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第27話

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 その日の夜、駿太郎は【ピーノ】ではない店に向かっていた。昨日の友嗣の様子から、全部を彼からは聞けないと感じ、将吾に連絡を取ったのだ。
 本人から聞かないのはどうかと思ったけれど、将吾に連絡した時点で友嗣にも伝わったらしく、「その方が客観的に伝わるからその方がいい」と言われて、友嗣公認で将吾から話を聞くことになった。
 駿太郎は【ピーノ】にほど近い、飲食店に入る。そこは【ピーノ】とは違い、内装も雰囲気も明るくてオシャレな店だった。

「おーお疲れ。何かあったみたいだな」

 店内に座る将吾を見つけて対面に座ると、将吾は早速切り出してくる。本当になんでも筒抜けだけれど、もう嫉妬心は湧かない。

「何かあったというか……ちゃんと友嗣と付き合おうって思っただけですよ」
「追い出そうとしたのに?」

 ニヤニヤ笑いながらそう言う将吾に、駿太郎は口を引き結んで黙る。冗談だとはわかっているけれど、自分が勝手に勘違いしたのだから、何も言い返せない。

「追い出そうとしたら、縋られました」
「だろうな。あいつ振られるの嫌いだもん」

 それは誰だってそうなのでは? と将吾を見ると、彼は店員に食事と飲み物を、と頼んだ。メニュー名を言わずに通じていたので、ここも将吾の店なのかな、と思う。そのまま聞いてみると、案の定肯定された。

「……で? 何から聞きたい?」
「何から、と言われても……」  

 聞きたいことはいくつかある。将吾と友嗣の関係、友嗣が抱えているもの、どうして自分に友嗣を薦めたのか。

「友嗣にとって将吾サンは、親みたいなものだって聞きました」
「うん。実際に親子って訳じゃなく、金銭面、生活面で面倒見てるのは俺かな」

 それは友嗣の言動から見てもわかる。何かにつけて「将吾が言った」「将吾がそうしろって言った」と言っていたからだ。友嗣は【ピーノ】で働き、オーナーである将吾が給与を払っている。それは本当のことらしい。

「でもそれを友嗣が言ったのかぁ、成長だね、うん」

 将吾はなぜか嬉しそうに頷いて、店員が持ってきた食事が置かれるのを一旦待った。テーブルにはカルボナーラとサラダが二人分あり、「俺の奢り」と言われる。

「ありがとうございます。でも、成長って?」
「あいつが俺に懐くのに結構時間かかったんだぞ? それなのにシュンにはすぐメシ作ってたしさー」

 それは将吾が以前に言っていたので覚えていた。もったいぶらないで早く全部教えてください、と駿太郎は言うと、友嗣は真面目な顔をしてこう言う。

「シュンに、友嗣の全部を抱えきれる覚悟があるのか?」
「……」

 生半可な気持ちでいられると、友嗣が傷付くことになる、駿太郎の寂しさを埋めるためだけに付き合いたいと思ってるなら、荷が重いからやめておけ、と将吾は続けた。
 初めはそうだったことは認めよう。けれど今は、少しでも友嗣の支えになれたら、と思っている。

「いえ、友嗣は俺と同じで寂しい人だと言いました。けど、それじゃあ上手くいかないことは、俺も……多分友嗣もわかってます」

 友嗣は彼なりに一生懸命だと思う。そして、ちょっとしたことで折れそうになる駿太郎を、受け入れてくれた。だから自分も友嗣を支えたい、そう将吾に伝える。
 すると将吾は驚いたように目を見開き、それから笑った。思ったよりラブラブで良かったよ、と言われて顔が熱くなる。

「あいつ、時折すごく幼く感じる時ないか?」
「……ああはい。かわいいと思います」

 駿太郎はそう言うと、はいはいごちそーさま、と笑われた。

「一部本当に子供のまま、止まってんだよ。俺が友嗣と出会ったのは十年前だった」

 聞けば、友嗣は当時、ホストをしていたらしい。将吾が仕事でそのテナントを買い取った時に、ついでにホストクラブのオーナーから友嗣も押し付けられたようだ。

「まぁ誰とでも寝るやつでさ、見た目もいいし、女の子の扱いも仕事で覚えてたし、ホストとしての売上はそこそこ良かったんだよ」

 けれど将吾はそのテナントでホストクラブをやるつもりはなく、キャストたちはほかの店に移っていった。友嗣にも好きにしろと言ったけれど、「どうしたらいい?」と逆に聞かれたらしい。

「……」

 駿太郎はどこかで聞いたことがある話だな、と思う。自分が以前そう尋ねたときは、「駿太郎はどうしたい?」と友嗣は聞き返してきたのだ。

「じゃあ俺のところに来いって言ったら本当についてきて。仕事も家もないっていうから、俺の店で修行させて【ピーノ】を開業した」

 ま、その修行先でも人間関係でこじれて、そこにいられなくなっただけなんだけどな、と将吾は苦笑する。

「人間関係って……」
「お前の想像通りだよ。複数人と関係持って警察沙汰になった」
「……」

 多少は予想していたけれど、そこまでとは思わなかった駿太郎は息を飲む。そういえば、【ピーノ】の店前に何時間も居座った女性がいるとも聞いたな、と遠い目をした。

「それじゃあいつか刺されて死ぬぞ、って言ったら、あいつなんて言ったと思う?」
「……なんて言ったんです?」
「それでいい、この人生を終わらせられるならって言ったんだ。速攻グーパンした」
「……」

 駿太郎は黙る。友嗣に希死念慮があるとは思わなかった。けれど出会ってからのことを思い出すと、確かに自分のことをどうでもいいと思っている節があったなと思う。
 例えば、寒いのにエアコンをつけずに寝るとか、食事を食べずにいるとか。自分のことは二の次だから、どうしたいと聞かれても相手を優先してしまうとか。

「けど、グーパンしたらあいつ、急に懐いた」
「……俺と同じパターンですね」

 駿太郎は合点がいった。人間関係において、友嗣は極端なのだ。懐いた人間にはとことんだし、そのきっかけが友嗣の琴線に触れた時、というのも駿太郎と同じだ。

「それまで嫌々だった【ピーノ】での仕事も、毎日真面目にやるようになったな」

 人が変わったように素直になった友嗣に、折を見て将吾は聞いてみたという。今の仕事は楽しいか? と。

「でも、わからないって言うんだよなぁ。俺が言うから生きてるだけ、みたいな感じでさ」

 友嗣が何度か言っていた言葉。「将吾は特別」は、本当に彼の中では唯一無二の信じられる言葉なのだろう。そのうち【ピーノ】での仕事が板についてきたので、自立を促すために一人暮らしをさせたと言う。

「そしたらまた、その場限りの関係を結ぶようになっちまって」

 はあ、とガックリ肩を落とした将吾。その後、勝手に与えた部屋を出て、セフレや恋人の家に居座る生活になったという。
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