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二人が帰る場所
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ハロウィン。その発祥はアイルランドのケルト人が収穫祭として始めたと言われている。それがアメリカで民間行事として定着し、さらにそれが日本に入ってきた……らしい。
小木曽肇は混雑する店内を見て、そんなことを思った。
肇が現実逃避したくなるのも無理はない。ディナータイムの開店と同時になる満席、そこから空くことのない机は、みな一様にハロウィン限定メニューが置かれ、客は楽しげに写真を撮っている。
休みの日とイベント時は稼ぎ時。そう思うけれど、こうもひっきりなしに客が来られては、嬉しい悲鳴も上げたくなるだろう。
「猪井、この様子じゃ休憩取り損なうから、先に入れ」
「あ、はいっ」
裏でせっせと盛り付けをしていた猪井が、人懐こい笑顔を見せ、奥へと引っ込んでいく。肇は猪井がやっていた作業を引き継ぐと、気合いを入れるためにフッと短く息を吐いた。
今日はハロウィン。丁度土日も重なったため、昨今のハロウィンブームにあやかり、肇が店長を務める洋食レストランでも、限定メニューを出したのだ。濃厚かぼちゃのポタージュスープに、赤緑黄色のカラフルな野菜のピクルス、メインは手羽元のマーマレード焼きで、エビピラフも付いている。
そこまでは、普段のメニューが少し季節感を帯びただけだけれど、デザートでハロウィンっぽさを出して広告を出したら、それが大当りした。主に客は女性で、そこかしこから「かわいい」と歓声が上がっている。
(しっかし、猪井がお菓子を作れるとはな……)
肇は手を動かしながら、真剣な表情で飾り付けをする猪井を思い出す。普段は人懐こい、どちらかといえばあえておバカな言動をする彼だけれど、意外と器用だ。自分で作ったチョコレートの蜘蛛の巣やオバケ、ジャック・オー・ランタンなどを次々とケーキに飾り付けていた。
肇も猪井に倣い、同じように飾りつける。日本人はイベント事が好きだよな、と大量に作ったそれらを、今度はホールスタッフに皿ごと渡し、次の作業に取り掛かった。
「店長、お友達が来てますけど……」
すると、遠慮がちにスタッフに声を掛けられる。厨房からホールを見ると、確かに見覚えのある眼鏡の男と、綺麗な顔の男が席に座っていた。
肇は少しだけ、とホールに出ていく。
「よ、毎度売上に貢献してくれてさんきゅ」
そう言うと、眼鏡の男は「相変わらず肇は可愛いな」とからかう。一緒に来た恋人を、嫉妬させるためにそういうこと言うなよ、と口を尖らせると、眼鏡の男は笑った。
「俺はいつも本音しか言わねーの。じゃあ、注文頼む」
肇は少々呆れながら注文を受けると、また厨房に戻っていく。二人でハロウィンに食事とか、亮介──眼鏡の男のことだ──も、似合わないことをするよな、と微笑ましく思う。
しかし、そこからはもう、考えている暇など無いくらいに動き回った。あまりの忙しさに、亮介たちが帰ったことすら気付かなかったので、また改めてお礼を言っておこう、と頭にメモしておく。
◇◇
そして最後の客が帰り、店の看板を『準備中』としたところで、肇はどっと疲れが出てきて大きく息を吐いた。
繁盛したのはいいことだけれど、来年からはスタッフの負担も考え、予約制にするか、とか考えていると、声を掛けられる。
振り返ると、優しげな顔の男がいた。確かこのひとは、と思い出そうとしたら、彼は肇が思い出すまでもなく「透を迎えに来ました」と言う。
そうだった、このひとは猪井の恋人で、保護者的存在の「しんちゃん」だ、と頷き、裏の出入口を案内した。
「しんちゃん? 迎えに来てくれたの?」
