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君が嘘をついた 1
4月に入った頃から、葉月がなんとなくぼんやりしていることが増えた。
いつもは朝から元気なのに、目覚ましがなっても起きられなかったり、仕事から帰って着替えもせずにスーツ姿のままソファーでうたた寝していたりする。
葉月の誕生日の4月3日は豪華なディナーでも奮発しようかと思っていたけど、あまり胃の調子が良くないと言う葉月本人の希望で、体に優しい薬膳料理の店で食事をして、葉月の欲しがっていた財布をプレゼントした。
今日も夜の7時頃に俺が会社から帰ると、葉月はソファーに中途半端な体勢で横になって眠っていた。
新年度から主任に昇進して更に忙しくなったようだし、よほど疲れているんだなと思いながらそっと毛布をかけてやると、葉月は目を覚ましゆっくりまぶたを開く。
「ただいま。ごめん、起こしちゃったかな」
「おかえり……。帰ってきて座ったら寝てしもたわ……。ごめん、もうこんな時間やのに晩御飯の用意できてへん」
葉月は時計を見て慌てて立ち上がろうとした。
俺はネクタイをゆるめながら隣に座り、葉月を抱き寄せ頭を撫でる。
「晩飯はどうにでもなるからいいけど……こんなとこで寝たら風邪引くぞ。最近よくこんな感じで寝てるし、かなりお疲れなんだな。それとも体調でも悪い?」
「うーん……疲れてんのもあるけど、最近ちょっと風邪気味でしんどいねん」
「そっか、じゃあ早く治さないとな。この間まで結婚式の準備でずっと忙しかったし、その上仕事も忙しくなって疲れてるんだよ。そこのコンビニで弁当でも買ってくるから、葉月は休んでな」
それから二人とも普段着に着替えて、俺がコンビニで買って来た弁当を食べた。
葉月は胃の調子もまだ良くならないらしく、食欲がないのかなかなか箸が進まない。
そしていつも夕食のときに二人でしている軽い晩酌も、ここ数日は控えている。
いつもより時間をかけてなんとか食事を済ませると、葉月はまた眠そうな顔をしてテーブルを片付けようとした。
「そんなのいいよ、葉月は風呂に入って早く寝な」
「でも洗濯物もたたんでへんし……」
「それくらい俺がやっておくから」
「ありがとう、しんどいしそうさせてもらうわ。ごめんな」
「謝んなくていいって、夫婦なんだから」
葉月がゆっくりと立ち上がって浴室へ向かうのを見届けたあと、俺はビールを飲み干してカラになった弁当の容器を片付けた。
葉月はいつも会社で人一倍働いて、家では家事もほとんどしてくれているのに、疲れていてもあまり弱いところを見せようとしない。
体調が悪くても自分の世話は自分でする葉月があんなにしんどそうにしているなんて、よほど疲れが溜まっているんだろう。
結婚式が済んでホッとしたところに、俺の秘書課への異動と葉月自身の昇進も重なったのだから、疲れるのは無理もない。
胃の調子が悪いのも仕事で気疲れしているせいかも知れないから、近いうちに温泉にでも連れて行ってゆっくり休ませてやりたいな。
もし明日も葉月の体調がすぐれないようなら、墓参りは一人で行った方が良さそうだ。
翌日の4月9日 、俺は30歳の誕生日を迎えた。
昨日までは二十代だったのに、今日から三十代なのだと思うと不思議な気分だ。
昨日はかなりしんどそうにしていたから心配していたけど、葉月は朝になると昨日より顔色も良くなって、今日は体調もずいぶん良さそうに見える。
年度始めから有休を申請していた俺と葉月は、北村さんの手紙に書かれていた母が眠っていると言う霊園を訪れた。
車で2時間ほどの小高い丘の上にあるその霊園は、たくさんの桜の木が植えられ、満開を過ぎて舞い散る桜の花びらが淡いピンクの絨毯のように足元を埋め尽くしていた。
母の墓前にはまだ新しい花が供えられている。
亡くなっても母に会いに来てくれる人がいることに少しホッとした。
「久しぶり、母さん。志岐だよ」
葉月が選んでくれた花を供え、線香に火をつけて、二人並んで手をあわせる。
大学卒業後に祖母の会社に就職したことと、いずれ祖母の会社を継ぐこと。
その会社で出会った葉月と4か月前に結婚したこと、葉月と一緒になってとても幸せなこと。
そして生きているうちに会いたかったと思ったことなどを、心の中で語りかけた。
葉月も俺のとなりで同じように手をあわせ、目を閉じて母に挨拶しているようだ。
「ちゃんと挨拶できた?」
「うん。志岐は?」
「俺もいろいろ話した」
「じゃあ……私もひとつ報告っちゅうか……謝らなあかんことがあんねん」
報告ってなんだ?
葉月は俺に謝らないといけないようなことをしただろうか?
