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第1章

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試験当日、ウリエンはマリーと馬車で試験会場であるクタナツの中心部、代官府に隣接する騎士の訓練場に向かった。
さすがに今日は馬車に乗っている。

集まった人間は約五百人。
今回の最高齢は十六歳、一念発起した若手冒険者だ。

最も辺境に近いフランティア。その中でも北東部の果てクタナツ。
領都から東の街ホユミチカ、人口五千人
西の街サヌミチアニ、人口九千人
そして領都の人口が二万人。
その間を小さな村々が点在している。

王都周辺の人口が五十万人を超えることを考えるとやはりここは辺境なのだ。

それだけにフランティア、特にクタナツ出身の人間の強さは一目置かれる。
法も礼もなくただ強い。と言われがちだが、この王国の学校教育にそこまで差はない。
親の育て方や本人の才能、環境が違うだけなのだ。

そもそも辺境に行く人間は大きく分けて二つ、立身出世を目指し自ら行くタイプ。
そうでなければ左遷、都落ちだ。
左遷にも二通りあるが、これは割愛しておく。

そろそろ筆記試験が始まる頃だ。

「受験生の諸君、受験票は持っているな?
受験番号に沿って教室に入りたまえ。
もうすぐ始まるからな。」




「ウリエン坊ちゃん、ご健闘をお祈りしております。」

「ありがとうマリー、行ってくるよ。」


ちなみに出題された問題の一例は…
・クタナツ北部で未確認の魔物の目撃情報が報告された。
クタナツ騎士団第一分隊隊長である貴方はどのように対処をするか答えよ。
なお、現状動ける騎士団は第一分隊のみであり、予算も規定通りであり私財を使ってはならないものとする。

・クタナツの城壁外で二人の女性の死体が発見された。
死体の状況は以下の絵の通りである。
そこから考察される死因を二通り根拠を合わせて答えよ。

・貴方は魔境の偵察に出ていた。そこでオークの大群を発見した。
クタナツまで馬で半日、拠点まで馬で二時間の地点、貴方の腕はオーク十匹までなら楽に倒せるぐらいだとする。





「やめ! 手を机の下に置いて、その場から動かないように。」

ちなみにこの王国では一般的に紙と鉛筆が使われている。
紙はわら半紙以下の品質、鉛筆も芯のみに皮を巻いてナイフで削りながら使うものではあるが。


「ウリエン坊ちゃん、お疲れ様でした。奥様からお弁当を預かっております。お召し上がりください。」

「ああ、ありがとうマリー。疲れたよ。やはり難しいな。」

「坊ちゃんなら全問解答できたはずです。自信を持って実技試験を受けられてください。」

「そうだね。ありがとう。さあ弁当をいただくよ。そして少し眠るとしよう。」

「時間前には起こしますので、気にせず眠られてください。」







「坊ちゃん、お起きください。そろそろ始まります。」

「ふぅーよく寝たよ。スッキリだ。膝、ありがとう。」

「それはようございました。それではご健闘をお祈りしております。」


メイドと共に受験会場に来ている受験生は何人もいる。
しかし、昼食後にメイドの膝枕で高いびきを決め込んでいるのはウリエンだけだった。

これが吉と出るか凶と出るか、それとも関係ないのか。
実技試験は始まる。




「これより筆記試験の合格発表を行う。名を呼ばれた合格者は、外の訓練場に集まること。尚、呼ぶ順番は成績順ではない。また、名を呼ばれなかった者もまだ帰らないように。」


ウリエンは五十番目ぐらいに呼ばれ、全部で百人ぐらいが筆記試験を通過した。


「ではこれより実技試験を行う。受験番号ごとに分かれて試験官の所に集まるように。」

「五、十三、二十六……九十八……以上十名はこちらへ。」

ウリエンの受験番号は九十八だ。

「さて、私がここを担当する試験官オーベール・ブランだ。実技試験は私と一対一で戦ってもらう。
剣を使おうが魔法を使おうが自由だ。
勝てれば合格だし、勝てなくても健闘すれば十分合格はあり得る。
後半は私が疲れるから有利だが、戦う順は先ほどの試験順。
つまり成績のよかった者ほど、順番は後になる。
では始める、十三からだ。」

オーベールは強かった。
一人目は十秒と持たずに腹を打たれて負けた。
二人目は一分ほどかかったが、顔面に木刀を寸止めされ負けた。
三人目は二十秒ほどで喉元に寸止めされ負けた。

