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第1章

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さあ稽古(狼ごっこ)の開始だ。
狼は誰だ?

「さて、今日から君達に剣術を教えることになったフェルナンドだ。まあ私のことは先生と呼んでもらおう。
ところでウリエン、騎士や冒険者にとって一番大事なことは何か分かるかい?」

「押忍! 敵を倒すことだと思います。」

「悪くない。が正解とも言いにくい。さてはアランから聞いてないな? 正解は生き残ることだ。
騎士の場合、死ぬことも仕事だったりするが、そもそもその仕事を達成するために、最低そこまでは生き残る必要がある。
私のように冒険者は尚更さ。簡単だよな?」

「お、押忍。でも生き残るためにはやはり敵を倒さないといけないのでは……」

「ところがウリエン、君に、君達に私が倒せるかい? どうやっても無理だよな?
となると、どうするべきだと思う?」

「押忍、先生より強い人間を連れてくる……でしょうか?」

「ほほおー面白い! 君はさっきからいい所を突いてくるよ。さすがアランの長男だ。
王都辺りで勘違いしてる貴族の子息とは大違いだね。
しかし残念、呼びに行く時間がないよね?
私は目の前にいるのだから。となると?」

「お、押忍、もう逃げるしかないのでは……」

「大正解! 話が早い! 君は素晴らしい。
これまた逃げることを恥だと考えてるバカがいてね。
逃げるぐらいなら死ぬって具合さ。
君達が私から逃げられるかはともかく、戦うよりは逃げた方が生き残れそうだよな?」

「押忍、たぶんそうだと思います。」

「だから今日からしばらく全員で狼ごっこをするってわけさ。簡単だよな?」

「「「押忍!」」」

逃げることが大事なのか。三十六計逃げるに如かずってか。

「さあルールを説明するよ。
私はこの癒しの杖を持って君達を追いかける。
君達は好きに逃げろ、もちろん庭からは出てはいけないよ。
私は追いついたらこの杖でケツを叩くから、当てられた奴はその場に座っていなさい。
当てられた順番によって点をつけるからね。
最初が一点、次なら二点、最後まで残ったら三点だ。
三人に当てた時点で一回戦終了、これを十回やって最も高得点の子にご褒美、最低点なら罰ゲームだ。
分かったね? さあ逃げろ!」

私達は思い思いの方向にバラバラに逃げた。
普段やってる狼ごっことは違う、本物の狼に追われるようなものだ。
いや、絶対狼より危険だ。
どのぐらいの強さで叩かれるのか…

ピシッ、痛っ!
もう叩かれた。
でもよかった、思ったより痛くない。

「さて、最初の獲物はカース君か。そこに座ってね。さあ次はどっちだ? しっかり逃げるんだよ?」

次の瞬間私の目の前を兄上が飛んでいった。 
叩かれたらしい。
兄上はピクリともしない。

「ほらほら逃げろって言ったよね? 当たっても知らないよ? 残りはオディロン君だな。」

「ぎゃぁーマリーぃぉ助けっ」

言い終わらないうちにオディロン兄も叩かれて転げている。
兄上ほど強くは叩かれなかったようだ。

「一回戦終了ー。早すぎるな。
もっと逃げないとだめだよ。ほら、ウリエン起きな。」
水球みなたま

おお、魔法だ。
サッカーボールぐらいの水の球が兄上の頭に落ちる。

「ううっお尻が痛、あれ? 痛くない?」

「癒しの杖だからね? 当たった瞬間は痛いがその瞬間に治癒してるんだよ。
もっともぶっ飛んでどこかに当たったら怪我するけどね。
まあそれもまた叩けば治るってものさ。
さあ、二回戦行くよ! 逃げろ!」

こうして私達は恐怖の狼ごっこを続けた。
オディロン兄は少し、私はかなり手加減をしてもらっているようだ。
しかし体格、体力の問題でどうしても私が先に捕まってしまう。
これは悔しい。

せめて二番目に叩かれるぐらいには逃げたい。
何かアイデアはないものか。

「オディロン兄ー あそこでマリーが見てるよー」
囁き作戦だ。
兄を犠牲に私は逃げる!

「え? マリー? どこどっぐわっ!」

「オディロン君、よそ見はよくないよ。怖い狼さんが来てるんだからね。
その点カース君、お見事。
他人を犠牲にしてでも生き残る根性は大事だな。
実の兄を犠牲にするとは恐ろしい子だ。」

ふふふ褒められた。
やはり私は間違っていない。
そうして十回戦が終わった。
兄上はびしょびしょのバテバテだ。

「さあ結果発表だ。
高得点はウリエン!
最低点はカース君!
ウリエンへのご褒美はこいつ、『ペイチの実』だ!
魔境に近い森で見つけた高級品だからね、金出せば買えるってもんじゃないんだよ。
さあ今すぐ食べるといい。
体力・魔力を少しは回復してくれるし、上限もほんの少し上がるらしい。」

すごーい!
そんな果物があるのか。
さながら金のりんごや、神酒の雫ってとこだろうか。

「さて最下位のカース君は罰ゲームだ。
この癒しの杖を頭の上に持ち上げたまま庭を二周してもらおう。」

そんなことでいいのか?

「押忍! やります」

意外と重たいな、いや私が二歳だからか。
そりゃ自分の身長と同じぐらいの杖は重いよな。
これを頭上に持ち上げて二周か。
とても走れないな。
ゆっくり歩くしかなさそうだ。

「他の二人はもう中に入っていいよ。
今日はここまでだ。解散!」

「「押忍! ありがとうございました!」」

結局庭をたった二周するのに二十分かかってしまった。
そんなに広い庭でもないのに。
でもやっぱり外を走り回るのは楽しいなー。
普通の狼ごっこなら尚更よかったのに。
しばらくこんな稽古なのだろうか?
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