裏から入るなり恋人を見つけた猪井は、駆け寄って抱きついている。目の前で抱き締め合って、今日のデザートよりも甘ったるい雰囲気を醸し出す二人。肇は嘆息して労いの言葉を掛けると、猪井は素直に「お疲れ様でしたー」と笑顔で言う。
一方「しんちゃん」は、こちらには畏まった態度で事務的に挨拶し、猪井に視線を戻した途端、視線が柔らかくなった。こりゃ相当独占欲強いな、と心の中で肇は苦笑する。
「ったく、ハロウィンなんて、数年前までみんな見向きもしてなかったのに……」
そう独りごちて、肇は誰もいなくなった店内で最終点検をし、店を後にした。
イベントにかこつけて、友人や恋人と楽しめるのはいいことだと思う。自分もそうしたいところだけれど、何せ恋人もこのイベントには厳戒態勢で仕事に挑んでいるから、無理なことだ。
それに、自分たちの付き合いは長すぎて、とうの昔に相手にトキメク時期は過ぎてしまっている。
「……やめやめ。今までもこれからも、盆暮れ正月、ついでにハロウィンはどうせ一緒に過ごせないんだから」
寂しいとは言わない。それを言ったら相手は気にしてしまうし、それを承知で付き合っているはずだ。だから目の前のことに集中して、相手の負担を少しでも減らせたら、とか思っている。
徒歩で帰路に着くとスマホが震えた。見ると、画面には今考えていた相手の名前が出ている。仕事中のはずなのに、と思いながらも出ると、聞き慣れた声がした。
『お疲れ様。仕事は終わった?』
「ああ、今店出たとこ。仕事は? 休憩中か?」
『あはは……ちょっと、予想外に目立っちゃって、しばらく引っ込んでろって……』
相手は苦笑しているらしく、それが肇にも伝わり同じく苦笑した。肇の恋人は、主催者のいない、自然発生的に生まれたコスプレイヤーの集まりを、取り締まる仕事をしている。しかし、毎年テレビで話題になるDJポリスよりも目立ってしまい、ちょっとした騒ぎになったので先輩に怒られたらしい。
「あー……まあ、それは仕方ないよな」
『私服でいるだけなのにね。やっぱ肇にメイクでもしてもらって、コスプレした方が目立たなかったかも?』
「馬鹿言え湊、お前がそんなことをしたらパニックになる」
湊は良くも悪くも目立つ存在だ。モデル並みの容姿に柔らかい物腰。彼が高校生の時は微笑んだだけで卒倒する女子もいたほど。コスプレは肇の趣味だから、詐欺メイクすればイケるか? と真面目に考えてみるものの、見られることに慣れている彼には効果は薄いだろう、と考え直す。
『まぁ、これで来年からは表立って動く捜査は無くなるかも?』
「いいじゃん、キャリアならデスクワークが多いんだろ?」
そうだけどさ、と湊は呟く。
『いや、愚痴りたかった訳じゃないんだ。ただ……』
そう言って、言い淀んだ湊は、大きなため息をついた。肝心な時に自分を抑える癖のある彼に、肇はその度にハッキリ言えと伝えて、彼が話すのを待つのだ。
『いや、割とカップルも多いんだなって。少し前までハロウィンなんてイベント、スルーされてたのに』
つい先程、肇が考えていたことを湊も思っていたと知り、付き合いが長いと考えも似るのかな、なんて思って少し胸が温かくなった。
「そうだな。……で? お前の言いたいことはそれだけか?」
『ああいや。肇、……ハッピーハロウィン……』
多分湊は照れているのだろう、ボソボソと呟くように言う。肇は昔なら、つられて照れていたけれど、もうそんな時期は過ぎた。代わりに胸の中が温かい何かで満たされて、自然と笑みが零れる。
「……おう、ハッピーハロウィン」
来年は一緒に過ごせるといいな、と伝え合って、通話を切った。家に帰れば会えるのに、それを言いたくて電話してきたのか、と嬉しさを噛み締める。
