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第1章

161 盗賊と同期と

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クタナツで三日間の休息を終えたリトルウィングの面々はクタナツからバランタウンに向かっていた。

そこから徒歩二十分程度の間隔を開けて何者かが歩き出した。


リトルウィングがクタナツを出発してもうすぐ二時間、そろそろバランタウンまで残り半分だ。
そこで彼らを何者かが襲った。
ただ実際にはそうそう身を隠すことのできない荒野だ。奴等の動きはバレバレだったのだが……

『燎原の火』

いきなりベレンガリアが魔法を使う。
詠唱に時間がかかるベレンガリアだが、あれだけあからさまだと余裕で間に合う。
イザベルに比べると威力、範囲とも遠く及ばないが盗賊程度なら問題ない。
焼き尽くすことはできないにしても、敵全体に火傷を負わせることぐらいはできる。

動きさえ止めてしまえばオディロンの出番だ。乾燥魔法で片っ端からとどめを刺す。
全身を火傷しているため効き目がすごい。

生き残った盗賊達は狼狽えるばかりで誰も攻撃をしてこない。
おかしい……獲物を皆殺しにするような凶悪な盗賊のはずでは……?
訝しむリトルウィング。

それでもオディロンは淡々と仕留めていく。
ベレンガリアは再び詠唱を始めている。
三十人近くいた盗賊もたちまち残り四人。

「待て、待ってくれ! 俺だ!」
「助けてくれ!違うんだ!」
「命だけは!」
「こいつのせいだ! 俺はやりたくなかったんだ!」

なんと! 盗賊だと思ったら同期の面々ではないか。

「あんた達……ついに盗賊にまで落ちぶれたのね……」

「ベレンちゃん、どうしたい? 僕としては命だけは助けてあげてもいいと思うよ。せっかくだ、君達の言い分を聞かせてくれるかな?」

「た、頼む! 助けてくれ! もうしないから!」
「お願いします! 俺は悪くないんだ!」
「お前が言い出したんだろ!」
「いや、お前だろ! 俺は悪くない! だから助けてよ!」

その間にベレンガリアの詠唱が終わり、魔法が放たれる。

業炎ごうえん

「待っ」
「やめっ」
「違っ」
「そんなっ」

生き残った四人は瞬く間に焼き尽くされた。
魔力庫の中身をぶちまけたが、それも焼き尽くされた。

「ベレンちゃんお見事。僕の時間稼ぎに気付いてくれて嬉しかったよ。」

「あんたも時間稼ぎお見事。ジェームスは死体と戦利品を収納して。それが終わったら少し休憩してバランタウンに向かうわよ。」

「一瞬、生け捕りもいいかなって迷ったけど僕らの実力じゃあ無理だよね。だからこれが正解だね。九等星か八等星の男だと金貨十枚ぐらいで売れるらしいね。」

ヒャクータは惜しいことをしたって表情で呟く。
「こいつら揃いも揃って十等星だしね。どうせ安いよね。はーあ。」

そこにジェームスが。
「終わったよ。原形を留めてる死体は二十三ってとこっしょ。現金は銀貨九枚、銅貨が六百五十枚ぐらい。ロクな物がないよ。他は食い物や服、布ってとこっしょ。」

「こんなのを古い言葉で、骨折り損のくたびれ儲けって言うらしいよ。うちの弟、カースはやたら古い言葉が好きなもんで覚えてしまったよ。」

「よし、じゃあ休憩! ジェームス、魔力ポーションちょうだい。」

「え? 必要なくない? 歩いてるうちに回復するっしょ。」

「嫌な予感がするのよ。回復しておかないとね。」

そんな一行に追いつくようにクタナツ側から何台か馬車が来ている。
商人だろうか……

そして西からも何者かが押し寄せてくる。

「あんた達! ここから離れるわよ! 早く!」



西からやって来たのは盗賊だった。
軽く二百人はいる。

一方、クタナツからやってきたのは馬車が五台のみ……にもかかわらず慌てる様子がない。

「ヒャーッハーッー! 有り金全部出しな! 命だけは助けてやるよ!」
「オラオラ早くせーや! 殺しちゃうぞ!」
「何黙ってんだぁ!? ビビるのも分かるけどよぅ!」

わずか五台の馬車の荷台から次々と人が降りてくる。騎士だ。

「捕らえなくていい! 全部殺せ!」

号令をかけたのはアランだった。
四十名に満たない騎士が盗賊へ襲いかかる。

「騎士がなんぼのもんじゃあ!」
「やったれやぁ!」
「俺らに勝てると思ってんのか!」
「はいはい騎士ちゃんごくろーさん!」

盗賊は余裕だ。
何が彼らをそうさせるのか。
理由は簡単、無知だからだ。
そんな発言からわずか数十秒後、盗賊達の人数は半減していた……
ほとんどの盗賊達は考えもしなかったのだ。
なぜ頭目が騎士を警戒していたか。
なぜクタナツ周辺に盗賊がいなかったのか。
答えは簡単、クタナツの騎士団が強いからだ。
そして号令から数分後、二百人の盗賊は全滅していた。逃げ出せた者はいない。
全部殺せと指示を出したのに、アランだけは何名か生け捕りにしていた。上司は大変なのだ。

そんなアランの背後に襲いかかる者が。
盗賊を全滅させて油断していた上に殺気がないため気付けなかったのだ。
タックルのようにアランの腰に飛びついたのは、ベレンガリアだ。

「アラン様! 危ないところをお助けいただきありがとうございます!」

「ベレンガリア嬢、奇遇だな。こんな所で会うとは。オディロンもいるのかい?」

「はい! こんな所で出会えるなんて! 運命です! これはもう運命です!」

「そうか、運命か。じゃあ次もまたすぐ出会えるさ。だから離してもらえるかな。まだ終わってないもんでな。」

「父上! これって例の盗賊なの?」

「おぉオディロン。今日のこの時間に盗賊が出るって密告があってな。普通はこんなに遊撃隊の総力を挙げることもないんだがな。今回は何か不穏なモノを感じた騎士長の判断が大当たりだ。」

「密告? よく騎士長はそんなのを信じたね。」

「おお、私もそう思う。が、大当たりのようだ。さて、わざわざ生け捕りにしたこいつらをクタナツで尋問だ。お前もがんばれよ。」

「待って父上、ついさっき僕らも襲われたんだ。三十人ぐらいに。バランタウンに届け出ようと思ってたけど、どうしよう?」

「あぁ? 相手は分かるか?」

「それが同期のやつらなんだよ。たぶん盗賊とは関係ないとは思うけど、死体だけでも引き渡そうか?」

「ふーむ、一応もらっとこう。出してくれ。」

アランの意向を受けてジェームスは死体を全て排出する。

「まあ何にしてもお前が無事でよかった。油断するなよ。じゃあベレンガリア嬢、またどこかで。」

「はい! アラン様! ありがとうございました! 私の宿は『昇竜の春風亭』です!」

こうしてグリードグラス草原の開拓を悩ませた盗賊騒動は一件落着し、リトルウィングを悩ませた同期はいなくなった。
ここから先は騎士団の仕事となる。

なお誰も知り得ないことだが、以前リトルウィングに『擦りつけ』を行った『サイクロプスの咆哮』は、この盗賊により皆殺しにされていた。
男三人は襲われたその場であっさり殺された。
紅一点シードナは凌辱の果てに二日遅れで死んだ。
彼女は売り飛ばす価値がないと判断されたらしい。
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