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14 懐旧

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(本を読んでていいって言われたけど……)

 薫は本棚の前に立ち尽くす。
 話せるから気にしていなかったけれど、背表紙を見ていても、所々読めない文字があるのだ。

 すると、着替えたエヴァンが奥の部屋から出てきた。聞いても良いだろうか、と迷っていると、彼は薫の隣に立って、今しがた薫が見ていた本を取る。

「……ベルはまず選ばなさそうな本ですね。単語が分からないなら教えます」
「……っ、ありがとう、ございますっ」

 やはり彼は先を読んでこちらに来たらしい。言動はチグハグだけど、根本的には優しいひとだ、と薫は思う。

「……ここの皆さんは、優しいですね」

 そう呟くと、エヴァンは「どうしてそう思うんです?」と聞いてきた。

「僕のことを、無条件で受け入れてくれるからです」

 薫は苦笑しながらそう答えると、エヴァンはまた苦々しい顔をする。

「やっぱり、前世でも愛されたかったな、と思いました」

 そう言いながら、エヴァンにそんな表情をして欲しくなくて、慌てて手を振って大丈夫、と言うと、エヴァンは座りましょう、と椅子を勧めてきた。二人でソファーに並んで座ると、エヴァンは過去を思い出すように遠い目をして呟く。

「私の育ての親も、無条件に私を受け入れてくれる人でした」
「エヴァンさんの?」

 ええ、と彼は微笑む。初めて彼に会った時に見た、綺麗な笑みだった。

「私はその親に買われたのです。とても変わり者で、私にも貴族並みの教育をと、育てられました」

 エヴァンがある程度の一般教養を身に付けた時、学校に通わされたそうだ。産まれた時から過去未来が視える、占いの能力を持っていた彼は、そこで出会ったシリルとロレット、ベルと、仲良くなるんだろうな、と漠然と思ったと言う。

「ハッキリ分からなかったんですか?」
「私の占いでは、せいぜい三ヶ月以内のことしか分かりません。しかも、自分のことは視えないのです」

 薫はなるほど、と思った。ロレットがエヴァンの占いは万能じゃないと言ったのは、こういうことだったのか、と。でも、どうして彼は急にこんな話をしようと思ったのだろう?

「……何となく。私の気まぐれです」

 そう言いながら、彼は柔らかい表情をしていた。それならば、この話を掘り下げてみようと薫は思う。

「……昔のシリルは、どんな子だったんですか?」

 薫は尋ねてみると、エヴァンは、長いまつ毛を伏せた。

「成績優秀ですが、とても大人しい子でした」

 意外なシリルの一面に驚いていると、エヴァンはこちらに視線を合わせて眉を下げる。

「シリルは、前王……彼のお父様の愛人の子でしたから」
「……」

 薫はグッと胸が詰まった。彼らも一筋縄ではいかない過去を持っているのに、それをおくびにも出さない。本当にこのひとたちは良いひとなんだな、と思う。

「しかも正妻には子供ができず……前王はシリルを認知したものの、扱いはあまり良くなかったようですね」

 だからシリルは「みな平等に」を実現しようと奮闘しているのか、と薫は目頭が熱くなった。愛するベルが言っただけではなく、自分が粗末に扱われる痛みを知っているから。

 こんな話、シリルは絶対にしないだろう。ベルの魂がそう言っている。ベルの願いはシリルの願いであり、シリルの願いはベルの願いだからだ。

「ベルさんは? どんな子でした?」

 薫がそう聞くと、エヴァンは少し首を傾げた。ラベンダー色の髪がさらりと揺れて、本当に綺麗なひとだな、なんて思う。

「明るくて、溌剌はつらつとしていて、……昔から異性に好かれる方でした」

 ロレットはすぐベルにちょっかいを出してましたね、とエヴァンは笑った。楽しそうな幼少時代の話に、薫はやっぱりベルは自分と正反対だ、とため息をつく。

「ロレットは……べ、ベルさんのこと、好きだった……んですかね?」
「ロレットが? まさか」

 聞けば、ロレットは小さい頃、地位を笠に着てやんちゃばかりしていたらしい。本当に好きな子には、手も足も、口すら出せない子でしたよ、とエヴァンは言う。
 やはり今の姿からは想像できないロレットの話に、薫は羨ましい、と思った。こんな幼少時代を送りたかったな、と。

「私も最初は女の子だと思われていたみたいで。……嫌がらせで、捕まえた虫を服の中に入れられたり」
「ひ……っ」

 想像しただけでゾッとする話だ、と薫は背中を震わせる。そして、そんなロレットの行動が、周りの生徒にも影響を与えたそうだ。

「次第にクラスメイトも私に嫌がらせをするようになって……それは別に気にしてなかったんですけど」

 彼は苦笑する。ある日、ロレットに育ての親をバカにされて、悔しくて泣いてしまったという。
 買われたにしては破格の扱いだったエヴァンは、育ての親を尊敬していた。自分が言われるならともかく、両親をバカにするなと泣きながら怒鳴ったら、次の日からロレットはもちろん、クラスメイトからの嫌がらせもピタリと止んだそうだ。

「それがきっかけですかね。ベルが中心になって、私とロレットと三人でつるむようになりました」
「……まだシリルは仲良くなかったんですか?」
「そうですね……でも、ベルに誘われてよく一緒にいました」

 そのうち、四人でいることが自然になった、と言うエヴァンは、はた、と気付いて「話し過ぎましたね」と苦笑する。

「……エヴァンさんは、みんなが大好きなんですね」

 薫は感じたことを言うと、彼は顔を逸らしてしまった。何か気に障ることを言ってしまったかな、と思っていると、「大人になったら、こういう関係がいかに大切なものか、思い知りましたので」とエヴァンは呟く。何となく、彼の耳が赤い。

 照れているだけ? と薫は思ったけれど、口にはしなかった。口にしたら、また冷たい態度を取られるのが、目に見えていたからだ。

 そのあとは、最初の目的通り、分からない単語をエヴァンに教えてもらいながら、読書をして一日を過ごした。
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