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第1章

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お昼の弁当にいつものメンバーが集まろうとしている。
ふとアレックスが気になり探してみる。
やたら豪華な弁当だが一人だ。

上級貴族らしき二人、パスカル・ド・ダキテーヌ君とエルネスト・ド・デュボア君は二人だけで食べるようだ。
ダキテーヌ君もデュボア君も礼服ほどではないが、ビシッとしたカッコいい服を着た小さな紳士だ。

くっ、これを見てしまったなら誘うしかないな。

「アレックスちゃんも一緒に食べようよ。
そのお弁当おいしそうだし、一口ちょうだい。」

「仕方ありませんね、カースは。
我が家のシェフが一生懸命作ってくれたのよ。感謝して食べなさい。」

少し顔を赤くして嬉しそうだ。

「ありがとう。こっちでみんなで食べようよ。」

アレックスを伴いみんなの所へ移動する。

「みんなーアレックスちゃんと一緒に食べようよ。それに放課後は狼ごっこをするんだよ。みんなもするよね?」

「アレクサンドルさんと狼ごっこができるなんて光栄ね。私、負けないわよ。」
さすがサンドラちゃんは淑女っぷりがすごい。

「狼ごっこ? やるやる! アレクサンドルさん強いんだよね。」
セルジュ君は反応が早い!

「もしかしてアレクサンドルさんも騎士を目指してる? だったら狼ごっこで負けられないよ。」
スティード君はストイックだなぁ。

「みなさんありがとう。このお弁当もぜひ摘んでくださいな。
あと、私のことはアレックスちゃんと呼んでくださいな。」

ふふ、友達がたくさんできてご機嫌なのかな。自分のことをアレックスちゃん呼ばわりとは。
みんなで弁当をつつき合うのは楽しいな。
貴族らしくないんだろうけど、リア充間違いなし。



午後の最初の授業は社会、再びウネフォレト先生の授業だ。

「みなさんは小さい頃狼ごっこやゴブ抜きなど、色んなことをして友達と遊んだわよね?
じゃあもしゴブ抜きをしていて、自分がずっとゴブリン役だったらどう思うかな?
ダキテーヌ君、どう思う?」

「はい! もし僕がずっとゴブリン役だったら悔しいです。だからゴブリン役から抜け出せるよう反射神経と気配察知を鍛えようと思います。」

そう、ゴブ抜きは缶蹴りとほぼ同じ。
故に缶すなわち仲間、の救出を狙う冒険者の接近を察知し、素早く救出を阻む反射神経と瞬発力が必要なのだ。
ダキテーヌ君が瞬発力について言及しなかったのは、そこには自信があるからだろう。

「はい。とってもいい答えですね。みんなダキテーヌ君に拍手ー!
ゴブリン役を三回連続でやったら交代する地方もあるそうですが、ゴブリン役が嫌なら勝てばいいだけですね。」

さすがは上級貴族、ゴブ抜きの厳しさをしっかり理解している。

「じゃあムリスさんならどう思うかな?」

「はい、私も負けるのは悔しいので、その時のメンバーに応じて作戦を練ろうと思います。そして一回ごとになぜ負けたのかをしっかり反省・考察しようと思います。」

「うーん! これもまた素晴らしい答えですね。ムリスさんにも拍手ー!」

ふふふ、さすがサンドラちゃん。
足は遅いけど手強いんだよね。

「じゃあもう一人、ドロール君。どう思うかな?」

「は、はい、ぼ、僕だったら、僕だけゴブリン役をやってると段々面白く無くなることを伝えて、面白くするために代わってもらいます。」

ドロール君は見た感じ平民だ。
それだけに交渉の大事さを分かっているのだろう。

「いいですね! ドロール君にも拍手ー!
さて、みなさん。この国には色々な決まりがあります。フランティアにもありますし、クタナツにもありますね。もちろんゴブ抜きにも決まりがあります。
ではもしもゴブリン役をやるのが嫌になって帰ってしまったら?
その場にうずくまり泣いてみんなを困らせてしまったら?
それはゴブ抜きの決まりにないことです。
つまり決まりを破ったことになります。
そんな子は二度と遊びに誘ってもらえませんよね。決まりを破ることは怖いことです。
みなさんも決まりを守って楽しく遊びましょうね。」

