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第1章

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ある日の夕食にて。

「もうすぐ王国一武闘会があるよね?
前回の優勝者ってどんな人?」

「おお、カースにしては珍しいことを聞くな。前回の優勝者だが、一般・魔法なしの部では兄貴が優勝してたぞ。魔法ありの部では王都の冒険者・当時五等星のベルベッタ・ド・アイシャブレ嬢だな。」

「やっぱり先生はすごいね。もしかして何回も優勝してる?」

「いや、前回が初出場だな。兄貴は王国をあちこち移動しているものだから都合が合わなかったらしい。前回はたまたま王都周辺にいたらしくてな、参加できたらしいぞ。
それに優勝者は次から参加できないしな。」

おお! さすがフェルナンド先生! すごい!

「へー、ちなみに今回ウリエン兄上は参加するのかな? ちょうど王都にいることだし。」

「どうだろうな? 出るとは聞いてないが、出てもおかしくはないな。まあ三回ぐらい勝てれば上出来だろうよ。」

「なるほどー。見てみたいなー。ねえ母上ー、遠くの出来事を見る魔法ってない?」

「うーん、視力をよくする魔法ならあるわ。でも、さすがに王都は遠過ぎて無理ね。」

「無理かー。じゃあ誰かが見ている景色を自分も見る魔法とかは?」

「あーそれならあるわ。結構ややこしいけど理論上は可能よ。」

「すごーい! そんなのできるの!?」

何だそれ!? 自分で聞いておいてびっくりだよ。

「運も必要だけどね。憑依魔法って言うのよ。相手に人格を乗り移らせるの。悪用すると恐ろしいことになるわ。禁術よ。」

禁術!? そんなのまであるのか!
しかも母上は使えるのか!?

「すごい! 禁術!? 母上は使えるの?」

「無理に決まってるじゃない。難しすぎるわ。魔力はバカみたいに消費するし、両手両足で寸分違わず同じ字を書くような精密さがいるし、さらにそれを遠隔で操作しないといけないし。」

「難しいんだね。気軽に使えそうにないね。残念。ちなみに禁術ってことは誰も使えないんだよね?」

「そうでもないわよ。たぶん宮廷魔導士ぐらいになると何人かは使えると思うわよ。」

なるほど、禁術か……
魔法を中心に発達しつつある世界ってことだし、あってもおかしくないな。そうなると禁術とかまだまだたくさんあるんだろうな。興味が出てきてしまった。

でも誰に習えばいいんだ?
宮廷魔導士になってまで知りたいことじゃないし。そうか、宮廷魔導士と知り合いになればいいのか。
よし解決。そのうちどうにかなりそうだ。





そして恒例、大人達の夜。
イザベルは呟く。

「ついにあの子も禁術に興味を持ち始めたのね。やっぱり男の子よねー。」

「ふふ、男はみんなそうだな。禁術と聞くと使ってみたくなるもんだ。
ところで、さっきの憑依魔法だが本当は使えるんだろう?」

アランも身に覚えがあるのだろう。

「うふふ、使えるわよ。ただし一瞬だけよ。使えるとはとても言えないわ。」

「一瞬あれば十分だろう。その一瞬で自分にナイフを刺すこともできるだろうに。」

「確かにできるわ。でもそれってかなり痛いのよ、やりたくないわ。魔力もほぼ空になっちゃうし。」

「やはり禁術ってだけあって大変なんだな。」

「その点エルフってどうなの? 禁術とかあるの?」

「そうですね。禁術はあります。人間の禁術とは傾向が違いますが。
例えば毒沼の魔法とか。使ってしまったら辺り一帯が毒の沼になってしまいます。その沼は百年経ってもそのままだとか。そして使った者の代償はその沼から出ることもできず死ぬこともできず苦しみ続けることです。
太古の昔、村が大型の魔物に襲われた際に止むを得ず使ってしまったために、魔物は倒したものの村ごと移住を余儀なくされた事もあると聞いております。
他には即死の魔法、対象を即死させる魔法です。相手が生物でありさえすればまず効きます。代償は五感です。視覚・聴覚などどれか一つか二つ、相手によっては全てが無くなります。失う訳ですからどんな魔法でも回復できません。
このように代償を伴う強力な魔法が禁術に指定されています。」

やはりマリーは物知りであるようだ。

「なるほどね。恐ろしい魔法ばかりなのね。即死魔法なんて防ぎようがないんじゃない?」

「そうですね。目が合うぐらいの距離に近付かなければいいんですが、それは使う側も承知のこと。防ぐには中々厄介な魔法ですよ。」

「おいおい、そんな物騒な話なんかしてないで楽しい話をしようぜ。カースの魔力についてとかな。」

「カース坊ちゃんの魔力ですか、正直なところもう分かりません。私のようなエルフから見ても異常と言えるぐらいに増えてます。しかもまだまだ増えるでしょう。
金操きんくりであんな鉄の塊を浮かせるなんて正気ではありません。私があれを浮かせたら十秒で魔力が空になります。」

「うふっ、カースはすごいわよね。小さい頃、空を飛びたいって言って魔法を覚え始めて本当に飛んでるんだから。」

「ああ、自慢の息子だな。しかもあいつ、やっと自分が変だと自覚したな。人に見られないよう工夫もしている。」

「良いことですね。わざわざ金操を使う所が相変わらず変ですが、それも坊ちゃんの魅力かと。」

「ふふっ、普通空を飛ぶと言えば風操かざくり浮身うきみよね。あの子ったら埃が立つからってわざわざ金操なんか使って。」

「でも浮身では空に登ることはできても飛ぶとは言えませんよね。まあ風操を併用すればいいだけですけど。」

「案外あいつ浮身を知らないだけかもな。明日教えてやったらどうだ?」

「それはだめよ。あの子には自分で気付いてもらわないとね。」

「はっはっは、イザベルは厳しいな。
私には優しくしてくれよ?」

「もちろんよ。今日は私とマリーの二人がかりで房中錬魔循環をしてあげるわ。一国の王だってまず知らない快楽を味わえるなんてアランは幸せ者ね。」



こうしていつもより激しい夜は更けていった。
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