもは朝から元気なのに、目覚ましがなっても起きられなかったり、仕事から帰って着替えもせずにスーツ姿のままソファーでうたた寝していたりする。
葉月の誕生日の4月3日は豪華なディナーでも奮発しようかと思っていたけど、あまり胃の調子が良くないと言う葉月本人の希望で、体に優しい薬膳料理の店で食事をして、葉月の欲しがっていた財布をプレゼントした。
今日も夜の7時頃に俺が会社から帰ると、葉月はソファーに中途半端な体勢で横になって眠っていた。
新年度から主任に昇進して更に忙しくなったようだし、よほど疲れているんだなと思いながらそっと毛布をかけてやると、葉月は目を覚ましゆっくりまぶたを開く。
「ただいま。ごめん、起こしちゃったかな」
「おかえり……。帰ってきて座ったら寝てしもたわ……。ごめん、もうこんな時間やのに晩御飯の用意できてへん」
葉月は時計を見て慌てて立ち上がろうとした。
俺はネクタイをゆるめながら隣に座り、葉月を抱き寄せ頭を撫でる。
「晩飯はどうにでもなるからいいけど……こんなとこで寝たら風邪引くぞ。最近よくこんな感じで寝てるし、かなりお疲れなんだな。それとも体調でも悪い?」
「うーん……疲れてんのもあるけど、最近ちょっと風邪気味でしんどいねん」
「そっか、じゃあ早く治さないとな。この間まで結婚式の準備でずっと忙しかったし、その上仕事も忙しくなって疲れてるんだよ。そこのコンビニで弁当でも買ってくるから、葉月は休んでな」
それから二人とも普段着に着替えて、俺がコンビニで買って来た弁当を食べた。
葉月は胃の調子もまだ良くならないらしく、食欲がないのかなかなか箸が進まない。
そしていつも夕食のときに二人でしている軽い晩酌も、ここ数日は控えている。
いつもより時間をかけてなんとか食事を済ませると、葉月はまた眠そうな顔をしてテーブルを片付けようとした。
「そんなのいいよ、葉月は風呂に入って早く寝な」
「でも洗濯物もたたんでへんし……」
「それくらい俺がやっておくから」
「ありがとう、しんどいしそうさせてもらうわ。ごめんな」
「謝んなくていいって、夫婦なんだから」
葉月がゆっくりと立ち上がって浴室へ向かうのを見届けたあと、俺はビールを飲み干してカラになった弁当の容器を片付けた。
葉月はいつも会社で人一倍働いて、家では家事もほとんどしてくれているのに、疲れていてもあまり弱いところを見せようとしない。
体調が悪くても自分の世話は自分でする葉月があんなにしんどそうにしているなんて、よほど疲れが溜まっているんだろう。
結婚式が済んでホッとしたところに、俺の秘書課への異動と葉月自身の昇進も重なったのだから、疲れるのは無理もない。
胃の調子が悪いのも仕事で気疲れしているせいかも知れないから、近いうちに温泉にでも連れて行ってゆっくり休ませてやりたいな。
もし明日も葉月の体調がすぐれないようなら、墓参りは一人で行った方が良さそうだ。
翌日の4月9日 、俺は30歳の誕生日を迎えた。
昨日までは二十代だったのに、今日から三十代なのだと思うと不思議な気分だ。
昨日はかなりしんどそうにしていたから心配していたけど、葉月は朝になると昨日より顔色も良くなって、今日は体調もずいぶん良さそうに見える。
年度始めから有休を申請していた俺と葉月は、北村さんの手紙に書かれていた母が眠っていると言う霊園を訪れた。
車で2時間ほどの小高い丘の上にあるその霊園は、たくさんの桜の木が植えられ、満開を過ぎて舞い散る桜の花びらが淡いピンクの絨毯のように足元を埋め尽くしていた。
母の墓前にはまだ新しい花が供えられている。
亡くなっても母に会いに来てくれる人がいることに少しホッとした。
「久しぶり、母さん。志岐だよ」
葉月が選んでくれた花を供え、線香に火をつけて、二人並んで手をあわせる。
大学卒業後に祖母の会社に就職したことと、いずれ祖母の会社を継ぐこと。
その会社で出会った葉月と4か月前に結婚したこと、葉月と一緒になってとても幸せなこと。
そして生きているうちに会いたかったと思ったことなどを、心の中で語りかけた。
葉月も俺のとなりで同じように手をあわせ、目を閉じて母に挨拶しているようだ。
「ちゃんと挨拶できた?」
「うん。志岐は?」
「俺もいろいろ話した」
「じゃあ……私もひとつ報告っちゅうか……謝らなあかんことがあんねん」
報告ってなんだ?
葉月は俺に謝らないといけないようなことをしただろうか?
わざわざこんなところでそれを打ち明けようとする葉月の意図がわからず、もしとんでもなく悪い話だったらどうしようかと顔がひきつる。
「えーっと……謝るって何を?」
俺がおそるおそる尋ねると、葉月は一度母の墓石を見てから俺の方を向いて微笑んだ。
「風邪気味って言うたん、嘘やねん」
「なんでまたそんな嘘を……。それにあんなにしんどそうにしてたのに?」
1
あなたにおすすめの小説
ソウシソウアイ?
野草こたつ/ロクヨミノ
恋愛
政略結婚をすることになったオデット。
その相手は初恋の人であり、同時にオデットの姉アンネリースに想いを寄せる騎士団の上司、ランヴァルド・アーノルト伯爵。
拒否に拒否を重ねたが強制的に結婚が決まり、
諦めにも似た気持ちで嫁いだオデットだが……。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる