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第2話
しかし、普通の会社員と、飲食店店長の生活リズムが違うのは当たり前の話だった。昨日のうちに友嗣と連絡先を交換し、家の住所と合鍵を渡したところまでは良かったのだが。
駿太郎は目の前で、昨日の服のままソファーに寝転がる友嗣を見下ろす。
仕事は午前零時に終わったはずなのに、友嗣が帰ってきたのは明け方になってからだ。しかも奴は噎せ返るほどの香水の臭いを付けていて、さらに首元には、口紅と思われるものが付いている。
早速これは浮気か? と思うものの、あくまで友嗣は【恋人のふりをした居候】なのだから別に関係ない、と思い直す。
しかしそれよりも。
「おい、汚い身体で寝るな」
あからさまに事後と思われる身体で、そのままスヤスヤと眠れる神経がわからない。眉間に皺を寄せた駿太郎は、「おい!」と大きな声で友嗣を起こす。
「……ん? あ、おはよう……?」
「おはようじゃない。何やってたんだ、こんなきっつい香水の臭いさせて」
目を開けた友嗣は、そのままふにゃりと笑った。
「ん? ……覚えてないや……」
目を擦りながら起き上がる友嗣に、「風呂入ってこい」と駿太郎は踵を返す。背後で「いいの?」と聞かれたので風呂の場所を教えると、「分かったー」と動く気配がした。
駿太郎は小さくため息をつく。初日からこれじゃ、先が思いやられるな、と。
本当はもう少し寝られるはずだったけれど、この状態じゃ眠れない。
駿太郎はキッチンに入って朝食の準備をすることにした。メニューは一人暮らしを始めてから変わらない、食パンと目玉焼きとコーヒーだ。
「……寒っ」
ぶるりと身体を震わせ、エアコンをつける。そこでふと気付いた。
暖房もつけないで友嗣は寝ていたのだ。
(え、何? 暖房も風呂も、家主の俺が寝てたから遠慮してたとか?)
さあっと血の気が引く。確かに、許可なく使うのは気が引けるだろう、と今になって気付いた。香水の臭いに気を取られて、不機嫌を丸出しにした自分が恥ずかしくなる。どうやら、友嗣もそれなりの分別はつくらしい。
「……」
気を取り直してフライパンを取り出すと、卵を二つ、そこに割って落とす。
「……いや、これは自分の朝飯を作るついでだからな」
誰に向けたかわからない言い訳をし、卵が焼けるのを待つ。その間、マグカップ二つにインスタントコーヒーの粉を入れ、食パンを二枚用意した。ちなみに朝食のパンは、焼かずに素のままでいただく。
卵が焼けて食パンの上に乗せると、友嗣がリビングに戻ってきた。持ってきていたらしいラフな服装に安堵したのも束の間、駿太郎は素早く友嗣のもとへ駆け寄る。
「おまっ、髪の毛ちゃんと拭けよ!」
「ん? ああ、めんどくさくて……」
面倒臭いのレベルじゃない、と駿太郎は友嗣の肩に掛けていたタオルを引っ張り、髪の毛を拭く。ぽたぽたと滴り落ちるくらいに濡れていた髪の毛は、あっという間にタオルを濡らした。
「水が落ちてるだろ! せめて落ちないくらいには拭け! 掃除が増える!」
子供か、と駿太郎は怒鳴るけれど、友嗣は黙ってされるがままだ。そんな様子を見て、駿太郎は前言撤回、と心の中で叫ぶ。
遠慮なんて殊勝なことをするかと思えば、早速朝帰りだし髪もきちんと拭かない。面倒なことを押し付けたな、と将吾に軽く殺意すら覚えた。
「あのな、使った分はもちろん請求するから、風呂も暖房も使え。この時期は特にシャレにならん」
「……えー?」
「えー? じゃないっ」
「シュンは、俺に風呂と暖房使って欲しいの?」
友嗣はガシガシと髪を拭かれながら、タオルの隙間からこちらを見てきた。不思議なことに、友嗣の方が背が高いのに、なんだか上目遣いで見られている気がする。
「そりゃそうだろ。あんなキツイ香水の臭い振りまかれるのも迷惑だし、寒くて凍死されるのも勘弁だ」
大体な、と駿太郎は友嗣の頭を両手で掴む。
「恋人のフリしろって言ったのはそっちなのに、早速朝帰りしてんじゃねぇ」
「……言ったのは将吾だよ?」
「それがお前をここに置く条件だっただろーが」
へらへらと笑う友嗣に、思わず手に力が入った。いたい、となぜか笑う友嗣に、ますます駿太郎はイラつく。
「お前何笑ってんだよっ」
「あはは、お前じゃないよ、友嗣だよー?」
どこまでも緩く笑う友嗣に、駿太郎はさらに手に力を込めて髪の毛を拭いた。あらかた拭けたところでソファーを指す。
「もういい。そこ座れ」
「はーい」
にこにこと笑いながらソファーに向かう友嗣を横目に、駿太郎はキッチンに戻る。目玉焼きは冷めてしまったけれど、コーヒーは熱々が飲めるからいいか、とマグカップにお湯を注いだ。
(……先が思いやられる)
初日からこうでは、駿太郎の神経がもたない。出ていくまでの辛抱だと言い聞かせ、食事をソファー前のローテーブルまで運ぶ。
「っていうか、そのまま相手の家に止まらなかったのかよ?」
香水といい、口紅といい、事後だったのは明らかなのに、相手の家に世話にならなかったことが意外だった。駿太郎としてはそうしてくれた方がありがたかったけれど、なぜここに来たのか不思議で尋ねてみる。
「えーっと? あんま覚えてない? たぶん、外だったから?」
あと、将吾が「ちゃんと帰れ」って言ったから、とのんびり話す友嗣。駿太郎はあまりの衝撃に、開いた口が塞がらなかった。
本当に、嫌な奴を押し付けられた、と思ったのだ。そして自分の良心が、友嗣を追い出せないことを将吾は見越している。
(こんな……酔って外で誰と致したかもわからない、しかもその汚れた身体のまま寝るような奴を……次会ったら文句言ってやる)
けれどまずは、目の前の本人に言わなければ。
「わかった。将吾の言う【恋人ごっこ】を俺もしてやる。だから、ゆきずりの相手とセックスすんのやめろ」
「ふふ、わかった」
やっぱりにこにこしながら緩い返事をする友嗣に、本当かな、と思いつつも駿太郎は続ける。
「それから、これを食え。朝食はいつもこのメニューだから、不満なら自分で食材を買って作れ」
「いいよー。めんどくさいし」
「あと、家賃光熱費は折半でいいか? もちろん、十二月分は日割りで計算する」
「うん」
笑顔を崩さない友嗣は本当に分かっているのか。胡散臭く思ったのでさらに続ける。
「家事も当番制な。それから、俺は自分のペースを乱されたくないから、家の中では放っておいてくれ。この家では色事禁止」
「わかったー」
素直に頷く友嗣に、これは絶対わかっていない、と駿太郎は項垂れた。
駿太郎は目の前で、昨日の服のままソファーに寝転がる友嗣を見下ろす。
仕事は午前零時に終わったはずなのに、友嗣が帰ってきたのは明け方になってからだ。しかも奴は噎せ返るほどの香水の臭いを付けていて、さらに首元には、口紅と思われるものが付いている。
早速これは浮気か? と思うものの、あくまで友嗣は【恋人のふりをした居候】なのだから別に関係ない、と思い直す。
しかしそれよりも。
「おい、汚い身体で寝るな」
あからさまに事後と思われる身体で、そのままスヤスヤと眠れる神経がわからない。眉間に皺を寄せた駿太郎は、「おい!」と大きな声で友嗣を起こす。
「……ん? あ、おはよう……?」
「おはようじゃない。何やってたんだ、こんなきっつい香水の臭いさせて」
目を開けた友嗣は、そのままふにゃりと笑った。
「ん? ……覚えてないや……」
目を擦りながら起き上がる友嗣に、「風呂入ってこい」と駿太郎は踵を返す。背後で「いいの?」と聞かれたので風呂の場所を教えると、「分かったー」と動く気配がした。
駿太郎は小さくため息をつく。初日からこれじゃ、先が思いやられるな、と。
本当はもう少し寝られるはずだったけれど、この状態じゃ眠れない。
駿太郎はキッチンに入って朝食の準備をすることにした。メニューは一人暮らしを始めてから変わらない、食パンと目玉焼きとコーヒーだ。
「……寒っ」
ぶるりと身体を震わせ、エアコンをつける。そこでふと気付いた。
暖房もつけないで友嗣は寝ていたのだ。
(え、何? 暖房も風呂も、家主の俺が寝てたから遠慮してたとか?)