同じ家に住んでいても、離れていれば、ふとした瞬間に愛しいひとに会いたくなるもの。
悪くない感情だ、と肇は二人で選んだマンションに帰った。
[完]
小木曽肇は混雑する店内を見て、そんなことを思った。
肇が現実逃避したくなるのも無理はない。ディナータイムの開店と同時になる満席、そこから空くことのない机は、みな一様にハロウィン限定メニューが置かれ、客は楽しげに写真を撮っている。
休みの日とイベント時は稼ぎ時。そう思うけれど、こうもひっきりなしに客が来られては、嬉しい悲鳴も上げたくなるだろう。
「猪井、この様子じゃ休憩取り損なうから、先に入れ」
「あ、はいっ」
裏でせっせと盛り付けをしていた猪井が、人懐こい笑顔を見せ、奥へと引っ込んでいく。肇は猪井がやっていた作業を引き継ぐと、気合いを入れるためにフッと短く息を吐いた。
今日はハロウィン。丁度土日も重なったため、昨今のハロウィンブームにあやかり、肇が店長を務める洋食レストランでも、限定メニューを出したのだ。濃厚かぼちゃのポタージュスープに、赤緑黄色のカラフルな野菜のピクルス、メインは手羽元のマーマレード焼きで、エビピラフも付いている。
そこまでは、普段のメニューが少し季節感を帯びただけだけれど、デザートでハロウィンっぽさを出して広告を出したら、それが大当りした。主に客は女性で、そこかしこから「かわいい」と歓声が上がっている。
(しっかし、猪井がお菓子を作れるとはな……)
肇は手を動かしながら、真剣な表情で飾り付けをする猪井を思い出す。普段は人懐こい、どちらかといえばあえておバカな言動をする彼だけれど、意外と器用だ。自分で作ったチョコレートの蜘蛛の巣やオバケ、ジャック・オー・ランタンなどを次々とケーキに飾り付けていた。
肇も猪井に倣い、同じように飾りつける。日本人はイベント事が好きだよな、と大量に作ったそれらを、今度はホールスタッフに皿ごと渡し、次の作業に取り掛かった。
「店長、お友達が来てますけど……」
すると、遠慮がちにスタッフに声を掛けられる。厨房からホールを見ると、確かに見覚えのある眼鏡の男と、綺麗な顔の男が席に座っていた。
肇は少しだけ、とホールに出ていく。
「よ、毎度売上に貢献してくれてさんきゅ」
そう言うと、眼鏡の男は「相変わらず肇は可愛いな」とからかう。一緒に来た恋人を、嫉妬させるためにそういうこと言うなよ、と口を尖らせると、眼鏡の男は笑った。
「俺はいつも本音しか言わねーの。じゃあ、注文頼む」
肇は少々呆れながら注文を受けると、また厨房に戻っていく。二人でハロウィンに食事とか、亮介──眼鏡の男のことだ──も、似合わないことをするよな、と微笑ましく思う。
しかし、そこからはもう、考えている暇など無いくらいに動き回った。あまりの忙しさに、亮介たちが帰ったことすら気付かなかったので、また改めてお礼を言っておこう、と頭にメモしておく。
◇◇
そして最後の客が帰り、店の看板を『準備中』としたところで、肇はどっと疲れが出てきて大きく息を吐いた。
繁盛したのはいいことだけれど、来年からはスタッフの負担も考え、予約制にするか、とか考えていると、声を掛けられる。
振り返ると、優しげな顔の男がいた。確かこのひとは、と思い出そうとしたら、彼は肇が思い出すまでもなく「透を迎えに来ました」と言う。
そうだった、このひとは猪井の恋人で、保護者的存在の「しんちゃん」だ、と頷き、裏の出入口を案内した。
「しんちゃん? 迎えに来てくれたの?」
裏から入るなり恋人を見つけた猪井は、駆け寄って抱きついている。目の前で抱き締め合って、今日のデザートよりも甘ったるい雰囲気を醸し出す二人。肇は嘆息して労いの言葉を掛けると、猪井は素直に「お疲れ様でしたー」と笑顔で言う。
