上 下
237 / 240
第1章

237、カースとスパラッシュのぶらり魔境二人旅 〜旅情編〜

しおりを挟む
早朝、日の出と共に城門が開く。
私はスパラッシュさんと東に向かって歩き、城壁の北東の角辺りで銀ボードに乗り込み北東に向かって出発した。

「ぼ、坊ちゃんがオウエスト山の頂上にいたのはこれだったんで……」

「あの時は結構大変だったんだよ。魔力が切れちゃってさ。今回は二、三時間もあれば着くと思うよ。方向だけ指示してね。」

「ヘルデザ砂漠まで二、三時間ですかい……は、ははは……」

「あっ、帰りにグリードグラス草原でイービルジラソーレを狙いたいから覚えておいてもらえる?」

「へ、へいっ……ついでにふらっと寄りやしょうか……」

私達はこうして談笑しながら砂漠へと向かった。草原より奥に行くのはもちろん初めてだ。ドキドキするな。

風壁を張っているし上空なので暑さは感じない。地表はきっと灼熱地獄のはずだ。
先生はこんな所を二週間も歩いて通り抜けるのか……

「坊ちゃん、そろそろ中心部ですぜ。」

すごいな。何も目印がないのになぜ分かるんだ? 景色だって変わった様子が見えない。

「どうすればいい? 大きい魔法を使って誘うとか?」

「それもいいんですが、今回はこいつを使いやす。」

そう言ってスパラッシュさんは笛を取り出した。何だか凶々しい感じがする。

「こいつぁ呪われた笛なんでさぁ。こいつを一吹きしやすと近辺のヤバい魔物がわらわら集まるってぇ代物なんでさぁ。」

「大丈夫なの? スパラッシュさんが呪われたりしない?」

「へえ、あくまで呪われてんのはこの笛なんでさぁ。誰が吹こうが魔物を呼んじまうのは変わりやせんがね。
じゃあいきやすぜ? 片っ端から仕留めてやってくだせぇ。」

風壁解除。

笛の音が響き渡る。
スパラッシュさんが牛若丸に見える。
砂漠なのになぜ響くのか分からないが澄んだ音色が鳴り響く。
嘘みたいだろ? 呪われてるんだぜ?

それから一分もしないうちに砂の中から巨大なワームが現れた。ぶっといなぁ……

「しまった! 聞くのを忘れてた! 魔石が欲しいんだよ! どこを避けて仕留めたらいい?」

「そいつぁグランサンドワームでさぁ。先端より少し下辺りに一回り太い部分がありまさぁね? その周辺に魔石があるんでさぁ。」

なるほど。そうなると……

『火球』

先端から丸焼きだな。

やったか?
確認する前にもう次が来た。

「おっ、ヴェノムスコルピオンですぜ。あいつは衝撃や斬撃に滅法強いんでさぁ。坊ちゃんなら水壁とかで溺死させるのが手っ取り早いですぜ。」

全長五メイル程度の蠍だ。でかっ。
やばい毒があるんだろうな。
忠告通りに……

『水壁』

溺死してもらおう。
おっ、さっきのワームも動かなくなったな。
サッと近付きサッと収納。

まだまだ来る!

「坊ちゃん! デザートハイエナですぜ! 獲物を盗られないよう注意してくだせぇ!」

「了解! 面倒だから殺しておくよ。」

『散弾』

十匹足らずのハイエナをまとめて撃ち抜く。
と、思ったらそいつらの死体が根こそぎ消えた!?
吸われた!? 急に現れたあの魔物は……またワームか!?

