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疑惑

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詳しく話を聞いてみると、発売を今週末に控えたうちの新商品とまったく同じものが、その会社から発売されているらしい。
新商品どころか、これまで僕が試作した地味すぎて発売にはこぎつけなかったメニューまでもが惣菜のラインナップに並んでいた。

「これ……どういう事でしょう?」
「誰かがおまえの作ったメニューのデータをまるごと盗んで売ったんだろ」
「そんな事ってあるんですかね……?」
「現におまえの作ったメニューがうちより先にこの会社から発売されてるじゃないか!」

どうやら僕の知らないところで、ドラマや漫画のように非現実的なとんでもない事が起きているようだ。
突然我が身に降りかかった火の粉を払うすべを知らない僕は、ただひたすら信じられない気持ちでその広告を見つめていた。


その後は何がなんだかわからないまま、重役に呼び出され事情聴取を受けた。
この会社に企業スパイみたいな者が潜入していた可能性もあるし、僕自身もそれを疑われているようだ。
盗まれたのが僕の作ったメニューばかりだったから疑われるのも仕方ないけれど、僕にはまったく身に覚えがない。
何度も同じような質問を受け、それに答える事の繰り返しで、犯罪者にでもなった気分だ。
課長と杏さんも別室で取り調べを受けているようだった。

なんでこんな事になってしまったのか。
よりによってこの会社では地味だと言われた、僕の作ったシニア向けのメニューばかりが盗まれた。
その会社のターゲットである高齢者には、少なからず需要があったんだろう。
ボツになったメニューはともかく、新商品の弁当は発売日を間近に控えているので、工場のラインを止めたり、材料の仕入れを止めたり、この盗作騒動で日配部門の各部署が諸々の手配に追われ、てんやわんやの状態になった。

新メニューに関係している各部署でそんなドタバタ劇が繰り広げられている間も、僕への尋問は続いていた。
繰り返される尋問に疲れきってうんざりしていると、重役の一人が隣に座っていた重役に向かって呟いた。

「この会社は有澤グループだな……。こんな大企業が盗作なんて、我が社の買収でも目論んでるのか?」

有澤グループ……?

その社名を耳にして、疑いたくはないけれど、僕の脳裏には杏さんの顔がよぎった。
まさか杏さんがそんな事をするわけがない。
杏さんは自分の意志で有澤の家を出てこの会社に就職したと言っていたんだから。
だけど僕と有澤グループの接点なんて、杏さん以外にないのは事実だ。
社内の人間は杏さんが有澤グループの令嬢だという事を知らない。
もしそれが公になってしまったら……。
これから起こりうる事を想像した僕の胸が、イヤな音をたててざわついた。


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