一方「しんちゃん」は、こちらには畏まった態度で事務的に挨拶し、猪井に視線を戻した途端、視線が柔らかくなった。こりゃ相当独占欲強いな、と心の中で肇は苦笑する。
「ったく、ハロウィンなんて、数年前までみんな見向きもしてなかったのに……」
そう独りごちて、肇は誰もいなくなった店内で最終点検をし、店を後にした。
イベントにかこつけて、友人や恋人と楽しめるのはいいことだと思う。自分もそうしたいところだけれど、何せ恋人もこのイベントには厳戒態勢で仕事に挑んでいるから、無理なことだ。
それに、自分たちの付き合いは長すぎて、とうの昔に相手にトキメク時期は過ぎてしまっている。
「……やめやめ。今までもこれからも、盆暮れ正月、ついでにハロウィンはどうせ一緒に過ごせないんだから」
寂しいとは言わない。それを言ったら相手は気にしてしまうし、それを承知で付き合っているはずだ。だから目の前のことに集中して、相手の負担を少しでも減らせたら、とか思っている。
徒歩で帰路に着くとスマホが震えた。見ると、画面には今考えていた相手の名前が出ている。仕事中のはずなのに、と思いながらも出ると、聞き慣れた声がした。
『お疲れ様。仕事は終わった?』
「ああ、今店出たとこ。仕事は? 休憩中か?」
『あはは……ちょっと、予想外に目立っちゃって、しばらく引っ込んでろって……』
相手は苦笑しているらしく、それが肇にも伝わり同じく苦笑した。肇の恋人は、主催者のいない、自然発生的に生まれたコスプレイヤーの集まりを、取り締まる仕事をしている。しかし、毎年テレビで話題になるDJポリスよりも目立ってしまい、ちょっとした騒ぎになったので先輩に怒られたらしい。
「あー……まあ、それは仕方ないよな」
『私服でいるだけなのにね。やっぱ肇にメイクでもしてもらって、コスプレした方が目立たなかったかも?』
「馬鹿言え湊、お前がそんなことをしたらパニックになる」
湊は良くも悪くも目立つ存在だ。モデル並みの容姿に柔らかい物腰。彼が高校生の時は微笑んだだけで卒倒する女子もいたほど。コスプレは肇の趣味だから、詐欺メイクすればイケるか? と真面目に考えてみるものの、見られることに慣れている彼には効果は薄いだろう、と考え直す。
『まぁ、これで来年からは表立って動く捜査は無くなるかも?』
「いいじゃん、キャリアならデスクワークが多いんだろ?」
そうだけどさ、と湊は呟く。
『いや、愚痴りたかった訳じゃないんだ。ただ……』
そう言って、言い淀んだ湊は、大きなため息をついた。肝心な時に自分を抑える癖のある彼に、肇はその度にハッキリ言えと伝えて、彼が話すのを待つのだ。
『いや、割とカップルも多いんだなって。少し前までハロウィンなんてイベント、スルーされてたのに』
つい先程、肇が考えていたことを湊も思っていたと知り、付き合いが長いと考えも似るのかな、なんて思って少し胸が温かくなった。
「そうだな。……で? お前の言いたいことはそれだけか?」
『ああいや。肇、……ハッピーハロウィン……』
多分湊は照れているのだろう、ボソボソと呟くように言う。肇は昔なら、つられて照れていたけれど、もうそんな時期は過ぎた。代わりに胸の中が温かい何かで満たされて、自然と笑みが零れる。
「……おう、ハッピーハロウィン」
来年は一緒に過ごせるといいな、と伝え合って、通話を切った。家に帰れば会えるのに、それを言いたくて電話してきたのか、と嬉しさを噛み締める。
同じ家に住んでいても、離れていれば、ふとした瞬間に愛しいひとに会いたくなるもの。
悪くない感情だ、と肇は二人で選んだマンションに帰った。
[完]
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ご馳走様でした♪
ミドリさん、ありがとーう!(´▽`)