「ぐげぇっ! まさか!? ノヅチ!?  坊ちゃん! ここから離れてくだせぇ! 今すぐ!」

私は急いで銀ボードを移動させる。

奴の巨大な体躯が大豆に見えるぐらいには離れた。

「あれはどんな魔物?」

「最悪ですぜ……だいたい半径ニキロルぐらいの物を何でも吸い込んでしまいやがるんで。砂だろうが魔物だろうが。だから奴が暴れた後は大穴しか残らないって話でさぁ。」

「吸い込んだ物はどこに行くの?」

「分からないんでさぁ。どれだけ吸い込んでも大きさが変わったって話は聞きやせんぜ。」

「なるほど。興味深いからここからしばらく見てていい?」

「ええ、ここまで離れりゃ大丈夫たぁ思いやすが。」

これだけ離れていて、なおかつ砂煙の向こうなのに奴の周りではどんどん砂が減っていくのが分かる。

しかし永遠に吸い続けることなどできるはずがない。いつか止まるはずだ。その時だけでも確認してから他の場所に行こう。

「あいつって普段どこに隠れてるんだろうね?」

「その辺は一切不明なんでさぁ。ドラゴンを倒したってぇ話は勇者を始めちょくちょく聞きやすが、ノヅチを倒したって話は聞いたことがありやせんや。」

「それはすごいね。あっ、そろそろ吸い込むのをやめるみたい。少し近付いてみるよ。」

砂煙が落ち着いてきたので、慎重に銀ボードで近寄る。高度も上げておく。見えないな。
もう少し近付く。

いない……

周辺は奴がいたであろう場所を中心に半径三キロル程度のクレーターになっていた。
あのわずか十分足らずでこれだけの……

中心部の穴からどこかに行ったのだろうか?

せっかくだから嫌がらせぐらいしてやろう。

『津波』

水を大量に流し込んでやる。
飲めるものなら飲んでみやがれ。
何もなければ砂漠にオアシスができるってことで。

一応高度を上げて水を追加し続けてみる。
今のところ穴に吸い込まれるだけで正に砂漠に水撒き状態だ。
奴が穴を掘って移動したのならどこまでも水が追うはずだが、さあどうなる?

水が吸い込まれなくなったので、もう一度『津波』

これでクレーターが湖と化した。
果たしてノヅチは溺死するのか、出てくるのか、それとも全然別の所に行ってしまったのか。

「坊ちゃん……こいつぁ夢ですかい……砂漠にこんな湖ができるだなんて……」

「どうだろうね。夢なら夢らしくスパラッシュさんが名前付けてみてよ。この湖に。」

「よっしゃ、夢ならここは一つあっしの粋な所を見せてやりゃしょう。ええと、グレートマーティンワンダフルレイク!」

「却下。次で。」

「くっ、じゃあスティクス湖!」

「決定! さすがスパラッシュさん。センスいいね。まあ明日には干からびてるかも知れないけどさ。」

湖に変化はない。まさか溺死するとは思えないので、たぶんどこかに行ってしまったのだろうか。少し残念だ。

「じゃあ場所を変えようか。次は蛇の魔石が欲しいからね。でもその前にお昼にしようか。」

私は高度をさらに上げて魔力庫から弁当を取り出す。私達の上に闇雲で影を作ると意外と涼しい。

「ご馳走になりやす。こんないい景色を眺めながら食事たぁあっしも出世したもんですぜ。坊ちゃんのおかげでさぁ。」

「ノヅチは残念だったけど、昼からも頼むね。さすがにあんなのもう出ないよね。」

たぶん口の直径は二十メイル以上あった。もっとも口しかなかったが。巨大な土管のような、ワームのような……まるでブラックホールだ。
全長は地表に見えただけで六十メイルぐらい。本当の長さはいかほどなのか……

「いやーあっしも噂にチラッと聞いただけでまさかお目にかかれるとは思いもよらねぇこって。さすがにもう出ねぇとは思いやすよ。」

「さっき思ったんだけどね。僕は行く先々でよく大物と遭遇するんだけど、それって魔法をたっぷり使ったからだと思ってたんだ。でもそれだけじゃない気がするんだよね。たぶん僕の魔力に惹かれてるっぽいんだ。」
 
なんとなくそう思うってだけなんだけどね。

「な、なるほど……坊ちゃんほどの魔力がありゃあ有り得る話でさぁね。」

「隠形を使ってるから気付かれてないとは思うんだけど、何か漏れてるのかな。まあ安全第一でやろうね。」

「へいっ! お願いいたしやす!」

こうして私達は次のポイントを目指すのであった。
しおりを挟む

処理中です...