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第1章

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夏が来た。
生まれ変わって何回も夏を経験しているはずなのに、なぜか初めて夏を実感している。
それと言うのも海は遠いしプールはないし、花火もないしビールは飲めない。
枝豆を食べながらビールが飲みたい。
浴衣を着た彼女と行く夜祭りもない。
繁みであんなことこんなことしたい。

そこでせめて涼しくなりたいと思いプールを作ってみた。

鉄塊で金属を出し、点火で少しずつ溶かしながら風操で形を整えていく。
幅二メイル、長さ十メイル、深さ一メイルの子供用プールの出来上がりだ。
こんなしょぼいプールでも二週間かかってしまった。でも次から上手く作れそうな気がする。

水を溜めるのはすぐだ、水球を次々と放り込むだけなので。

しかし問題は水着なのだ。
水泳の習慣がないため水着という概念もない。ならば裸で泳ぐのか?
それは嫌だ。うちの庭だから誰が見てるという訳でもないし、子供なんだから別にいいだろう。でもやっぱり中身がオッサンなので恥ずかしさを捨て切れないのだ。

よってパンツ一丁で泳ぐしかない。
涼しいからよしとしよう。

「おっ、カースすごいものを作ったんだね。
屋外水風呂かな? 風呂にしては大きいね。」

「涼しくて気持ちいいよ。オディ兄も入ろうよ。」

「えー、外で裸になるなんて嫌だよ。よく恥ずかしくないなー。」

「いやいやパンツはいてるよ!」

「それは裸と変わらないよ! 庭で裸で水浴びって奴隷の出荷前状態だよ!?」

「えーそうなの!? でもまあ涼しいからいいんじゃない? それに泳げるようになっておいた方が生存率も上がるしね。」

「おっ、難しい言葉を使うね。でも確かにそうだよね。一生クタナツから出ないわけじゃないし、海はまず行かないけど大河を渡ることもあるよね。」

この世界では海にも魔物がいるため海で遊ぶ者はいないし、他国との貿易も盛んではない。
魔物を寄せ付けない巨大な船に凄腕の魔法使いを何人も乗せておかないと無事に到着することすらできないのだ。
そのため舶来品、例えば香辛料や綿は恐ろしく高い。もっともこちらの刀剣や甲冑、それから絹、絹織物なども外国ではかなりの高級品なのだろう。
ちなみに貴金属を外国に持ち出すことは禁止されており、支払いに金貨・銀貨を使用することもできない。
物々交換をするか王国手形での取引となる。

「泳げるようになったらマリーを誘って河で泳いだら楽しいかもよ。」

「それはいいね。すごく楽しいだろうね。でもこの辺りで泳げる河と言えば、領都寄りなんだよね、遠いなー。でもマリーと一緒に泳ぐ……それいいな。」

「じゃあこのプールをもっと大きくすればマリーも入ってくれるかもね。
あ、こんな風に外で遊ぶための水風呂を古い言葉でプールって言うらしいよ。」

「それいいな、プールかー、まだまだ暑い日が続くしね、一回ぐらい入ってくれるかも……」


結局マリーは一度もプールに入ることなく夏は終わった。
理由は「マーティン家のメイドとして、そのようなはしたないことはできません」だった。これでは水着の文化も定着しそうにないな。
まあプールを独り占めできると考えれば悪くないかな。
冬は露天風呂にしてみよう。
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