わざわざこんなところでそれを打ち明けようとする葉月の意図がわからず、もしとんでもなく悪い話だったらどうしようかと顔がひきつる。
「えーっと……謝るって何を?」
俺がおそるおそる尋ねると、葉月は一度母の墓石を見てから俺の方を向いて微笑んだ。
「風邪気味って言うたん、嘘やねん」
「なんでまたそんな嘘を……。それにあんなにしんどそうにしてたのに?」
いつもは朝から元気なのに、目覚ましがなっても起きられなかったり、仕事から帰って着替えもせずにスーツ姿のままソファーでうたた寝していたりする。
葉月の誕生日の4月3日は豪華なディナーでも奮発しようかと思っていたけど、あまり胃の調子が良くないと言う葉月本人の希望で、体に優しい薬膳料理の店で食事をして、葉月の欲しがっていた財布をプレゼントした。
今日も夜の7時頃に俺が会社から帰ると、葉月はソファーに中途半端な体勢で横になって眠っていた。
新年度から主任に昇進して更に忙しくなったようだし、よほど疲れているんだなと思いながらそっと毛布をかけてやると、葉月は目を覚ましゆっくりまぶたを開く。
「ただいま。ごめん、起こしちゃったかな」
「おかえり……。帰ってきて座ったら寝てしもたわ……。ごめん、もうこんな時間やのに晩御飯の用意できてへん」
葉月は時計を見て慌てて立ち上がろうとした。
俺はネクタイをゆるめながら隣に座り、葉月を抱き寄せ頭を撫でる。
「晩飯はどうにでもなるからいいけど……こんなとこで寝たら風邪引くぞ。最近よくこんな感じで寝てるし、かなりお疲れなんだな。それとも体調でも悪い?」
「うーん……疲れてんのもあるけど、最近ちょっと風邪気味でしんどいねん」
「そっか、じゃあ早く治さないとな。この間まで結婚式の準備でずっと忙しかったし、その上仕事も忙しくなって疲れてるんだよ。そこのコンビニで弁当でも買ってくるから、葉月は休んでな」
それから二人とも普段着に着替えて、俺がコンビニで買って来た弁当を食べた。
葉月は胃の調子もまだ良くならないらしく、食欲がないのかなかなか箸が進まない。
そしていつも夕食のときに二人でしている軽い晩酌も、ここ数日は控えている。
いつもより時間をかけてなんとか食事を済ませると、葉月はまた眠そうな顔をしてテーブルを片付けようとした。
「そんなのいいよ、葉月は風呂に入って早く寝な」
「でも洗濯物もたたんでへんし……」
「それくらい俺がやっておくから」
「ありがとう、しんどいしそうさせてもらうわ。ごめんな」
「謝んなくていいって、夫婦なんだから」
葉月がゆっくりと立ち上がって浴室へ向かうのを見届けたあと、俺はビールを飲み干してカラになった弁当の容器を片付けた。
葉月はいつも会社で人一倍働いて、家では家事もほとんどしてくれているのに、疲れていてもあまり弱いところを見せようとしない。
体調が悪くても自分の世話は自分でする葉月があんなにしんどそうにしているなんて、よほど疲れが溜まっているんだろう。
結婚式が済んでホッとしたところに、俺の秘書課への異動と葉月自身の昇進も重なったのだから、疲れるのは無理もない。
胃の調子が悪いのも仕事で気疲れしているせいかも知れないから、近いうちに温泉にでも連れて行ってゆっくり休ませてやりたいな。
もし明日も葉月の体調がすぐれないようなら、墓参りは一人で行った方が良さそうだ。
翌日の4月9日 、俺は30歳の誕生日を迎えた。
昨日までは二十代だったのに、今日から三十代なのだと思うと不思議な気分だ。
昨日はかなりしんどそうにしていたから心配していたけど、葉月は朝になると昨日より顔色も良くなって、今日は体調もずいぶん良さそうに見える。
年度始めから有休を申請していた俺と葉月は、北村さんの手紙に書かれていた母が眠っていると言う霊園を訪れた。
車で2時間ほどの小高い丘の上にあるその霊園は、たくさんの桜の木が植えられ、満開を過ぎて舞い散る桜の花びらが淡いピンクの絨毯のように足元を埋め尽くしていた。
母の墓前にはまだ新しい花が供えられている。
亡くなっても母に会いに来てくれる人がいることに少しホッとした。
「久しぶり、母さん。志岐だよ」
葉月が選んでくれた花を供え、線香に火をつけて、二人並んで手をあわせる。
大学卒業後に祖母の会社に就職したことと、いずれ祖母の会社を継ぐこと。
その会社で出会った葉月と4か月前に結婚したこと、葉月と一緒になってとても幸せなこと。
そして生きているうちに会いたかったと思ったことなどを、心の中で語りかけた。
葉月も俺のとなりで同じように手をあわせ、目を閉じて母に挨拶しているようだ。
「ちゃんと挨拶できた?」
「うん。志岐は?」
「俺もいろいろ話した」
「じゃあ……私もひとつ報告っちゅうか……謝らなあかんことがあんねん」
報告ってなんだ?
葉月は俺に謝らないといけないようなことをしただろうか?
わざわざこんなところでそれを打ち明けようとする葉月の意図がわからず、もしとんでもなく悪い話だったらどうしようかと顔がひきつる。
「えーっと……謝るって何を?」
俺がおそるおそる尋ねると、葉月は一度母の墓石を見てから俺の方を向いて微笑んだ。
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