そうして最後のウリエンの番となった。

「最後は九十八か、知っているぞ。お前あの顔だけ冒険者フェルナンドに剣の真似事を習ったらしいな。
そんなんで騎士になろうとは笑えることだ。
ほら、とっとと来るがいい。
これが終わったらやっと帰れるんだからな。」

「ッなッ!」
ウリエンは怒りで声も出ない。
目を剥き眉は釣り上がり、歯はギリギリと音を立てている。
温厚な彼が怒りを剥き出しにしている。

ように見える。

ウリエンは正面から仕掛ける。
十歳にしては驚異的なスピードで間合いを詰める。
対するオーベールは構えもしない。

ウリエンは考える。
試験官は反応できているのだろうか。
このまま攻めてしまっていいのかと。

その瞬間ウリエンは初めてのノワール狼との狼ごっこを思い出していた。

あの時のクロちゃんの動きは緩急自在で鋭かったと。

上段から頭を狙い叩き込むはずだった一撃は頭を大きく外れ空振りしそのままオーベールの爪先へと軌道を変える。

オーベールは一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、足を一歩引くことで容易く避ける。

木刀はそのまま地面を打つが、その反動で上に跳ね上がり、オーベールの股間を狙う。

一歩下がった瞬間を狙われたため動きが止まったオーベールは仕方なく木刀で払いのける。

「ふぅ危なかった。意外と冷静なのか。急所を狙う思い切りもいい。では次は防御を見せてもらおう。」

そう言ってオーベールは木刀を振る。
唐竹、袈裟斬り、突き、逆袈裟……
基本に忠実な剣でウリエンを攻め立てる。

手加減されているのだろうか? 
基本通りに攻めているようだが。
そんな思いが頭をよぎる。

一分ほどそのようなやりとりが続いた後、オーベールはウリエンの頭を狙い木刀を振る。
今まで同様に基本通りの対処をしようとするウリエン、一歩足を引きかわそうとする。

しかし先ほどの自らの行いのため、爪先を狙われる可能性を気にしてしまった。

その瞬間、顔の前を通過した木刀が跳ね上がり、顎に叩き込まれた。
大きく仰け反り倒れるウリエン。

「ついムキになってしまったか。惜しかったな。立てるなら合格にしてやるぞ。」

まわりは騒ついている。
あの試験官ヤバいだの、
顎が割れただの、
手加減なしかよだの。

「ありがとうございます。今後ともご指導よろしくお願いいたします。」

ウリエンはすっと立ち上がり姿勢を正して応えた。
大きく仰け反り、直撃だけ避けることができたようだ。
顎には一筋の切り傷が認められた。

「ふふっやるじゃないか。私の逆影さかかげをかわすとはな。入学したら鍛えてやるぞ。
ところで一つ聞かせてくれ。
フェルナンド殿をああまで侮辱されてなぜ冷静だった?
君ぐらいの年だと彼はほとんど英雄だろうに。」

「一瞬ムカッときましたけど、バレバレですよ。顔で四等星になれるわけないですし、剣鬼なんて呼ばれるわけないじゃないですか。
それが分からない者が試験官をできるはずもない。
だから少しでも利用できないか乗ってみました。」

「よろしい。やはり文句なしの合格だ。
今回の合格者は十三と九十八だ。」

またもや騒つきが起こる。
「なんで十三が!?」
「すぐ負けたのに!?」
「俺の方が長持ちしたぞ?」



「まあよい。説明しておこう。
始めに健闘すれば合格はあり得ると言ったな?
十三はこの中で唯一私に傷をつけた。
かすり傷だが、この中で唯一だ。
それほどの腕前故に私もあまり手加減の必要を感じず腹を打ったというわけだ。
あぁ九十八の顎を狙ったのはお手本を見せてやろうと思っただけだ。
あれで顎が割れたとしても立ち上がるようなら勿論合格だ。」

そう言ってオーベールは腕を見せる。
傷と言っていいのか分からないが確かに服が切れていた。

こうして、筆記合格組から二十七名、筆記不合格組から三名の合格者を出して本試験は終了した。

ちなみにこの実技試験では魔法はよほど発動速度が速くなければ使いものにならない。
試験官との間合いは十歩もないためである。
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