さあっと血の気が引く。確かに、許可なく使うのは気が引けるだろう、と今になって気付いた。香水の臭いに気を取られて、不機嫌を丸出しにした自分が恥ずかしくなる。どうやら、友嗣もそれなりの分別はつくらしい。
「……」
気を取り直してフライパンを取り出すと、卵を二つ、そこに割って落とす。
「……いや、これは自分の朝飯を作るついでだからな」
誰に向けたかわからない言い訳をし、卵が焼けるのを待つ。その間、マグカップ二つにインスタントコーヒーの粉を入れ、食パンを二枚用意した。ちなみに朝食のパンは、焼かずに素のままでいただく。
卵が焼けて食パンの上に乗せると、友嗣がリビングに戻ってきた。持ってきていたらしいラフな服装に安堵したのも束の間、駿太郎は素早く友嗣のもとへ駆け寄る。
「おまっ、髪の毛ちゃんと拭けよ!」
「ん? ああ、めんどくさくて……」
面倒臭いのレベルじゃない、と駿太郎は友嗣の肩に掛けていたタオルを引っ張り、髪の毛を拭く。ぽたぽたと滴り落ちるくらいに濡れていた髪の毛は、あっという間にタオルを濡らした。
「水が落ちてるだろ! せめて落ちないくらいには拭け! 掃除が増える!」
子供か、と駿太郎は怒鳴るけれど、友嗣は黙ってされるがままだ。そんな様子を見て、駿太郎は前言撤回、と心の中で叫ぶ。
遠慮なんて殊勝なことをするかと思えば、早速朝帰りだし髪もきちんと拭かない。面倒なことを押し付けたな、と将吾に軽く殺意すら覚えた。
「あのな、使った分はもちろん請求するから、風呂も暖房も使え。この時期は特にシャレにならん」
「……えー?」
「えー? じゃないっ」
「シュンは、俺に風呂と暖房使って欲しいの?」
友嗣はガシガシと髪を拭かれながら、タオルの隙間からこちらを見てきた。不思議なことに、友嗣の方が背が高いのに、なんだか上目遣いで見られている気がする。
「そりゃそうだろ。あんなキツイ香水の臭い振りまかれるのも迷惑だし、寒くて凍死されるのも勘弁だ」
大体な、と駿太郎は友嗣の頭を両手で掴む。
「恋人のフリしろって言ったのはそっちなのに、早速朝帰りしてんじゃねぇ」
「……言ったのは将吾だよ?」
「それがお前をここに置く条件だっただろーが」
へらへらと笑う友嗣に、思わず手に力が入った。いたい、となぜか笑う友嗣に、ますます駿太郎はイラつく。
「お前何笑ってんだよっ」
「あはは、お前じゃないよ、友嗣だよー?」
どこまでも緩く笑う友嗣に、駿太郎はさらに手に力を込めて髪の毛を拭いた。あらかた拭けたところでソファーを指す。
「もういい。そこ座れ」
「はーい」
にこにこと笑いながらソファーに向かう友嗣を横目に、駿太郎はキッチンに戻る。目玉焼きは冷めてしまったけれど、コーヒーは熱々が飲めるからいいか、とマグカップにお湯を注いだ。
(……先が思いやられる)
初日からこうでは、駿太郎の神経がもたない。出ていくまでの辛抱だと言い聞かせ、食事をソファー前のローテーブルまで運ぶ。
「っていうか、そのまま相手の家に止まらなかったのかよ?」
香水といい、口紅といい、事後だったのは明らかなのに、相手の家に世話にならなかったことが意外だった。駿太郎としてはそうしてくれた方がありがたかったけれど、なぜここに来たのか不思議で尋ねてみる。
「えーっと? あんま覚えてない? たぶん、外だったから?」
あと、将吾が「ちゃんと帰れ」って言ったから、とのんびり話す友嗣。駿太郎はあまりの衝撃に、開いた口が塞がらなかった。
本当に、嫌な奴を押し付けられた、と思ったのだ。そして自分の良心が、友嗣を追い出せないことを将吾は見越している。
(こんな……酔って外で誰と致したかもわからない、しかもその汚れた身体のまま寝るような奴を……次会ったら文句言ってやる)
けれどまずは、目の前の本人に言わなければ。
「わかった。将吾の言う【恋人ごっこ】を俺もしてやる。だから、ゆきずりの相手とセックスすんのやめろ」
「ふふ、わかった」
やっぱりにこにこしながら緩い返事をする友嗣に、本当かな、と思いつつも駿太郎は続ける。
「それから、これを食え。朝食はいつもこのメニューだから、不満なら自分で食材を買って作れ」
「いいよー。めんどくさいし」
「あと、家賃光熱費は折半でいいか? もちろん、十二月分は日割りで計算する」
「うん」
笑顔を崩さない友嗣は本当に分かっているのか。胡散臭く思ったのでさらに続ける。
「家事も当番制な。それから、俺は自分のペースを乱されたくないから、家の中では放っておいてくれ。この家では色事禁止」
「わかったー」
素直に頷く友嗣に、これは絶対わかっていない、と駿太郎は項垂れた。
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