これはクタナツに犯罪者がいない理由と似ている。
基本的に死刑はなく、ほとんどが奴隷落ちだ。
罪の重さによって期間や行き先が決まる。
そして契約魔法によって管理されるため逃亡はほぼ不可能、逃亡を企てただけで刑期は追加される。
刑期が終了しても主要な街への立ち入りは禁止され生涯を終える。

騎士団が優秀なため犯罪はほとんどが即奴隷落ちである。
その上魔法が発達しているため黙秘はそうそう効かないし、偽証もほとんど看破される。
奴隷はいてもスラムはなく、荒くれ冒険者はいても犯罪者はいない。魔物さえ襲って来なければ住みよい街なのだ。

さて、本日最後の授業は体育だ。
動きやすい服に着替えて運動場に集合する。

「よーし、みんな集合! 私が体育を担当するヴァレリー・デルボネルだ。
デル先生と呼ぶといい。楽しく体を鍛えていこうな。」

おお、爽やか好青年だ。
短く刈り込んだ赤い髪が軍人にも見える。

「今日は初めての授業だからな、まずは運動場五周しよう。ゆっくりな。一列に並んで、はいスタート!」

「前と間隔を空けるなよー。」

「はい、一周。さあ最後尾のやつはダッシュ! 先頭に出なー。」

「はい次は君が最後尾な。先頭までダッシュ!」

こ、これはきつい、五周ぐらい楽勝だが、間にダッシュを挟むと中々きつい。

「はい終わりー。五分休憩な。」

みんな息を切らして座り込んでいる。
長時間耐久狼ごっこをしたこともあるが、別種のきつさである。

「よーし次はコボルト狩りな。
先生が狩人役をやるからみんな逃げるんだぞ。
これが当たったらそいつが次の狩人な。」

コボルト狩りとは、狼ごっこの亜種だ。
狼ごっこは手でタッチし、触られた相手はその場で待機、全員捕まるまで無為の時を過ごす。
コボルト狩りの場合は手でなく、走りながらボールなどを投げる。当てられた相手が次の狩人役をやるわけだ。
全員に触らないと交代できない狼ごっこよりずいぶん優しいルールなのだ。

「よーし行くぞー。逃げろよ?」

みんな蜘蛛の子を散らすように逃げる。
ちなみに投げるボールはソフトボールほどの大きさに人肌のような柔らかさ、当たっても安心設計だ。

「背中を見せると避けられないぞー。」 

さっそく平民組の誰かに当たった。

彼が次の狩人だ。
さっぱり当てられないようだ。
投げるという動作は意外と難しい。
しかも外したボールは自分で拾わなければならず、その間に遠くに逃げられてしまう。必然的により一層当てにくくなる。

「くそー当たらないなー。みんな避けるのがうまいよー。」

残念、君が投げるのが下手なのだ。
その後、適度に誰かに当たり適度に狩人を交代しながらコボルト狩りをみんなで楽しんだ。

「よーし今日はここまで。こんな感じで体を動かしていこうな。
ではまた明日、気をつけて帰れよ。」

この学校に朝礼・終礼はない。
いきなり一時間目が始まり、五時間目が終わったら帰ってよしだ。

「アレックスちゃーん、セルジュくーん、狼ごっこしよーよ。」

さっきあれだけ動いたけど、狼ごっこは別腹だ。
アレックスちゃんもみんなと仲良くなれそうでいいことだ。
こうして楽しい学校生活は続くのだろう。

ちなみにアレックスちゃんは狼ごっこが弱かった。
だから狼アレックスなのか。






カースは気付いているのだろうか。
自分がナチュラルに平民平民と見下していることに。
確かにこの世界では貴族が平民を見下して何の問題もない。
それどころが平民と貴族、上級貴族までもが同じ教室で学んでいるクタナツがおかしいのだ。
このことにカースは気付くのだろうか?
そしてどのような影響を与えることになるのか。
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